お見舞い
その日は大事を取って、殿下は一日お休み。
私は暇を持て余す彼の相手をしなければならず、カードゲームに付き合ってた。
こういう時、ノクターン村のビスト家にいた、綺麗な猫を思い出す。黒色と銀色の混ざった綺麗な猫で、気位が高くてしなやか。でも、カマってやらないと機嫌が悪くなるという、面倒な猫だった。
普段は触るなオーラがバシバシ出てるんだけど、気が向くと寄って来て、撫でろよって催促するの。なんとなくだけど、殿下と似てる。気まぐれで我儘な猫様だったんだよね。
——と、扉がノックされ、メイドさんがバッサム公爵のお嬢さんを連れて来た。
「王太子殿下が体調不良とお聞きしまして、お見舞いに参りました」
——おお。
近くで見るとお人形みたいに可愛いな。
小さくて、肌が白くて、クルクルの金髪にピンクのリボン。
青い瞳はパッチリで、フリル多めのピンクのワンピース。
——女の子だなぁ。
殿下は面倒そうに彼女を見て、なんとも投げやりな言葉を放った。
「見ての通り、俺の具合は悪くない」
「……殿下」
「帰ってくれ——」
私は思わず殿下の後頭部をパンッと叩く。
「痛てぇな!」
「愛らしいお嬢さんが、わざわざ足を運んで下さったんですよ? それでも紳士ですか」
「見舞われるほど具合悪くねぇ」
「もう少し言い方あるんじゃない?」
私がキツめに睨むと、殿下は恨めしそうに睨み返して来た。
諦めたようにローラ嬢を見ると、すごく丁寧に同じ内容を繰り返す。
「君の気遣いには感謝するが、体調は戻って来てる。忙しい時間を使わせるのは申し訳ないから、このまま戻ってもらって構わな——だから! 叩くな、マロー!」
「なんで、普通にありがとうって言えないのよ!」
「ありがたく思ってねぇからだろうが」
ローラ嬢がウルっと目を潤ませた。
「申し訳ありません。殿下の都合も考えずに押しかけてしまって」
「分かってんなら、かえ——。痛ってぇ。マロー!」
「お茶の一杯くらい勧めなさい。お嬢様。今、お茶を頼みますね」
「マロー!」
私は殿下を無視してベルを鳴らし、メイドさんにお茶を頼んだ。
ローラ嬢のお付きの女性が、珍獣を見るように私を見てる。
まあね。殿下の後頭部を叩きまくってるからね。
私がテーブルのカードを片付けると、ローラちゃんはパッチリした目を瞬き、持って来たバスケットを殿下に差し出した。
「あ、あの。お見舞いにと思いまして、クッキーを焼きました」
「……食欲がない」
「殿下、言い方があるでしょ?」
「本当に食欲がないんだから、仕方ないだろ」
スカートを摘んで、モジッと俯いてしまったローラちゃん。
私は思わず身を屈めて、彼女に微笑んでいた。
「お気を悪くなさならないで下さいね。殿下は素直になれないだけですので。クッキー、ローラ様が焼かれたんですか?」
彼女は私を見上げて、少し恥ずかしそうに頷いた。
「一人でってわけではないです。アメリアに——あの、メイドにも手伝ってもらったので」
「綺麗に焼けてますね。ローラ様はお菓子作りがお上手です」
少し照れたように笑うローラちゃんは、天使みたいに可愛い。
「あの……あなたは男性の装いですが、女性ですよね?」
「ああ。はい。私は殿下の側付きなので、男装の方が都合がいいのです」
王子は呆れたような声で口を挟む。
「コイツは変わってんだよ。メイド服着ろって言っても嫌がるんだ。女なんだから、女の格好すればいいのに」
ローラちゃんは、ふるふるっと首を振って恥ずかしそうに笑った。
「素敵ですよ。すごく、お似合いです」
「ありがとうございます。ローラ様も、今日の装いは天上から舞い降りた天使のように可愛らしいですよ」
「!!」
彼女は少し俯いて、耳まで真っ赤になってしまった。
——?
このくらい、言われ慣れてそうなんだけど?
ちょうど、メイドさんがお茶を運んで来てくれたので、お盆ごと受け取る。
「ありがとうございます。あとは、私がやりますので」
殿下とローラちゃんの横に立って、二人分のお茶を入れて勧めると。
「マローさん。まるで執事のようですね?」
「どうぞ、マローとお呼びください、お嬢様」
褒められたので、機嫌よく微笑むと。
——あれ?
なんか、ウットリした目で見られてる?
そこにラベナが顔を出した。
「殿下——あ、お客様ですか」
「なんだ?」
「いえ。様子を見に寄っただけんですけどね」
ラベナが私の横に来て、少し屈んでローラちゃんに挨拶する。
「これは、バッサム公爵令嬢。ご機嫌は如何ですか?」
「ご丁寧にありがとう、ジェミニ様」
「どうぞ、ラベナとお呼びください」
ラベナが微笑みながら姿勢を戻して、私の隣に立つと。
ローラちゃんは、私達をマジマジっと見て、ホウッと小さく息をついた。
「お二人は、すごく、お似合いですね」
ラベナが機嫌良さそうに私を見て笑う。
「それは光栄だ」
「……そう……でしょうか?」
彼女は力強く頷いて、キラキラと目を輝かせた。
「背丈もちょうど良いですし。二人とも大人で、格好いいし」
——格好いい?
「そう思いませんか、殿下?」
ローラちゃんが殿下に笑いかけると、殿下はすごく不機嫌な声を出した。
「……思わない。お前、もう帰れ」
「殿下。そういう言い方を」
「ラベナも用が無いなら出てけ」
「殿下?」
——なんか、拗ねてる?
仕方ないなぁ。
「申し訳ありません。殿下も体調が万全とは言い難いのですよ。疲れてしまったのかもしれません」
私がそう言って笑うと、ローラちゃんは、ハッとしたように席を立った。
「す、すみません。お見舞いと言いながら、王太子殿下を疲れさせてはダメですね。アメリア、行きましょう」
「お土産をありがとうございました。ほら——殿下」
彼は不機嫌を隠す様子もなく、ローラちゃんに軽く目線をやっただけだ。
許嫁になるかもしれないんだから、もう少し優しくすればいいのにね。
ラベナが苦笑を浮かべ。
「では、殿下に代わって僕が玄関まで送りましょう」
そう言って、ローラちゃんをエスコートして行った。
私が軽く睨むと、殿下はフイッとそっぽを向く。
それから、少しバツが悪そうに言った。
「俺は……少し、昼寝する」
「体がだるいですか? お薬を出しましょうか?」
「いらない。寝むいだけだから」
彼はそう言って、まるで不貞寝でもするみたいにベッドに潜って丸まった。




