第19話:聖女の失墜と、最高の「泥落とし」
王都が『終焉の眷属』の残滓によって汚染され、もはや居住不可能となった頃。
俺たちの湖畔の家「永劫を刻む安息所」の前には、かつてないほど無様な姿の男女が倒れ込んでいた。
「ゼ、ゼノス……お願い、助けて……。わたくしの、わたくしの肌が……」
泥だらけの顔で這いつくばっているのは、聖女リリィだった。
かつての純白の聖衣はボロ布のように裂け、誇りだった美しい肌は、王都に充満した呪毒によって黒い斑点が浮かんでいる。
その後ろでは、宮廷呪具師ハンスが、魔力が枯渇して白目を剥きながらガタガタと震えていた。
「……あら。ずいぶんと汚らしい『野良犬』が迷い込んできましたね、ゼノス様」
ミーシャが冷たく微笑みながら、玄関のポーチに立つ。
彼女は、俺が今朝プレゼントしたばかりの『純潔のシルクエプロン(神話級:汚れを概念ごと消去する)』を身に着けていた。
「ゼノス! あんた、呪具師でしょう!? 早く、早くこの呪いを解きなさいよ! 命令よ、このわたくしが元の姿に戻れるように……!」
リリィが震える指で俺を指差す。だが、その言葉にミーシャの瞳からハイライトが消えた。
「――命令? その汚れた口で、主様に『命令』と言いましたか?」
ミーシャが一歩踏み出すと、湖の水が意志を持った蛇のようにせり上がり、リリィの喉元を氷の牙で威嚇した。
「待て、ミーシャ。……リリィ、悪いが俺の呪具はもう、あんたたちを『主人』とは認識しないんだ。俺が捨てられた時に、登録はすべて解除したからな」
「そんな……! じゃあ、わたくしはこのまま醜い姿でいろと言うの!?」
「まあ、せっかくここまで来たんだ。人道的支援として、うちの『自動泥落としマット』だけは使わせてやるよ。ハンス、あんたもだ」
俺が指差したのは、玄関前に敷いてある、なんの変哲もない茶色のマットだ。
だが、これは俺が『反転・強制抽出』の呪いを編み込んだ試作品。
「あ、ありがとうゼノス……! やっぱりお前は優しい……」
ハンスとリリィが、救いを求めてそのマットに足を乗せた、その瞬間。
「ぎゃあああああああ!!?」
マットから無数の不可視の触手(魔力)が伸び、二人の体から「呪毒」だけでなく、ハンスの「盗んだ魔力」や、リリィの「偽りの聖気」までもを、容赦なく根こそぎ引き剥がした。
「あ、あ、力が……わたくしの聖女の力が吸い取られて……!」
「……ふむ。二人の体についていた汚れを『エネルギー』として抽出しておいたよ。おかげで、今夜の庭の街灯が少し明るくなりそうだ」
【作成完了:希少級アイテム『搾取の玄関マット』】
呪毒と魔力を完全に吸い取られた二人は、ただの「無能な一般人」以下の存在へと成り下がった。もはや聖女でも宮廷呪具師でもない。ただの、泥まみれで力の抜けた抜け殻だ。
「さあ、掃除が終わったら退きなさい。そこは主様が歩かれる場所です」
ミーシャが軽く指を鳴らすと、二人は結界の外へと、ゴミ袋のように放り出された。
かつて俺を見下していた二人は、今や自分たちが「ゴミ」として処理される側になったことを、虚脱した瞳で受け入れるしかなかった。
「……ゼノス様、少し空気が汚れましたね。もっと浄化を強めますか?」
「いや、いいよ。それよりミーシャ、夕飯の支度を手伝ってくれるか?」
「はい! 主様のためなら、世界を煮込むことだって厭いません!」
王都の権威を象徴していた二人が、俺の家の「玄関マット」の肥料にされた。
そのニュースは、避難民たちの間で瞬く間に広まり、ゼノスの「絶対的な力」への信仰をさらに深めることになったのである。




