バレオロゴスの罠 10
◆
「はあ、はあ……」
息が切れる、これ程の全力疾走は久しぶりだ。だが、一秒足りとも陛下とシーリーンを二人きりにしてなるものか!
いや――或いはまだ、ムニエルがいるか?
だめだ、それは淡い期待に過ぎない。陛下は契約を施し、ムニエルを天界へ戻しておられたはず。となれば、もうヤツを鎖で繋いでおく必要はないのだから。
そんな訳で、私は急ぎ宿へ戻ると部屋に入り、陛下とシーリーンの様子を確認した。
すると陛下はベッドに座り、「おかえり、シュラ」と、私を優しく向かえてくれたではないか。
シーリーンの方は、既に部屋の隅で寝息を立てている。この女――神経が図太いというか、なんというか。
陛下は杯に水を注ぎ、手ずから私にそれを渡してくれた。余りにも私の息が切れていたからだろうが、実にありがたい。
私は覆面を取って水を飲み干すと、さっそく陛下に尋ねてみた。
「シーリーンめに、何もされませんでしたか?」
「え? ああ、大丈夫。少し話をして、それから寝たよ。きっとシュラは、急いで戻ってくると思います――なんて言ってたけど、本当だったな」
「そりゃあ、急ぐに決まってるじゃないですか……」
そうだ、急ぐに決まっているじゃないか。いまさら妻になりたいなどと、贅沢なことは言わない。でも私だって、少し位ご寵愛を頂いてもいいだろう。
だって、だって……新参のジャンヌが妻になって、バカのサラスヴァティさえキスをして貰えているのだ。それなのに私には、まだ何も……ふ、ふえぇぇん。
と、いかん。考えたら悲しくなってくる――私は、慌てて話題を変えた。
「それよりこの女狐とは、一体何を話されたのでしょう。よもや、陛下を色仕掛けで……」
くっ、不覚。話題を変えるつもりが、思わず踏み込んでしまった。
「違うって、色仕掛けなんかじゃないよ。
シーリーンは、サーリフさまを殺したことを俺に告白してきたんだ。『ご存知だと思っていましたが?』って、不思議がられてさ。
俺がまったく糾弾しないから、そのことをずっと疑問に思っていたみたいだね」
陛下が左手で、寝台をポフポフと叩いている。
たぶんこれは、「ここに座れ」ということだろうが、陛下の横など恐れ多い。
私は首を横に振って、片膝を付いた。思えば立ったままというのも、臣下が主君を見下しているようで良くない。
「いえ、陛下。私はここで充分。陛下の隣に座るなど、恐れ多うございます」
それにしても、なんだ、そんな理由だったのか。安心したら涙が……。
「あ、あれ、シュラ。どうしてそんなにキビキビした動作で、いきなり跪くの!? 俺の隣が嫌だった!? うん、わかる。嫌だったんだよね! でもさ、ここで泣く? 俺だって悪気はないんだよ!
隣に座れっていっても、疲れてるだろうなーと思ったからだよ! 何もしない! うん、断じてセクハラとかじゃない、違うんだ!」
ん? 何故か陛下が慌てておられる。“せくはら”ってなんだろう?
それより何もしないって、なんだ! 私は何かされたいのに! うう……イライラしてきた!
「陛下。五月蝿いです」
「お……おふぅ……薄暗い中で輝くシュラの赤い瞳、とても恐いよ……」
陛下が項垂れておられる。少し口調が厳しかったか。
まあ、イラっとしたのは事実だ。陛下の声でシーリーンが起きたら面倒なので、ついキツく言ってしまったが、大人しくなられたのだから良しとしよう。
「――ところでサーリフさまとは、かつてのマディーナ太守のことでしょうか? そうであれば彼の死の原因は、ナセルの策略によるものと記憶しておりますが」
「ああ、そうだ。ナセルの命を受けてサーリフさまを殺した実行犯が、つまりはシーリーンだったってことさ」
「ふむ、然様でしたか。このことを白日の下に晒せば、ハールーン王はともかく、ファルナーズが黙っておらんでしょうな」
「――だから、俺は黙っていたんだ」
「陛下は、全てをご存知だったのですか?」
「そりゃあ、知っている。俺の現界の記録には、古今東西の全てがあるんだ。調べようと思えば、全ての事柄が手に取るように分かるからな」
「それでも、シーリーンをお許しになられるのですか?」
「許すも許さないも、シーリーンはナセルの命令で動いたに過ぎない。だからサーリフさまの仇はナセルだし、しかも、そのナセルをハールーンが討ち取っている――でもな……」
陛下はここで溜息を一つ吐いて、物憂げに仰った。
「シーリーンは、ナセルの恋人だったんだってさ。厄介だろ?」
厄介? 厄介とは、何が厄介なのだろう……はっ! そういうことか――
「はぁ……それは確かに。既にシェフェラザードさまのせいで陛下はある意味、ナセルの義弟。その上シーリーンもとなれば――些か複雑ですな」
私は、シーリーンの長い睫毛を眺めながら言った。
艶やかな朱色の髪に、滑らかな褐色の肌。恐らくシーリーンは、沙漠民の中でも際立った美女であろう。
となれば陛下が欲情されるのも無理はないが、ナセルとシーリーンの関係を考えれば、尻込みされるのも当然だ。
きっと「ナセルのお古を、二人も抱え込みたくない」と考えておられるに違いない。
ふっふ……これは良いぞ、私にも運が向いてきた。
何しろ私は、自分より弱い男に興味がないからな……生まれ出でより二百三十五年、陛下だけのシュラにございまするっ! ふっふっふ!
「シュラ。違うからね……別にそういうことを考えてた訳じゃないからね!? あと、その論法でいくと、ネフェルカーラとアエリノールも義姉妹になっちゃうけど、いいの!?」
「ドゥバーンさまもジャムカさまも、義姉妹にございます」
「ぐはっ! シュラ! なんてことを言うんだ!」
「いえ、良いのです。この地上の全ては陛下のモノ。つまりは女であれば、誰もがすべからく陛下に操を捧げ奉るべきなのです。
ああ、ですが誰かのお古は、よろしくありませんな。やはり格式というものもございますれば、シーリーンは些か相応しくなく――この場合、今宵の伽に相応しいのは、わ、わ、わた……――く、し――もにょもにょ……――」
私は、ここぞとばかりに力説した。
今は深夜、夜が明けるには少し早い。シーリーンは寝ており、パヤーニーは未だ帰還せず。ならば陛下との既成事実を作るのは、今宵を於いて他になし!
ちょっと恥ずかしくて最後の方の言葉が曖昧になったが、私は陛下にこの身を捧げるべく立ち上がった。
すると――
「ふいー! 余、只今帰還っ!」
ちょうどパヤーニーが帰還した。ヤツは“消失”を使っていたから、当然、何も無い空間に突如として現われたのだ。
陛下が半ば茫然とした表情で、「あ、おかえり」と言っておられる。
それからギチギチと首を私に向けて、問いかけられた。
「シュラ。その……さっきの話は、シュラも当てはまるってこと?」
な、なんだろう? 改めて陛下に見つめられると、凄く恥ずかしい。もちろん当てはまると言いたいが、もう二人きりではない。パヤーニーがいる。誰かに見られながら伽のお相手をするなど、流石に無理だ。
「あ、や、やっぱり、私如きがドゥバーンさまと義姉妹になるなど、おこがましいです。何でもないです、忘れて下さいっ!」
私はそのままシーリーンの隣に行き、彼女と同じよう壁に背中を付け、剣を抱いて眠ることにした。
その後暫くパヤーニーと陛下の声が聞こえたが……――何の話をしているのか、私にはよくわからなかった。とにかくドキドキするし、頭の中がフワフワしていたからだ。
考えてみれば伽の相手はともかく、陛下と同じ空間で一夜を過ごすことさえ初めてのこと。緊張して当然なのだ……。
「パヤーニー、頼むからお前も下で寝ろ! もしくは棺桶に帰れ!」
「イヤである! 今日も楽しいお話をしてくれなければ、余は寝ないのである! それに、そもそも余には睡眠など不要! 大人しくして欲しければ、ゴム人間の話の続きを所望する!」
「わかった! わかったからくっつくな! 恐い! 目が恐い! 光ってる、光ってる!」
◆◆
早朝、私は陛下の腕枕で眠るパヤーニーに蹴りを入れ、叩き起こす。陛下に教わった“踵落とし”なる打撃技だ。
まったく――ミイラならミイラらしく棺桶で眠ればよいものを。というか、ミイラは寝ないのではなかったか?
むっくり起きたミイラは腹を擦りながら、私に窪んだ眼窩を向けた。
「おお、もう朝か。余がここに居ては、色々と問題があろう。ちょっと姿を消しておるから、陛下によろしく。いつでもお側におると、そう伝えておいてくれ」
言うなりパヤーニーは“消失”を唱え、姿を消した。
ヤツの言う問題とは、この宿に泊まっている人数的なものと、それからバレオロゴス側の監視のことだろう。宿の主人もバレオロゴスの間者も、我等を三人と認識しているはずだからだ。
実際、朝も早いというのに、無数の気配が窓の外から感じられた。しっかりと見張られている。
扉の外からは廊下を忙しなく行き交う人々の足音が、“ドスドス”と響いていた。
“コンコン”
「巡検士さま、朝食の用意が出来ております」
給仕の女だろう。部屋を順にノックして回り、朝食の時間を告げているようだ。
「ああ、今行く」
恐らく返事をしなければ合鍵を使い扉を開けて、部屋の中まで入ってくるのだろう。その時パヤーニーが寝ていたら、どうなるか。
まあ――想像すると少し面白い気もするが、そういう悪戯は休暇の時にでもやればいい。
しかし、休暇の時までパヤーニーと一緒というのは嫌だな。とすると、この悪戯はお蔵入りだ。
私が新しい服に着替えていると、シーリーンが立ち上がった。
どうやらこの女は、着替えを持っていないらしい。物欲し気な目で私を見ている。
仕方なく私は予備の衣服をシーリーンに渡し、巡検士らしく身支度を整えさせた。
マントを与えなければ将軍位には見えないし、私の従卒であれば女であることも不自然ではない。だが――
「服を貸してくれるのは嬉しいけれど、胸が苦しいわね」
シーリーンはどうやら、命がいらないらしい。私は静かに剣を抜き、無礼な雌豚に迫る。
「シュ、シュラ! どうしたんだ! 泣きながら剣を構えてっ!」
う? 身体が動かない。凄まじい力だ。
私はいつの間にか起きた陛下に、羽交い絞めにされていた。
「は、離さないで下さいっ!」
「えっ、シュラ!? まったく意味が分からないよっ!? でも、剣はしまってくれっ!」
……結局、服の留め金を二つ開ける事で、シーリーンの胸は零れながらも私の服に収まった。お陰で褐色の熟れた果実が陛下の視界に飛び込む惨事となるが、これは止むを得まい。
私も直接陛下に触れたことだし、痛み分けといったところか。
準備を整えてから一階に降りると、そこは朝の喧騒に溢れていた。
これから仕事へ向かう男達が、慌てて朝食を掻き込んでいる。宿の主人も給仕を手伝い、食堂は上へ下への大騒ぎだ。
これは出直した方がよいか? と思ったが、どうやら私達の席は奥に準備されているようであった。
「ああ、巡検士さまの席はあちらで。お代も充分頂いてるんでね、この位はさせて頂きますよっ!」
なるほど、そういうことか――と納得して、私達は席へ向かう。
さて、あとはシーリーンに陛下の隣を奪われぬよう、座席を確保だ!
む、む。バレないよう横を常に確保し、さり気なく陛下を奥の席へ誘導。その隣に私が座る。
よし! 問題ない。上手くいったぞ。
なんとなくシーリーンがジットリとした目を私に向けているが、知ったことかっ! この爆弾巨乳女めっ!
朝食はヨーグルトとパン、それから塩味のスープだ。決して豪勢とは言えないが、昨日の朝食よりマシだな。これが庶民の食事というものだろう。
シーリーンはパンを見つめ、スープに浸してゆっくりと咀嚼している。浮かない顔をしているのは、この食事に不満があるからだろうか?
「なんだ、シーリーン。この食事では不満か?」
私は一応、聞いてみた。シーリーンは元々ナセルの将。ならばこの食事を、「なんたる粗食」と思っているやもしれぬ。
もっとも――ここ数年、この女はスラム暮らしのはずだ。そんなことを言い始めたら、盛大に突っ込んでやるがな。
「不満なんて無いわ……しいて言えば、そんな自分に不満がある……といったところ」
儚げな微笑を浮かべ、シーリーンが言った。
「シーリーン、年月は人を変える。俺達はもう、敵じゃない」
陛下が、正面に座るシーリーンの頬に右手を当てている。あ! シーリーンの目に涙が! それを陛下が親指で拭っておられる!
「そうね、本当に変わったわ。貴方は逞しくなって、今や巨大な帝国の主になった。でも私は……」
む、む……なんだか陛下とシーリーンが、二人の世界に入っている。わ、私も泣こう。涙を拭ってもらわねば。むぐぐっ……。
「……ああ。今だからこそ、俺はサーリフさまのお気持ちが分かる。ナセルの気持ちも分かる。誰もシーリーン――君の不幸を願ってはいない」
いいえ、陛下。たった今、私はシーリーンが地獄に落ちることを望んでおります。
いつまで隣で、身を乗り出してシーリーンとイチャついているんですかっ! 私だって泣いているんですよっ!
「でも、あの子は――」
ほっ……シーリーン。まさかお前が私の涙に気付き、気を使ってくれるとはな。
「大丈夫、ファルナーズだって、きっと分かってくれるさ」
「慰めてくれるのですね、ありがとう。お礼を……言わせてもらうわ」
ん? ファルナーズ?
んがぁぁぁっ! 二人とも、燃えろ! 燃えてしまえ! あんな小鬼娘なんて、今はどうだっていいだろう! 私をどれだけギャン無視すれば気が済むというのだ!?
「いいさ、シーリーン。その代わり昨日の件、考えておいてくれよ?」
「……皇帝陛下の願いですものね――もちろん。今回の件が終わるまでには、必ず答えを出します」
む、何やら意味深な会話だな?
まさか陛下は、シーリーンも妻になさるおつもりか?
身分は確かに、申し分ない。ハールーン王と姻戚関係になる意味も大きいだろう。だがしかし、だがしかし……私としては、いきなりポッと出の女に陛下を奪われるようなもの。断じて許し難し!
「――ところで、シュラ。貴女、さっきから何? 服ばっかり齧って。――ああ、朝食、全部食べちゃったのね?」
あ。シーリーンが私に気付いた。それにつられて、陛下も私の顔を覗き込む。
「あ、ホントだ。あれ、シュラ、目も真っ赤だぞ?」
「へ、陛下っ! それは……だってっ!」
「ああ、そうか。シュラはいっぱい食べるもんなぁ。これじゃ、全然足りなかったんだな。ほら、俺の分のパンもあげるよ。ヨーグルトは……ちょっと口を付けちゃったけど、いる?」
「いりますっ!」
うおおお! 陛下の食べかけのヨーグルトを貰った! これで私と陛下は、間接的にキスをしたことになるぞ! うふふ……嬉しいな。
「良かった、シュラが喜んでくれて。きっと昨日頑張ったから、お腹が減ってたんだな」
陛下の言葉を聞いたシーリーンが、目を細めている。
「多分、そういうことじゃないと思うけれど……陛下はお気づきになりません?」
「へ、何を?」
◆◆◆
私達が食事を終えて立ち上がると、入り口からドタドタと慌しい音が聞こえた。振り向いて見ると、全身鎧に身を包んだ茶色髪の男が、ちょうど店に入ってきたところだった。
男の鎧の胸元には、盾と五頭竜の紋章がある。これは同盟国であるバレオロゴス騎士団の証。つまり彼は、れっきと大公国軍の一員なのだ。
「ここに帝国の巡検士殿が居られると聞いたが、事実か?」
男は早足で食堂の奥へ行き、宿の主人を問い詰める。見れば男は随分と大柄で、髪と同色の無精髭を生やした厳しい顔つきをしていた。
そんな男に掴みかからんばかりの勢いで迫られては、宿の主人に抵抗する術などあるはずもない。彼は私達の方を指差し、「あちらが、巡検士さまのご一行です」と、申し訳無さそうに言った。
鎧の男は足の向きを変えて、再びドタドタと――今度は私達を目掛けて歩んでくる。
私は腰の曲刀を確認し、立ち上がった。すると男は私の前で跪き、自らをこう名乗ったのだ。
「私はバレオロゴス騎士団副団長、ベリサリウスと申します。此度は内々に巡検士さまへ申し上げたき議があり、無礼を承知でまかりこしました!」
いやいや――どこが内々だ? 食堂中に響く大声で、思いっきり目立っているぞ。
私はまず、横目で陛下に確認した。頷いていらっしゃるから、話を聞けということだろう。ならば問題ない。
私達はベリサリウスを連れて部屋へ戻り、話を聞くことにした。
部屋に入ると、異様な圧迫感を感じた。ベリサリウスは長身であられる陛下よりも、さらに頭一つ分大きい。横幅は、パヤーニー四人分といったところか。だが太っている、という印象は無い。見るからに猛将といった雰囲気だ。
昨夜襲撃した際この男を見ていないから、また別の部隊だったのだろう。
もし昨夜この男が敵にいたら、不死隊は苦戦を強いられたかも知れない。そういう力を感じさせる佇まいだった。
私と陛下が床に座り、ベリサリウスの話を待っていると、彼は戸惑ったように片膝を付く。
ああ、そうか。この国の基本は椅子だったな。つい本国にいる癖で、普通に座ってしまった。
シーリーンは窓際に立ち、周囲を警戒している。
……ていうか、陛下。貴方も今だけは、私の従者のはず。
私は一つ咳払いをして、陛下の膝を揺すった。「こほ……ん。従者、従者は警戒」
小声で言ったが、何とか陛下に伝わったようだ。陛下はスッと立ち上がり、入り口の扉に耳を当てた。
「あ、その――私は帝国に行ったことがありませんので、作法が……座る方が良いのでしょうか?」
シドロモドロに語るベリサリウスに、私は苛立ちを覚えた。
どうもこの男は、応用が利かぬらしい。猛将ではあっても、名将になれぬ男か。
「作法など、どうでも構わぬ、用件を申せ。どうせ私は、今日にも宮殿へ参ろうと思っていた。それを私が大公閣下に会う前に、無粋にもお前はここへやってきたのだ。
だから作法などどうでも良いが、つまらぬ事を申せば、貴様を罪人として処断するぞ。その覚悟あってのことであれば、さっさと話せ。そうでなければ、脱兎の如くこの場を去るがよい」
「はっ……されば」
私の言葉に表情を引き締め、ベリサリウスが語り始めた。結局、大きな身体を縮めて、片膝を付いたままだ。
「このようなことを申したくありませぬが――現在、大公レオ五世を名乗る男は、まったくの偽物にございます」
この男はいきなり、とんでもないことを言う。もしもレオが偽物なら、一体何者が彼に成りすましているというのか。私は腕を組み、首を傾げた。
「その証拠は?」
「はっ、我が邸に、本物のレオ五世閣下を匿ってございますれば、巡検士どのに、是非お会いして頂きとう存じます」
陛下が頷いておられる。
確かに、この話が事実であれば、現在のバレオロゴスを糾弾する有力な材料だ。捨て置く事は出来ない。
私は立ち上がり、ベリサリウスへ言った。
「わかった。ならば貴様の邸へ、さっそく案内せよ。貴様の言が真実であれば、私が向かうべきは宮殿にあらず。まずは、そちらであろう」




