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『また従妹に譲ってくれ』が四十八回目だったので、儀礼台帳を白紙に戻しました  作者: ヲワ・おわり


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第62話 署名

 アシュリーはペンを署名欄に向けた。


 署名欄の左端に薄く印刷された文字があった。「解消当事者署名」と書かれていた。宮廷書面の定型だった。見慣れた印刷だった。欄の幅は名前を書くのにちょうどよかった。


 アシュリーは息を一度、ゆっくり吐いた。


 ペンが動いた。


 ア、シ、ュ、リ、ー。四年間、何十回と書いてきた文字だった。台帳の主賓欄に書いてきた。書記局の提出書類に書いてきた。来賓の案内状に書いてきた。毎年同じ字で書いてきた。筆圧も癖も変わらなかった。


 今日もそれと同じ字だった。「アシュリー・ヴェルヴェント」という文字を、婚約解消の書類に書いている、ということが少し奇妙な感じがした。奇妙というのは、悪い意味ではなかった。ただ、そういうこともあるのか、という感覚だった。四年前に婚約が始まった時、この名前を台帳に初めて書いた時、四年後にこういう形で同じ名前を書くことになるとは思っていなかった。でも書いた。それだけだった。


「……これで終わりです」


 書き終わった後、アシュリーは少しの間、紙を見た。自分の名前があった。署名欄に収まっていた。インクが紙にじわりと染みていた。見た目は、台帳の署名と変わらなかった。どこが違うかといえば、この署名が過去のものを記録するのではなく、何かを完了させる署名だということだった。


 台帳の主賓欄に「アシュリー・ヴェルヴェント」と書く時、それは「この人物がここにいる」という記録だった。この書類に同じ名前を書くことは、「この人物はもうここにいない」という記録だった。同じ名前を書いているのに、意味がまったく違った。そういうことが起きることもある、と思った。


 少し待った。インクが乾くのを待った。名前の輪郭がはっきりしてきた。


 もう一度、自分に向かって言った。


「これで終わりです」


 終わりという言葉に、怒りがなかった。悲しみもなかった。空白があった。空白というのは、何もないという意味ではなかった。何かが終わって、次の何かが来る前の静かな状態のことだった。今はそこにいた。その空白が、今はそれほど怖くなかった。空白の向こうに何があるかが、少しだけわかるようになっていたからだと思った。


 ロドリクが近づいた。


「後の手続きは、私が王都に送ります」


 書類を受け取った。丁寧に扱っていた。書類の端を両手で持った。折れないように、丁寧に持った。アシュリーが署名した紙を、この人が王都に送る。それで全部が完了する。手続きに必要なことを、自分で動いてやる人だった。そのことが、四年間エドワルドにはなかった。エドワルドは頼ることができる人だったが、こちらのために動く発想を持てない人だった。必要だと思うことと、大切にすることは、違った。アシュリーが四年かけてようやく気づいたことだった。


「ありがとうございます」


 アシュリーは言った。


 ロドリクが書類を持って一度部屋を出た。廊下の足音が遠ざかった。静かになった。


 残ったのはアシュリーとシエルだった。窓際の光が少し傾いていた。昼を過ぎた時間の、低い光だった。卓の上にインク壺があった。使ったペンがあった。アシュリーはペンを元の位置に戻した。インク壺の蓋を閉めた。ちょっとしたことだった。でも手を動かしていると、落ち着いた。


「お嬢様、もう一つ——王都から追加の便りが来ていました」


 シエルが言った。


 アシュリーが受け取った。シエルの手書きの要約が一枚添えてあった。詳細な書状を先に読んで、要点をまとめておいてくれるのがシエルの習慣だった。四年間ずっとそうだった。今日もそうだった。


 要約には三行あった。


 エドワルドとロザリーの婚約成立の見通しが立たない。現在も交渉中。ロザリー・ベルジュ嬢は社交界の主要な場から距離を置いている。


 アシュリーは三行を読んだ。短い三行だったが、それが伝えている状況は短くなかった。エドワルドが来訪した時に少し話した。あの時の疲れた顔を思い出した。仕事の話が先に出てくる人だった。それは変わっていないのかもしれないと思った。もう一度読んだ。


「……そうですか」


 言った。それだけだった。怒りはなかった。笑いも出なかった。ただ、起きていることを確認した、という感覚だった。自分が婚約解消書類に署名した直後に、エドワルドとロザリーの件がまだ続いているという情報を受け取った。自分の話は今日完了した。あちらの話はまだ続いている。それだけの事実だった。


 以前のアシュリーなら、何かを感じていたかもしれなかった。怒りか、または「やっと終わった」という感覚か。でも今はそのどちらでもなかった。ただ確認した、ということだった。起きたことが起きた。それだけだった。


 シエルがアシュリーを見ていた。何か言いたそうな顔だった。でも言わなかった。アシュリーが「そうですか」以上のことを言わなかったから、それ以上を求めなかった。そういう人だった。相手が何を必要としているかを、言葉なしで読む人だった。四年間、ずっとそうだった。今日もそうだった。シエルが何も言わないでいてくれることが、今はありがたかった。言葉を受け取る必要がない静かさが、今は正確だった。


 アシュリーは要約の紙を畳んで机の端に置いた。今日のことはひとまず終わりだった。署名して、知らせを受け取って、それだけだった。


 エドワルド殿下とロザリー様の件が、社交界で正式に広まっていた。

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