表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
147/162

バレオロゴスの罠 10

 ◆


「はあ、はあ……」


 息が切れる、これ程の全力疾走は久しぶりだ。だが、一秒足りとも陛下とシーリーンを二人きりにしてなるものか!


 いや――或いはまだ、ムニエルがいるか? 

 だめだ、それは淡い期待に過ぎない。陛下は契約を施し、ムニエルを天界へ戻しておられたはず。となれば、もうヤツを鎖で繋いでおく必要はないのだから。


 そんな訳で、私は急ぎ宿へ戻ると部屋に入り、陛下とシーリーンの様子を確認した。


 すると陛下はベッドに座り、「おかえり、シュラ」と、私を優しく向かえてくれたではないか。

 シーリーンの方は、既に部屋の隅で寝息を立てている。この女――神経が図太いというか、なんというか。


 陛下は杯に水を注ぎ、手ずから私にそれを渡してくれた。余りにも私の息が切れていたからだろうが、実にありがたい。

 私は覆面を取って水を飲み干すと、さっそく陛下に尋ねてみた。


「シーリーンめに、何もされませんでしたか?」


「え? ああ、大丈夫。少し話をして、それから寝たよ。きっとシュラは、急いで戻ってくると思います――なんて言ってたけど、本当だったな」


「そりゃあ、急ぐに決まってるじゃないですか……」


 そうだ、急ぐに決まっているじゃないか。いまさら妻になりたいなどと、贅沢なことは言わない。でも私だって、少し位ご寵愛を頂いてもいいだろう。

 だって、だって……新参のジャンヌが妻になって、バカのサラスヴァティさえキスをして貰えているのだ。それなのに私には、まだ何も……ふ、ふえぇぇん。


 と、いかん。考えたら悲しくなってくる――私は、慌てて話題を変えた。


「それよりこの女狐とは、一体何を話されたのでしょう。よもや、陛下を色仕掛けで……」

 

 くっ、不覚。話題を変えるつもりが、思わず踏み込んでしまった。


「違うって、色仕掛けなんかじゃないよ。

 シーリーンは、サーリフさまを殺したことを俺に告白してきたんだ。『ご存知だと思っていましたが?』って、不思議がられてさ。

 俺がまったく糾弾しないから、そのことをずっと疑問に思っていたみたいだね」


 陛下が左手で、寝台をポフポフと叩いている。

 たぶんこれは、「ここに座れ」ということだろうが、陛下の横など恐れ多い。

 私は首を横に振って、片膝を付いた。思えば立ったままというのも、臣下が主君を見下しているようで良くない。


「いえ、陛下。私はここで充分。陛下の隣に座るなど、恐れ多うございます」


 それにしても、なんだ、そんな理由だったのか。安心したら涙が……。


「あ、あれ、シュラ。どうしてそんなにキビキビした動作で、いきなり跪くの!? 俺の隣が嫌だった!? うん、わかる。嫌だったんだよね! でもさ、ここで泣く? 俺だって悪気はないんだよ!

 隣に座れっていっても、疲れてるだろうなーと思ったからだよ! 何もしない! うん、断じてセクハラとかじゃない、違うんだ!」


 ん? 何故か陛下が慌てておられる。“せくはら”ってなんだろう?

 それより何もしないって、なんだ! 私は何かされたいのに! うう……イライラしてきた!


「陛下。五月蝿いです」


「お……おふぅ……薄暗い中で輝くシュラの赤い瞳、とても恐いよ……」 


 陛下が項垂れておられる。少し口調が厳しかったか。

 まあ、イラっとしたのは事実だ。陛下の声でシーリーンが起きたら面倒なので、ついキツく言ってしまったが、大人しくなられたのだから良しとしよう。


「――ところでサーリフさまとは、かつてのマディーナ太守のことでしょうか? そうであれば彼の死の原因は、ナセルの策略によるものと記憶しておりますが」


「ああ、そうだ。ナセルの命を受けてサーリフさまを殺した実行犯が、つまりはシーリーンだったってことさ」


「ふむ、然様でしたか。このことを白日の下に晒せば、ハールーン王はともかく、ファルナーズが黙っておらんでしょうな」


「――だから、俺は黙っていたんだ」


「陛下は、全てをご存知だったのですか?」


「そりゃあ、知っている。俺の現界の記録(カフカス・レコーズ)には、古今東西の全てがあるんだ。調べようと思えば、全ての事柄が手に取るように分かるからな」


「それでも、シーリーンをお許しになられるのですか?」


「許すも許さないも、シーリーンはナセルの命令で動いたに過ぎない。だからサーリフさまの仇はナセルだし、しかも、そのナセルをハールーンが討ち取っている――でもな……」


 陛下はここで溜息を一つ吐いて、物憂げに仰った。


「シーリーンは、ナセルの恋人だったんだってさ。厄介だろ?」


 厄介? 厄介とは、何が厄介なのだろう……はっ! そういうことか――


「はぁ……それは確かに。既にシェフェラザードさまのせいで陛下はある意味、ナセルの義弟。その上シーリーンもとなれば――些か複雑ですな」


 私は、シーリーンの長い睫毛を眺めながら言った。

 艶やかな朱色の髪に、滑らかな褐色の肌。恐らくシーリーンは、沙漠民ベドウィンの中でも際立った美女であろう。

 となれば陛下が欲情されるのも無理はないが、ナセルとシーリーンの関係を考えれば、尻込みされるのも当然だ。

 きっと「ナセルのお古を、二人も抱え込みたくない」と考えておられるに違いない。


 ふっふ……これは良いぞ、私にも運が向いてきた。

 何しろ私は、自分より弱い男に興味がないからな……生まれ出でより二百三十五年、陛下だけのシュラにございまするっ! ふっふっふ!


「シュラ。違うからね……別にそういうことを考えてた訳じゃないからね!? あと、その論法でいくと、ネフェルカーラとアエリノールも義姉妹になっちゃうけど、いいの!?」


「ドゥバーンさまもジャムカさまも、義姉妹にございます」


「ぐはっ! シュラ! なんてことを言うんだ!」


「いえ、良いのです。この地上の全ては陛下のモノ。つまりは女であれば、誰もがすべからく陛下に操を捧げ奉るべきなのです。

 ああ、ですが誰かのお古は、よろしくありませんな。やはり格式というものもございますれば、シーリーンは些か相応しくなく――この場合、今宵の伽に相応しいのは、わ、わ、わた……――く、し――もにょもにょ……――」


 私は、ここぞとばかりに力説した。

 今は深夜、夜が明けるには少し早い。シーリーンは寝ており、パヤーニーは未だ帰還せず。ならば陛下との既成事実を作るのは、今宵を於いて他になし! 

 ちょっと恥ずかしくて最後の方の言葉が曖昧になったが、私は陛下にこの身を捧げるべく立ち上がった。


 すると――


「ふいー! 余、只今帰還っ!」


 ちょうどパヤーニー(ばか)が帰還した。ヤツは“消失バニッシュ”を使っていたから、当然、何も無い空間に突如として現われたのだ。

 陛下が半ば茫然とした表情で、「あ、おかえり」と言っておられる。

 それからギチギチと首を私に向けて、問いかけられた。


「シュラ。その……さっきの話は、シュラも当てはまるってこと?」


 な、なんだろう? 改めて陛下に見つめられると、凄く恥ずかしい。もちろん当てはまると言いたいが、もう二人きりではない。パヤーニーがいる。誰かに見られながら伽のお相手をするなど、流石に無理だ。


「あ、や、やっぱり、私如きがドゥバーンさまと義姉妹になるなど、おこがましいです。何でもないです、忘れて下さいっ!」


 私はそのままシーリーンの隣に行き、彼女と同じよう壁に背中を付け、剣を抱いて眠ることにした。

 その後暫くパヤーニーと陛下の声が聞こえたが……――何の話をしているのか、私にはよくわからなかった。とにかくドキドキするし、頭の中がフワフワしていたからだ。

 考えてみれば伽の相手はともかく、陛下と同じ空間で一夜を過ごすことさえ初めてのこと。緊張して当然なのだ……。


「パヤーニー、頼むからお前も下で寝ろ! もしくは棺桶に帰れ!」


「イヤである! 今日も楽しいお話をしてくれなければ、余は寝ないのである! それに、そもそも余には睡眠など不要! 大人しくして欲しければ、ゴム人間の話の続きを所望する!」


「わかった! わかったからくっつくな! 恐い! 目が恐い! 光ってる、光ってる!」


 ◆◆


 早朝、私は陛下の腕枕で眠るパヤーニーに蹴りを入れ、叩き起こす。陛下に教わった“踵落とし”なる打撃技だ。

 まったく――ミイラならミイラらしく棺桶で眠ればよいものを。というか、ミイラは寝ないのではなかったか?


 むっくり起きたミイラは腹を擦りながら、私に窪んだ眼窩を向けた。


「おお、もう朝か。余がここに居ては、色々と問題があろう。ちょっと姿を消しておるから、陛下によろしく。いつでもお側におると、そう伝えておいてくれ」


 言うなりパヤーニーは“消失バニッシュ”を唱え、姿を消した。

 ヤツの言う問題とは、この宿に泊まっている人数的なものと、それからバレオロゴス側の監視のことだろう。宿の主人もバレオロゴスの間者も、我等を三人と認識しているはずだからだ。

 実際、朝も早いというのに、無数の気配が窓の外から感じられた。しっかりと見張られている。

 扉の外からは廊下を忙しなく行き交う人々の足音が、“ドスドス”と響いていた。


“コンコン”


「巡検士さま、朝食の用意が出来ております」


 給仕の女だろう。部屋を順にノックして回り、朝食の時間を告げているようだ。


「ああ、今行く」


 恐らく返事をしなければ合鍵を使い扉を開けて、部屋の中まで入ってくるのだろう。その時パヤーニーが寝ていたら、どうなるか。

 まあ――想像すると少し面白い気もするが、そういう悪戯は休暇の時にでもやればいい。

 しかし、休暇の時までパヤーニーと一緒というのは嫌だな。とすると、この悪戯はお蔵入りだ。


 私が新しい服に着替えていると、シーリーンが立ち上がった。

 どうやらこの女は、着替えを持っていないらしい。物欲し気な目で私を見ている。

 仕方なく私は予備の衣服をシーリーンに渡し、巡検士らしく身支度を整えさせた。

 マントを与えなければ将軍位には見えないし、私の従卒であれば女であることも不自然ではない。だが――


「服を貸してくれるのは嬉しいけれど、胸が苦しいわね」


 シーリーンはどうやら、命がいらないらしい。私は静かに剣を抜き、無礼な雌豚に迫る。


「シュ、シュラ! どうしたんだ! 泣きながら剣を構えてっ!」


 う? 身体が動かない。凄まじい力だ。

 私はいつの間にか起きた陛下に、羽交い絞めにされていた。


「は、離さないで下さいっ!」


「えっ、シュラ!? まったく意味が分からないよっ!? でも、剣はしまってくれっ!」


 ……結局、服の留め金を二つ開ける事で、シーリーンの胸は零れながらも私の服に収まった。お陰で褐色の熟れた果実が陛下の視界に飛び込む惨事となるが、これは止むを得まい。

 私も直接陛下に触れたことだし、痛み分けといったところか。


 準備を整えてから一階に降りると、そこは朝の喧騒に溢れていた。

 これから仕事へ向かう男達が、慌てて朝食を掻き込んでいる。宿の主人も給仕を手伝い、食堂は上へ下への大騒ぎだ。

 これは出直した方がよいか? と思ったが、どうやら私達の席は奥に準備されているようであった。


「ああ、巡検士さまの席はあちらで。お代も充分頂いてるんでね、この位はさせて頂きますよっ!」


 なるほど、そういうことか――と納得して、私達は席へ向かう。

 さて、あとはシーリーンに陛下の隣を奪われぬよう、座席を確保だ!

 む、む。バレないよう横を常に確保し、さり気なく陛下を奥の席へ誘導。その隣に私が座る。 

 よし! 問題ない。上手くいったぞ。

 なんとなくシーリーンがジットリとした目を私に向けているが、知ったことかっ! この爆弾巨乳女めっ!


 朝食はヨーグルトとパン、それから塩味のスープだ。決して豪勢とは言えないが、昨日の朝食よりマシだな。これが庶民の食事というものだろう。

 シーリーンはパンを見つめ、スープに浸してゆっくりと咀嚼している。浮かない顔をしているのは、この食事に不満があるからだろうか?


「なんだ、シーリーン。この食事では不満か?」


 私は一応、聞いてみた。シーリーンは元々ナセルの将。ならばこの食事を、「なんたる粗食」と思っているやもしれぬ。

 もっとも――ここ数年、この女はスラム暮らしのはずだ。そんなことを言い始めたら、盛大に突っ込んでやるがな。


「不満なんて無いわ……しいて言えば、そんな自分に不満がある……といったところ」


 儚げな微笑を浮かべ、シーリーンが言った。


「シーリーン、年月は人を変える。俺達はもう、敵じゃない」


 陛下が、正面に座るシーリーンの頬に右手を当てている。あ! シーリーンの目に涙が! それを陛下が親指で拭っておられる!


「そうね、本当に変わったわ。貴方は逞しくなって、今や巨大な帝国の主になった。でも私は……」


 む、む……なんだか陛下とシーリーンが、二人の世界に入っている。わ、私も泣こう。涙を拭ってもらわねば。むぐぐっ……。


「……ああ。今だからこそ、俺はサーリフさまのお気持ちが分かる。ナセルの気持ちも分かる。誰もシーリーン――君の不幸を願ってはいない」


 いいえ、陛下。たった今、私はシーリーンが地獄に落ちることを望んでおります。

 いつまで隣で、身を乗り出してシーリーン(バカ女)とイチャついているんですかっ! 私だって泣いているんですよっ!


「でも、あの子は――」


 ほっ……シーリーン。まさかお前が私の涙に気付き、気を使ってくれるとはな。


「大丈夫、ファルナーズだって、きっと分かってくれるさ」


「慰めてくれるのですね、ありがとう。お礼を……言わせてもらうわ」


 ん? ファルナーズ? 

 んがぁぁぁっ! 二人とも、燃えろ! 燃えてしまえ! あんな小鬼娘なんて、今はどうだっていいだろう! 私をどれだけギャン無視すれば気が済むというのだ!?


「いいさ、シーリーン。その代わり昨日の件、考えておいてくれよ?」


「……皇帝陛下の願いですものね――もちろん。今回の件が終わるまでには、必ず答えを出します」


 む、何やら意味深な会話だな?

 まさか陛下は、シーリーンも妻になさるおつもりか? 

 身分は確かに、申し分ない。ハールーン王と姻戚関係になる意味も大きいだろう。だがしかし、だがしかし……私としては、いきなりポッと出の女に陛下を奪われるようなもの。断じて許し難し!

 

「――ところで、シュラ。貴女、さっきから何? 服ばっかり齧って。――ああ、朝食、全部食べちゃったのね?」


 あ。シーリーンが私に気付いた。それにつられて、陛下も私の顔を覗き込む。


「あ、ホントだ。あれ、シュラ、目も真っ赤だぞ?」


「へ、陛下っ! それは……だってっ!」


「ああ、そうか。シュラはいっぱい食べるもんなぁ。これじゃ、全然足りなかったんだな。ほら、俺の分のパンもあげるよ。ヨーグルトは……ちょっと口を付けちゃったけど、いる?」


「いりますっ!」


 うおおお! 陛下の食べかけのヨーグルトを貰った! これで私と陛下は、間接的にキスをしたことになるぞ! うふふ……嬉しいな。


「良かった、シュラが喜んでくれて。きっと昨日頑張ったから、お腹が減ってたんだな」


 陛下の言葉を聞いたシーリーンが、目を細めている。


「多分、そういうことじゃないと思うけれど……陛下はお気づきになりません?」


「へ、何を?」

 

 ◆◆◆


 私達が食事を終えて立ち上がると、入り口からドタドタと慌しい音が聞こえた。振り向いて見ると、全身鎧に身を包んだ茶色髪の男が、ちょうど店に入ってきたところだった。

 男の鎧の胸元には、盾と五頭竜の紋章がある。これは同盟国であるバレオロゴス騎士団の証。つまり彼は、れっきと大公国軍の一員なのだ。


「ここに帝国の巡検士殿が居られると聞いたが、事実か?」


 男は早足で食堂の奥へ行き、宿の主人を問い詰める。見れば男は随分と大柄で、髪と同色の無精髭を生やした厳しい顔つきをしていた。

 そんな男に掴みかからんばかりの勢いで迫られては、宿の主人に抵抗する術などあるはずもない。彼は私達の方を指差し、「あちらが、巡検士さまのご一行です」と、申し訳無さそうに言った。


 鎧の男は足の向きを変えて、再びドタドタと――今度は私達を目掛けて歩んでくる。

 私は腰の曲刀を確認し、立ち上がった。すると男は私の前で跪き、自らをこう名乗ったのだ。


「私はバレオロゴス騎士団副団長、ベリサリウスと申します。此度は内々に巡検士さまへ申し上げたき議があり、無礼を承知でまかりこしました!」


 いやいや――どこが内々だ? 食堂中に響く大声で、思いっきり目立っているぞ。

 私はまず、横目で陛下に確認した。頷いていらっしゃるから、話を聞けということだろう。ならば問題ない。

 私達はベリサリウスを連れて部屋へ戻り、話を聞くことにした。


 部屋に入ると、異様な圧迫感を感じた。ベリサリウスは長身であられる陛下よりも、さらに頭一つ分大きい。横幅は、パヤーニー四人分といったところか。だが太っている、という印象は無い。見るからに猛将といった雰囲気だ。

 昨夜襲撃した際この男を見ていないから、また別の部隊だったのだろう。

 もし昨夜この男が敵にいたら、不死隊アタナトイは苦戦を強いられたかも知れない。そういう力を感じさせる佇まいだった。


 私と陛下が床に座り、ベリサリウスの話を待っていると、彼は戸惑ったように片膝を付く。

 ああ、そうか。この国の基本は椅子だったな。つい本国にいる癖で、普通に座ってしまった。

 シーリーンは窓際に立ち、周囲を警戒している。

 ……ていうか、陛下。貴方も今だけは、私の従者のはず。

 私は一つ咳払いをして、陛下の膝を揺すった。「こほ……ん。従者、従者は警戒」

 小声で言ったが、何とか陛下に伝わったようだ。陛下はスッと立ち上がり、入り口の扉に耳を当てた。


「あ、その――私は帝国に行ったことがありませんので、作法が……座る方が良いのでしょうか?」


 シドロモドロに語るベリサリウスに、私は苛立ちを覚えた。

 どうもこの男は、応用が利かぬらしい。猛将ではあっても、名将になれぬ男か。


「作法など、どうでも構わぬ、用件を申せ。どうせ私は、今日にも宮殿へ参ろうと思っていた。それを私が大公閣下に会う前に、無粋にもお前はここへやってきたのだ。

 だから作法などどうでも良いが、つまらぬ事を申せば、貴様を罪人として処断するぞ。その覚悟あってのことであれば、さっさと話せ。そうでなければ、脱兎の如くこの場を去るがよい」


「はっ……されば」


 私の言葉に表情を引き締め、ベリサリウスが語り始めた。結局、大きな身体を縮めて、片膝を付いたままだ。

 

「このようなことを申したくありませぬが――現在、大公レオ五世を名乗る男は、まったくの偽物にございます」


 この男はいきなり、とんでもないことを言う。もしもレオが偽物なら、一体何者が彼に成りすましているというのか。私は腕を組み、首を傾げた。


「その証拠は?」


「はっ、我が邸に、本物のレオ五世閣下を匿ってございますれば、巡検士どのに、是非お会いして頂きとう存じます」


 陛下が頷いておられる。

 確かに、この話が事実であれば、現在のバレオロゴスを糾弾する有力な材料だ。捨て置く事は出来ない。

 私は立ち上がり、ベリサリウスへ言った。


「わかった。ならば貴様の邸へ、さっそく案内せよ。貴様の言が真実であれば、私が向かうべきは宮殿にあらず。まずは、そちらであろう」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ