五章2
「待ってましたわ!更河さま〜♥︎」
「ていっ!」
「痛ぁ!?」
合流をした瞬間、突如、欲情したのか襲いかかってきた織里香を今日、取得したスキル、『チョップ』で黙らせる。
国代達のせいでおふざけに付き合っている暇がなくなってしまったからだ。
「痛い……痛いですわ更河さま……でも、そんな所がいいですわ!」
「はいはい、それは良かったな。で、裏からは誰も出てないよな?」
涙目で体をくねらせる織里香に間髪を入れず、投げかける。
織里香にはあらかじめ、裏で誰かが出て行かないように見張りを頼んでおいたのだ。
「ええ。玄関で騒ぎがあったので、誰もこの状況で帰ろうとは思わないですわ。
……しかし、あそこまで騒ぎになるとは思わなかったんですが、何をやったんですの?」
「あー……行き過ぎた『青春』?」
「?」
世の中には知らない方がいい事実もあるって事だよな。うん。
「そ、それより、予想以上に時間がなくなった。急いで中に向かうぞ」
誤魔化すように話題を打ち切る。
織里香は不信に思ったようだが、状況が状況だけにそれ以上、追求はしてこなかった。
※※
更河と織里香が校舎内の侵入に成功する一方、玄関先では少々大変な事になっていた。
今日も何事もなく終わるであろうと思われていた教師一同を襲ったのは、突然の破壊音だった。
それに飛び出して来たのは、職員室で雑務に勤しんでいた三人の教職員だった。
その内の一人、服越しからも分かる、はち切れんばかりの肉体が特徴の教師。
名は栄光道えいこうどう 泰章やすあき。
この学校にもう12年間も居座っている体育教師である。
彼は、栄光道は漫画でよくいるような熱血漢で、たまに生徒に暴力を振るう事がある。
だが、それは理不尽な体罰というワケではなく、この学校でよく暴走をする生徒を止める際に使うのであって、栄光道自体は不本意ではなかった。
栄光道の高校、大学時代と、野球で鍛え抜かれた肉体は本物であり、本人にその気はないが、存在するだけで生徒の抑止剤となっていた。
栄光道と共に出てきた二人の教師にとってこれほど安心する存在はいないだろう。
しかし、彼らの誤算は二つあった。
──彼なら、事態を迅速に収めてくれる。
そう、栄光道を信頼を寄せすぎた事と、それともう一つ。
──相手が他の誰でもない、生物兵器、国代 小輿と、枝々咲家の執事、平井 保のその二人だった事である。
「行きますよ」
「分かってるわ」
互いの様子を確認し終えると、国代と平井は互いに跳躍し、三人の目の前へと姿を現す。
「なっ!? なんだお前達は──」
一人の男が言葉が何かを言い終える前に国代の延髄蹴りが男に炸裂する。
男はそのまま意識を失い、その場で卒倒した。
叫び声すら、上げる暇もなかった。
続いて、平井はその隣にたたずむ男に目をつけ、鳩尾を狙い、拳を叩き込む。
やはりこれも声を上げる暇もなく、男は地面にひれ伏した。
あと一人、と国代が残った人物に目をつけた、その瞬間──。
「っ!?」
国代の目の前に厚い拳が迫っており、反射的に回避行動を取っていた。
素早く後ろへ下がり、拳を放った人物と距離が出来たところで、その人物の姿を国代は確認した。
熱血体育教師、栄光道。
その存在の脅威は国代も勿論覚えていた。
制裁という名の暴力にのされた生徒は数知らず。
曰く、素手で熊を倒したなど、噂は絶えなかった。
そして、今の、仲間きょうしがやられたとみればの反射反応。
いや、と国代は首を振った。
それ以前に肌で感じてしまうのだ。
目の前にいる存在は紛れもなく強者だと。
空気が震えるのを感じつつも、国代は栄光道に不適な笑みを見せつける。
空手でインターハイまで出場した国代にとって、これほどの敵と戦える事は嬉しくて堪らなかったのだ。
「……お前ら、何者だ。学校うちの生徒か?」
国代のただならぬ動きにただの不審者じゃない事を栄光道は感じ取った。
「こんな真似をしてどういうつもりだ?」
「……」
栄光道の問いに国代は答えなかった。
答えれば、自分の面がわれてしまうと思ったためだった。
国代は栄光道と直接の面識はないが、向こうは教師。
国代の顔と声をもしかしたら、知っているのかもしれない。
無言の国代に栄光道は鼻を鳴らす。
「まぁいい。どの道、事情は聞かせてもらう。暴力を振るうのはあまり好きではないんだが、先に襲われたのはこっちだ。
……この場合は『正当防衛』に当たるだろう」
手をポキポキと鳴らす栄光道に、国代はどの口が言う、と心の中でツッコミを入れた。
心を躍らせる国代と覚悟を持って戦いに望む栄光道は互いに向き合い、拳を構える。
そして、国代は躊躇いもなく一直線に突っ込む。
「!! 甘いッ!」
矢のように飛んできた国代の飛び蹴りを栄光道は小さく横へと動き、最小限で攻撃を躱す。
栄光道にとって、国代の攻撃は想像以上に鋭かったが、何とか攻撃を回避をする事が出来た。
回避が出来たという事は即ち、それは栄光道にとって、これ以上にないチャンスだった。
飛び蹴りという、大技が外れてしまった以上、着地直後の国代はどうしても無防備になる。
栄光道はただ、そこの隙を突き、攻撃でも何なり決めれば勝負は決する。
「し、しまっ──!」
国代にも今の状況が分かっているのか、顔を青ざめ、相手の攻撃に備えようとする動きを見せるが、いくらなんでも空中で防御体制と取る事は国代にも難しい事だった。
──もらった。
栄光道が勝利を確信し、拳を繰り出そうとした時──。
栄光道ははっ、として、繰り出そうとしていた拳を収めた。
瞬時、栄光道に痛烈な回し蹴りが襲った。
「ぐうっ……がっ……!」
何とか収めた腕を使い、勢いを殺したものも、それだけではガードをしきれなかったようで、栄光道は体ごと吹っ飛ぶ羽目になった。
「く、くそっ……」
蹴りを放ったのは、それまで動きのなかった平井だった。
平井は気配を消し、突撃する国代を囮にするようにして、攻撃の瞬間を待っていたのである。
あと、一瞬。
もう数秒、気づくのが遅れていれば、自分は倒されていただろうと栄光道はぞっとした。
だが、それ以上に自分の不甲斐なさに栄光道は悔しくて、歯を食いしばった。
「……中々やりますね。この攻撃で終わると思ったのですが」
蹴りを放った人物、平井がその口を開いた。
平井は国代とは違い、この学校の生徒ではないので、捕まらなければ、声を聞かれても構わないのだった。
それ以前に、もし捕まって警察に突き出されようが、枝々咲家の力ですぐにでも釈放される。
「2対1とはな。これは若干、不利かもしれんな」
「若干、ですか……」
弱気からの発言とも取れる、その言葉の真意を知り、平井は侮られているのだと悟った。
「その減らず口、すぐにでも閉じさせていただきます」
「やってみろ。出来るものならな!」
「そうさせていただきますよ!」
「「はぁぁぁぁっ!!」」
誇りある執事と空手の達人、そして鋼の肉体を持つ教師が、ぶつかり合う。
流れるような動きに、見てる方が手汗を握るような攻防。
人間技ではない三人の動きは更に加速し、戦いをヒートアップさせたのだった。
……勿論、国代と平井の二人が本来の目的を忘れている事は言うまでもなかった。