ふわふわのアエリノール
◆
昼過ぎ、俺はストレス解消もかねて真紅玉葱城の中庭で、ジャービルと剣術の稽古をしていた。
ジャービルは俺よりも背が高い。多分ハールーンよりも大きいと思うから、百九十センチ位はあるだろう。
褐色の瞳に薄笑みを浮かべて、静かに剣を構えるこのテュルク人は、相変わらず隙が無い。
「我が君、これは受けられますかな?」
ジャービルが言った瞬間、その足元から砂煙が上がり、俺の周囲に無数の分身体が現れた。
そして俺の右肩、左脇腹、右腿、左即頭部、そして背中に突きと、五方向からの同時展開攻撃を仕掛けてくる。
俺を殺す気か? と疑ってしまうようなキレッキレの攻撃だ。ていうかお前は忍者か!
曲刀は弧を描き、或いは空を切り裂いて俺に迫る。
「ひっ……兄上、なんということを」
「あわわ、兄者」
「ほう、あの攻撃は……オレも取り入れてみよう」
「ふわぁ」
側で俺達の稽古を見守る三人の将軍と一人の上将軍は、それぞれの反応を見せている。
とりあえず、ドゥバーンとシャジャルは自身ならば絶対に致命的となるだろう攻撃に、肝を冷やしている。ジャムカは目を皿の様にして、俺達の稽古から自身が成長する糧を得ようと必死だ。
アエリノールは興味も無さげに欠伸をしている。
「わたしなら簡単にかわせるよ!」とでも言いたいのだろう。悪かったな。お前が強すぎるだけだからな!
ともかく、俺がこの攻撃を避けるための選択肢は三つ。
一つは「壁」を使う。だが、今は剣技の稽古だ。となれば、ここで使う訳にはいかない。
二つ目は、鎧にモノを言わせて、全ての攻撃を弾く。これはズルなので、やらない。ていうか、避けられなかったと思われたら、それも癪にさわる。
となれば、俺は三つ目の選択肢を選んだ。
上体を捻り、剣を構えて身体を回転させた俺。
速度には速度で対応する事にしたのだ。
ジャービルは攻め手だから足を使っての高速移動。対する俺は迎撃すれば良いだけだから、足の動きは最小限ですむ。となれば、多少速度がジャービルに劣る俺でも対応可能だ。
そして剣速ならば俺のほうが早いのだから、結果はこうなる。
ギィィン――!
ジャービルの六連撃目よりも早く、斬撃を繰り出した俺。
やむなくジャービルは俺が水平に払った斬撃を、剣を縦にして受け止めていた。
銀光の煌きと同時に、ぶつかり合った刃同士が火花を散らし、ジャービルは三歩程後退した。
顔を顰めているジャービルも珍しい。
もっとも、俺が全力で放った斬撃を止められる者も数少ない。骨が砕けないだけでも、ジャービルの力だってたいしたものだ。
「参りました」
追撃に移った俺を見て、ジャービルが口元を緩めて曲刀をだらりと下げた。そのまま左手で右手首を擦る。
「痺れて、暫くは使い物になりませぬ。流石、我が君。くはは」
俺はジャービルの言葉に頷き、剣を収めた。
「ジャービルの武勇、見事だ」
俺が一言ジャービルを褒めると、周囲から歓声が上がる。
何しろ、この稽古を見る者は将軍達だけではない。ある程度以上の地位にある奴隷騎士も居るのだ。当然、闇隊だっている。
だからジャービルに恥をかかせる訳にはいかないのだ。
「シャムシール! 今度はわたしと勝負だ!」
う、うん。アエリノール。君と勝負したら、俺が恥じをかかされちゃうよ。やめて、そんなこと言わないで。
引き攣る俺の顔をまるで意に介さないアエリノール先生。
既に剣を抜き放ち、やる気マンマンである。
ちょっと、さっきは眠そうだったのに!
「馬鹿女め、シャムシールさまにぶちのめされるがいい」
小さいがよく通る声は、どうやらジャムカの呪詛だ。
しかし無茶だ。相手はあのアエリノールだぞ? 俺がぶちのめされてしまう。
「行くよ、シャムシール!」
来るな! とは言えない俺は、色んな意味でチキン野郎だ。
芝生を蹴って突進してくるアエリノールは、決して頭を撫でられたい訳ではないだろう。
先ほどまで手首を擦りながら立っていたジャービルは、気力に溢れるアエリノールを見た途端に姿を消している。
なんて要領のいいやつ。
二人で戦えば、何とかアエリノールを止められるかもしれないのに! 薄情者のジャービルめ!
俺が口の中でジャービルを罵っていると、ぐんぐん迫るアエリノール。もはや和解の道は無い。いや、ケンカした訳ではないけれど。
諦めて俺も再び曲刀を抜き、迎撃する。
二合、三合と立ち止まって斬撃を放ちあう。
恐ろしいもので、俺とアエリノールが撃ち合うと、周りの空気が揺れ、轟音が鳴る。轟音は城の石壁に反射して、辺りをざわめかせるのだから、二十合も打ち合うと、中庭に集まる奴隷騎士の数は先ほどの倍にも膨れ上がってしまった。
「陛下と上将軍か」
「互角、なのか?」
「陛下が優勢だろう」
「流石は黒甲王。アエリノールさまと言えば、かつて聖騎士団の長だったと言うではないか。ましてや上位妖精だろう」
「ああ、我等が陛下は、まったく底の見えぬお方よ」
俺に突き刺さる尊敬の眼差しは、テュルク人とシバール人、それに砂漠民とクレイト人だ。そりゃあもうキラキラと輝く瞳で見られるのだから、嬉しさ余って逃げ出したい。
しかもテュルク人達は大半が角付き髭もじゃで、俺よりも遥かに強そうなのに。
そもそも俺が優勢に見えるのは遊び半分のアエリノールに対して、俺が超真剣にやっているからに決まっているだろう。
言うなれば、ライオンにじゃれつかれてしまった哀れなリスの子だ。もう、出来る事と言ったら、頬袋に溜め込んだ胡桃を食べる事くらいだろう。そして、儚い命にお別れを告げるのだ。って、何の解決にもならないよ!
「もうちょっと、速度をあげるね!」
やめてアエリノール。殺さないで!
「ちょ、ちょっと俺、限界かも」
「大丈夫! わたしと同じ呪文を唱えて! ――光速化」
アエリノールが呟いた瞬間、不意に輝いた彼女の体から繰り出された斬撃は、先ほどまでとは比べ物にならない速さと重さを持っていた。
俺は何とかそれを受けたものの、見事に吹き飛ばされてしまった。
速度が上がれば、当然威力も倍加するのだろう。
尻餅をつかなかったのは、いっそ石壁まで吹き飛ばされてしまったからで、俺の背中越しに壁の崩れる音が聞こえた。
もちろん鎧が無ければ砕かれ崩れたのは背後の石壁ではなく、俺の背骨だったに違いない。
もっとも、鎧を着ていても全身の骨が軋むほど痛いぞ。
「いてて……光速化」
俺は半信半疑でアエリノールと同じ呪文を口ずさむ。
ともかく、二度もあんな攻撃を喰らいたくない。防御して鎧があってもこのダメージだ。ここはアエリノールを信じてみるしかないだろう。
もちろん魔力は高めたので、間違っていなければ発動するのだろうけれど。
アエリノールはそんな俺を待ってくれない。
剣を構える時間すら与えられず、アエリノールはよろける俺を既にロックオンしているようだ。
すぐに突進してきて、突きを三連、右肩、左肩、そして喉を目掛けて放ってくる。
こいつ、絶対に俺を殺す気だろう。しかも、戦闘力さえ奪うつもりらしい、なんて恐ろしい子!
俺は身体を開いて突きをかわすと、彼女の後ろへ回り込む。
黄金の頭が俺の視界に入った。よし、この頭を目掛けて曲刀を振り下ろそう。
あれ? でも俺、よろけていたのに、やけにあっさりとアエリノールの攻撃をかわせたな。これが、光速化ってやつか?
アエリノールが遅くなったように感じるんだけど。
今度は突きを終えたアエリノールの後頭部へ、俺が曲刀を打ち込む番だ。
だが、そもそも俺はアエリノールに勝てると考えていない。
だからアエリノールが俺の斬撃を、まさかそのまま後頭部に受けるとは思っていなかった。
俺の剣は、銀色の弧を描き、黄金の頭へ振り下ろされた。
「痛いっ!」
直後、後頭部に曲刀の刃を半分ほど埋め込んだアエリノールから悲鳴が上がる。
慌てて俺はアエリノールの後頭部から曲刀を引き抜くと、ぴゅーっと勢いよく上位妖精の頭から血が飛び出してきた。
目の前の光景に驚いた俺は、振り向いて頭を抑えるアエリノールを見つめ、こう言った。
「ア、アエリノール、いたいのいたいの、飛んでいけー!」
茫然自失の俺は、なんとアエリノールと同じ言葉をのたまっていた。もしかして俺の頭脳もアエリノールと同じくらい残念なのだろうか? 涙が出そうだ。
もちろん効果はなかった。
アエリノールの頭から噴出す血は、噴水の様に勢いよく飛び出している。
みるみる真紅に染まるアエリノールの白肌は、何故だか妙に美しい。
「そんなので痛みが飛んでいくわけないでしょ! シャムシール、酷いっ! まさかわたしの頭を割るなんて! 頭蓋骨が割れちゃったわよ! わたしじゃなかったら死んでるわよ! はやく治療してよ!」
アエリノールの血は、既に止まり始めている。
流石、上位妖精だ。常時回復魔法が発動しているのだろう。
でも、頭蓋骨が割れてもアエリノールは死なないんだな。凄いな。俺なら死んじゃうな。
しかし、それでも何だかんだ言って痛いのだろう。頭を抑えたまま、アエリノールはその場に蹲る。
「ヨ、治癒」
俺は、とりあえずアエリノールの頭に手を翳して、治癒を試みた。
本当はアエリノールの頭の中に何が入っているのか確認したかったが、普通に脳みそだったらドン引きだし、カラッポだとしてもカルチャーショックを受ける。
やはり女性には秘密の部分があった方が良いと、俺は思うんだ。
「回復」
アエリノールも頭を抑えながら、回復呪文を唱える。常時発動している魔法よりも「回復」とは上位なのだろうか? それとも魔法の二重展開で回復力を高めたのだろうか? イマイチ古代系の魔法はよく分からないな。
まあ、何だかんだいって大事には至らなくて良かった。
もちろん俺だって、アエリノールを殺そうなんて思っちゃいない。
アエリノールの頭に剣が当たった感触があった時点で、止めているのだ。
そもそも、アエリノールならば避けると思っていたから寸止めにしていなかっただけのこと。
まあ、刃の半分くらいまで頭に埋まったのは誤算だ。うっかりした。ホントにゴメン、アエリノール。
「でも、シャムシール、これで分かったよね?」
「ん? 何が?」
俺は、相変わらず頭を抑えたままのアエリノールを見た。
ああ、そうか、アエリノールはこの魔法を俺に教えてくれる為に、わざわざ稽古をしてくれたのか。
そして、この魔法を使えば、俺はアエリノールとだって互角に戦える、ということかな?
「自分が強いっていうこと! これは古代魔法なの! そんなにみんなが簡単に使えるものじゃないの! もう! シャムシールは自分に自信が無さ過ぎるのよ!」
なんだかよく分からないが、珍しくアエリノールが怒っている。しかも、俺に対して。
まあ、頭を割られたんだから、そりゃあ怒るか。
でも、古代魔法をサクッと使えるって、そんなに凄い事なのだろうか? 前にシャジャルも似た様な事を言っていたけど。
ていうか俺、アエリノールに説教されてない? 自信を持ちなさい、的な。
そういえばアエリノールはいつも俺の評価をどうやって下しているのだろう? 俺の強さを正確に測っている感がある。
ネフェルカーラも俺が強いと言っていたな。正直、そこまでの自信は未だにないんだけど。
ともかく、”ぷりぷり”と怒りながら頭を抑えたり腕を振ったりしているアエリノールをなだめる為に、俺は謝る事にした。
「ごめん、アエリノール。俺の為に怪我までさせて」
俺はアエリノールの傷口を見つつ、頭を撫でてみる。自分から頭を出してこなかったアエリノールは、やはり少し怒っていたのだろう。最初だけ嫌がる素振りを見せた。
「い、いつも頭を撫でて貰いたいなんて……思って、思って……えへ、えへへ。大丈夫。痛いのとんでったから、へへ。もっと撫でて!」
既に傷口は綺麗に塞がり、さらさらとした黄金の髪が覆っている。アエリノールの血は、人間のそれと違って、時間が経てば水が蒸発するように消えて無くなるようだ。
だから先ほどまで真っ赤に染まっていた胸甲は、再び見事な白さを取り戻している。
だらしなく口元を歪めたアエリノールはとても機嫌がよくなり、もはや至福の時といった体だ。
満面に笑みを浮かべたアエリノールは魔法に関する説明を、俺の腕の中に納まりながらしてくれた。
「でもね、古代魔法は自分の魔力を多く使うから、発動時間はそれ程長くないはずよ。だから、この魔法を使うときは気をつけてね!」
なるほど、奥の手、ということか。
「わかった! 逃げ出す時にだけ使う事にする!」
握り拳を作り、力強く頷いた俺に、若干白けた目を向けてきたアエリノール。でも、奥の手っていうのはそういうことだろう?
あれ? もう撫で撫では良いのかな?
俺から僅かに距離をとったアエリノールは、静かに跪いた。
「シャムシール。貴方が逃げなければいけない状況なんて、わたしが絶対につくらせない。わたしは貴方の上将軍なのだから」
深い決意を込めた蒼い瞳で見られると、俺のどこかがアエリノールに対して萎縮してしまう。
アエリノールもなんだかんだいって、俺の為に命をかけるつもりなんだろうか。
出来れば、そういう決意はしないで欲しいのに。馬鹿なままのアエリノールでいて欲しいのに。
それに勝てない相手と対戦した場合、万に一つの勝機に掛けるより、俺は逃げて再戦の機会を待ちたい。
退路を断って戦うのは王ではないと、昔何かのマンガで読んだ気がするんだもの。
◆◆
「陛下、ボアデブルめが、我がセムナーンの西方八ファルサフ(約四十キロ)の地点に軍を集結させてございます」
アエリノールとの稽古に喝采を送る奴隷騎士達の中、漆黒に金糸の刺繍が施された長衣を着た第二代闇隊隊長のカイユームが俺の前に現れた。
きびきびとした動作は、以前のカイユームからは考えられない素早さだ。
ちなみに闇隊の組織は初代隊長だったジャービルが将軍となり、ザーラはサーベの行政官になった。ということで、カイユームが隊長、シュラとアハドが副長という新体制になったのである。
この人事で一番驚いていたのはカイユームだが、それでもギラリと眼鏡を輝かせると、俺に平伏して、
「万事、お任せを」
と、言ったのである。
シュラはこの人事にひとしきり悔しがったが、かつてシーリーンに後れを取ったという引け目がある為、最終的には納得した。
アハドは、現状メンヒ村にいる為、実質的に闇隊を指揮することが出来ないので、仕方が無いだろう。
「ボアデブルが一日程度の距離、か。何か言ってきているか?」
俺は跪くカイユームに問う。
曲刀を腰に戻すと、周囲を見渡して稽古が終わりであることを示す。
「やっぱり黒甲王が最強だ!」
「でも、アエリノールさまも最後、本気じゃなかっただろう?」
「頭を抑えるアエリノールさま、可愛いよな!」
「ああ、陛下が羨ましい」
「それにしても、陛下も容赦をなさらぬお方だな。アエリノールさまと言えば、上将軍にして第二夫人。それでも手加減さえされぬのだから」
「そうだな。今後も死ぬ気でお仕えしよう。頭を割られたくはないからな」
「ああ、それがいい。黒甲王は恐ろしいお方でもあられるのだから」
立ち去る奴隷騎士達の噂話がやかましい。
ていうか、何故かアエリノールファンが増えてないか? 頭が割れて可愛いとか言われる女子ってどうなのさ。
そして俺、何気に恐れられてない? 慄かれていない? 凄く不本意なんですが。
それはともかく、前に進み出てカイユームの横で膝を折ったドゥバーンが、俺の疑問に答えてくれた。
「先ほど到着したボアデブルからの使者が言うには、我が配下の者共もシャムシール陛下のご即位を祝う為に、是非にもセムナーン市内へ入り、式典をお側から拝見したい、との事にござる」
なんだ、使者も来てたの? 俺、聞いてないよ。
「使者?」
「はい。ボアデブル配下の万人将、とのことですが、はてさて、闇隊と同じ臭いを放ってござる。使者に、お会いになりますか?」
微笑を浮かべるドゥバーンだ。言外に、そんな使者になど会う必要がないと言っている。
「兄者、これは明らかに罠です。入れてはなりませんし、使者に会う必要もありません」
シャジャルが愁眉を寄せながら、俺の左腕を掴む。
シャジャルに密着されると、お兄ちゃんはそこはかとなく嬉しいぞ。
しかし鎧ごしのせいで、その体温は感じられない。
「ふむ」
俺は、伸びる鼻の下を隠して曖昧な返事をする。
「ボアデブルの軍からさらに半ファルサフ(約二・五キロ)先に、アーラヴィー王と王妃の軍旗も確認できました」
口元に微笑を浮かべて、カイユームがさらに言い募る。
もはや、カイユームが欲しているのは攻撃命令だろう。真面目になったと思ったら、脳の筋トレでもしたのか、カイユームよ。
「こちらの使者も、先ほど到着しておりまして、ボアデブルと共にシャムシール王の戴冠を祝いたいそうにござる」
ドゥバーンの笑みは、微かなものから悪そうな形へ変化を遂げた。
まあドゥバーンの場合は全てが予測通りだから、そりゃそんな風に笑っちゃうよね。
「あ、兄者」
青空の様な瞳に不安の色を映したシャジャルは、上目遣いで俺を見る。
これだけでご飯三杯いける! なんて思ったのは内緒だ。
何はともあれ、俺は早くシャジャルの不安を取り除いてあげたくなってきた。
「で、総数は?」
「ボアデブルの軍が八万、アーラヴィー王の軍が四万で、計十二万です。ざっと我が方の三倍かと」
俺の問いにカイユームは淀みなく答える。
ちなみに我が軍の兵数が減っているのは、当然ながら擬態だ。
ダスターンに十万の軍を預けて西に向かわせた……事にしてある。
シェヘラザード救援の為……という建前だ。
すると、俺の兵数は三万から四万と試算しただろうボアデブル。
丁度、俺が戴冠式をやると宣言しているから、兵を動かしても怪しまれないと考えただろう。そして、城攻めに必要な数。つまり、敵軍の三倍の法則に忠実に則ったボアデブルさんは、まんまとドゥバーンに誘い出された、という訳である。
ま、奴らにしてみれば、戴冠式に攻め込まれた哀れな王に俺をしたいのだろうが、そうしたいと思わせる事が、此方の思考誘導なのだよ。はっはっは。
「いかがなさいますか? ここまで来れば、煮るなり焼くなり、いかようにも出来ますが?」
愉快気なドゥバーンの声に、シャジャルが首を傾げていた。だが、次の瞬間、ハッとしたように俺を仰ぎ見る。
どうやら、シャジャルは自力で回答に辿り着いたようだ。
本来、ドゥバーンが俺を介さず使者の用向きを聞く事は無い。そしてドゥバーンとカイユームの愉快気な対応。これらを見れば、シャジャルならば回答に辿り着いてもまったく不思議はない。
「ダスターン将軍がヘラートへ向かった今、このような大軍を相手に……はっ! まさか」
「そう、シャジャル。シャジャルも騙してごめんな」
俺は、シャジャルの青髪を”ぽむぽむ”した。
瞬時に赤面した妹は、自身の浅はかさを恥じて、俯いてしまう。
「ここでわざわざ使者に会うよりも、僅か八ファルサフ先にいるというのなら、俺が直接ボアデブルに会いに行こう。そして大人しく降るよう説くのも悪くない」
「うむ。ならばオレも共に行こう。今日はオレも稽古をしたかったのだが、身体を動かし損ねたからな」
朱色の胸甲を装備して、完全武装のジャムカが唇の端を僅かに上げている。
多分、武将の血が滾っているのだろう。
ていうか、何で滾らせてるの、ジャムカ? 一応、降伏を促してだね、しっかり従属しろや、的な感じで行くんだよ? ケンカを売りに行くんじゃないからね?
「ジャムカ、戦いに行くんじゃないからな?」
そうは思っていても多分、俺も口元に悪そうな笑みを浮かべたんだと思う。
でも、そりゃあそうだろう。俺はボアデブルをあっさりと許す気などない。
だから竜で行って、降伏しろと言うだけはいう。だが従わなかった場合は……
「むろん、わかっている。だがボアデブルが我等に従わなければ、黒甲王が第四夫人ジャムカ・シャムシール・ベルゲの名において鉄槌を下すまで」
ジャムカが俺の側に来て、氷の様な微笑を浮かべている。
もう、完全にコイツはケンカを売りに行く気だな。鉄槌とやらを下したくてウズウズしているジャムカは、鼻息だけが少し荒い。
「わたしも行くよ!」
アエリノールが元気よく立ち上がった。
しかし、直後に「あわわ」と言いながら頭を両手で押さえつけている。
あれ? 後頭部の割れ目、まだくっついてない? 慌てたアエリノールは、左右に揺れながら両手でがっしりと横から頭を抑えていた。
まるで、プラモデルを接着しているみたいだな。
「アエリノールは、まず頭蓋骨を治そうか」
「う、うん、ごめん、シャムシール。まだ完全にくっついていないみたい。中もふわふわしてるし」
別に、ここで謝る必要などないアエリノール。
何だかんだで、俺の役に立とうとして頑張ってくれているんだな。それなのに、頭を割っちゃってゴメン。
って! えええ!? アエリノールの頭の中、ふわふわしてるの? なにそれ? どうなってるの? 何が入ってるの? 綿? 羽毛? なんかそれっぽいものなの?
俺はアエリノールの発言にとても興味をそそられたが、頑張って踵を返した。ここで遊んでいる時間は無い。竜舎に向かわねば。
「陛下、私もお供します」
珍しくカイユームが俺の後につき従う。
「いいよ、カイユーム。だって、竜持ってないだろう?」
「何をおっしゃる。私は魔術師ですから飛ぶなど、造作も無いことです」
「あ、それならあたしも行きます!」
俺は青い長衣を纏う青髪の少女の発言に目を細めた。兄と行動を共にしたいという妹は、とてもいじらしい。
しかし付いてきてくれるのは嬉しいが、危ない事に巻き込みたいとも思わなかった。
「でも、シャジャルは……」
「あたしも機動飛翔、使えます!」
この発言に驚いていたのは、俺よりもむしろカイユームだった。
「シャジャル将軍は、失礼ながらお幾つですか?」
「十二です! あ、今年十三になります!」
シャジャルをまじまじと見た後、俺の耳に口を寄せたカイユームは、囁くようにこう言った。
「シャジャル将軍は、紛れも無く魔導の天才です。今後、経験を積めばどれ程の者になるか、想像すら出来ません」
その言葉に嬉しくなった俺は、思わず頷いてしまう。
「シャジャル、じゃあ、行こうか! 今年、十三歳だもんな!」
「はい! もう子供じゃありません!」
こうして俺は、シャジャル、ジャムカ、カイユームの三人を引き連れてボアデブルにケンカを売りに行ったのだった。
あれ、ケンカ? もしかして俺って脳筋ですか?




