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バレオロゴスの罠 21

※残酷な描写があります


 ◆


 シーリーンもパヤーニーと時を同じくして、智天使ケルビムと熾烈な戦いを繰り広げていた。

 相変わらず彼女は風上を占位しているが、戦闘そのものは押されているようだ。


「ほらほらほらぁー、しっかり守らないと、首が飛んでいっちゃうわよぉーっ!」


「私の首は、それほど安くないのだけれど」


 黄金色の剣を凄まじい速度で振るうハデスヤに対し、シーリーンは防戦一方に見える。

 戛然とした音が中空で響く中、数人の天使達マラーイカが、シーリーンの背中へニヤついた視線を向けていた。ハデスヤの直属だろうか――まさか彼女が負けるとは、思ってもいないのであろう。


 しかし――私はシーリーンが中空に、魔方陣を描いていることを知っていた。

 あの女が腰に付けた小袋に手を入れるたび、キラキラと金粉が舞っている。

 ならばそれは、明らかに炎の魔神を召喚する為の触媒だ。そして、触媒を使ってまで魔法陣を描くというのならば、複数の精霊王を召喚するつもりに違いない。


 まったく、あの女は何処まで人間の領域を超えれば気が済むというのか! ちょっと不愉快になってきたぞ。

 

 とはいえ、昨日、私達が智天使ケルビムを容易く撃退できたのは、奴等が油断をしていたからだろう。まさか干物や骸骨に後れをとるとは、思いもしなかったはずだ。

 その意味では、今日の智天使ケルビムに油断は無い。だからこそシーリーンも必死なのだろう。実際、彼女の額からは汗が絶え間なく零れ、頬に乱れた髪が張り付いている。


いでよっ! 炎の精霊王達ジンニー・アファーリートッ!」


 いよいよシーリーンが、魔方陣を完成させた。

 シーリーンの翳した左手の先――中空に現われた円形の炎――その内には複雑な紋様が踊っている。“ゴォォ”と燃焼音を響かせながら、瞬く間に紋様は人の姿へと形を変えた。

 いや――人と形容するには、炎の精霊王達ジンニー・アファーリートの姿はいささか禍々しいか。赤黒い皮膚に炎を纏い、逆巻く髪は紅蓮の炎。真紅の両目は毒々しく、睨まれただけで消炭にされそうだからな。


 見れば、そんな炎の精霊王達ジンニー・アファーリートが三体、中空に出現している。

 

「我等を呼びし身の程知らずは、貴様か……」


 地の底から搾り出すような声で、炎の巨人が言った。

 炎の精霊王達ジンニー・アファーリートの中でもっとも大きく、もっとも紅い一体が、シーリーンに首だけを向けている。


「ええ。炎が族の巫女として……あなた方(・・・・)を呼びました。願いは、アレなる邪教のしもべを滅することにございます」


 丁重に会釈し、シーリーンが微笑んでいる。


「ほう……巫女とな? 貴様を姫巫女に認めよ――と我に申すか」


「……認められませぬか?」


「巫女ならば、その証を示せ」


 精霊王に対してシーリーンは無言で頷くと、剣を振るい、宙で舞いを始めた。その流麗な動作は、風に揺れる柳のようでもあり、闇夜を彩る炎のようにも見えた。


 もちろんハデスヤはこの隙に、端整な口元を歪めてシーリーンへ襲い掛かる。


「貴女、馬鹿なんじゃないの? 踊り始めるなんてねぇ」


「「承認の舞踏を妨げること、何人たりとも適わじ」」


 しかし、この冷酷で美しい天使の攻撃は、他、二体の精霊王に食い止められた。

 どうやらシーリーンが呼び出した炎の精霊王達ジンニー・アファーリートは、今まで私が見てきた者共と質が違うらしい。言うなれば、王の中の王(シャーハン・シャー)だ。

 

 と――となると……なるほど、そういうことだったのか。これでようやく、私にも謎が解けた。

 沙漠民ベドウィンの姫巫女だけが使えるという最強魔法がこれならば、聖帝カリフとって、さぞ厄介であったことだろう。だからこそ聖教国シバールは彼等を弾圧し、滅ぼした。シーリーンは、その姫巫女だったと云う訳だ。


「認めよう。その舞は、我等の力を高めるがゆえに……」


 シーリーンの舞に合わせて、炎の精霊王達ジンニー・アファーリートの炎がより高く、熱くなった。何処からともなく聞こえる笛の音が、中空で踏むシーリーンの足運びを軽やかにしている。


 ハデスヤが目の前にいる炎の巨人を見据え、「ふん」と鼻を鳴らした。攻撃を止められて一端は退いたが、彼女は無傷だ。しかも熱波を浴びる距離にいながら、汗もかいていない。


精霊魔法エレメンタルなんて現界カフカスの低俗な技術で、私の古代語魔法エンシェントに勝てると思っているのかしらぁ?」


 紺碧の蒼さを持った両目をジットリと細くして、ハデスヤが冷笑した。同時に複雑な呪文を唱えている。


「大いなる風の刃、遍く世界に普遍たる大気よ。我が前に集い来たりて、喜びを共にせよ……――

 貴女、シーリーンとか言ったわね? せっかくだから、禁則呪文を見せてあげるわぁ」


「風下にいるのに風系統の呪文なんて、馬鹿じゃ無いの。でも、いいわ。どっちしても、貴女が呪文を唱え終わることはないのだから」


「なに? 負け惜しみかしらぁ?」


「まさか……――さあ、風の精霊女王ジンニー・シルフィードッ! 貴女の出番よっ! そのいけ好かない天使マラーイクの声を奪って!」


 シーリーンが呼びかけるとハデスヤの背後で一陣の旋風が巻き起こり、その中から悪戯っぽい乙女が姿を現した。風の精霊女王ジンニー・シルフィードだ。

 

「あははー! シーリーン! もう姿を見せてもいいんだねーっ!」


 風の乙女の身体は、透けている。そして常に白い花びらを周囲に巻き上げ、風を自在に操っていた。


 なるほど――シーリーンはつまり、常に風上にいたのではなく、風上を作っていたということか。強力な炎の精霊王ジンニー・アファーリートを召喚した際、自らが燃えてしまわない為に。

 そして風の精霊女王ジンニー・シルフィードに姿を消させていたのは、あの天使マラーイクが極大魔法を唱える際に備えていた、という訳だな。確かに空気が無ければ、何も喋ることが出来無くなる。

 ふうむ。やるではないか、シーリーンくせに!


「なっ! ぐっ……はっ……!?」


“ビュウ”と突風が吹き、ハデスヤが声を失った。


「風は、先に操ったもの勝ちだよーっ!」


 風の精霊女王ジンニー・シルフィードが、嬉しそうにハデスヤの周囲を回っている。

 

 やがて、炎の精霊王達ジンニー・アファーリートがハデスヤを囲んだ。

 

「――馬鹿な! 馬鹿な! 馬鹿な! 私の魔法……呪文さえ唱えることができればっ! はっ! 声、声が出るっ! 呪文……と、唱えなけれ……ば……――あああああぁぁっ!」


 いつの間にか、ハデスヤの周囲は再び空気に満ちていた。けれど呪文の続きを唱えるには、時間が足りなかったようだ。すぐに彼女は渦を巻く業火に飲み込まれ、断末魔の叫びを上げたのだから。


「もう終わり? つまんなーい!」


 風の精霊女王ジンニー・シルフィードがシーリーンに纏わりついて、髪をなでながら優しく笑っている。

 

「……今日は、助かりました」


「いいよー! またね! 風の巫女っ!」


「私は……炎の……巫女……ですが」


「いいの! 私が認めたんだから! じゃあね、シーリーン! 風と炎の巫女っ!」


風の精霊女王ジンニー・シルフィードを見送ると、炎の巨人達もそれぞれに消えてゆく。そしてシーリーンは力を失い、中空から落ちた。

 けれど彼女はテオドシウスが受け止め、骨の巨馬で本陣に……って!

 テオドシウス、お前ぇぇっ! 私を助けにきやがれぇぇっ!


「いい加減、余所見をやめたらどうだ?」


 あ、ドゥーカスが苛立たしげに私を見て、ギリギリと奥歯を噛んでいる。

 自分だってチラチラとあっちの戦いを気にしていたくせに、不愉快なヤツだ。


 ◆◆


「はぁっ!」


 私は最小の動作で突きを繰り出し、ドゥーカスの目を狙った。

 すぐにヤツは盾を持ち上げ、私の剣は弾かれる――が、これが狙いだ。

 がら空きになった足元を払って、私はドゥーカスを転ばせた。


「ぐっ」


 苦痛の声を上げた妖精エルフの男が、盾を捨てて勢いよく転がってゆく。なかなか思い切りの良い判断だ。

 

“キィィン”


 しかも短剣を放ち、私に反撃までしている。まあ、もちろん、そんなものは叩き落したが……。


「調子に乗るなよっ!」


 目の前で再び、ドゥーカスが構えた。長剣を両手で握り、ぎらつく瞳に私を映しながら。


「終わりだ、ドゥーカス。お前の実力は、もう分かった……」


「なんだと!? 私と貴様の力は伯仲している。何が終わりなものかっ!」


 私の言葉に、銀髪の妖精エルフがいきり立つ。しかし若干の動揺もあるのか、声が僅かに震えていた。


「確かに、伯仲していた――今までは、な」


 左足を前に出すと、私はとっておきの呪文を唱える。


光速化スピード・オブ・ライト


 これは以前、アエリノールさまに頼み込んで教えてもらった、秘中の秘。私の奥義と呼べる魔法だ。

 最初は「シャムシール陛下とドゥバーンさまをお守りする為、是非にも教えて頂きとう存じます!」と、頼みこんだのだが「金のどんぐりをくれなきゃ嫌だ!」と首を左右にふられ、断られた。


 悩みぬいた末、暫くして仕方なく私がどんぐりに金箔を貼り付けて持って行くと、「ぶっ殺すぞぉ?」と言われて半殺しの目にあった。


 結局その後、「ネフェルカーラさまの寝首を掻く為にも、是非……」と言ってみたのだが……するとアエリノールさまは満面に笑みを浮かべて、「そういうことなら、いいよっ!」と、案外あっさり承諾なさってくれた。

 こうして私は陛下と同じく、“光速化スピード・オブ・ライト”を身に付けたのだ。

 まあ、金のどんぐりの正体は分からなかったがな……。


 ともあれ、これで飛躍的に私の速度は増した。こうなれば、もはやドゥーカスごとき、敵ではないのだ。


 漲る力を右足に込めて、私は踏み出した。土が高く跳ね上がり、身体が疾風よりも早く駆けてゆく。

 私は昂ぶる気持ちを抑えながら、幾度も突きを放った。

 今、ドゥーカスの目には、私の突きが十にも二十にも見えていることだろう。

 辛うじて半身になったドゥーカスは、もはや私の剣捌きを見切れず、眉間に皺を寄せて下がるのみ。だから私は回りこみ、ヤツの左肩を貫いてやった。

 ――つまり正面の攻撃は、全てが見せかけだったのだ。


「ぐっ!」


 押し殺したドゥーカスの呻き声が聞こえる。

 私はすぐさま剣を引き抜くと、跳躍した。そしてドゥーカスの背後へ回り、ヤツの首を両断せんと剣を水平に振るう。


 勘の良いドゥーカスは再び地面を転がり、私の剣を避けた。

 しかし――ヤツの健闘はそこまでだった。

 何故なら私が転がった先に回りこみ、ヤツを蹴倒して、その首筋に剣を当てたからだ。


「ドゥーカス、貴様は敵ながら見事だった。それ故に問うてやろう。――我が皇帝陛下に、お仕えする意思はあるか?」


 汗に塗れたドゥーカスの顔は、二度も地面を転がったせいで、草と砂に汚れていた。

 誇り高い妖精族エルフでありながら、こうもなりふり構わぬ戦い方をする者を、私は知らない。だからこそ、敵ながら尊敬に値すると思ったのだ。たとえ戦う動機が何であれ――。


「うおおおおおっ!」


 ドゥーカスは手にした剣を、私に向けた。しかし――今の状態から反撃など、出来るはずが無かろう。

 私はそのまま、ドゥーカスの喉笛を掻き斬った。


 ドゥーカスは私に、自分を殺させた(・・・・)のだ。

 これは偏に、ヤツが武人であったことを物語っている。

 まだ敵にもこういう者がいるのだとすれば、今後はより一層、気を引き締めねばなるまいな……。


 ◆◆◆


 敵の主力と思しき者は皆、打ち破った。あとはフランチェスコを倒せば、我が軍の完全勝利となろう。

 今、そのフランチェスコと戦うのは、ネフェルカーラさまの“使い魔”だった。


「皆、戦いに巻き込まれたくなければ、下がれっ!」


 私は声を大にして、バレオロゴス軍の騎士達に叫ぶ。クロエとベリサリウスも慌てて、皆を後退させていた。

 

 なぜ兵を前線から遠ざけねばならぬのかといえば――ネフェルカーラさまが勝手に作った巨大不死骸骨(スケルトン)が、敵も味方も構わず暴れまわっているからだ。

 まあ、そうなるだろうとは思っていたので、別に大丈夫。決して辛くない。絶対に泣いたりなんて、しないからな。


「ふはははははは! 見ろ、シャムシール! おれの傑作だ!」


 あの方は陛下に鎧を渡した後、大きな骸骨を指差し爆笑中だ。お腹をパンパンと叩いて、本当に嬉しそうな姿が微笑ましい――訳があるかっ!

 むしろフランチェスコの方が、被害を抑える為に巨大骸骨へ立ち向かう“正義の使徒”に見えるほどだ。


「ネフェルカーラ。鎧を持ってきてくれたのはありがたいけど……どうせなら骸骨と協力して、直接戦ってくれない?」


 陛下が溜息混じりに、ネフェルカーラさまの袖を引っ張っておられる。そりゃあそうだろう。私も同感だ。


「ほむ。なぜおれが?」


 ネフェルカーラさまは緑目を丸くして、首を傾げていた。


「だってほら、ネフェルカーラなら結界もあるし、アイツを倒せるでしょ?」


「嫌だ。おれに戦う気はない」


「そうか……じゃあ、やっぱり俺がやるしかないか……」


 鎧をばらしつつ、陛下がネフェルカーラさまに背を向けた。部品が多いだけに陛下の鎧は、簡単に着ることが出来ないのだ。まして保管用に組み上がっていたので、手間が余計に掛かっていた。


「……そういえばシャムシール。お前……昨夜は何処に泊まったのだ?」


「な、なんだ、急に。昨日は宿に泊まったよ。名前は忘れたけど、まあ、普通の宿だ」


 ネフェルカーラさまの問いに、陛下の肩がピクリと震えておられる。なにやら、空気が張り詰めてきた。

 いやまあ戦闘中だから、元々張り詰めてはいるのだが――。


「宿に、一人でか? では、シュラは何処で寝たのだ? む……あの女……そう、シーリーンは何処に? それに先程から妙な小娘がチラチラと、お前を見ておるぞ……!」


「い、いや、それはな、ええと。俺は、そう! パヤーニー! パヤーニーがいてだな……――とにかく、一つの部屋に皆で泊まったけど、それだけだ! あと、あの子はクロエ! ここの大公だ! まったく変な関係じゃない! そう、変な関係じゃないぞっ!」


 あれ。何故か陛下が、ネフェルカーラさまから目を反らした。

 というか、陛下が浮気を疑われておられる。だが、今回は冤罪だ。潔白にあらせられる。大丈夫だ。


「ほ・ん・と・う・か? シャムシール……――」


 しかし――何たるネフェルカーラさまの、恐ろしい追及! これでは、やっていなくても「やった!」と言いそうになるぞ!

 ああ、おいたわしや、陛下。こうまでネフェルカーラさまに三白眼で睨まれては、痛まぬ腹まで疼いてこよう。

 

 だが、この状況は些かまずい。ここでネフェルカーラさまに臍を曲げられては、フランチェスコを倒すに当たって、支障があるやもしれぬ。

 ――となれば、私のやるべき事は一つだ。


 私は陛下の側へと進み出た。そして鎧を着るお手伝いをしつつ、ネフェルカーラさまに昨日からの報告をする。


「ネフェルカーラさまに申し上げます。皇帝陛下には何ら、やましきことはございませぬ。昨夜、一晩中共に過ごした私が申すのですから、間違いございませぬっ!」


 脇の止め具を抑えながら、私は言った。陛下の汗の匂いがして、思わず頬が緩んでしまう。


「ほう、シュラ。シャムシールの側で、随分とにやけた顔をしておるのう? よもやそれが――昨夜、一晩を共に過ごした成果だとでも言うつもりか?」


「はて? 成果とは、如何なる意味にございましょうか? 昨夜は私だけでなく、シーリーンも共におりました」


 むう、まだ疑われるか。私一人ではなかったというのに! ネフェルカーラさまも、些かしつこい!


「ほう。では、シャムシールは一人で、お前とシーリーンの相手を?」


「まあ、そういうことではありますが……決してやましくはございませぬ! 最後に床を共にしたのは、パヤーニーどのでございましたしっ!」


「なんとっ!? シャムシールはミイラさえも……くっ……おれというものがありながらっ!」


 あれ? ネフェルカーラさまが、頭を抑えてよろけている。どうしたのだ?


「シュ、シュラ……!」


 ん? 陛下が私に顔を向けて、首を左右に振っておられる。鎧の締め付けがきつかったのであろうか? 陛下のお顔が、若干青い。なんだ、これ。


「なるほど、よく分かった……――」


 ネフェルカーラさまが目を細め、頷いておられる。良かった。どうやら誤解は解けたようだ。


「シャムシール……――」


“ゴロゴロロ……”


 あれ? なんだか空が暗くなってきたな。これは、一雨来るのであろうか。まあ良い。雨降って地固まる――と、陛下も仰っておられたしな。


 よし! 鎧も完璧だ!


「では、陛下。ネフェルカーラさまの誤解も解けたようですし、私はこれで……」


 ふふ。良い仕事をした後は、気持ちがいいぞ。


「ちょ、シュラ! 何てことをしてくれたんだっ! むしろ悪化して……――」


「何が悪化したのだ? え、シャムシール?」


“ピシッ”


 おっ。稲光も見える。雷雨となれば、厄介だな。


「まて、シュラ。もう一つ教えよ。あの赤毛の小娘――あれはなんだ?」


「ああ……あれでございますか。なかなか面倒な娘でしてな。陛下の子を産む! などと申しまして――私も閉口しております」


 そうそう、あの小娘のことも、伝えねばならなかった。聞いてくれて助かったぞ。

 ネフェルカーラさまに止められれば、クロエも無謀な考えを改めよう。

 ふふっ! 今日の私は、とても冴えているぞっ!


「そういうことか」


「ええ。身の程を知らぬと申しますか、何と申しますか」


「ああ、シュラ。まったく、貴様の申す通りだ」


 ふう。どうやらネフェルカーラさまは、全てを理解してくれたよう……だ……――?


“ドォォォォン”


 あれ? 閃光の後、耳を劈くような雷鳴が轟いた。

 気のせいでなければ、私と陛下の横に落雷があったらしい。なんだろう、これ? 自然現象って、恐いなぁ。


 ネフェルカーラさまは微動だにせず、「くくく……」と笑っておられる。流石だな。

 まあ、陛下は浮気などしていないし、それが分かってもらえたなら、充分だろう。

 ネフェルカーラさまは、きっとそれが嬉しくて、笑っておられるに相違あるまい。

 うむ、うむ。夫婦の信頼は宝だ。私が愛人になるのは少し先のことになるやもしれぬが、致し方なかろう。


「シャムシールゥゥッ! よもやたった一晩で三人もの女を侍らせるとは、如何なる了見かぁぁぁ! しかもミイラまで相手にしたとは、どういう性癖だぁぁぁっ!」


 あれ? ネフェルカーラさまが、激しくお怒りだ。どうしたのだ? 陛下が震えておられる。


「ち、違うっ! 違うけど、シュラ! せめてお前は、お前だけは俺が護るっ!」


 あっ……! 陛下にギューって抱しめられてしまった。黒い鎧に包まれて、ヒンヤリとした感触がとても心地いい。

 ああ、私は今、とても幸せだ……――。


雷撃ラァドゥンッ!」


 けれど、何故か私と陛下に凄まじい雷撃ラアドゥンが命中した。


 ちょ……ネフェルカーラさま……誤解ですっ! 私、まだ侍らせてもらってませんけどもっ!

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