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『また従妹に譲ってくれ』が四十八回目だったので、儀礼台帳を白紙に戻しました  作者: ヲワ・おわり


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第69話 アシュリー・ノルディア

 台帳の引き継ぎは、辞令が出た三日後に行われた。


 書斎の卓の上に、台帳が広げられていた。ロドリクが各章の構成を説明した。儀礼の種類ごとに分類された章立て。記録の形式。過去に行われた改訂箇所と、その理由。アシュリーは聞きながら、ページを順に見ていった。丁寧に書かれた文字があった。前任者の手だった。字の形に、仕事への態度が出ていた。急いで書いた字ではなかった。


 王都でも台帳を扱ってきた。その台帳と比べると、ノルディアの台帳は項目の数が少なかった。小さな城館の記録だった。でも小さいからといって、粗いわけではなかった。必要なことが、必要な場所に書いてあった。余計なものがなかった。それがこの城館らしいと思った。


 一通りの説明が終わった後、ロドリクが表紙をめくって、二枚目のページを開いた。


「婚約者として、名前を記入してください」


 そのページには「ノルディア辺境侯爵 婚約者・配偶者記録」と書かれていた。上から数行に、古い筆跡があった。代々の記録だった。一番最初の筆跡は、インクが薄くなっていた。何十年も前のものだろう。そこから順に、新しくなっていった。ロドリクの名前が末尾近くにあった。その下に、次の記録を待っている空白があった。


 ロドリクがペンを差し出した。アシュリーはそれを受け取った。使い込まれたペンだった。でも先が整っていた。定期的に手入れされているペンだった。こういう道具の持ち方が、この人らしかった。


 空白を見た。


 インクの匂いがした。台帳特有の匂いだった。どの台帳も同じ匂いがした。王都でもノルディアでも、台帳はこの匂いがした。


 空白の前に、ロドリクの名前があった。「ロドリク・ノルディア」と書かれていた。この字を書いた人間が今どういう人間であるかを、アシュリーは知っていた。ここに来る前には知らなかった。ここで四ヶ月かけて、少しずつ知った。その人間の名前の下に、自分の名前を書く。その順番が、今日ここにあった。


 ペンを持ったまま、少しの間、何も書かなかった。


 四年前の夜のことを思い出した。管理局の台帳だった。婚約解消の処理を、自分でした。自分の名前の横に、一本の横線を引いた。横線を引きながら、何も感じないようにしていた。感じないようにしながら、感じていた。その矛盾を、あの夜はどこにも置けなかった。横線を引いて、台帳を閉じた。引き出しにしまった。翌朝もその台帳を使って仕事をした。何も変わらなかったように。


 横線一本で消えた名前だった。消した後も台帳は台帳だった。仕事は仕事だった。横線の上から別の仕事が積まれて、名前があったことを忘れるように作業が続いた。


 今日は別の台帳の、別の空白だった。


 ロドリクは何も言わずに待っていた。この人はいつもそうだった。急かさなかった。


 ペンを紙に近づけた。インクの先端が、わずかに紙に触れた。


「アシュリー・ノルディア」


 書いた。文字が残った。自分の筆跡だった。四年間、台帳に書き続けてきた手と同じ手が、今日この名前を書いた。筆圧が安定していた。急いでいなかった。迷いがなかった。ペンが紙の上を動く感触が、手のひらに伝わってきた。五文字だった。横線一本で消した時とは、重みが違った。


 ペンを置いた。


 少しの間、書いた名前を見た。「アシュリー・ノルディア」という五文字が、そこにあった。消していない名前だった。消される予定のない名前だった。


 王都にいた頃、名前というものは役割の印だった。「アシュリー・ヴェルヴェント」という名前は、儀礼管理の担当者だという意味だった。名前で呼ばれる時は、仕事を求められている時だった。名前と仕事は同じものだった。だから名前が消えた時、アシュリーは仕事を失ったと思った。仕事を失った時、どこにいればいいかわからなくなった。


 今日書いた名前は、違った。仕事のための名前ではなかった。ここにいる人間の名前だった。


「……不思議ですね」


 アシュリーは言った。


「何がですか」


 ロドリクが聞いた。


「名前を消した夜のことを、今も覚えています。どんな気持ちで横線を引いたか。ペンがどのくらい重かったか」


 台帳から目を上げずに言った。


「でも、今この名前を書いた時の方が、ずっと正しい気がします」


 ロドリクが少しの間黙った。


「……それが正しい」


 短い言葉だった。解説も理由もなかった。ただそれだけの言葉だった。その短さが、却って重かった。この人はいつも、多くを言わない。言わなくていいことは言わない。その代わり、言った言葉は正確だった。「それが正しい」という言葉は、正確だった。あの夜を否定しなかった。今日を過剰に称えなかった。ただ「それが正しい」と言った。その正確さが、アシュリーには届いた。


 アシュリーはインクが乾くのを待った。ページを見た。自分の名前があった。


 消えない名前だった。横線が引かれる予定のない名前だった。役割が終わったからといって消されない名前だった。ここにいる人間の名前として、この台帳にある名前だった。


 インクが乾いた。乾くのを見ていた。ロドリクが台帳を受け取った。丁寧に閉じた。


 窓の外で風が通った。書斎のカーテンがわずかに揺れた。春の終わりの風だった。これからここで、いくつかの季節が来る。アシュリーはそれを知っていた。


 季節が変わった。ノルディアの北方に、初めての秋が来た。

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