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バレオロゴスの罠 9

 ◆


 宮殿から抜け出した私は、すぐにハリム達と合流した。

 解放した囚人たちは順次逃走しており、森の入り口に待機していた人数は少ない。


「あと三十人だ。十人ずつ、こっちの護衛を付けて送っている。闇に紛れているし土地勘もあるから、捕まるこたぁないだろう」


 ハリムが胸をドンと叩きながら、私に言った。

 

「パヤーニー、敵は十分引き付けてから迎撃しろ。ここでも時間を稼ぐだけで構わない。、目的を達したら皆、一端土へ還せ。敵がどう思うかは知らないが――これを神聖フローレンスの罠だと考えてくれたら、ありがたい」


 私に引き摺られて不貞腐れているパヤーニーに、陛下が仰った。

 陛下は城門から迫る騎馬隊と上空で翼を広げる天使達マラーイカを見据え、腕を組んでおられる。


「御意。では、失礼して――メタモルフォーォォゼッ!」


 陛下のお言葉に、パヤーニーが立ち上がって頷いた。

 そして自らのローブを剥ぎ取ると、全裸になり胸元に両手を当て、罰印を作る。あまり言いたくないが――表情はまるで、恥らう乙女のようだ。

 それから桃色の光に包まれ、片足でクルクルと回り始めたパヤーニーは、次々に新しい装備を身に着けてゆく――。


 まず、アクトンで全身を覆い、鎖帷子、全身鎧を順に装着。それから紺色のタバードに身を包み、パヤーニーは大きく頷いた。肝心の頭部は半円形の冑を被り、面貌と鎖帷子で顔も覆っている。

 なんというか、装備が桃色の光の中からいきなり現われ、自動的にパヤーニーへ装着されてゆく様は異様だ。

 

「んんーっ、完・璧ッ(タマーム)!」


 最後に武装を確認したパヤーニーは、金の鞘に収められた剣を見て満足そうにのたまった。


 あまり考えたくないが兵を指揮するに際し、パヤーニーは将軍っぽい衣服を選んだだけではなかろうか。ついでに陛下の要望を取り入れ、フローレンス風にして……。

 というか――魔法であれ何であれ、人目に付く場所で衣服を着替えないで欲しい。干からびた男の全裸など、一日に何度も見たくないのだが。


「パヤーニー。そういうのは、魔法少女がやるもんだって言ったろ。お前がやったら気持ち悪いんだって……」


「む……余は魔法ミイラ。あまり変わらぬと思いますが」


 何が魔法ミイラだ。ほらみろ、陛下も呆れておられるだろうが。

 

 それはさておき宮殿から突出した騎馬兵団は、先程の神殿騎士団テンプル・ナイツではなく、公爵直下の部隊だろう。完全武装には程遠く、手に槍を持ち、腰に剣を佩いただけの姿で馬を駆っている。

 確かにただの賊が相手であれば、充分それで制圧出来る装備だろう。しかし――残念ながら、それがお前たちの命取りになる。


 敵との距離が、いよいよ人の歩幅で三十歩を切った。天使達マラーイカは騎兵に遠慮するかのように、上空で待機している。

 パヤーニーは腰の剣を抜き放ち、頭上へ掲げた。それを合図に、闇に紛れて森の木々に登っていた骸骨達が、一斉に弓を構え、矢を番える。


「放て」


 パヤーニーが剣を振り下ろす。号令一下、樹上から無数の矢が放たれた。

 星明かりの中、黒く塗られた矢が不気味な唸りと共に敵へ迫る。

 というか、不死骸骨スケルトン共は、意外と芸が細かいな。そんなことまでしていたのか。

 さらに私を驚かせたのは、彼等の絶対的な命中精度だ。矢は迫る騎兵を次々と射抜き、辺りの光景を地獄絵図へと変えてゆく。


「「ぐわぁっ!」」


 そこかしこで矢に貫かれた騎士達が、苦痛の呻き声を上げている。

 この惨状に耐え切れなくなった騎士が、手持ちの槍を投擲した。――しかし届かない。それどころか、不死骸骨スケルトン達は樹上にいる。だからそれは、仮に届いたとしても無益なことだった。


 まさか敵に伏兵がいるなど、バレオロゴス兵は考えもしなかったのだろう。

 ただの賊が大公家の騎士に弓引くなど、あり得ぬことだからだ。

 第二波の騎馬隊も混乱して、門の出入り口付近で立ち往生をしていた。


「どうした? 何故先へ進めぬ! 賊を取り逃がすぞっ!」


 坊主頭の敵の隊長らしき男が、声を枯らして叫んでいる。私はそれを、冷笑しつつ眺めるだけだ。


不死骸骨スケルトン隊、前進。騎兵は側面へ回り、蹂躙せよ」


 パヤーニーの指示は、何処までも的確だった。

 いつの間にやら列を整然と整えた骸骨の軍団が、足並みを揃えて前進してゆく。同時に無数の馬蹄の轟きも聞こえた。

 

 弓矢によって傷ついた敵兵の中へ、巨馬を駆る、巨躯の骸骨騎兵スカル・ナイトも突入した。漆黒のマントを翻し、彼が骸骨騎兵スカル・ナイトを率いる様は、闇の中でいっそ美しい。誰もアレには抗し得ない。無傷の者さえ一刀で葬られ、蹴散らされてゆくのだから。

 

 骸骨騎士スカル・ナイト達の攻撃により、ただでさえ戦意を喪失していたところに、遅れて到着した不死骸骨スケルトンが長槍を構えて突入する。もはやバレオロゴスの追撃隊は、心身ともに壊滅状態となった。 

 人間はもはや、逃げ惑うだけ。逃げられぬ者は奥歯をガチガチと鳴らし、この世ならざる軍団を前に祈り、そして絶望のまま死を迎えた。

 

 気になるのは、その様を見ても援護に来ない天使達マラーイカだ。こちらの弓兵を警戒しているのだろうか?

 だが、パヤーニーが妙な事を言った。


「どうやら天使マラーイク共は、あの二体を待っていたようですな……」


「ああ。だけど、あれはそれほどか……?」


 陛下もパヤーニーに答えて、首を捻っておられる。


「……ひ、退け。退いてくれ! あれは智天使ケルビムだ。智天使ケルビムが来る――殺され――ぐえっ! く、首が締まるっ!」


 陛下の足元で這い蹲っていたムニエルが、怯えた様に空を見ている。慌てふためくその様に、天使マラーイクとしての尊厳は感じられない。

 すぐ陛下に縄を引っ張られてムニエルは黙ったが、それでも彼は落ち着かない様子だった。

 

 だが確かに一際煌びやかな二体の天使が姿を現すと、天使達マラーイカは一斉に此方へ向かって突進してきた。

 あの二体は、ファンファーレ(アンファール)と共に現われた個体だな。雰囲気からして、厄介そうではある。


「陛下、囚人達の退避は終わっております。また、地上部隊は全てが不死者ですから、どうあれ我が方に損害は無いかと。ここは退かれてもよろしいかと存じますが――いかがなさいましょう?」


 私の進言に対し、陛下は「ふむ」と唸った後、ムニエルに問われた。


「ムニエル、智天使ケルビムはそれほど強いのか?」


「あ、当たり前だ。智天使ケルビムは、戦闘能力だけなら熾天使セラフに匹敵する。だが――そんなことより、奴等は残虐なんだ。だから熾天使セラフになることが出来ない……そういうヤツ等なんだ……!」


「そうか」


 陛下はそれ以上、お答えにならない。代わりに迫る智天使ケルビムを見て、眉を顰められた。


「ん? あれは――」


 陛下が天使達の集団を指差された。見れば一頭の巨馬に跨る骸骨騎士が、空を翔けて二体の智天使ケルビムに向かっている。周囲に群がる天使達を巨大な剣で両断しつつ、一気に迫る様は圧巻だ。

 しかしいざ智天使ケルビム達に到達するや、二対一では流石に不利だったようで、苦戦を余儀なくされている。

  

「パヤーニー、あの騎士は惜しいな。奴を援護しつつ、殿を任せてもいいか?」


「ふむ、殿ですか、承知しました。では上策、中策、下策とあるが、どの策でいきましょう、ご主君」


 なにやらパヤーニーが、ドゥバーンさまの様な物言いをした。こやつも実は軍師だったのだろうか?


「策? へえ、策があるのか。どんな感じだ?」


 陛下も興味を示された。なるほど、この状況を打開する方策が三つもあるなど、パヤーニーも中々やるな。


「はっ。上策は、ぶっ飛ばして破壊してから撤退。中策は、パヤーニー・レールガンで破壊してから撤退。下策は、我が魔法で木っ端微塵にしてから撤退。

 ――まあ、オススメは中策ですな。夜空に映える余のレールガンは、実に美しいことでしょう」


 ……パヤーニーに期待した私が愚かだった。陛下も同じように、ゲンナリした表情を浮かべておられる。別に今は戦争をしている訳ではないのに、目的を見失いおって。


「上策で。レールガンや魔法は使うな。目立つし、この後の収拾がつかなくなるだろ」


「ぎょい~……」


 ◆◆


 パヤーニーがションボリしながら「機動飛翔アル・ターラ」を唱えたのは、数分前のことだ。

 

「どうも、上策だと不利だったみたいだな」


 陛下がパヤーニーの戦闘をご覧になって、こう仰った。

 確かに有無を言わさず強力な魔法を唱えようとする智天使ケルビムに対し、パヤーニーは防戦一方。とはいえ剣さえ抜いていないから、全力で戦っているとも思えない。

 一方、もう一体の智天使ケルビムと戦う骸骨騎士スカルナイトの方は、実に堂々としていてる。これでは、どちらが主従か分からない。


「とはいえ、敗北することも無いでしょう。パヤーニーどのは多分“ぶっ飛ばす”事に固執しているだけでは?」


 私は陛下の不安を取り払う為、こう言った。

 いくら私でも、串刺し公(カズィクル・ベイ)パヤーニーの伝説は知っている。彼の個人戦績はともかく、一軍を率いた戦いにおいて、彼が敗北を喫したことは一度としてない。それは、厳然たる事実だ。

 先の大戦において不死隊アタナトイが受肉し強力な部隊となったことも、結局は彼の作戦の一環だった。

 つまりパヤーニーとは、自らの肉体を犠牲にしても絶対的な勝利を求める人物ミイラなのだ。それがむざと敗れるはずが無い。


「私もそう思うわ。あれが串刺し公(カズィクル・ベイ)なら、冗談の裏にも怜悧な計算があるはず……もしかしたら今は、何かを探っているのかも知れないわね」


 私の意見に、シーリーンが一部、同意した。私との相違点は、パヤーニーの戦闘における意図だ。


「探る?」


 シーリーンの言う“何か”が気になり、私は問うた。


「さあ? わからないわ。そんなことより、地上の戦闘が片付いたみたいよ。この場をパヤーニーどのに任せるなら、私達の用はもう無いと思うのだけれど?」


 残敵を掃討し、森へ帰還しつつある不死骸骨スケルトン達を見据え、シーリーンが言った。


「そうだな。囚人たちも脱出したし、長居は無用だ。戻ろうか」


 陛下も頷いておられる。なんだか陛下とシーリーンの肩が触れ合っているのが気になるが――それはまあ、偶然だろう。


「ですが――今回は私も残りましょう。パヤーニーどのに撤退の旨を伝えなければなりませんし、何よりこれは、私達の囚人奪還作戦。陛下達ばかりに危険を押し付けていては、私達の立つ瀬がありませんから」


 む? シーリーンが陛下の袖を掴み、胸を押し付けている。

 おのれ、この女! わざと胸元を開けて、巨大な胸を陛下にチラつかせている。覆面を被ったままだから、なんだか逆にイヤらしいぞ! そうまでして、自らの意志を通したいのかっ!


「いや、しかし、シーリーンに万が一のことがあったら……」


「お願いします、陛下。今回、仲間達を救えたのは陛下達のご助力があってこそ。全てを甘える訳にはまいりません。ここは是非、私も殿しんがりに。きっとパヤーニーどののお役に立ちます」


 くぅー! ここで片膝を付くだと! もはや陛下が、貴様の胸の谷間に釘付けだ。


「へ、陛下! そうであれば、私も殿にっ! 今シーリーンを放てば、そのまま帰ってこないかも知れませぬっ!」


 私も悔しかったので、服の胸元を大きく開けて片膝をつく。どうだ! 私の胸だって形はよいのだ! 

 が――しかし陛下の目はシーリーンの胸に釘付けのまま。もういやだ……殴りたい、陛下もシーリーンも。


「そう? シュラが私を信用しないのなら、仕方が無いわね。今回は、貴女に譲るわ……」


 シーリーンが立ち上がって、陛下の脇に立つ。

 私は少しだけ、陛下に近づいた。もう、谷間だけじゃない。少しだけ、淡い果実も零してやる。どうだ、見ろ、見るのだ、陛下。

 

 しかし陛下の目は、尚もシーリーンの胸に釘付けだった。

 なんだろう? 陛下の目は節穴かな? 節穴なら、目玉なんていらないよね……じゃあ、短剣を両目に投げつけていいかな……いいよね……。


「そうだな、ここはシュラに任せよう。パヤーニを援護して、適度な所で宿に戻ってくれ」


 陛下が私の肩をポンと叩き、頷いておられる。うわ、近いっ! 私は恥ずかしさの余り、さっと胸元を隠した。


 ……って、え? どうしてこうなった? 私がパヤーニーの援護? 陛下は一体、何を仰っているのだ? シーリーンだけでは不安だから私も残ると言ったのに、なんで私だけパヤーニーと残るハメになっているのだ?


「え? いや、その……私はシーリーンと一緒に殿しんがりを……」


「じゃあ、シュラ! 俺とシーリーンは、先に宿に帰ってるからなっ! 頼んだぞっ!」


「うふふ……じゃあね、シュラ、頑張ってね。私達・・も頑張っちゃうかもしれないけれど」


 ぐぬぬぬ……おのれ、シーリーン! いったい何を頑張るというのだ、何を……! 断じて二人きりになどさせぬ! すぐに片付けて戻ってやるから、待っていやがれっ!


機動飛翔アル・ターラッ!」


 私は大地を蹴って空へ上がると、「ふうむ」と唸るパヤーニーを引っ叩いた。


「な、何をするっ!」


「一先ず、敵を“ぶっ飛ばす”という上策は忘れて下さい。そして、あの髑髏の騎士と連携して、一端敵を、遠くへ吹飛ばして頂けますか?」


「そんなことより、何故、余の頭を叩いたのだ! 崇高なる余の頭脳が、ボロボロと崩れたらどうしてくれるのだ!」


 顔をグルンと一回転させたパヤーニーが、私に文句を言う。しかし、知った事ではない。私はすぐにも宿へ戻りたいのだ。陛下と、あの淫売シーリーンを一秒足りとも二人きりにしたくない。


「――その間に、私がパヤーニーどのと髑髏の騎士に幻影サラーブを掛けましょう。されば、姿をくらまし撤退なされませ」


「なんだと? 余に退けと申すか?」


「今回の目的は、あくまでも囚人の救出。ですから、敵の撃滅に拘る意味などありません。何より、下をご覧になられよ。囚人の脱出は既に成功。敵の追撃部隊は、すでにこの天使達マラーイカを残すのみ――となれば、これ以上の交戦は無意味です」


「むぐっ……よかろう。ここで悪戯に敵を倒しきるより、その方が良いのやもしれぬ」


 パヤーニーが両目を赤く光らせている。何らかの感情が昂ぶったのかも知れないが、ともかく私の案を承知してくれた。


 下方で髑髏の騎士が中空を蹴り、敵に突撃をした。盾を前面に構え、智天使ケルビムに体当たりをする。

 凄まじい勢いだった――智天使ケルビムが、遥か彼方へ吹飛ばされてゆく。

 

 獅子の鬣の如き金色に輝く髪を靡かせ、四枚の翼を備えた上位天使が吹飛ばされる様は圧巻だ。髑髏の騎士は中空で馬首を廻らすと、パヤーニーの下へ駆け寄り礼をする。実に貫禄のある所作だった。

 一方パヤーニも貫禄はともかく、その力量は負けていなかった。

 漸く腰の剣を抜くと目にも止まらぬ速さで、もう一体の智天使ケルビムへ突進する。


 同じく剣を抜いた智天使ケルビムと中空で刃を交わすこと、数合。パヤーニーの鋭い突きが敵の胸板を貫くかと思われた瞬間――「吹き飛べ――爆風アスファッ!」


 黒髪の美しい女天使が、鋭い刺突による死を覚悟した瞬間だっただろう。彼女は体をくの字に折って、遥か彼方へと吹飛ばされていった。その紫色の目は、驚きと屈辱に満ちている。

 それはそうだろう。私だって、「そこは刺せばよかっただろう。別に殺しても構わなかったのに」と思ったくらいなのだから。


 だが、一応はこれで時間が稼げる。

 私はパヤーニーと髑髏の騎士に“幻影サラーブ”を掛けて、地上へと降りた。

 もちろん自分自身の姿も消し、闇に紛れると、急ぎ、宿へ戻ったのは言うまでもないことである。

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