黒甲王の多忙なる日常
◆
「陛下、今日の添い寝は拙者が……!」
「なんでだよ!」
俺が一日の仕事を終えて、自室に戻り寝衣に着替えて寝台に潜り込もうとしていると、音も無く扉が開き、瞳を輝かせたオッドアイの軍師が現れた。
「つ、妻ゆえに!」
「まだ結婚してないから!」
俺は、自分に不釣合いなほど豪奢な寝台に腰掛けると、ドゥバーンを見た。
項垂れるドゥバーンは、萎れる様に長椅子に腰を下ろす。
ここで退散しなくなったドゥバーン。これはある意味、完全に気心が知れたお陰でもあるが、俺としては少しだけ扱い難くなって困りものだ。
「今日は疲れたから、早く眠りたいんだ。ドゥバーンの気持ちは嬉しいけれど、そういうのは、結婚してから頼むよ」
「は、はいっ!」
少し気を使うと、弾かれた様に笑顔を浮かべたドゥバーンだ。そしてさっと踵を返し、退出する。
あれ? ドゥバーンのことだから、何か用事でもあるかと思ったけれど、本当に添い寝だけが目的だったのか?
「あ、そうそう。戴冠式ですが、今月末でよろしゅうござるか?」
再び開かれた扉から顔だけを出して、大切な報告をする軍師。
まさか、報告を忘れて添い寝をしようとしたんじゃあるまいな?
「あ、ああ。それでいい」
「はいっ!」
すぐに顔を引っ込めると、パタリと扉を閉めたドゥバーンは、音も無く去ってゆく。
うーん。扉の外に一応衛兵がいるはずなんだけど、ドゥバーンはこの部屋、顔パスなのかな?
まあ、あえて扉を開いて、殊更大きな声で俺の戴冠式の件を言ったというのにも、もしかしたら意味があるのかも知れない。
その辺も策に組み込むドゥバーンだから、きっと何らかの意図があったのだろう。
でも、俺の警備状況は大丈夫なのか? なんだか、そこはかとなく不安です。
ともかく俺は一人になると、灯りを消して寝台に横たわった。
すると、肉体は疲れているはずなのに、ここ一週間の事がとめどなく頭の中に浮かび、なかなか欲しいはずの眠りは訪れなかった。
◆◆
戴冠式はまだだが、王の仕事というのは予想以上に忙しい。すでに逃げ出したい気持ちでいっぱいの俺だ。
何しろ、朝起きるとセムナーン市民からの陳情が山積になり、午前中いっぱいを使ってそれを片付ければ、今度は奴隷騎士同士のいざこざやらが待っている。午後はそれらを裁きつつ、軍事訓練の視察や、セムナーン市内の状況を調査したりするのだ。
軍事訓練や日常の警戒などはアエリノールやセシリアに任せているから兵の練度が下がる事はないし、セムナーンの治安も加速度的に回復している。
特に、市内を警備するセシリアの評判がとてもよかった。
「赤毛の隊長さん、盗賊の類を絶対に許さないから、本当に安心できるわ」
「あの剣捌き、惚れ惚れする! 俺、あの隊長さんのところの奴隷騎士に志願する!」
「背も高いし、凛とした美人だよなぁ」
こっそりと俺がお忍びで街の様子を見に行った折、彼女の評判をやたらと聞いたものだ。
確かに普段はアエリノールの影に隠れた感じのセシリアだけど、剣の腕は一流だし、公正明大な人柄は騎士の鏡だろう。
これで食い意地が悪くなければ素晴らしいのだけど、残念ながら彼女は戦うことと食べる事が大好きな脳筋女であることを、俺は知っている。
それにしてもアエリールが訓練をすると、やたらと怪我人が増えるのは困りものだった。
特に、やたらめったら剣を振り回して部下の手足を両断するのはやめて頂きたい。
「くっつけるから問題ないよ!」
輝く笑顔でそう言い切ってしまうアエリノールと稽古をして、何とか手足を失わずに済むのは、俺とジャービル位のものだろう。
だからといって、アエリノールの稽古相手になど決してなりたくない俺は、何だかんだと理由をつけて逃げている。
ジャービルだって同様で、アエリノールに稽古相手の指名をされると、決まって不快気に眉をピクリと上げて、姿を眩ますのが常だった。
そのせいかも知れないが、この前はオットーがアエリノールに捕まり、盾ごと左手を両断されていた。
「いたいのいたいの、とんでいけー!」
ちなみにオットーの左手を切り裂いた後、回復魔法を使う前にアエリノールはこんな事を言っていたそうだ。
それで痛みが飛んでゆくのなら、世の中は幾分か平和になるだろうな。
お願いだからアエリノールには、”手加減”というスキルを会得して欲しいものだ。いや、本人はあれで手加減しているつもりなのかも知れない。だとすれば、そろそろ自分基準で物事を量ることを止めて貰いたい。
左手を両断されたオットーには、街の修繕を命じた。
せっかくくっつけた左手を、またアエリノールに切り離されたら気の毒だからだ。
何しろ脳筋なオットーのこと。一度やられたからこそ、今度は燃え上がってアエリノールに挑みかねない。オットーも強くなったとはいえ、依然、アエリノールとの実力差は大きい。まず、ジャムカあたりと互角に戦えるようになってから、アエリノールと稽古をすれば良いと思うんだ。
という訳で、大人しくさせる意味合いも込めてオットーには、クレイト軍に破壊された建物を直したり、新しい施設を建設する任務を与えたのである。
それにしてもオットーは、セムナーンの街中で怒声を響かせる現場監督として、実によく働いてくれていた。
もしかしてオットーくんは戦場で剣を振るうよりも、土木作業の方が向いているのかもしれないな。
そんな日々の中で、サーベからも使者が訪れた。
街の有力者が連名で、俺が駐留させている守備部隊を通じて使者を立てたものらしい。
曰く、早くサーベの太守を立てて欲しい。との事だった。
マディーナは考えてみれば既にファルナーズが太守だから良いとして、確かにサーベは問題だ。何しろ、未だに守備部隊しか置いていないのだから、行政機構も崩壊したままのはず。
まったく、俺の頭がパンクしそうな日々が続いていた。
戦ってさえいれば良かった将軍位が懐かしい。
まず、俺は問題点の大きさと優先順位を整理することにした。
一番大きい問題は、西にある。
つまり、フローレンス侵攻とナセルの内乱だ。
この問題を解決する為に、俺が動いていると言っても過言ではない。
次はクレイトの帝位継承か。
これも大きいが、帝位継承の後、再び彼らが西方遠征をするだろうか? 目下の問題ではないだろう。
その次が、ボアデブルとアーラヴィー王国の連合だ。
最初の問題についてはマディーナにファルナーズとネフェルカーラがいて、ヘラートにシェヘラザードが居るのだから、一月や二月は持つだろう。ううん、持つだろうか?
いざとなれば、メンヒで潜伏しているジーンとアハドがいるのだから、予定よりも早く彼等を動かすという手もある。
クレイトに関しては暫くの間、情報収集だけでも良いだろう。内乱の最中に外征などありえないのだから。
だから多少問題としては小さくても、俺は前マディーナ王ボアデブルの始末を優先する事にした。
後の禍根を残す訳にはいかないのだ。
それに、ボアデブルと結んでいるだろうアーラヴィー王国も掣肘しておく必要がある。
その間に西方の戦局が動く可能性もあるが、その場合は、此方の戦力を割いて対応するか……
そんな訳でドゥバーンの提案通り、俺は明日にでも自分の戴冠式をバフマン月(一月)の末日として発表する事にした。
それから、既に決めてある人事も発表するつもりだった。
もちろんその中には、ボアデブルの名も連ねてある。
ヤツの地位は、俺の奴隷騎士で、千人長だ。
これだって、俺の中では随分と譲歩した。
ヤツは守るべき市民を捨てて逃げた男。それでも反省してやり直すならば、俺はチャンスを与えるつもりなのだ。本来は、最下級からやり直すべきだろうが、わざわざ千人長という待遇を与えるのは、ドゥバーンがこう言ったからだった。
「さすがに、十万の配下を従える者が最下級では、絶対に降りませぬ。それでは単なる嫌がらせにござる」
うん、俺だってそう思うもん。
でも、だからといってそんなヤツを副王やら将軍やらにしてやるつもりはまったく無いので、千人長、という事で妥協したのだった。
「別に、副王といって呼んでおいて首でも刎ねればよろしゅうござろう」
ドゥバーンはさらにそんな事を言っていたが、逆にそれは出来ない。
「そんな事をすれば、兄者は卑怯者の謗りを免れませぬ。ここは、兄者の言うとおりで良いのです。ボアデブルには罰の意味も込めて千人長の地位を提案する。これは、兄者の度量の深さを示すもの。これにボアデブルが応えれば、兄者は労無くボアデブルの武勇と十万の兵を手に出来ます。ですが、ボアデブルが応えなければ、新王の意志に背くものとして、ヤツを討つ大義が出来ましょう」
俺がドゥバーンに答える代わりに、シャジャルが背筋をピンと伸ばして答えていた。
この時、俺は執務室で書類の決裁をしつつ、ドゥバーンと人事の件を相談していたのだが、たまたま茶を飲みに来ていたシャジャルが居たのだ。
そんなシャジャルが、今年でやっと十三歳とは思えない見識を見せたので、俺とドゥバーンの口が”ぽかん”と開いてしまったとしても仕方が無いだろう。
「シャジャルも将軍になろっか」
「拙者も、反対する気はござらぬ」
「えっ? えっ? 嬉しいっ!」
この時、俺は悩んでいたもう一つの人事を決めたのだった。
シャジャルに将軍位を与えるべきか、考えあぐねていたのだ。何しろシャジャルは、まだお子様。ただ単に妹だという理由だけで将軍になんて出来ない。
でも、考えてみれば魔法の実力は現状、ネフェルカーラとアエリノールに次ぐ程だし、剣技だってドゥバーンとなら何とか戦える。その上この見識なのだから、シャジャルは将軍になる資格を十分に持っていると俺は判断した。
決して、シャジャルのダイビング抱っこを望んだわけではないぞ。
座っていた俺は、シャジャルの突撃に耐えられず押し倒される形になったが、それはそれでとても幸せだった。
まったく、王になって初めての良い日だな、なんて思ったよ。
そんな訳で、俺が新たに将軍位を授ける事に決めたのは、シャジャル、ドゥバーン、ジャムカ、セシリア、オットー、ジャービルの六人だ。
ハールーンは既に将軍だし、筆頭将軍にでもしておけば良いと思った。
それからネフェルカーラとアエリノールの二人は上将軍として、全軍を統率してもらう事にする。
もっともネフェルカーラはサボり癖があるし、アエリノールは馬鹿なので二人には補佐が必要だろう。なのでネフェルカーラにはそのままファルナーズを、アエリノールにはセシリアを付けておこうと思う。
これで監視もバッチリのはずだ。
あれ? 俺が統率する軍がなくなっちゃったよ。まあ、いっか。
あとの問題はサーベだった。
サーベには、ザーラを行政官として派遣する事にした。
今のところ俺はセムナーンに居る。だから、サーベに太守は必要ないと考えたのだ。
しかし、サーベはこれからヘラートへ軍を進めるとき、後方の補給基地となる場所。となれば、一日だって整備を疎かにするわけにもいかないし、物資の量を正確に把握する必要がある。その上、住民たちの嘆願があるのだから、脳筋を送るわけにはいかないだろう。
そうすると政戦両略に明るく、文武の均衡が最も取れた人物が好ましい。それでいて、将軍位を持たない人物となると、俺にはザーラしか思い浮かばなかったのだ。
目を閉じて様々な事を考えていると、ようやく睡魔が俺の枕元に降りてきたようだ。
”ばぁん”
「シャムシール! 新作のどんぐり料理だよ! 食べて!」
せっかく舞い降りた天使の様な睡魔を、金髪馬鹿な第二夫人が滅殺してくれました。
有無を言わせず室内を魔法の灯りで満たし、勢いよく俺の寝台に飛び乗ったアエリノール。
新作とか、イラナイです。眠たいんです。
ていうか、コロコロとしたこのどんぐりの何処が料理なんですか?
木から拾ってきただけでしょう……って、あちい!
「焼いたの!」
焼くなよ! そんなの料理じゃないよ! そしていきなり器からどんぐりをこぼすなよ!
この後、俺は二時間ほどアエリノールにどんぐりについて説明をされ、食べさせられて、ついに力尽きたのだった。
◆◆◆
翌朝、俺は眠い目を擦りながら謁見室に向かった。
今日は、人事を発表しなければならない。
すでにシャジャルには内々に伝えているが、他にこの決定事項を知るものは、今のところ相談をしていたドゥバーンと、絶対にどこかから覗き見ていたジャービル位だろう。
まずは朝一、市民たちに会う前に、ビシッと重臣たちの立場ってヤツを明確にしようと思うのだ。
なにせ誰が上位者なのか、俺以外の者の立場が結構曖昧だったのだから、このままでは良くない。
俺は颯爽と自室から廊下を歩き、謁見室に入った。
今日の俺は、鎧を着ていない。
浅葱色の長衣に黄金の腰巻を巻いて、そこに魔剣を差している。頭にはくるくると布を巻いて、その上に簡素な略式の冠を乗せているが、それが最近の俺の謁見スタイルだった。
ていうか、ショボイ服を着てウロウロしていたら、見知らぬ千人長にまで怒られた俺だ。
「貴様、黒甲王の王宮で何をしておるかっ!」
あれは凄い剣幕だったな。俺が知らないってことはダスターン配下なのだろうけど、びっくりしたよ。
当の俺が黒甲王なのに、鎧が無い俺って全然オーラとか無いのだろうか。少し凹んだ出来事だった。
あの時はアエリノールが来て、俺に抱きついてくれたお陰で事無きを得たけど、
「シャムシール、少しは王さまらしい服を着なきゃダメだよ、ね?」
あの上位妖精にまで言われてしまったのだから、俺も考えを改めたのだった。
俺は俺専用の通路を使い、階の上にある玉座に腰を下ろす。
玉座は、クレイトよりもさらに東から持ち込まれた木の椅子で、朱色に塗られ、所々金の装飾が施された逸品だ。
そうは言っても、俺にはその価値などわからない。
前を見れば、ずらりと並ぶ俺の重臣と、新たにセムナーンで配下に加わった行政官達がいる。
「ふわぁ」
最前列で欠伸をかますのは、当然ながらアエリノール。
昨夜遅くまで俺の部屋に居て、どんぐりについて熱く語っていたせいで寝不足なのだろう。それを羨ましそうに見つめるドゥバーンは、何かを勘違いしているに違いない。
「皆、朝から大義である。本日、余はセムナーン、サーベ、マディーナを領する我が王国の軍制について、新たなる人事を発表する」
自分の事を「余」という自分に驚きだ。
もしも学校で言ったりしたら、完全にイジメの対象になるのに、ここでは皆、俺の言葉に息を呑んでいる。
「ドゥバーン、ジャービル、シャジャル、セシリア、オットー、それからジャムカ。それぞれを将軍に任ずる」
周囲からどよめきが上がった。
それもそうだろう。
ドゥバーン、ジャービル、シャジャル、セシリアが千人長から万人将になるのは順当だとしても、オットーは百人長からの抜擢だし、ジャムカに至っては、かつての敵だ。何より、アエリノールの名が無いことに周囲はざわめきを隠そうともしない。
俺は、一人ずつ俺の前に出て跪き、改めて将軍としての忠誠を誓う彼らに、立ち上がって右手を差し出す。
それが一段落すると、俺は儀式の進行に退屈し始めているアエリノールを見た。
欠伸をたまにかみ殺していたり、下がりかかる耳を慌ててピンとはったりする辺り、大分眠いのだろう。それでも、最低限の礼儀を守ろうとしている事はわかる。
やはり、流石は騎士だ。
もしかして礼儀作法に関しては、アエリノールの方がネフェルカーラよりも上かもしれない。
「アエリノール、そなたを上将軍に任ずる。以後、ネフェルカーラと共に全軍を統率せよ」
俺に名を呼ばれ、一瞬だけ目を丸く開いたアエリノール。しかし、ネフェルカーラと共に、という所がどうにも引っかかったようだ。
長い耳が、上に伸びたり下がったりと忙しい。いっそ、犬の尻尾と同様に、耳の動きで感情の分かる彼女だった。
しかし、流石に国政の場ともなれば上位妖精といえども大人しい。
「ネフェルカーラと一緒なのね、ふふっ」
俺の前に来て、跪きつつ微笑を浮かべたアエリノールは、別に不満でも無いようだ。微笑んでいるその顔は、まるで女神の様に美しい金髪の上位妖精。彼女の背後に居並ぶ廷臣たちが、その様を見守る瞳は皆一様に輝いていた。
忠誠の証として、俺の右手を取り額に付けたアエリノール。そして踵を返すと、重臣たちを前に、こう言った。
「私、アエリノールはここに宣言する! 我等が主君、黒甲王の軍旗に敗北の二字は無く、ただ前進勝利あるのみである、と!」
俺に背を向けて宣言したアエリノールは、純白のマントを翻して、窓から差し込む朝日に金髪を輝かせている。
闇雲に神々しい上位妖精は、まるで天界から降臨した戦女神のようで、我が軍の士気を大いに高めた。
「おおっ!」
暫くの間、謁見室は異様な熱気に包まれた。
俺は鷹揚に左手を掲げて歓声を抑えたが、それにしてもアエリノール。いきなり変な宣言をしないで欲しい。
「うふ! 騎士団風に宣言しちゃった!」
どよめきが収まると、肩越しに振り返って舌を”ぺろ”っと見せたアエリノール。
むちゃくちゃなのに、この圧倒的なこのカリスマ性。敵にはまったく、さぞや脅威だろうなぁ。
一通り叙任が済むと、最後はサーベを任せる人物を呼ぶ。
「ザーラ、サーベへ行政官として赴いてくれ」
廷臣達の列から、黒髪赤目の女魔族が歩み出る。
色鮮やかな絨毯の上を音も無く歩き、流れるような動作で俺の前に跪いたザーラ。
「はっ。かしこまりました。されど陛下、暫しのお別れ寂しゅうございます……」
薄赤色の長衣を纏い、緩いウェーブのかかった黒髪を揺らしたザーラは、本当に少し寂しそうだった。
なんだか俺、少しザーラに悪い事をした気分。
◆◆◆◆
朝の謁見が終われば、俺はこのままセムナーン市民の陳情を受けなければならない。
もう少し落ち着いてくれば、俺ではなく、区域ごとの代官なりが担当すれば良いのだろうけど、今はともかく住民を慰撫する事が肝心なのだ。
でも、その前に――
「ダスターン、マフディも残ってくれ」
謁見室から次々と退出してゆく廷臣たちの中に、俺はダスターンとマフディを見つけて呼び止めた。
彼らはそもそもが聖帝の直属。だからこそ、王となった俺が彼らを直接配下に加える事は出来ない。
「ん?」
振り返ったダスターンは、この時少しばかり寂しそうだった。
そう、シェヘラザードが俺の妻になる事を告げられて以降、みるみる痩せるダスターン。今だって、俺を見る目が恨みがましい。
どうせお前はモテるんだから、次を探せよ! とも思うが、それは俺が言っていい言葉でもないと思うので、我慢する立派な俺だ。
「ダスターンはどうしたい? マフディも、意見を聞かせてくれ」
俺は二人を手招きし、階の上に座るように示した。
一瞬、眉を顰めたダスターンは、すぐに苦笑を浮かべて俺に従い腰を下ろす。
マフディもそれに倣って、ダスターンの脇に腰を下ろした。
「シェヘラザードさまと結婚したかった」
「その話ではなく」
ダスターンは目の周りに隈を作っているし、涙の跡もある。それほどに慕うシェヘラザードが俺の妻になるのだから、身を引き裂かれる思いだろう。
「ま、恋に破れた哀れな男と自らを認めるべきですな。でなくば先にすすめませぬ」
努めて陽気な声を出すのはマフディだ。
ダスターンの苦悩をもっとも身近で見ていればこそ、こんな失礼な発言も出来るのだろう。
「わかっている、シャムシール。シェヘラザードさまが強い男に惹かれる性質だという事など、俺も承知していた。そして、俺はお前に及ばぬ」
一度大きく息を吐き出したダスターンは、不意に笑顔を浮かべていた。
「俺は、守護騎士であり、聖帝陛下を守護するが任である」
「そ、そうだな」
「なれば、シェヘラザードさまを妻となさるシャムシール陛下こそ、次代の聖帝に違いなし!」
「そ、それはどうだろう?」
俺は、額を伝う汗の冷たさを感じた。
なんだろう、凄くダスターンがとんでもない事を言いそうな気がしてきた。いや、もう言ってる。
やんわり、今後も俺の味方でいてね、って、そんな事を伝えようと思っただけなのに。マフディには、その援護射撃をしてもらうつもりなだけだったのに。
「我が忠誠を、聖帝となられるシャムシール陛下に捧げまする! 願わくば、私も陛下の軍の末席にでもお加え頂ければ幸いに存じまする!」
「シャムシール陛下。守護騎士が守護騎士のまま臣属する意味合い、お考え下されませ。これだけでも陛下はナセルよりも正当性を持てるのです」
何かがどんどん開けている。
俺の行く手に光がさしている。
なんだろう? 光の道があるならば、まさにこれなのかも知れない。
俺に跪くダスターン。その後ろでさらに跪き、俺を諭そうとするマフディ。
でもまって。
そっちは俺の行きたい方向ではないのです。
なんですか、聖帝って。
おかしいでしょう、聖帝って。
俺が望んだ答えは、そんなガッチガチなものではないのだよ。
大体、三カ国だって多すぎるのに、聖帝だなんて、俺がなってどうするのよ?
「ダスターンはさ、俺に聖帝になれって言ってるの?」
「それ以外に、シバールを救う道はありませぬ! 不肖ダスターン、陛下の槍となり盾となる所存!」
「シェヘラザードのことは、もういいの?」
「私も騎士の端くれ! なれば、女性のことで仕えるべきお方を見誤る訳には参りませぬ!」
「昨日散々泣いて、吹っ切れたんでしょう」
「マフディ! 余計な事は申すな!」
「へい」
「へい、ではない! マフディ! 貴様は奴隷騎士の中でも栄えある守護騎士だ! まして、お仕えすべきシャムシール陛下の御前にて、なんたる無作法か! 弁えよっ!」
俺の目の前でマフディに説教を始めたダスターン。それはもはや漫才だ。
時折マフディが目線だけを俺に向けて、微笑んでいる。
多分、マフディがダスターンに俺に付く理を説いたのだろう。
だからこそ、それを理解したダスターンは、昨日泣きまくる事でシェヘラザードを忘れ、俺に付く事を決めたんだな。
俺は、こんな所でも人の人生を左右してしまうのか。
「ダスターン、俺は以前にも、お前に忠誠をもらった事があるけど」
「あれは、その場凌ぎでした。永遠を誓うものではありませぬ。それに、今回は守護騎士が聖帝に捧げ給う忠誠なれば、陛下は我が絶対の主君となられます」
確認の為に、俺はダスターンに真意を聞いた。
やはり、そういう事だったのか。
俺は、俺に忠誠を誓う人々を幸せにする義務がある。
俺に従っていれば、きっと皆、幸せになれると思うから従うのだろう。
ああ、そうか……皆を幸せにする存在がきっと聖帝なんだな。
ともかく、俺は少しダスターンの幸せについて考えてみた。
――そうだ!
機会があったら、ダスターンに誰か女の子を紹介しよう。
でも、絶対にシャジャルは紹介しない。いや、既に知り合いか。
ていうか、シャジャルがダスターンに惚れたらどうしよう? 今度は俺が泣く。
とすると、だれだろう?
ダスターンの好みは、黒髪で黒目。ならばジャムカ! それもだめだ。ジャムカは俺の嫁だもの!
という訳で、俺の計画は早くも頓挫した。
しかし、ダスターンは絶対の忠誠をもって、俺の王宮に将軍として列したのだった。




