第36話:西の魔王の「秘宝」と、時を止める「全自動・冷蔵庫」
北の氷、南の炎、東の嵐。三人の魔王が俺の「便利家電」に屈し、あるいは魅了されて去っていった。残るは西の「静寂魔領」を統べる、最古にして最恐の魔王『深淵のクロノス』。
これまでの賑やかな来襲とは違い、その日は不気味なほど静かだった。
昼間だというのに太陽の光が薄れ、世界から色が抜け落ちたような灰色の静寂が家を包み込む。
「……ゼノス様、来ました。この不快な『時の澱み』。西の老いぼれです。主様を異空間に引き摺り込むつもりなら、我がこの領域ごと過去に消し飛ばして差し上げます」
ミーシャが影から巨大な鎌を取り出し、俺の前に立つ。
すると、庭の中央に、杖をついた小柄な老人が音もなく現れた。
「……ほう。呪い姫ミーシャか。かつて世界を凍土に変えようとしたお主が、人間の男の隣でこれほど穏やかな顔をするとは。世の中、わからぬものよな」
クロノスは穏やかに微笑み、手に持っていた「ひび割れた砂時計」を俺に差し出した。
「ゼノス殿。これは『刻の残滓』。触れたものの時間を停止させ、朽ちることを許さぬ呪いの塊。我ら魔族ですら、これを扱えば存在が永遠に静止するリスクを負う。……これを、お主ならどう『便利』にするかな?」
それは、ただそこにあるだけで周囲の空気の動きを止め、飛んでいる虫すらも空中で静止させるほどの、絶大な「停止」の概念そのものだった。
「時間を止めて、朽ちるのを防ぐ……。なるほど、それなら『あれ』の鮮度が保てるな」
俺はクロノスの警告を無視して、その砂時計を手に取った。俺の手の中で、砂時計が放つ「停止の波動」が激しく暴れるが、ミーシャが俺の背中から魔力を流し込み、その波動を優しく包み込んで中和する。
「よし、ミーシャ。これを動力にして、最高の『保存庫』を作ろう」
俺は工房から、教皇庁の地下室にあった「大理石の棺」と、帝国の飛行船に使われていた「断熱材」を取り出した。
「トントン、と」
【スキル:時間軸固定・概念保存発動】
【作成完了:神話級アイテム『全自動・時空冷却冷蔵庫(西の魔王モデル)』】
俺はその砂時計を冷蔵庫の背面に埋め込んだ。
そして、昨日ミーシャと森で採った「すぐに萎れてしまう幻の苺」と、レオンが持ってきた「極上肉」を入れる。
「見てくれ。この中に入れたものは、物理的に時間が止まる。つまり、百年後に出しても、今さっき収穫したばかりの『完璧な状態』で食べられるんだ。おまけに電気代も魔力消費もゼロだぞ」
「……な、……『刻の残滓』を……食い物の保存に使ったというのか? 世界を永遠の静寂に沈められる力を……?」
クロノスは震える手で、冷蔵庫から取り出された「時間が止まったままのみずみずしい苺」を受け取った。一口食べれば、果実の弾力も、溢れ出す果汁も、一秒の劣化もなく脳に届く。
「……美味い。……あまりに、美味いな。私は数千年の時を生き、あらゆる美食を味わってきたが……。劣化せぬ『一瞬の輝き』をこれほど手軽に味わえるとは」
クロノスはふっと肩の力を抜き、地面に腰を下ろした。
「……ゼノス殿。私は、強すぎる力を持ち、周囲の時間が止まっていく孤独に耐えてきた。だがお主は、その『止まった時間』を、誰かの『美味しい』という笑顔のために使ったのだな……。……完敗だよ」
西の最恐魔王は、ただの「隠居したおじいちゃん」のような柔らかな表情を浮かべ、俺に頭を下げた。
「お詫びに、この『冷蔵庫』を満たすための、各地の珍味を私が集めてこよう。……もう、時間を止めて一人で過ごすのは飽きたからな」
こうして四魔王全員が、俺の「家電」によって骨抜き……もとい、平和な協力者となった。
だが、この奇跡のような平穏が、かつて俺を追放した王国と帝国に、さらなる大きな動揺を与えることになる。
「ゼノス様、冷蔵庫が一杯になったら、次は『時を止めるお風呂』を作ってくださいね。……ずっと、あなたと一緒に温まっていられるように」
ミーシャの少しだけ切ない、けれど温かな言葉に、俺は「いいよ」と笑って答えた。
スローライフは、魔王たちの孤独さえも溶かしながら、どこまでも優しく広がっていく。




