カメオ教育係
早朝の自室で、なんとか着替えを終えた私は、部屋を見回してため息をつく。
このままでは、眠る所さえ無くなってしまいかねない。
自室を埋め尽くす花束に頭を抱える。
——と。
「マロー。今日の着替えが出てないぞ! 俺に寝巻きで——なんだ、これ」
殿下は自室と私の部屋との直通ドアを開いて目を丸くしている。王太子の部屋と側付きの部屋は、廊下を通らなくても出入りできるように直通扉があるのだ。護衛も兼ねてるからだと聞いてる。
「殿下、ノックして下さい。側付きにだってプライバシーってのあるでしょ?」
「そんな事より、なんだこの部屋」
——そんな事かい。
「ジェラルド伯爵からです」
「………すげぇ量だけど?」
私は思わず深い溜息。
「あの男、自国に戻ってから、頻繁に花を贈ってくるんですよ。ええ、頻繁に。なんとかなりませんか、殿下」
「なんとかって」
「王族権限で、私への贈り物は全面禁止にするとか」
「できるわけないだろ。お前が断ればいいだけだ」
「断ってます。遠回しなお断りから、ハッキリした断りまで、何度も何度も手紙を送ってます」
殿下は軽く肩を竦める。
「そのまま捨てちまえばいいんじゃね? 不気味な贈り物なんか、取っとくことないだろ。俺はそうしてる。なあ、それより、着替えだしてくれ」
私は思わず殿下の肩に手を置く。
「……ルーガ王子」
「お? おお」
「捨ててます。それに、女官の人達にだってあげてます。それでも貯まるんです。こんなんじゃ、私の薬草たちを干す所がありません。薬の作り置きだって用意したいし、新しい強壮剤だって試してみたいのに、こんな、こんな、薔薇だらけじゃ!」
もう、思わず半泣きだ。
薔薇、薔薇、薔薇。
絶対に脅しにかかってる。
お前の痣がなんなのか知ってるぞーって。
「助けて、殿下! ぶっ飛ばしてくれるって言ったじゃない!」
思わず華奢な殿下を抱きすくめて、その頭に顔を擦り付ける。
「お、落ち着け、マロー」
私は殿下を抱きしめたまま、ブツブツと呟いてた。
「……だいたい、あの男、出会いから不審なんだ。どういう心臓してたら、王太子の側付きに言い寄る。それも、初対面だったっていうのに。小さい頃に会った? そんなの知らない。おまけに、このしつこさ、前世は蛇かなんかだったに違いない。絶対、私を気に入ったとかじゃない。なびかなかったのが気に入らないだけだ。誘いに乗るまで続ける気か? 冗談じゃない」
——ああ、でも、殿下をギュッとしてると落ち着く。
「苦しい、離せ! 自分の世界に入ってんなよ。苦しいって、マロー!」
殿下は私を引き剥がし、真っ赤になった顔で文句を言った。
「お前な、俺を窒息させる気か!」
「……だって気味が悪い」
「捨てろ」
「捨てても、捨てても、送られてくる」
彼は項垂れて、疲れた声で言った。
「親父に言っとくよ。嫌がってるって。親父なら、こういう時の対処も分かるだろ」
「ありがとう、殿下」
「……着替えを出せ」
「はい。今すぐに!」
☆
ルーガ王太子は未来の王候補なので、勉学も忙しい。
むろん、側付きになった私も。
「現在の王位継承者は、ルーガ王太子が第一位、第二位がベルナンド第二王子、第三位に従兄弟のアルデンテ様とバミューダ様。叔父のグラハム公爵……」
眠くなってたら、後頭部をスパンと叩かれた。
「寝るな」
「寝てません」
私を教育しているのは、国王付きのお世話がかり、カメオさん。
驚くことに、カメオさんは私とほぼ同じ年。
同じ年で国王の側付きの一人とか、有能すぎて人間味が薄い。
ほっそり華奢だけど、さすがに私より背が高い。淡い金髪に青目で狐顔。噂では化け物のような身体能力を持ってるとか、狐とのハーフではないかとか言われてるらしい。妖怪枠のお方だ。
ぜーんぶ、ラベナの情報なんだけどさ。
「マロー。お前もルーガ殿下の側付きになって、すでに半年近い。分かってるのか?」
「分かっております」
「未だに王族の家系図すら頭に入ってないってどういうことだ」
——そんなこと言ったってな。
「私は健康管理の方を期待されていますので」
スパンと後頭部を叩かれた。
カメオさんは、すっごく手が早い。
すぐ叩く。
おまけに痛い。
「お前に月額で幾ら払われてると思ってる。国民の血税なんだぞ! 一つの役割で済むと思ってんなよ!」
「……申し訳ありません」
その血税は村人を救ってるよ。
私には一銭も入って来ない。
「さっき俺が言った、王位継承権の順位を言ってみろ第六位までだ」
「ルーガ王太子が第一位継承者。第二位が弟君のベルナンド第二王子です」
「続き」
「……従兄弟と叔父が第三位」
「名前」
「………」
彼は狐顔に憂いを滲ませた。
「お前、自覚もモチベも足りなすぎる」
「……申し訳ありません」
「心無い返事なんかに意味はない」
睨むなよぅ。
怖いな。
彼は大きく息を吐き出すと、側にあった椅子にドカッと座った。
「やる気のない奴には、教えるだけ無駄だ」
「え?」
「お前、覚える気ないだろ? もういい。俺は寝る」
ね、寝る?
どうしよう。
——怒らせたかな?
「お前、王太子に興味ないの?」
「興味……ですか?」
「俺が教えてるのは、ルーガ殿下の周りのことだ」
ルーガ殿下の……。
カメオさんは、腕を組んで目を瞑ると本当に寝てしまった。
部屋の窓から夏の風が吹き込んで、彼の淡い髪を揺らしてく。
私はもらった教本に目を通す。
これが、ルーガ殿下を取り巻く状況。
複雑で、面倒な、王太子の世界か——。




