五章3
※※
大変な事になっていた所は、何も学校の玄関だけではなかった。
同じくして、自宅にこもっていた小波も色々な意味で大変な事になっているのだった。
「ふえぇっ、どうしたらいいんでしょう……」
携帯に届いたメールの内容、それがあまりにも衝撃的なもので、小波は社会福祉部の部員達に携帯を使って、連絡しようとしたのだが、何をしているのか、さっきから連絡が全く着かないのだ。
「小輿ちゃんにも連絡は着かないですし、桐原君も枝々咲さんも何をやってるんだろう……」
ちなみにだが、小波の頭に黒鳴に連絡するという考えは無かった。
言ってしまうと、小波も皆と同じように、黒鳴には話が通じないと思っているせいだ。
この事実は黒鳴が聞いたら、涙する事だろう。
「じゃあ、メールで……。でも、これは今すぐ皆さんに伝えないといけない事ですし……」
そうやって、小波が思い悩んでいると、
「……そういえば」
小波はある事を急に思い出し、自分の携帯を操作し始めた。
小波が何をしているかというと、携帯の中にある人物の名前があるかどうか調べているのだった。
「……あ! ありました!」
しばらくして、小波が期待していた人物の名前と電話番号が携帯に映し出された。
小波が電話しようと考えている人物、それは部員の誰もが忘れがちである、箱ノ中だった。
小波が箱ノ中の電話番号を探すのに時間がかかったワケは至って、簡単シンプル。
小波が箱ノ中に一度も電話をかけた事がなかったからだ。
小波は箱ノ中と仲が良かったが、それはペットのような感じだったので、電話をかけるという、発想すらなかった。
いや、実を言うと、社会福祉部の部員の中で箱ノ中に電話をかけた者は誰一人としていないのである。
これは箱ノ中が部活動でまるっきり行動しないのが原因ではあるが……。
単に忘れられている、というのも、一つの要因だろう。
そんな理由から小波が箱ノ中に電話をかけるのは初めてで、小波はやや緊張気味に通話開始のボタンを押した。
そして、コールが2、3回、鳴り始めた所で小波はある事に気づいた。
(あれ? ハコちゃんって……言葉を話せたっけ?それより、携帯を持てるんでしたっけ?)
箱ノ中は今まで、誰かと喋った事は一度もない。
しかも、ダンボールなので、手足もない。
(もし、そうなら、通話どころか電話にも出れないんじゃ……)
普通なら、その事に気づくのは電話をする前のはずなのだが、そこは小波の性格が天然故の事だろう。
不安がる小波に、携帯の5回目のコール時。
(プツッ)
「え……?」
電話先むこうがわで相手が電話に出るような音が聞こえたのである。
小波が驚くにはまだ、早かった。
『もしもし?』
なんと、電話の主と思われる人物が小波に誰かと尋ねてきたのだった。
(こ、この声って……なんで? どうして……?)
小波がその声を聞いて、困惑するのも無理はなかった。
電話に出てきたその人物の声は──
(どうしてハコちゃんの電話から……小さい女の子の声が──!?)
アニメでよく聞くようなロリータボイスだったからである。
『? もしもーし?』
「……はっ!」
小波は少しの間、思考を停止させていたものも、通話主の声によって我にかえった。
(いけないです、いけないです……。でも、本当にどうして女の子の声が? まさか、電話番号を間違えて……)
小波は恐る恐るながらも、通話主に聞いてみた。
「あ、あのっ、失礼ですが、ハコちゃ……箱ノ中君の自宅であってますでしょうか?」
『む? ああ、一応そうじゃが……』
通話主が肯定すると、小波は自分が間違い電話をしたわけじゃないと分かって、一安心した。
しかし、それはそれで疑問に残る事があった。
間違い電話ではない。
なら、箱ノ中本人が電話に出ないのはどうしてか……。
首を傾げる小波にそこで、ある閃きが訪れた。
(そ、そうです。この子はきっとハコちゃんの妹なんです!)
この通話主が箱ノ中の妹であるなら、この疑問も納得出来た。
きっと、箱ノ中は今、どこかに出かけてしまっていて、それでお兄ちゃんの代わりにこの子が電話に出たのだ。
そうに違いない、と小波は結論付けた。
そうと決まれば、話は早い。
まず、小波は通話主の名前を聞き出す事にした。
「あの、君、名前を教えてくれませんか?」
『わ、ワシか? ワシの名前は……叶乃かなのじゃ』
「かなのちゃん、ですか……」
(やっぱり、この子はハコちゃんの妹なんですね。良かったー、当たっていて……)
内心、自信がなかった小波はほっとして、胸をなでおろした。
『して、お主は何じゃ? 名を名乗れ』
叶乃の言葉に自分がようやく名前を名乗ってなかった事に気づき、慌てて名前を名乗る小波。
「あっ、すいませんっ。わたしの名前は小波 穂菜っていうんです」
『小波……穂菜、じゃと?』
「あ、もしかして聞き覚えがあったりします?お兄ちゃんから聞いたりとか……」
叶乃に反応があったので、小波は少し、嬉しく思った。
箱ノ中も妹に自分の事を話してくれているのかと。
『まさか……こんな日が来ようとは……! 奴等から電話がかかってくるなど、うぅっ、生きてて良かったのじゃ……』
「? かなのちゃん?」
なんだか叶乃の様子がおかしい。
ぐすん、と涙ぐむような音が聞こえる上、電話がかかってくるのが初めてだとか、どうとか……。
『す、すまぬ。目にゴミが入ってしまって……』
「ああ、そういう事でしたか。もう大丈夫ですか?」
『うむ、何ともないのじゃ。それでワシに何用じゃ?』
「え? いや、すみませんっ。叶乃ちゃんではなく、わたしはお兄ちゃんの方に用があって……」
『……兄、じゃと?』
「は、はいっ」
どうしてか分からないが、急に声のトーンが落ちる叶乃。
『いや、兄と言われても、ワシにはそもそも家族すらいな──(プツンッ)』
「か、かなのちゃん!?」
突然、叶乃との通話が途切れた事に、小波は驚き、思わず声を上げてしまった。
そして、すぐに手元の携帯が音が鳴りながら、振動した。
小波が通話相手を確認すると、『箱ノ中』とあったので、そのまま通話ボタンを押した。
『……もしもし、小波か?』
再びの叶乃の声。
小波は安心したかのように、声を明るくしてみせた。
「はいっ、そうですよ」
『すまぬ……今、急に外せない用事が出来ての』
「いえいえ、いいんですよ。それより、その用事はもういいんですか?」
『うむ。すぐに片が付く用事じゃったからの』
「えっと、なら、お兄ちゃんに……」
『あー、その、兄じゃが……今、少しばかり出かけておっての』
「あ、やっぱりそうなんですね……」
それならば仕方ない。
せめて、用件だけでも箱ノ中に伝えくれるように言わなくては。
『じゃが、その兄の代わりに、ワシが用件を聞こうとしよう』
「あ、本当ですか?」
『……本当は伝えるも何もないんじゃがなぁ……』
小波が何かを言う前に、叶乃が兄に用件を伝えてくれると約束してくれた。
小さいのにしっかりした子だなぁ、と小波は微笑ましい事を考えていたせいか、叶乃が暗い声で呟いた言葉が聞き取れなかったようだ。
『して、用件とは何じゃ?』
「はい。お兄ちゃんの部活の事なんですが……」
『部活、つまり、社会福祉部の事じゃな。それでどうかしたのかの?』
「実はさっき、わたしの携帯に依頼のメールがきたんです」
『依頼?』
「あっ、ごめんなさい。依頼がどうこう言われてもかなのちゃんには分からないですよね……」
叶乃の反応に小波はすぐに自分の失敗を恥じた。
叶乃はあくまで箱ノ中の妹であり、箱ノ中の部活の事情まで知ってるとは限らないのだ。
『いやいや、兄の事情は大体聞いておる。だから、安心して話をするといいのじゃ』
「そ、そうなんですか」
それならば、と小波は話を続ける事にした。
「それで受け取った依頼なんですが、なんというか、内容が、その……」
『また、変な依頼じゃったのか?』
社会福祉部に依頼してくる事が全てまともなものとは限らない。
ふざけた内容の依頼を頼んでくる悪質な依頼主もいるのだ。
過去例で、『ギャルのパンティーをおくれーッ』など。
叶乃はそれで、小波が慌ててるのだと思ったが、
「いえ、普通の依頼でしたっ」
『む?』
即座に否定され、叶乃はそれならどうして電話をしてきたのか、と傾げた。
「あのですねっ、届いた依頼が──今回の傘泥棒の依頼と内容が全く同じだったんです」
『何じゃと?』
届いた依頼が今回、実行しているのと同じ内容?
それはつまり、他の誰かが、傘泥棒を捕まえてくれ、という依頼を?
「し、しかも、それだけじゃなくて、それと全く同じ依頼が12件も届いたんですっ!」
『!?』
小波がこんなにもパニックを起こしているのは、突然の事にどうしていいのか分からないでいるためだった。
実行している依頼のと、届いた依頼の内容が同じなんて事、今までに無かったし、その上、同じ依頼が12件もある事もあるわけなかったのだ。
「ですからお願いですっ、かなのちゃん。お兄ちゃんにその事を一刻も早く伝えてくれませんか?わ、わたし、もうどうしたらいいか……」
『……分かったのじゃ。言われた通り、兄には伝えるとしよう』
「あ、ありがとうございますっ」
事が済んで、ようやく肩の荷を下ろす事が出来た小波に思考的余裕が生まれた。
だから、叶乃の違和感に気づいた。
(そういえば、どうしてこの子がわたしの話に驚いたんだろう……?)
いくら箱ノ中の事情を知っているとはいえ、この話は叶乃には関係のない事だ。
なのに、叶乃はまるで自分の事のように驚いていた。
一体、これはどういう事なのだろうか?
『それじゃあの。ワシはまた、ちょいとやる事が出来たのでの』
「わ、分かりました」
考えている内に、叶乃が通話を切ろうと打ち出し、思わず小波は返事を返した。
『では、またの』
(プツッ。ツー、ツー、ツー……)
今度こそ、間違いなく通話が切れた。
もう、三度目もないだろう。
「あふぅ……」
多少、疑問に残る事もあったが、小波はやる事はやったので、飛び込むようにベッドに向かって倒れ込んだ。
「今日は疲れました……」
今日の事は、いつも雑用系の事をやらされている小波にとって慣れない事であったため、小波の体は随分と疲労していた。
そうした結果、ふかふかのベッドに倒れ込んだ小波はそのまま、睡魔に身を任せ、瞼を閉じてしまった。
「……くーっ」
可愛らしい寝言を上げる小波には、未だ小波の為に奮闘している桐原達の事は全く分からないでいるのだった。
(なるほど、そういう事であったか……)
先程まで、小波と通話をしていた人物、叶乃は持っている携帯をぶらぶらさせながら、一人でに頷いていた。
(それなら、奴が行なった行動の矛盾についても納得出来るのう。目的も検討がつく)
しかしながら、その叶乃の姿は誰にも確認する事は出来ない。
(しかし……何故、奴はこんなに面倒なやり口を取るのじゃ?単に面白がっているだけか?いや、違うのぅ……)
暗闇。
叶乃がいる場所は一切の光が存在しなかった。
真っ暗で、何も見る事が出来ないのだ。
(よくは分からんが、この事件は予想以上に面白くなりそうじゃ。精々、楽しませてもらおうかの)
自分の体でさえ、認識出来ないような暗闇。
しかし、その中にいる叶乃は冷ややかに笑っていた。
(小波の件も桐原達が何とかしているようじゃし、これはしばらくはワシの出番はなさそうじゃの……)
叶乃は自分が楽しむ事以外、考える事が出来ない。
叶乃にとって、自分以外の全てが玩具おもちゃであり、暇潰しの為の存在であった。
だが、そんな叶乃の考えに当てはまらない存在が、一人いた。
叶乃はその名を決して、呼ぶ事はないけれど、求めようともしなかったけれど、その存在は今も、確かに生きている。存在する。
「……しかし、初めての『ケイタイデンワ』での会話がまさかの間違い電話とはのぅ。
笑い話で済ますのが吉か……」
それから叶乃はどうでもいい事を永遠と独り言として、呟き続けた。
※※
俺はちらりと、腕時計を確認する。
──九時二十六分。
作戦を実行するのには、頃合いだった。
横で待機している織里香に俺は声をかけた。
「……おい、織里香。国代達はほぼ手筈通りにやってくれてるようだ。そろそろ俺らも行動を開始するぞ」
「分かりましたわ。では、こちらを」
織里香が取り出したのは、やはり顔を隠すための目出し帽。
だが、俺はもう既に平井さんからもらっている物があるので、断った。
「いらない。もう入手済みだ」
「まぁ、そう言わずに。更河さまだって女子高生の匂いがついた持ち物をくんかくんかしたいのでしょう?」
「馬鹿か。そういうのは相場で枕かタオルって決まっているんだよ」
「なるほど。では、どうぞ」
「何故持ってる!? しかも、タオルならまだしも、どうして枕!?」
「平井は相変わらず、準備がいいですわね」
「あの人の差し金かコンチクショー!」
織里香が受け取った枕を力任せに地面に叩きつける。
匂い?
それは投げる前にしっかりと嗅ぎましたよご馳走様です!
「うふふ、喜んでもらえたようで何よりです。では、次はわたくしを……」
「よーし、おふざけはここまでにして、さっさと行くぞー」
「ひ、酷いですわ! わたくし、覚悟は出来ていたというのに! 覚悟は出来ていたというのに!」
「なんで二回言った? つか、返品お願い出来るか?」
「わたくしはクーリングオフ不可ですわよ!」
「なら、処分をお願い出来るか?」
「あぁん、さっきから本当に酷いですわ更河さまぁぁっ──って、置いて行かないで下さいませえぇぇぇぇっ!!」
現在の夢力【1422】




