第4話「ああ? まだ息があったのか、次は確実に息の根を止める」
あらすじ
無事出勤
「終わったーッ!」
居間で畳に座りながらシミュレータで特訓していると、何処からともなく天地博士が現れた。居間にはお菓子を食べ続けながら、テレビを眺めている雪絵さん、規則正しくお座りを続けているセンセイ、後は菓子の袋が転がっている。
この人は一体何処にいたのだろうか。地下に施設があって、そこで研究をしているとか――無いな。
「お疲れ様ですー」
置時計の針は17時を指している。雪絵さんは10時出社、天地博士にいたっては11時出社。昼にばっちり休憩を取ったので、就業時間はお察しの通り。
天地博士が言っていた通り、天下り先として作られた施設なので、いい加減なのだろう。そのほうが俺も楽ができて万々歳だ。
「お疲れ様でした。じゃあ、俺は帰りますんで」
居間を出て行こうとする俺の肩が掴まれる。
背後から天地博士の薄い笑い声が聞こえてくる。これは面倒になるパターンだ。
「今日は大吾の新人歓迎会よ!」
「やったね! 飲み放題!」
女性2人が元気に騒いでいる。天地博士は兎も角、雪絵さんまで飲み会が好きなのは意外だった。もっとお淑やかに嗜むだけだと思っていた。完全に偏見なのだが。
「やっぱり俺も行くんですよね?」
「主役なんだから当然でしょ!」
やはり気が進まない。飲み会は嫌いではないが、参加した飲み会では例外なく雰囲気が悪くなる。これは酔ったときに何かが起こっている。その時の記憶は殆ど無いので原因は不明だ。
「大吾よ。ここは好意に甘えるべきだろう。彼女らも君とのコミュニケーションを大切にしたいと思ってのことだ」
センセイからの言葉は胸に染みる。なるべく早く家に帰って晴香に晩飯を作らなくてはいけないのだが、ここは相手の意を汲むべきだ。
「あまり遅くまでは付き合えませんが、参加します」
俺は20時くらいが限度ですと、2人に告げる。
早速と言わんばかりに、2人は手を引っ張る。そして、まだ十分に明るいが、夜の街へ繰り出した。
先を行く2人の足は速い。もう既に会場が決まっているようだ。引かれるままに町を行く。
2人に連れられたのは、赤提灯が飾られた小さな居酒屋。
外から見ると非常に小さく狭そうな感じだったが、奥行きがあり、スペース的には問題ない。壁に貼られたメニューも豊富で、歓迎会にはもってこいの場所だった。もしかしたら、天地博士が前もってリサーチしてくれていたのかもしれない。
「すぐに乾杯するから、ちゃっちゃと注文して。お金は経費で落ちるから気にしなくていいわ」
流石は天下り施設。何でも経費にできてしまいそうだ。
「私は生中ね」
「わたしはピーチフィズをお願いしますー」
「俺はオレンジジュースを――」
2人の鋭い視線が突き刺さる。これは飲まないと駄目な雰囲気だ。
とりあえず俺も生中を頼み、すぐに酒が並べられた。
「それでは、新入所員の山本大吾から挨拶をお願いします」
天地博士が口でヒューヒューと言いながら、挨拶を促す。何も考えていなかったが、何か言わないとと考えながら立ち上がった。
「この度は、俺のためにこのような――」
「「かんぱーい!」」
挨拶を始めるとすぐに、天地博士と雪絵さんは二人で乾杯をしてしまう。俺は呆然と立ち尽くし、かなりの殺意を覚えた。俺はこのことを生涯忘れることは無いだろう。
「さっきのは何なんです? 俺の挨拶は聞けないと?」
「大吾の挨拶はお決まり過ぎで楽しくないの。雪絵ちゃんと話し合って、つまらなかったら先に乾杯しようって話をあわせておいたのよ」
確かにあの出だしからは面白い事はいえなかっただろう。だが、内面を見透かされたようで悔しい。
「大吾ちゃーん、そんな顔しちゃだめですよ。ほら、飲んで、飲んで」
雪絵さんに進められ、やけくそ気味にビールを仰いだ。
「うははははは! いい飲みっぷりじゃないの。私も負けてられないね。すいませーん、生中もう一本お願いします」
博士が二本目を注文している間に、あらかじめ頼んでいた料理が続々到着する。
俺が思っていたよりまともな飲み会で、参加してよかったと感じた。これはセンセイに豪華なペットフードを買ってあげないといけないな。
※
飲み会が始まって幾分か時間が過ぎた。皆の酔いが回り、いい感じにテンションが揚がってきた。そんな時、大吾の目から涙が零れた。
「酷いんですよ天地博士。面接の時には俺にコーラを買ってこいって言いながら100円しかくれなかったんです、今日は今日でセクハラまがいに変なポーズしながら服を見せ付けてくるんですよ」
大吾は泣きながら、雪絵へ博士に対する気持ちをぶつけている。雪絵は大吾の頭を撫でて慰めていた。
「大吾ちゃんは泣き上戸なんだねー。それにしても天地博士も酷いことするよねー」
「いや、前半はその通りなんだけど、後半は私が酷い目に遭ってたんですけど? かなり辛らつだったよね」
酒の席ということもあり、全員が酔っていたので事態を収拾するツッコミ役の不在が悲劇を招いていく。
「ふふふ……じゃあ、リベンジといこうじゃないか! 私の豊満なバスとを見ろ。ほれほれこのたわわな乳をさわりたいんじゃろ」
天地は胸を抱き上げて、大吾へ擦り寄って行く。セクシーポーズで敗北した借りを返そうとしていた。
そんな彼女を見て大吾は心底嫌な顔を見せる。
「やめて下さいよ……。だいたい天地博士って何歳なんですか? 年増のおっぱいなんて触りたくないですよ。本当に止めてください」
ぷつんという何かが切れた音がすると同時に雪絵は大吾から離れていった。命の危険を悟っての行動だった。
「てめぇ! 貴様、今なんっつた! いてこますぞ、こらぁ! 年増って言っていいことと悪い事があるんやぞ!」
天地は怒り心頭で叫び始める。その様子は凄まじく店員さえも声をかけられない程であった。
※
気が付くと目の前に天地博士の顔があった。よく見るとマウントポジションを取られている。傍から見ると騎乗位にも見える。
「あれ? 何してるんです? 何故か体中が痛んだけど……」
「ああ? まだ息があったのか、次は確実に息の根を止める」
握りこぶしを作る天地博士を雪絵さんが止めている。このままだと、この居酒屋に血の雨が降る。主に俺の血で血塗れになる。店に迷惑をかけそうだ。
「天地博士、落ち着いて下さい。大吾ちゃんも悪い部分はありましたけど、胸を擦り付けた天地博士も悪いですよ。そんなに若くないんですし」
「最後の一言はいらないよね? 雪絵ちゃんもグーで殴られたいのかな?」
雪絵さんは全力の笑顔で誤魔化そうとしていた。天地博士は般若のような顔になっており、怒りは収まりそうに無かった。
「大吾ちゃん、いくらお酒の席でも言っていいことと、悪いことがあるんだよ。そして、今回のは悪いこと」
雪絵さんに責任を擦り付けられた。あれ? これって一番悪いのは俺じゃない? 何が起こったのかよくわからないんだけど。
「はぁ、すいません。俺、何をしたのかよくわからないんですが、とりあえず謝っておきます」
謝罪の言葉に溜飲が下がったのか天地博士の顔が元に戻っていく。
ほっと一息つく間に壁掛け時計を見ると、もうすぐ短針が8を指す頃になっていた。
「あ! すみません! 俺、家に帰って妹に飯作ってやらないと! 申し訳ないですが、お先に失礼します」
「大吾、今日は楽しめた?」
帰り支度を始めた俺の背中に天地博士がそんな言葉を投げて寄越した。
「はい。今日は楽しかったです」
伝えたいことは伝えたので、俺はさっさと席を立ち、店の出口へと向かう。そんな中、2人の話し声が聞こえてきた。
「妹が待ってるって言ってましたねー」
「あんな嘘までついて、よっぽど嫌だったのかしら。私の胸……」
何故か妹の事が嘘になっていた。晩飯は何を作ろうかと考えながら俺は帰路についた。




