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017 嫌悪感(レオナルド視点)

 目を覚ますと、絶世の美女が僕の手を握り涙を流していた。

 噂にたがわぬ美しさを持つこの女性は、ルロワ家のガブリエラ嬢。昨日、中庭で僕に霰を降らせた恐ろしい悪女だ。 


「まぁ。レオナルド王子。目が覚めたのですね」

「ああ。気分が悪い。部屋を出ていってくれ」


 一応、お前がいるから気分が悪いという言葉は使わずに、差し出された手を払い除け、態度で示してみたが、彼女は小首を傾げ完璧なまでに可愛らしく振る舞い返してきた。

 もちろん僕はそれすら吐き気を催す程うんざりしているのだが、後ろに控えた近衛騎士達は胸を躍らせていた。


「レオナルド様。ガブリエラ様に失礼ですよ」

「ああ。失礼だったな。分かったから、追い出してくれ」

「まぁ。レオナルド王子は、弱ったお姿を私に見せたくないのですね。でも、良いのですよ。私は近い未来、貴方の伴侶になるのですから」

「なっ。何を馬鹿なことを!? 僕は絶対にお前なんかっ――」


 ガブリエラに握られた手を振り解くと、近衛騎士達が順に僕の手を握り締め、涙ながらに喜び始めていた。


「レオナルド様っ!! 良かったではありませんか! わざわざ屋敷まで来た甲斐がありましたね」

「おめでとうございます! 父君も喜ばれますね」

「さすが我が主君! 羨ましすぎます」


 僕の言葉も心も全部無視して喜ぶ騎士たちに囲まれ、その隙間からひょっこり顔を覗かせるガブリエラに、どいつもこいつも洗脳されているのだと寒気がした。


「喜んでいただけて嬉しく存じますわ。早速、婚約について王命を下すよう、陛下にお願いしていただけますか?」

「勿論ですとも! レオナルド様、良かったですね!」

「さぁ。城へ戻りましょう!」


 喜び勇んで僕をベッドから引きずり出そうとする騎士達の手を叩き、僕はベッドの柱にしがみついて抵抗した。


「ちょっと待てい! 僕はガブリエラ嬢と婚約するつもりはない。婚約者だっているんだろ? 先程君の両親も諦めろと言っていたじゃないか」


 食事中に何度も婚約者の存在をアピールしてきた癖に、一体何があったと言うのだろうか。僕の指摘に、ガブリエラは一瞬だけ不敵な笑みを浮かべた後、わざとらしく瞳の端に指を添え、涙を拭う素振りを見せた。


「それが……。私は姉に騙されていたのです」

「はぁ?」


 嘘泣きじゃん。って言いたかったけれど、近衛騎士まで泣き始めていたから馬鹿馬鹿しくて言いそびれてしまった。

 ガブリエラは、騎士の一人が差し出したハンカチで目元を拭くと、涙で腫れた目で僕を見つめた。


「先程中庭でご覧になりましたでしょう。あの化け物を。あれが私の婚約者の父君。サリュウス伯爵なのです」

「あっ……」


 ガブリエラの口から伯爵の名を聞くと、先程の光景が急に蘇ってきた。

 まるで腐った巨木のような人ならざる存在。

 一度見たら忘れないであろう恐ろしい物体なのに、何故か忘れてしまっていたあの存在を、寒気とともに僕は思い出した。


 あれが、ガブリエラ嬢の婚約者の父。まさか、あの伯爵家に嫁ぎたくないから、僕に急に優しくし始めたのだろうか。

 可哀想ではあるが、ガブリエラに対して、その小狡さに更に嫌悪感が増した。


「姉は、我が家に富をもたらす為に、あの伯爵に私を捧げようとしているのです。どうか私の力になってくれませんか?」

「力に?」

「はい。私と婚約してくださいませんか? 王命であれば、伯爵も私に手出しできません。レオナルド王子。貴方しか私を助けることは出来ないのです」


 やはり、急に態度を変えたのは自らの保身の為だったのだ。


「僕にしか出来ない……か」

「レオナルド様。おめでとうございます!」

「ガブリエラ様をお救いしましょう!」

「うるさい黙れ。この者の本性は昨日見ただろ。ガブリエラ嬢に騙されるな」

「昨日の非礼はお詫びしますわ。私、本当はひと目見た瞬間、レオナルド王子をお慕いしてしまったのです。ですが、私には婚約者がいます。昨日は、私の許されざる思いを打ち砕こうとして、あの様なことが起きてしまったのです」


 涙ながらに嘘ばかり述べるガブリエラに、同情する余地などない。僕は自分の気持ちを率直に述べることにした。


「そうだったのか。しかし、僕には別に想い人がいる」

「は? 何言ってるんですか!?」

「女性の助けを足蹴にするのですか?」

「あんたどんだけ、バカ王子なんですか?」

「ああっ。うるさいっ! 僕はシェーラ嬢が良いのだ」


 主人の足を引っ張ってばかりの無能な騎士たちを一喝すると、みな黙り込む中、ガブリエラだけは余裕の笑みを浮かべていた。


「レオナルド王子。王子は姉のことを勘違いされていますわ。姉は何も持っていないから、全てにおいて貪欲なのです。ですから、王子を助けたことも姉の計算ですのよ?」


 僕は彼女の笑顔に、更に更に嫌悪感を抱いた。

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