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『また従妹に譲ってくれ』が四十八回目だったので、儀礼台帳を白紙に戻しました  作者: ヲワ・おわり


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第50話 私が望んでいるから

 ロドリクが何かを続けようとしていることは、アシュリーには分かった。


 しかしロドリクは急がなかった。アシュリーが答えの途中にいることを分かっているような待ち方だった。廊下の灯りが二人の足元を照らしていた。月は雲の向こうにあった。しばらくして、雲が薄くなった。山の稜線がまた見えてきた。


 アシュリーは口を開いた。


「ここにいることを……悪くないと思っています」


 言ってしまってから、足りないと思った。しかし付け足す言葉も出なかった。悪くない。それが今の自分の持っている言葉のすべてだった。小さすぎるかもしれなかった。


「悪くない」


 ロドリクが繰り返した。


 評価するような繰り返し方ではなかった。確かめるような繰り返し方だった。アシュリーが言った言葉をそのまま口の中で転がしてみるような。それが少しだけ、アシュリーを楽にした。


「……はい。それが今の、正直な言葉です」


 恥じ入るように言ったつもりはなかった。しかし声が少し小さくなった。


「分かりました」


 ロドリクは言った。


 責めなかった。もっと別の言葉を引き出そうともしなかった。分かりました、とだけ言った。アシュリーが言ったことを受け取ったという、それだけの言葉だった。受け取られたと感じた。受け取られることに、アシュリーはまだ慣れていなかった。


 少しの間があった。


 ロドリクが灯りを持つ手を少し動かした。炎が揺れた。また静まった。廊下の奥は暗かった。どこかで風が通る音がした。石の隙間から入る夜気だった。


「私は一つ、はっきりさせておきたい」


 ロドリクが言った。


 声の調子が変わった。穏やかなのは変わらなかったが、今までと少し違った。何かを決めた人の声だった。アシュリーは黙って待った。


「あなたにここにいてほしいのは、ノルディアのためだけではない。私が、あなたにいてほしいのです」


 アシュリーは固まった。


 言葉が耳に入った。意味が分かった。しかし体が動かなかった。心臓がいつもと違う動き方をした。何かを言わなければと思った。しかし何も言えなかった。声が出なかった。出す言葉が見つからなかった。


 ロドリクはアシュリーが固まっているのを見た。見て、続けた。


「今すぐ答えなくていい。ただ、知っておいてほしかった」


 それだけだった。


 言い訳でも前置きでもなかった。ただ、伝えたかったから伝えた。それだけのことだと言っていた。アシュリーを困らせるつもりでも、答えを迫るつもりでもなかった。知っておいてほしかった。その一言が、言葉の意味を変えた。圧力ではなかった。ただそこに置かれた言葉だった。


「……わかりました」


 アシュリーはやっと言った。


 声は細かった。それでも出た。受け取った、という意味のつもりだった。答えとしては足りなかった。しかし今の自分に出せるのはそれだけだった。


 ロドリクが立ち上がった。


 窓辺の石の縁に腰を下ろしていた体を起こした。背筋が伸びた。灯りを持ち直した。仕事に戻る人の動き方だった。しかし急ぎではなかった。


「おやすみなさい」


 短く言った。それから廊下を歩いていった。足音は静かだった。灯りの光が遠ざかった。角を曲がった。見えなくなった。


 アシュリーは一人になった。


 廊下に立っていた。窓の外は月が戻っていた。山がまた見えていた。しかし今は山が見えていなかった。目は向いていたが、見ていなかった。足が動かなかった。動かそうとは思っていなかった。今はここに立っていることだけが自分の全部だった。


 城館の夜は静かだった。使用人たちは眠っているか、それぞれの仕事をしていた。どこかで扉が閉まる音がした。遠かった。それ以外は何もなかった。石の廊下と、月明かりと、遠ざかった灯りの残像だけがあった。


 私が、あなたにいてほしいのです。


 その言葉が、まだ廊下の空気の中にあった。消えていなかった。アシュリーはその言葉を持て余していた。受け取っていいのか、まだ分からなかった。受け取る方法も分からなかった。


 しかし一つだけ、分かることがあった。


 いてほしいと言われたのは、初めてだった。四年の間、居続けたが、それは「いてもいい」という話だった。「来てほしい」と言われたことはあった。しかしそれは役割への言葉だった。いなければ困るという意味での言葉だった。今ロドリクが言ったのは、そうではなかった。私が、という言葉がついていた。ノルディアのためだけではないという言葉がついていた。


 アシュリーは長いこと窓辺に立っていた。


 受け取っていいのか、と問い続けた。答えは出なかった。出ないまま、体の中に少し温かいものがあることに気づいた。気づいて、また迷った。それでも、温かさはそこにあった。


 ロドリクは追い詰めなかった。言葉を置いて、去った。それがアシュリーにとって、かえって重かった。追い詰められていれば、押し返すことができた。しかし置かれた言葉には押し返す相手がいなかった。ただそこにある言葉だった。受け取るも受け取らないも、アシュリー次第だった。


 それが今のアシュリーには、扱い方が分からなかった。


 四年の間に、誰かの言葉を保留する習慣がついていた。言葉の意図を確かめてから動く習慣がついていた。しかしロドリクの言葉には確かめるべき意図が最初から見えていた。隠れていなかった。だからこそ、どうすればいいのか分からなかった。


 翌日から、外交問題が動き始めた。

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