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波打ち寄せる世界を往く  作者: 川崎春
序章

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メルルの過去

 ディランが国内で決闘をしていた時期は、メルルがベルネア商会に入った時期だった。

 決闘の対象は、レイシアに対して『母殺し』と暴言を吐いた者とその会話に混ざっていて咎める事もせずに笑っていた者達だ。これらの決闘は全てディランから申し入れた。相手から決闘の申し込みがあったのは王弟であるフィラルドのみだ。

 彼らは裸婦しか描かない変態画家の令息(高くて買えないから性能は知らない)と、社交に出て来ない(国外に居るので出られない)当主の実情を知らなかった為、侯爵位にあるベルネア家に不満と敵意を持っていた下位貴族の令息達だった。

 ディランの決闘には貴族が集まる。路上で暮らし、スリを生業にしていたメルルは人だかりの中で貴族の財布を狙おうとしていた。

 しかし……ディランと相手貴族の魔法戦闘が始まると、貴族が普通の人間ではないという現実を思い知る事になった。貴族の財布を盗れば瞬時に命を落とす。だからスリは諦めた。

 やがて、初めて見た魔法にメルルの目は釘付けになった。

 火の球を手から飛ばし続ける男にディランは少しも動じない。立っている彼を避けるように火の球は飛んでいき、一向に当たらない。ディランは着衣に乱れもなく、何事も無かったかの様に立っている。相手は髪型も乱れ、目を血走らせ上着を脱いで地面に叩きつけた。魔法の事の分からないメルルにも優劣は明らかだった。

 ベスト姿の男性は、両手を空につき上げ、広場が真っ赤になる程の火の雨を降らせ始めた。メルルは焼け死ぬのだと瞬時に思った。

『危ないよ』

 声が聞こえ、メルルを何かが包んだ。

 空から降ってくる火はメルルの表面をつるりと滑り落ちて行く。

 驚いて広場の方を見ると、目を血走らせた男に向かってディランはステッキの持ち手を向けていた。次の瞬間、青白い小さな玉が凄い速度で飛び出て男の胸の中心を突き抜けた。目を血走らせた男は、自分の胸に空いた穴を驚愕の表情で見た後膝を付き、うつ伏せに倒れた。

 ディランはそれを見届けると、ステッキの持ち手から出る魔法の残滓をふっと息を吹いて消す。

「ご声援ありがとうございました」

 ディランは優雅にそう言って観客の方に一礼する。その声はさっきメルルを助けてくれた人の声だった。わっと歓声が上り決闘は終了した。

 帰ろうとしている貴族達の話が耳に入って来る。

「ベルネア侯爵令息の防御魔法に勝てる筈あるまいに」

「知らないのでしょう。子爵の次男でまだ結婚していないそうですから」

「誰も相手に望むまい。あのような下品な魔法では」

「全くです。見た目の派手さや規模が大きければいいというものではありません」

「胸を一撃で貫くあの精度と威力はさすがでしたな」

「あの実力でよくも決闘を受けたものです」

「受けざるを得なかったのだよ。ベルネア侯爵令息は許す気が無かったのだから。謝罪も一切受け付けなかった様だ」

「社交に出られない幼いレディを一方的に攻撃した代償は大きかったと言う事ですな」

 観客も居なくなった。後には騎士達が残り後始末をしている。死んだ男も運ばれて行った。

「魔法……綺麗……ベルネア」

 廃材で組み立てた寝床に帰っても、魔法と言う美しくも恐ろしい現象はメルルの頭から離れない。メルルは興奮して眠れなかった。

 以後、ディランの決闘を聞きつけると見に行く様になった。

 みすぼらしい身なりの少女が貴族に混じって決闘を観ている様は明らかに目立つ。貴族達は魔法を見たいと願うだけの少女を追い払わず、見守っていた。

「あの少女の戸籍は?」

 彼らはメルルを調べた。結果……彼女は王国に流れてきた流民の子で戸籍も無く、王都に置き去りにされているらしいと判明した。最初、帝国の言葉を話していたという証言から導き出された答えだ。王国はメルルの行動を機に、王国に辿り着いた流民が一切の保護を受けられていない実態を知る事になった。その当時の平民富裕層は流民を同じ人間として扱っていなかったのだ。富裕層に習い、他の平民も似たような扱いをしている事が判明した。

 貴族が国を護る意義を根底から揺るがす事態だったので、城の議会は事を重く見て、早速流民対策を始める事になった。

 そしてメルルを何とか保護しようとしたが、彼女は彼らの手を振りほどいて逃げ続けていた。彼女は人並以上の身体能力があったのでなかなか捕まらなかったのだ。貴族が平民に向かって魔法を使用する事は禁止されている。だから魔法で拘束する事は出来ない。大勢で追い回して怖がらせる訳にもいかない。

 彼女以外にも居た路上生活の少年少女は、その過程で保護されていった。彼らはメルルを「英雄」と呼んだ。流民を同じ人と扱わず、奴隷の様にただ働きさせようとしてくる大人達を出し抜く姿に強いあこがれを持っていた。

 無理矢理保護する事は保護した子供達の反感を買う恐れがある事も判明し、彼女をどうするのかが城でも話し合われる程になっていた。虐げられ大人を信用しない子供に、どうにかして安全な衣食住を提供する為に貴族達は必死だった。平民富裕層の富が流民の奴隷労働を利用したものだというのも判明したからだ。王国の貴族達はこの事を恥じていた。

 メルルはその頃魔法に心奪われていた。正確にはディランの魔法に。……明日の食事も確約されていなかったから、自分の人生を見限っていた。長く生きられないのであれば魔法を記憶に焼き付けて死にたいと、それだけを考えていた。

 あの人の魔法は美しい。負ける訳がないと思っているとその通りになった。その高揚感は、未だかつてない程の喜びや充足感をメルルに与えていたのだ。

 ディランは勝ち続けた。メルルはそれだけで胸が一杯。相手貴族に死をもたらす事を理解していても、観る事を止められなかった。


 ある日決闘が終わると、ディランがメルルに近づいて来た。

 キラキラして見える。高鳴る胸に足が震え、思わず服の胸元を握りしめる。

「可愛いお嬢さん、いつも応援ありがとう。……よろしければお茶でもいかがですか?」

 殺されてもいいと思っていたから差し出された手を握り、そのまま手を繫いで一緒に歩いた。その先には馬車がある。大勢の貴族がその様子にほっとしていた。

「私には君よりも小さな妹が居るんだ」

「いもうとってなに?」

「そこからか……」

 ディランは困った様に笑った。

 彼女は語った。長く旅をして王国へ来た事。父親にいきなり殴られたから逃げ出した事。気づけば路地裏でスリをしていた事。頭の傷は医者に診せて治された。

「あれは、殴る際に魔法の付与された道具を使っていますね」

「帝国にはそういう物があるそうだな」

「ええ、一般庶民でも使える魔法具の一つですな」

「それで殴ったのか?」

「恐らく。魔法具は威力が高い。苦しませたくなかったのでしょう」

 元帝国貴族であった高齢の医師はそう言って硬直しているディランの肩を一つ叩いた。王国はそれほどに流民を追い詰める国だった事にディランは酷く落ち込む事となった。

 その後、メルルは保護されベルネア商会で働く身となった。前当主の旅にも長く同行し、侍女として教育を受けた。メルルは前の当主に大層可愛がられていた。

 剣士としての教育も行われた。スバ抜けた身体能力はラガールを師とし、研ぎ澄まされた。ただ……殴られた後遺症は出た。体調の悪い時や不安になると幼い子供の様になってしまう。商会の者達はそんなメルルを大事にした。そうして彼女は茶目っ気のある優しい侍女に成長したのだ。


 ベルネアの名の元、ずっとベルネア家に守られたメルルは、ベルネア家の魔法に心酔し続けている。レイシアの魔法にディランや前当主と同じものを感じていた。

「お嬢にお仕え出来て光栄です。今後ともよろしくお願いします」

「大げさね。こちらこそ、よろしく」

 お互いににっこりと微笑み合う。

(私は幸運だわ)

 メルルは心底そう思っていた。

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