第5話 「さっきのは、言ってはいけないこと!」
マウントポジションの新人歓迎会
居間でコントローラを弄りながら、シミュレータにて訓練という名のゲームを繰り返している。
前までは部屋のいたるところにゴミが落ちていたが、バツゲームで俺が掃除した為、綺麗に片付いていた。
暇なのか雪絵さんはちゃぶ台に着いてお菓子をいつも通り口に運んでいる。隅には真っ白なセンセイが蹲っている。天地博士はいない。
「また負けた……」
CPU戦を行っており、対人戦と比べれば圧倒的に難易度が低いはずだ。だが、勝てない。
もしかして、この薙刀を持った大男のキャラクターは弱いのではないだろうか。
「そのキャラクターは玄人向けらしい。大吾はまだ初心者、別のキャラクターを使ってみてはどうだろう」
蹲っていたセンセイは首を上げ俺の方に視線を向けて、イケボで俺に話しかけてくる。何度聞いてもいい声だ。
こちらの戦績が芳しくないことを察してくれたようだ。流石はセンセイ、気配りも出来る犬。
「でも、なんか愛着あるんですよね。初プレイからずっと使い続けて、こいつで勝ちたいって思ってるんですよ」
個人的なこだわり。このキャラクターのことは知らないが、なんとなく理由も無い。
「そうか。なら、間合いを気にしてみてはどうだろうか。リーチの長さを生かして相手の攻撃を受けないようにしてみるといい」
なるほど。と、俺は感心してプレイスタイルを変えてみた。
「くぅー! あと少しで勝てたのに!」
センセイの言うとおりにすると、相手にかなりダメージを与える事ができた。
勝つ事はできなかったが、センセイのアドバイスは的確だった。
「流石はセンセイ、何でも知ってますね」
「何でもは知らないが、大体の事は知ってると自負している」
ここで気になる事がある。どうしてセンセイは犬なのに頭がいいのだろうか。犬が喋っている時点で既におかしいのだが。
「ん? 私の事が気になるのかね。犬が喋っているというだけでも気にはなるだろう」
心を読まれた。いや。きっと思った事が顔に出てしまったのだろう。そんな偏見を持った自分が恥ずかしい。
「私はね、天地博士に助けられたんだ――
酷い事故にあって、生死の境をさ迷っていた。
そんな私を改造し、蘇生してくれた。
命を救う際に脳へチップを埋め込むしかなかったらしいが、そのお陰で私は人間に匹敵する知能を獲得したのだ。
このチップのお陰か、私は様々なデータにアクセスし、どんな情報も得る事ができるようになった。
今は恩返しのつもりで、この日本防衛所のアドバイザーをさせてもらっている――」
なるほど、改造犬にされた訳だ。
だが、この話をよく聞くと何か気になる点がある。事故にあった、天地博士が救った。
「それって、センセイの事故を起こしたのは、天地博士じゃないのか?」
酷い事故で瀕死、その場にいた天地博士。それだけで、容易に想像できる。
「まぁ、そんな事は気にせずに、彼女は私の命の恩人だ」
センセイはこちらと視線を合わせようとしない。やはり、知っていたんだな。
この際、天地博士が全ての元凶なので、恩を感じる必要は無いんじゃないかな。本人(本犬?)がいいのならいいが。
「天地博士か……最近、様子が変なんですけ。センセイは何か知ってます?」
センセイは再び、俺の方に視線を合わせる。この様子だと何か知っている――察しているのだろう。
「ふむ。それは新人歓迎会の後からだね。乙女のデリケートな問題、女性の悩みは尽きないものだ」
センセイの表情は変わっていないが、眉根に皺を寄せ困っているように見える。
お菓子を食べる手が止まらない雪絵さんを見ながら、新人歓迎会で一緒にいたのだからそちらに聞けばよかった。センセイには少し気の毒なことをしてしまった。
「雪絵さんは何か知りませんか? 俺が酔った後に何かあったんですよね」
「んー。それに関しては、本人に聞かないであげてね」
含みのある言葉は何か知っている事は間違いないだろう。見た感じ、このことについて積極的に話をしたくない感じだ。それでも、何か聞き出せないだろうか。
「健吾ちゃんは、年上が好みなのかなー?」
「大吾です。えーっと、どうですかね。年上かぁ……」
「はい、すぐに答えられなかったということは違うわよねー」
雪絵さんが何を言いたいかいまいちわからないが、言われた通りである。確かに興味がない。
「それじゃあ、私について思っている事を言ってみましょう」
何の意図があっての質問かはわからないが、雪絵さんの笑顔が気になる。何かを隠しているような違和感を覚えるが、ここは素直に答えておいたほうがいいだろう。
「そうですね。ポニーテールが似合ってますし、リボンなんか可愛いですよね。服のセンスもいいですし、いつも笑顔で、年上のお姉さんって感じがします。あ、でも、少し太――」
「スタァァァプッ!」
突然、雪絵さんが叫んだ。
その迫力にセンセイまでが目を丸くして驚いている。
俺にとっても、何が起こったのか全くわからない。
「まず、私はふくよかなだけだから、ふくよかなだけだから。女性はこのくらいが丁度いいの」
雪絵さんの白く細い指が両肩をぐっと掴んで放さない。手の振るえが伝わってくる。
笑顔のはずなのに、目が笑っていない。これは、本気の目だ。
「いい大吾ちゃん。思っていても言っていい事と、悪い事があるの」
指に力が入って肩に食い込んでくる。今までのどのプレッシャーより強いものを感じる。
「さっきのは、言ってはいけないこと!」
その迫力に俺は相槌を打つことしかできない。
何が逆鱗に触れたかいまいちわからないが、とにかく今はこの危機を全力で回避したい。
視界の片隅ではセンセイが包まって、顔を出さないようにしている。流石、センセイ。危機回避能力も高い。
「はぁ……大吾ちゃんはもっとデリカシーを学ばなきゃ駄目よ」
「そうですね。今までそんな事を言われなかったので、今後は気をつけます」
肩を掴んでいた指から徐々に力が抜けていく。これでこの状況を打開出来ることを心から喜んだ。
だが、次の瞬間には、地獄が始まった。
「大吾はまだ帰ってないわよね!」
居間の入り口である扉が勢いよく開け放たれた。
そこから現れたのは大きな声で叫ぶ天地博士――の姿に言葉を失う。
「見なさい! このブレザー姿を! これならどうよ?」
ピッシっという凍るような音が聞こえた。
居間にいる全員の視線が天地博士に注がれる。そして、全員が凍りついたかのように動きを止める。いや、動けないのだ。
紺色のジャケットにチェックの入ったリボン。リボンと同じチェックのスカート。黒いソックスに黒のローファー。身に着けているものは間違いなく学生が着ているものだ。
「何か言いなさいよ」
凛々しく美しい顔、学生にしては少し大きい胸、細い綺麗な足、指先にはネイルが光る。若干ネクタイを緩めているのも学生らしく思わせる。
個々で見れば間違いなく美人高校生なのだが、全てが合わさるとなると……。
このまま生き恥をさらすより、ここは介錯するのが世の情け。凍りついた世界から脱出する。
「正直、きつい――」
「そこ! そういうところ!」
次に起きたのは雪絵さんの怒声。
「大吾ちゃんはそういうことをさらっと言っちゃ駄目! 後、天地博士には言いたい事があるので、ここに残ってください」
「ちょっと、雪絵ちゃん?」
「いいですね?」
ブレザー姿の天地博士と一緒に受ける雪絵さんの説教は氷河期が到来をした未来を思わせるものだった。