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『また従妹に譲ってくれ』が四十八回目だったので、儀礼台帳を白紙に戻しました  作者: ヲワ・おわり


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第42話 王都のその後

 シエルが情報を持ってきたのは、来訪予告が届いた翌日の朝のことだった。


 実家経由で手紙が来ていたのだという。シエルの実家は王都の商家で、社交界の動向に敏感だった。王太子家に関わる話は、ことさら早く流通した。交易の中で人が動き、情報も動く。商家の耳は宮廷より早いこともあると、アシュリーは以前シエルから聞いたことがあった。シエルは手紙を受け取って読んでから、アシュリーに伝えるかどうかを一晩考えたのだろう。それがシエルの慎重さだった。アシュリーを傷つけるかもしれない情報は、渡す前にいつも少し止まった。


「お嬢様にお伝えすべきか迷ったのですが」


 朝の支度が終わった後、シエルが言った。


「聞かせてください」


 アシュリーは答えた。知らないままでいることが正しいとは思えなかった。知った上でどう感じるかは別として、情報は持っておく方がいい。それは四年間の儀礼担当の経験が教えていた。


「ロザリー様の件が、社交界で公式な噂になっています」


 アシュリーは窓の外を見た。庭の木が見えた。


「病弱の演技のことですか」


「はい。手紙によれば、複数の貴族家が証言を公言し始めているとのことです。ロザリー様が意図的に体調不良を演じていたという話が、もはや噂の段階を超えているようで」


 アシュリーは何も言わなかった。ロザリーのことは、遠い話だった。怒りも驚きもなかった。そうなったか、と思った。それだけだった。あれほど精巧に振る舞っていた人が、ついに表に出た。社交界という場所は、長く嘘をつき続けることを許さない。知っている人が必ずいて、その人がいつか口を開く。


「エドワルド様は国王陛下から、婚約者の管理責任を問われているそうです」


 それも予想できた話だった。ロザリーの振る舞いが公式になれば、それを黙認していたエドワルドの責任が問われる。順序として当然だった。アシュリーは今まで何度も儀礼の場でエドワルドを見てきた。他者の管理を任されることへの自信を、あの人は持っていた。その自信が今どうなっているかを想像した。少し想像して、止めた。今の自分には関係のない話だった。


「来年の儀礼担当はいまだ未定で、暫定の担当が複数人で引き継いでいるのですが、混乱が続いているそうです。お嬢様が担当されていた台帳の様式が独特だったようで、引き継いだ方が対応に苦労されているとのことです」


 アシュリーは少し考えた。


「そうですか」


 静かに言った。


 四年かけて作った台帳だった。自分なりに整理した形式だった。最初の一年は手探りだった。二年目に枠組みができた。三年目に細部が整った。四年目には、どの項目がどこにあるか、目をつむっても分かるくらいだった。引き継ぐ人が苦労するだろうことは、作った本人には分かっていた。それでも今は、申し訳ないとは思わなかった。自分が去ることを選んだ結果が、そこに出ているだけだった。去った自分が悪いのではなく、去らなければならなくなった経緯があった。その経緯は、台帳とは無関係だった。


「何か言いたいことはないんですか」


 シエルが言った。


 珍しい言い方だった。シエルが直接そういう問い方をすることは多くなかった。この一ヶ月で、この侍女はアシュリーに遠慮が少し薄れていた。良いことだとアシュリーは思っていた。


「……以前は」とアシュリーは言った。「あの台帳が空白になったらと思うと、怖かった」


 シエルが黙って聞いていた。


「誰かが困る。仕事が滞る。儀礼が成り立たない。そう思っていた。台帳が空白のままであることが、自分が失敗したことだと思っていた。だから続けていた。恐れが動機になっていた」


 王都にいた頃の自分を思い出した。台帳を開くたびに、何かが欠けていないかを確かめた。夜に目が覚めて、記録漏れがなかったかを確かめたこともあった。それが四年間続いていた。恐れが土台になっていた。土台が恐れだから、どれだけ積み上げても安心にならなかった。もっと積まなければ、もっと確かめなければ、と思い続けた。


 窓の外の木の枝が見えた。剪定された枝だった。葉は落ちていた。しかし枝の形はよかった。切られた後も、形を保っていた。


「でも今は、それを恐れて続けていたことの方が怖い」


 言葉が出てしまってから、アシュリーは自分が何を言ったのかを確かめた。怖いという言葉が二度出た。向いている方向が逆だった。前は台帳が空くことが怖かった。今は、その怖さに動かされて続けていた自分の方が怖い、と思っていた。それは変化だった。一ヶ月でそこまで変わったのかどうか、自分では分からなかった。しかし言葉は出た。出た言葉は本当だった。


「……お嬢様」


 シエルが言いかけた。


「大丈夫です」


 アシュリーは言った。


 シエルが少し頷いた。心配しながらも、アシュリーが大丈夫だと言えば、それを信じてくれる侍女だった。すぐには信じ切れていない部分もあるかもしれない。しかし重ねて問い返さない。その節度が、今のアシュリーには合っていた。


 シエルが退いた後、アシュリーはしばらく窓の外を見ていた。


 王都のことを、一つずつ確かめるように思った。ロザリーのこと。エドワルドのこと。台帳のこと。自分がかつて担っていたことのこと。それらはどれも、今のアシュリーの手の外にあった。どうすることもできなかった。どうすべきでもなかった。ただ起きていることとして受け取れた。それが以前と違う場所だった。


 以前は、王都で何かが起きると、自分が何かをしなければという感覚が来た。誰かを助けなければ、何かを整えなければ。しかし今は、その感覚が来なかった。来なかったことに、今初めて気づいた。


 窓の光が変わった。雲が動いたのかもしれなかった。庭の木の影が、床の上でかすかに揺れた。


 エドワルド殿下の来訪まで、一週間になった。

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