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『また従妹に譲ってくれ』が四十八回目だったので、儀礼台帳を白紙に戻しました  作者: ヲワ・おわり


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第54話 4年間の記憶(前半)

 アシュリーは机に向かった。


 ロドリクとヴェルナーは離れたところに座った。邪魔をしないようにという気遣いだと分かった。アシュリーはそれを横目で確認してから、紙と向き合った。気にしないようにした。気にする余裕もなかった。二人がいることは分かっていた。しかし今はその二人のことより、頭の中にある記憶を引っ張り出すことに集中した。窓の外では相変わらず曇りが続いていた。光が平らだった。時間が分かりにくかった。それがかえってよかった。


 まず、カリアス国の儀礼慣習注記から始めることにした。


 筆を走らせた。


「カリアス国 儀礼慣習注記」


 と書いた。そこから先は止まらなかった。台帳の補記を書いていたときと同じ感覚で手が動いた。体が覚えていた。書くという行為が記憶を引き出した。


 席次の原則。功績優先の序列基準。功績の内容は出征回数、交渉実績、主君への献上品の順で評価される。複数の功績が拮抗する場合は年長者が優先されるが、これは功績優先の原則の例外であり、カリアス側も例外と認識している。つまり年齢を基準に席を決めると、例外扱いされたと受け取られる可能性がある。ヴァルディア側が気づかないまま通常の形式で席次を組んだなら、カリアスにとってはそれが意図的な無視として映ったはずだった。


 書きながらアシュリーは少し驚いていた。


 出てくる。出てくる。台帳の補記の文章がそのまま出てくるわけではなかったが、内容は出てきた。四年の間に何度も読んだ文字が、形を変えて頭の中から出てきた。書いているうちに次の内容が引き出された。一つ書くと次が見えた。記憶というものは繋がっていた。一点を引くと芋づるのように出てくることがある。今がそうだった。


 次の項目に移った。


 忌避する色。


 カリアスでは白と薄灰色が喪の色として扱われる。儀礼の席では使用しない。特に使節団の装飾品や式典の卓布に白を使うことを嫌う。白の花も忌み花として扱われるため、会場の装飾に注意が必要。この項目は台帳の補記の中でも視覚的に目立つようにしていた記憶があった。過去に一度、花の色を指摘された案件があった。それ以来、アシュリーは儀礼ごとに会場の装飾色を確認するようにしていた。


 書き終えて次の項目を考えた。


 挨拶文の敬語形式。


 ここが少し難しかった。書式の細部は台帳の付録に書いてあったが、全部は出てこなかった。骨格だけを書いた。序文の組み方。主君への呼称の形式。先方使節の名前の前置きに使う敬称の種類。全部は埋まらなかったが、枠組みは書けた。枠組みがあれば、細部は補える。宮廷書記局の人間なら埋められるはずだった。あるいはロドリクやヴェルナーが補えるかもしれなかった。


「……台帳の補記って、こんなに細かく書いていたのか」


 アシュリーは呟いた。


 自分で少し驚いていた。書きながら気づいた。自分が四年間でどれだけの細部を頭に入れていたか、書いてみて初めて分かった。案件が来るたびに調べて書き足したことが、積み重なっていた。


 ヴェルナーが横でじっと待っていた。ロドリクは別の書類に目を通していたが、時折アシュリーの手元を見ていた。


 そこへ扉が開いた。


 シエルだった。


 侍女の格好で、盆の上に茶器を載せていた。部屋の空気を読んでいるような、静かな入り方だった。ヴェルナーに軽く頭を下げてから、アシュリーのところまで来た。アシュリーが筆を動かしていることを確認した。それでも止まらなかった。机の端に杯を置きながら、小声で言った。


「お嬢様、飲みながらやってください」


 紅茶の杯を机の端に置いた。湯気が立った。温かい香りが広がった。


「……ありがとう」


 アシュリーは答えた。手は止めなかった。筆が動いていた。シエルはそれを見て何も言わず、盆を持ったまま下がった。扉が静かに閉まった。


 紅茶の湯気がゆるく上がった。アシュリーはその湯気を目の端で見ながら、筆を走らせ続けた。飲む間がなかった。止まると思い出せなくなるような気がした。記憶というものは流れのようなもので、一度手を止めると流れが変わってしまう気がした。先を急いだ。


 一時間が経った。


 アシュリーは筆を置いた。書いた紙を揃えた。三枚になっていた。思ったより多かった。指先に疲れがあった。一時間のうち、ほとんど止まらずに書いていた。紙の上に細かい文字が並んでいた。自分が書いたものだった。自分の頭の中から出てきたものだった。


「一旦、ここまでまとめました」


 ロドリクとヴェルナーに向けて言った。


 二人が席を立って近づいてきた。アシュリーは紙を机の上に広げた。三枚を並べた。ロドリクとヴェルナーが読み始めた。


 アシュリーはその間に紅茶を口に運んだ。温度が下がっていた。それでも温かかった。


 自分の中にこれだけのものがあったとは、と思った。案件が来るたびに調べて、書いて、次の年また読んで。それだけのことだった。誰かに頼まれたわけではなかった。特別なことをしているとも思っていなかった。ただ次に同じことがあったとき困らないように、続けていた。台帳の補記は誰も読まないかもしれなかった。実際、アシュリー以外に読んでいた人間がいるかどうかも分からなかった。それでも書き続けた。それが今ここに出てきた。四年間が紙の上に並んでいた。


 ロドリクが紙を読みながら言った。


「これだけで十分です」


 静かな声だった。感嘆でも驚きでもなかった。確認した、という言い方だった。


 それから顔を上げて、アシュリーを見た。


「一つ、もう聞いてもいいですか」


 続けて、もう一つ聞いた。

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