第千九百十四話
経口補水液でもスポーツドリンクでもいいから、レモンウォーターな色はやめてとお願いするトモの需要に応えるように、岡島くんが井之頭くんとふたりでカートを押してやってきた。マシンロボには調理室もあるという。出がけに持ち込んだもので、手早く食事を作ってくれたそうだ。かねてより話していた、霊子不足における糧食であり療養食を。
ふんわりと香る生姜と鳥のだし。おかゆだ。中華のおかゆ。香味でネギと生姜、具にとろとろにほぐされた鶏のお肉、そして香味油で恐らくはごま油の茶色い光沢が浮かんでいる。
ぐうう、と。トモのお腹が鳴った。
ベッドの上に卓を出して器を乗せる。レンゲを手に取ろうとするけれど、トモの顔が歪んだ。身体中が痛いのかもしれない。ならばと代わりにレンゲを取って、お食事のお手伝い。いいよいいよって恥ずかしそうに辞退したがるトモに「いいからいいから」と訴える。何度だってトモのお腹が鳴るし空腹はごまかせないもの。
その合間に霜月先生とコユキ先輩や岡島くんたちがしゃべっている声を聞く。
先生が乗り合わせたのは、シオリ先輩とコユキ先輩の判断だという。予想外の残業に先生は「こういうことやってっから、先生って仕事はきついんだよ」とぼやいていた。なんて言おうと放っておけない性分なのが損だと先生は言うけど、私たちには命綱。先生の言うように、たしかに何時だろうと駆り出されるって、かなり無茶がある。
私とトモだけじゃない。先生たちにしても、いろいろと抱え込みすぎてる。
ビッグバンセオリーで見たし、実際にもけっこう聞く話だけど、学問ひとつとっても同じ専門だろうと細分化されていくという。だから分野外のことはてんでさっぱりだったり、分野ごとの学会で風土に特徴があったりするのだとか。このへんは村社会感があるね? どこの国であろうとも、結局は規模と内部の新陳代謝次第なのかな? なぞ。
さておき、細分化して、担当を分けて、細やかに分配していくことで、みんながそれぞれに専念できるという話はある。一方で、お金と専念の歯車の間に必要なものを、すべての集団、企業、団体が用意できるかといったら? 話は別。現状維持に既得権益のある人ないし集団がいると? ますます硬直化しやすい。一見すると安定しているようであり、同時に動脈硬化のようにうまくいかないままならなさが老化を促し、傷つけていく。
うちの学校は私立。それなりに融通が利くかという見方もあるけれど、十分とは言えない。公立は公立で、私立は私立で、と雑にくくれるほど単純な話でもないだろうしなあ。
こういう急な場面でサポートしてくれる人は、となると? なかなかむずかしい。
資金面がどうなっているか、みたいな別の方面の話との組み合わせで語るべきなんだろうけど、たとえば授業運営の先生と生徒のメンタルケアの先生、クラス運営の先生とで完全に分業している学校も海外にはあるという。
意欲と遊びあればこそ、学びは加速する。
それを軸に、進んで学んで習得できる授業運営に切りかえて「留年だめ絶対」や「学びは苦しい」をやめている学校運営もある。
このあたりの話は、たとえば生涯学習や企業の就職にまつわる価値観、体制との兼ね合いにもなっていく。のみならず、教育にまつわる国の福祉や投資面にも関わるだろうし、引いては国民の教育に対する理念にも繋がっていく。関わる人数は膨大に広がるし?
こうできたらいいよね、こうできなきゃだめ、こういうのが大事という感覚にまつわるし? それは社会のあらゆるところに繋がる価値観の根であり種となる。
仕事できないだめ絶対や、仕事は苦しいをやめることにも繋がる。負担ありき、無理ありきからの脱却にも繋がる。
それがいいと感じるのは私。
他の人はどうか知らない。
それで現状いきなりスイッチできない場所もやまほどあれば、現状真逆を向いている環境もやまほどあるだろうし? 実際、テレビに見る政治家のおじいちゃんたちは真逆を望んでいる気がしてならない。のみならず、簡単に「海外にいいのあるから、真似しちゃえ」とはいかない。
法制度、長年培ってきた価値観、それに関わる人の数。
並べたらきりがないものを「自分は無理」だからと上書きなんてできない。ようく語り合って、地続きにできる形に整えていく。ままならないけど、それが道筋。
投票率の低さからして、その道筋には人気がなく、期待値も低い気がしてならない。
実際、できる場所でやってみて、アピールするほうが声が広がりやすい気がする。
それはそれで、むずかしい。
足並みを揃えずちがうことをやる、というだけで「なんだろあいつ」って顔をされがち。
特に抑圧された環境下ではね。
すると、どうなるかって?
抱え込むの。
自分が抱えなきゃいけない荷物を増やされたくないから「触れず、触らず」だし「はいそれやめて! 自己責任な!」と抱え込ませておきたくなる。
そうして夢見たり憧れたりするの。
そんなのどうにかできる、ひとりぼっちのヒーローを。
なんでもできる、なんにも触られずに済んで抱え込まずに済む、まずひとりが楽なヒーローを。
私の場合はそう。
そして実感する。
それじゃだめだ。
裸の独裁者にしかなれないもの。
自分に無理を命じて、強いて、どんどん奉仕して、傷つき衰えていく。
あるいはだれかに無理を命じて、強いて、奉仕させ、傷つけ怨みを買っていく。
そういうんじゃあ、だめなんだ。
だれかを助けるために無理をするより。自分が苦しいから無理を押しつけることになっちゃうより。押しつけるのよりも。あるいは切り捨てるよりも。
共同体として、相互に補助していく。
分業も、そのひとつ。
焦らず見守るのもね。はよでてけ、と追い立てるよりもだ。
そうして叶えていく。みんなでできることを増やしたり、いまをちょっとずつ居心地よくしたりしていく。これだけでは理想論。具体例を作っていくには、細々と協力しあいながら、挑戦していく。
言い換えるのなら?
金色転化にしても、だれかと相談して、組み合わせることで発展形がぱっと浮かぶかも。
マシンロボで移動すれば、みんなですごい速度でどこかへ行ける。トモじゃなきゃ走れない状況をとことん減らせる。そうすることで、ほんとにトモが走りたい状況に集中できる。
これも、分業。
ハリポタシリーズ好きなんだけど、なんでもかんでもハリーひとりでどうにかしなきゃいけないよりもさ? ネビルがグリフィンドールの剣を手にして果敢に挑んだり、モリーお母さんが息子の仇討ちをしたりして、みんなでヴォルデモートに対抗していたよ? ハリーひとりだったら負けてたまであるよ? ヴォルデモートは軍勢を率いていたもの。恐怖による圧制だったけど。それじゃ信じることはできないし、ハリーたちとちがって心からの協力を得ることもできないけどね。
結論。
すごいひとりよりも、みんなすごいのがいい。
すごいけどひとりぼっちよりも、すごいことをみんなで学べてみんなで楽しいのがいい。
だれかを犠牲にしたり傷つけるひとりぼっちよりも、そういうのはなしにして「変わらない、安心できる居場所、心穏やかにいられる安全な環境、聞くことも話すことも安心してできるだれかがいる」みんなの中がいい。
言うほど簡単じゃない。
苦手だもの。
なので、だれかに助けてもらうとしたら? と考えてみる。
だれかと協力したら? とか。だれかの力を借りることができたら? とか、最初から考えてみる。
お祭り大好きだけどね?
それこそひとりじゃできないし!
ライブにしてもそう。買い物ひとつとってもそうだしなあ。生活そのものが、まずね。無理だもんね。
文化祭に例えてみたらさ?
ひとりで準備してやるし、だれもお客さんがこないのと。
みんなで準備して、いろんなお客さんがくるのと。
どっちがいいかって話ですよ!
極端? かもね。
でもやっぱり結局、そういうことなんだろうなあ。
『どういうことじゃ?』
タマちゃんは地獄のお店にしても、天国での暮らしにしても、頼り上手の甘え上手な気がするの。
『秘訣ゆえな?』
モテ上手の?
『世渡りの。一本刀ではままならぬがな』
そうだよね。でも実際、頼り上手、甘え上手は得だと思う。
あまねくすべての状況で利用できるかっていったら、そうもいかない。
頼りベタ、甘えベタで鬱屈してる人の反感を買いやすそうだし?
自分を好ましく思わない人だって、生きていれば出会うよ。いくらでも。
それに頼り方、甘え方にもいろいろあるもんね。
そういうあれこれ含めてさ?
お祭りやるなら、どうやるの? 文化祭でなにかやるなら、どうやるの?
大事だよね。過程も結果も切り離せないもの。どう捉えて、どう分析するか次第であってさ。
トモのペースを探りつつ、ふうふうしたおかゆを食べてもらいながら、しみじみと考える。
霜月先生がいなきゃ、衰弱していたトモを前にどうしたらいいのかわからなかった。カゲくんがいなかったら、そもそも私はここにいることさえできなかった。
私はどうしたら、なんて思いがある。いつだってあるよ?
合流してマシンロボに乗るとき、カゲくんが言ってた。
『そんなもん、俺らと一緒にいてくれたら、なあ?』
『そうそう。あたしにしてみれば、一緒にいたいから。いてくれたらいい』
『みんな、そんくらいじゃねえの?』
キラリと一緒に軽く笑ってた。一緒にいた未来ちゃんたちだって、おんなじだ。
一緒に集まってるとき、なんかやりたくなったら? そんとき、やればいい。ひとりで無理? ちーっとも! 不思議じゃない。みんなそんなもんだ。声かければいいじゃん! ね?
そんなもんだ。
そんなもんでいいんだ。
期待してないとか、求めてないとか、そういうんでもないんだよ。
もう、フラットにさ? いま、いるのでいいんだよ。
なんか無理しなきゃ許されないとか。なにか達成しなきゃ許されないとか。そういうんじゃない。なにもしちゃだめとか。なにもしないまま黙ってろとか。そういうんでもない。
ただただ、いる。それでもう十分。
重荷も貸し借りも、なかったことにしたいことも、あってはいけないなんてことも、どれも関係ない。それらじゃ脅かせない居場所。自分を縛る枷なんか勝手に外れて楽になっちゃう、そんな陽だまり。
なにかをする。挑戦する。
そういう旅立ちは、いつだって意欲と習練に集中できるように。
理想だなあ。
むずかしいんだよね。
トモみたいに、なまじだれよりも早く走れて、助けられるのなら?
動けないときのことを悩まずにはいられない。
できる、というのは祈りであると同時に、強い呪いにもなる。
できる、がいつの間にか、やらなきゃだめ、やって当たり前、やるべきみたいに変わると?
呪いのターンだよね。
つらいよ、それは。どれほどやっても、プラスはない。その代わりに失敗したらマイナス。できて当然とプレッシャーをかけるほど、マイナスによってつく傷は深くなる。
だって先がないもの。できるしかないんだもの。
ゼロイチになると、つらい。その間がない。失敗は成功に向かうための経験値にというのが持論だけど、それって目指す目標があってこそだ。目標のない反復はつらい。改善の見込みさえ立たない反復は、結果にのみ左右されるから、失敗を経験値にかみ砕いて、味わいようがなくてつらい。
そこまで視野狭窄に陥る、その前に。
うまくいく・いかないの間にある領域で、目標を鮮明にすることも踏まえて挑戦し続けるには? 目標達成を目指すために失敗を経験値にするには、どうするの?
間にある領域で健やかに、意欲をもって、くたびれたときには休んで、ひとりに閉じずにみんなでやれたらいいんじゃない?
いろんな映画を観てきた。
複雑かつ大規模な訴訟で、怪物みたいな大資本の企業を相手に挑むとき。あるいは歴史的事実を婉曲して誤った内容を流布する相手に、丁寧に反証し、相手が誹謗中傷を行なっているとするとき。いずれにせよ、主人公側の弁護人たちはチームで挑んだ。足を運び、情報収集を欠かさなかった。
逆手に取るように裁判ドラマで大企業の弁護団を相手に挑むときさえ、チームで挑んでいく。
犯罪捜査ものもそう。しばしばベテラン刑事がひとりで追いつめる作品も見かけるけれど、実際には部下や同僚、鑑識や警察組織の力を借りて行なっているし? ご長寿モノは基本、チームで動くもの。
ひとりでなんでもかんでもやっているかのように見えて、24でさえジャック・バウアーは要所要所で、脅しさえしてまで人に協力させている。皮肉にもチームに狙われるときさえ、チームのだれかの力がなければ彼はたちどころに行き詰まるし? そういう展開かなり多かった。
シンゴジラにしてもねー。みんながいないと対応できなかったよね。日本に閉じていたら? 作戦はとてもじゃないけど間に合わなかったしなあ。
トモも、私も、安心できる場所がいるよ。安全な環境がいるよ?
ここにあるよ。それはもう。
トモだけじゃない。シロくんだって早く走れるよ?
走る以外のアプローチで、今回の作戦は十分達成できるよ。
やらなきゃいけないんじゃない。
そんなの自分の好きに生きるくらいでいい。
その好きに生きるの中に、人と一緒にいたいとかさ? 大事にしたい人がいるとかさ。そういう気持ちが芽生えたら、そこからこつこつ学べばいい。ぷちたちとのことにしても、気持ちがなきゃ追いつかないもの。
理想論だと心の欠片が怒鳴る。反論はしない。その通りだと思う。意図せぬ妊娠、不安が膨らみどうにかなりそうな中、とうとう出産。孤立無援どころか、男は罵倒し差別し逃げて、親は非難するばかり。なんならお腹を殴る親も、中にはいるという。そういう状況でひとり。あり得るのが、いまの世の中。
気持ちがなきゃ追いつかないけど、それほど大事なことなのに性教育は薄っぺらすぎるもの。
男はいったいどこいった?
やることやって逃げて。
そんな話ばかりだ。
それでいきなり「だれかを責めろ!」となり「女の子が悪い!」となる人も多すぎる。
生む人を責める責めない? それどころじゃない。怖くてたまらない、これから親になる人の味方がひとりでも多く必要だって話だ。そんなときにいったい、なにしてんだ? って話なんだ。責める責めない? それより男はどこいった。それぞれの人生で、大変なことがあったら、必要な支援はどれくらいある? 助けがやまほど必要だ。どういう選択をするにせよ。すごく動揺し、深く傷つくそのときに、めいっぱい聞ける環境がいる。めいっぱい話す人なんかよりも、ずっと。
式神はそういうんじゃないにしても。
私にもやっぱりいるんだ。
ひとりで抱え込んでどうするの? それじゃ気持ちが置き去りのまま。ぷちたちが置き去りのまま。
トモもそうだよ。身体がくたびれてるよ。心もきっと。自分を置き去りにして、先へ先へと走っても追いつけないよ。
なので、切りかえる。
私はすでに、いろいろ助けてもらってる。おかげでどんどん安心できる時間が増えてる。あとは、この安心の中でゆっくりと取り戻していく。いまみたいに、目指す先を。そばにいる仲間たちの顔を。もっと! いっぱいね!
トモだって。ひとりで戦わなくていいんだ。
最後の一口を食べ終わると、唇を閉じて鼻で深呼吸をした。
「ああ。あと三杯くらい食べたいのに、限界」
目を閉じて、満ち足りたように微笑む。
「もういらない?」
「なにか飲みたいけど、さっきの金色ドリンクは無理」
おしっこにしか見えないもんって言われました。
そんなにだめえ!?
言ってもけっこうあるよ!? それっぽい色のジュース!
うそです。
ごめんなさい。
いまのはいわれなき中傷です。
お詫びして撤回します。
「すこし、落ち着いた。はあ……深夜にラーメンくらい余裕なのになあ」
「太るよ?」
「いまはむしろカロリー求む。岡島ー、そういうのないのー?」
ないよーと気軽な返事がきて、トモの眉間にきゅっと皺が寄った。
「地道に食べるしかないか。一気に痩せたのがよくなかったってさ」
「がんばりすぎちゃったもの」
「どうだろ。自覚はないなあ」
手首つかんで引っ張り上げましょうかね!
なんて反射的に浮かんだけれど、そんなの私の不安の八つ当たりに過ぎないなあ。
「もっと先に行かなきゃいけない気がしてる。いまも。じゃなきゃ、ひどいことになりそうじゃない?」
「――……うん」
トモにとっても、これまでの経験が怖くなかったかっていったらさ。
怖いよね。ぜったい。矢面に立ってマシンガンの銃弾をさばく。傍目に見たらすごいしかっこいいけど、そもそも命を投げ出す挑戦だ。いくらトモでも無茶過ぎた。無我夢中で動けたからって、それがなんてことないわけない。
アベンジャーズでトニーが宇宙に行ったのが、アイアンマン3できっちりトラウマになっていたけど。恐怖は傷になるよ。いくらでも。
「だから、急いでた。逃げてるのかな」
人助けしながら、実感を集めようとしてたってこと?
どうなんだろう。
んーっ。んーっ!
みんながいるよって言おうとするほど、頭も心も私に向かって怒鳴る。
お前が言うんかい! って。
すっぽ抜けてたもんね。これまで長いことずっとさ。
「私たちとじゃ、心配?」
「――……ハルがそれ言う?」
ううう。質問に変えてみたけど、やっぱり言われた!
おぅ、と呻くとトモが笑った。
「ごめん。でも、そういうことなんだな。ひどいことは、みんなで分けて、なんとかするんだ」
相談するのが怖くてさあ、とか。
恥ずかしいのかなあ、とか。
どんどん力が抜けていくささやきの後に、深く息を吸う。
そのまま、いびきをかきはじめた。
食べてすぐ寝ちゃった、のかな。
思わず霜月先生を見たら「静かに。眠りを邪魔しちゃいけない」と言われた。
トモはいま安らいだ寝顔をしてる。
無理が祟って悪くなった顔色にすこしばかり熱が戻っているようにも見える。
けど、足りない。
お願いだから、元気になって。
それじゃ済まない。やっぱり、一日一日をどう過ごすか次第だ。
ひとりで、ひとりきりで、ぼっちに閉じてやる?
そんなの無理だからさ。
カゲくんやキラリが教えてくれたようにね?
できる・できないと距離を置いた領域で、狭間であろうと間であろうと構わないから、一日を元気に遊べて、めいっぱい休める居場所がいるよ。
そこに、いてくれるだけでいいの。
旅をするなら、せっかくだから楽しめる旅路を。
私はお祭りが好き。
トモは? みんなは。
ヒーローになるのなら、私はみんなとがいい。
ひとりにならないで。どうか、そばにいて。
つづく!




