第44話 「そのみかんの白いのはー、アルベドって言うらしいわよー」
あらすじ
ボウエイオーの命運はいかに
「と、言うわけで、日本防衛所は存続の危機にあるわ」(前回43話参照)
ぽろりと、愛子の手からみかんがこぼれ落ちた。
ぽかんと口を開けたままの間抜けた顔が張り付いている。
「ど、どういうことなんっすか! 存亡の危機なんだぜ! なんで落ち着いてるんだよ!」
愛子はもう語尾がおかしくなるほど動揺している。
だが、他のメンバーは俺も含めて平然としている。
俺はこたつに入りながら、最近常備されるようになったみかんの皮を剥く。
雪絵さんはグミを食べているし、博士はこたつの中に手を入れて暖めている。
センセイはいつも通り、隅で蹲っていた。もちろん、聞き耳は立てている。
「あー! この関心の無さはなんなんだよ!」
愛子は相当防衛所に思い入れがあるらしい。チームやってた頃から仲間意識は高かった。
確かに、防衛所には愛着もある。このメンバーが集まれなくなるのは、寂しいと感じる。
天地博士、雪絵さん、センセイも黙って平然としているが、きっと同じようなことを感じているのだろう。いや。感じていてください。
「落ち着け、愛子。これはもう、どうしようもないことだ」
「愛子ちゃんの言いたいことはわかるけど、こちらから出来ることはないのよ」
そう言う天地博士の表情も若干影を落としているように見える。
何もできないことを無力に感じているようだ。
「でもねー、ボウエイオーの凍結はもう決定したってー、天見所長から連絡があったのよー」
雪絵さんは達観したのか、表情を変えることは無い。
少し冷たいように感じるが、それがもっとも傷つかない方法なのかもしれない。
「防衛所の処遇は現在検討中だそうだ」
センセイがそう言う。
俺はどうしても、表情に出てしまう。残念な無念な無力な感情。
ポーカーとかやったら絶対に負けるだろう。
「そんな、受け入れちゃったら駄目だろ。そうだ! 署名を集めようぜ。防衛所は必要って!」
「いやいや、防衛所は秘密にしてるから、いくら集めても無理よ」
天地博士の正論に、愛子はぐぬぬと顔を強ばらせる。
言い返したいが、何も言えなくなっている。
今までやる気に満ちていた瞳が、今はすっかり気が抜けてしまっていた。
「もう、どうしようも無いんですか……」
愛子が落ち着いてきたと同時に、みかんの皮を剥き終えた。
「ほら、晴香、みかんを食べれるぞ」
「兄さん、あーん」
「待って! 何羨ましそうなことしてるの!? あたしにもあーんして!」
沈んでいた愛子が突然元気になった。
元気になったことはいいことだ。
晴香の口に切り分けたみかんを放り込み、愛子の口にも放り込んでやる。
晴香は少し不満だったようだが、2人とも笑顔になってくれた。
「ほら、大吾! 見なさい! みかんが空中に浮いてるわよ!」
タネはわかりきっているタダの冗談。
親指をみかんのおしりに突っ込んで、それを見えないようにしているだけだ。
正直、タネを知らなくてもつまらないことこの上ない。
「天地博士ー……そんなくだらないことをしても――」
「なんですかそれ! すげぇ! 一体、どうやってるんですか?」
愛子が人形を買ってもらった少女のごとく目を輝かせている。
表情がころころと変わって、面白い奴だ。
天然の気があったが、今日は輪にかけて酷い。防衛所のことで、気が動転していることもあってのことだろう。
「ふっふっふっ! 恐れ入ったか! これが博士パワーよ」
盛り上がっている2人を眺めていたら、ふと思い出した。
美味しいみかんの判別方法を。
「みかんのお尻に、黄色い皮が出ているやつが美味しいらしいですよ」
説明しにくいが、お尻の中央にある黒いブチ。あれの中に黄色い皮が見えている奴。
「そんなおばあちゃんの知恵袋的な事言われても、眉唾ものだわ」
「そうでもないですよ。意外と美味しいのに当たりますよ」
「それ分かる。美味しいよね!」
天地博士が眉根を寄せている所を見て、晴香がフォローしてくれる。それに、愛子がかぶせて来る。
先ほどの深刻な空気が嘘のように和んできた。
山本家では信憑性のあるみかん判別方法である。
みんなも騙されたと思って、美味しいみかんを食べてみよう。
「それもいいですけどー。みかんを食べると、指が黄色くなっちゃうのが、いやですねー」
「それ分かるわ、雪絵ちゃん! やっぱり、それがネックなのよね。指が黄色くならないみかん、開発しようかな……」
いやいや、天地博士はもうそういった改造とか止めて欲しい。
特に食物に関しては2度と手を出して欲しくない。
この世の生態系を崩しかねないモンスターが生まれる予感がする。
「そうですか? それがいいんじゃないですか。みかんを食べてる感じがして」
という理由もあって黄色くならないみかんには反対している。
やはり、味もいいけど、食べた気分というのも大切だと思う。
スナック菓子を食べると、指が油でギトギトになるが、あれが良いのだ。まあ、大半の人は嫌がるが。
「大吾ちゃんは、ちょっとずれてるわねー。それとも、男子ってそんな感じなんですかねー」
「いやいや、そんな風に感じるのは、大吾だけですって!」
俺自身だけのことなのか、男子はそう思うものなのか、詳しく知りたいものだ。
多分、俺が少数派だろうけど。
「あれ? 博士はみかんの白いやつ取っちゃうんですか?」
皮を剥いた後のみかんから、白いやつを丁寧にとっているのが目に入った。
それはもう、念入りに。白いの1本も許さないと言わんばかりだ。
「あー、なんかもさもさして、食べにくいのよね。このもさもさも無くならないかしら」
「何言ってるんですか? その白いのが健康にいいらしいよ」
「うーん。ちょっと考えてみようかしら」
俺と晴香は白いのを取らない派だ。
別に健康に気をつけているわけではないが、面倒くさいので取らない。
晴香の理由は違うかのしれないが。
「そのみかんの白いのはー、アルベドって言うらしいわよー」
「なんです、その格好いい名前!」
愛子ががっつりと食いついてきた。
そういえば、結構厨二病的なところがあったな。
レディースをやっている影響だろうか。
気が付けば、こたつの上に置かれていたみかんが全滅目前だった。
当然、みかんの皮だけが残されている。
「みかんの皮ってもらっていっていいですか?」
「んー。後は捨てるだけだしー、いいと思いますよー」
「そんなの持って帰ってどうするのよ」
天地博士と雪絵さんは怪訝な顔をする。
「みかん風呂にするんですよ。晴香、今日は湯船に湯を張るぞ」
「やたー。みかん風呂大好き」
何故だか、みんなから暖かい視線を送られる。
今日は身体を温かくして眠れそうだ。




