第34話 最後の揺れ
それは、昼過ぎの出来事だった。
王都学院の中央倉庫。
いつも通り、静かに作業が進んでいる。
通路は確保され、順番も守られている。
誰も慌てていない。
――そのはずだった。
*
棚の奥で、小さな違和感が生まれる。
積み上げられた箱の一つが、わずかに前へ出ている。
「……あれ?」
訓練生の一人が、足を止める。
「触らないで」
「距離取って」
声は冷静だった。
だが、その直後。
別の棚から、連鎖するように箱がずれた。
重い音が、倉庫に響く。
*
「下がれ!」
誰かが叫ぶ。
数人が同時に動く。
だが、飛び込まない。
まず止まる。
まず見る。
*
箱が一つ、床に落ちる。
その反動で、さらに傾きが増す。
「順番!」
「左から支える!」
「一気にやらない!」
短い声。
短い指示。
全員が、理解している。
*
その時、入口に人影が差した。
「……通路、狭いですね」
穏やかな声。
アルトだった。
*
彼は、走らない。
慌てない。
ただ、床を見る。
箱の角度を見る。
人の位置を見る。
「そこ、三歩下がって」
「はい」
「重いの、先に一つだけ下ろしましょう」
それだけ。
*
五分後。
倉庫は、静かになっていた。
箱は整い、通路は確保される。
怪我人、ゼロ。
*
「……大丈夫ですか?」
アルトが、最後に確認する。
「はい」
「問題ありません」
声は、落ち着いていた。
*
レオンが、少し遅れて現場に到着する。
「状況は?」
「軽微な崩れ」
「対応完了」
「人的被害なし」
短い報告。
*
アルトは、首をかしげる。
「少しだけ、積み方が雑でしたね」
「……」
誰も、何も言わない。
それは“事故”ではなかった。
明らかに、意図的な揺れだった。
*
夕方。
クラウスのもとへ報告が届く。
「揺らしました」
「結果は?」
「崩れませんでした」
沈黙。
「本人は?」
「最後に現場にいましたが」
「戦闘行為なし」
「指示、最小限」
クラウスは、目を閉じる。
「……理解した」
*
「排除は?」
「不要だ」
はっきりと言う。
「彼は、壊れない」
「正確には」
小さく息を吐く。
「壊さない」
*
夜。
アルトは宿で反省会。
(今日は、少し大きめの崩れ)
(でも、皆動けてた)
(俺いなくても、たぶん止められた)
紙に書いて、頷く。
(通路が少し狭かっただけだな)
*
同じ夜。
学院の屋上で、レオンが静かに呟く。
「最後の確認は、終わりました」
隣には、クラウス。
「結論は?」
「彼は、“中心”ではありません」
クラウスが目を細める。
「では?」
「“基準を思い出させる人間”です」
風が、静かに吹く。
*
翌朝。
アルトは、いつも通り倉庫を歩く。
通路は整っている。
人の動きも、落ち着いている。
(……問題なし)
それを確認して、小さく笑った。
「今日も、何も起きないな」
最後の揺れは、終わった。
世界は、静かに落ち着いた。
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