第34話 「あの娘は失敗だったが、孫は上手に育ったものだ」
あらすじ
第三回 大吾対策会議 開催
イワマに連れてこられた先は看板の類はなく、コンクリートむき出しで窓も必要以上に少ないといった簡素なビル。高さもさほどなく、ビジネス街にあれば誰もが通り過ぎるようなものだった。
そして、そのビルの3階にある部屋に通される。
「くれぐれも失礼のないようにして欲しいですねぇ」
イワマはそれだけ言うと、帽子を押さえて深く被り部屋の隅へと移動する。
この部屋は事務室のようで、無駄のない堅実なものになっている。パッと見ただけでも事務机、キャビネットの作りはしっかりとしており、一流のものが使われている事がわかる。
そして、目の前のデスクに座っている老人とも言える男性が座っている。
その風貌は髪交じりの髪を真ん中できっちりと分け、着用するスーツも皺一つない。まさに老紳士と呼べる人物だ。
「よく来てくれた、我が孫、大吾、晴香」
今なんて言ったのか、耳を疑った。「我が孫」いきなり孫呼ばわりである。
しかも、誰なのかまったくわからない。見覚えがない。
「草加雅紀国防大臣です。不勉強ですねぇ」
こちらがうろたえていることを察してかイワマが口添えしてくれた。
その言葉にそんな人がいたということを思い出す。だが、そんなお偉いさんが俺のことを孫呼ばわりとは何があったのだろうか。
「兄さん……」
少し心配そうな晴香の手を握ってやる。かすかな震えが伝わってくる。
「最近になって娘に子供がいることを知ってな。借金のカタに売られたことでようやく耳に入った」
草加は淡々と自分の事を話し出した。
母も人の子であるから父親が存在しているのは理解できる。だが、こうして売られるまで知らなかったとか、親子関係はかなり薄いようだ。
「だから、保護する必要があると判断し、借金の代わりにお前たちを引き取ることにした」
抑揚のない淡々とした事務的な言葉に冷たさを感じる。その内容もとてもこちらを引き取りたいという想いがまったく伝わってこない。
「悪いが俺たちはそんな事を望んでいない。俺たち2人だけが肉親で、2人で暮らしていく。晴香は俺が守るし、ぽっと出の祖父の世話になるつもりはない」
その言葉に、無表情だった草加の眉がピクリと動く。
「ちょっと言葉遣いに気をつけた方が――」
イワマの注意を草加は視線だけで黙らせた。
「理解していないようだ。今まで普通に暮らして来れたのも私の恩赦があってこそ。今頃お前たちははした金で売られていただろう。だから、私が保護しようと言うのだ」
一切の人間らしさのない言葉に胸がむかついてきた。あまりに一方的過ぎる。
「だから借金を返している。臓器を売っても重労働をすることになっても、借金は返済する。保護なんて必要ない」
俺の言葉に草加は失望したかのように軽く息を吐く。その仕草がいちいち癇に障る。イワマなんて可愛いぐらいに胸糞が悪い。
「私の命令一つでどこに雇われないし、臓器の売買も行えない。借金を返すあてがなくなり、借金は膨れ上がっていく。それでも私の意に反するか?」
「それでも、突然現れた祖父を名乗る人物にどうこうされたくない。俺たちは俺たちで生きていく。お前を見てるとわかるぜ、そんな風だから、娘があんな奴に育ったってな!」
嫌味を言ってやっても草加は表情一つ変えない。こちらのことをまるで意に介してしないようだ。
だが、内心面白くなかったようで、草加は右手を上げた。
「がっ!」
息ができなくなるほどの衝撃。前を見るとイワマが拳を腹に叩きこんでいた。先程の行為はイワマに合図を送ったようだ。
今まで受けた事がない程の痛みでついお腹をかばってしまう。
その瞬間をついて今度は顎をつま先で蹴られた。下手をしたらここで舌を噛み切り死んでしまうほど強烈なもので、その衝撃に脳が揺れ、体を動かすこともできなくなる。
朦朧とする意識の中今度は後頭部と首を両手で叩きつけられた。蹴りによって上半身が反りあがった時を狙われ、何をすることもできず、地面に激しく衝突する。
倒れ動けなくなった俺の背中を容赦なしに踏みつけてくきた。
体重を乗せただけではなく、勢いをつけられた踏み付けは俺の肺から空気をすべて吐かされ、呼吸は完全に止められた。
その蹴りを何度も続けられ、意識が途絶える瞬間にその踏み付けは収まった。
「兄さん! 止めて! 兄さんに何するの?」
イワマの蹴りが止まったのは晴香が足にしがみついたかららしかった。晴香に心配かけるなんて、兄失格だよなぁ。
立ち上がろうとするが、脳が揺れた後のため、体がふらつきまた倒れてしまう。
「これでもか?」
「……」
張り付いた晴香をものともせずに、さらに追い討ちとばかりに踏みつけてくる。
「やめてよ、おじいちゃん! どうしたらこんなこと止めてくれてくれるの?」
「お前たちが私の保護を受け入れるまでだ」
次は踏み潰すだけではなく、わき腹をつま先で蹴り飛ばしてくる。その攻撃につい口から呻きが出てしまう。
そんな俺の様子を見て満足したのか、草加はまた右手を上げてイワマの行動を止めた。
「へっ! この程度、なんでもないぜ。どうした? 続けないのか?」
正直、しんどい。
今までやってきた喧嘩より圧倒的に痛い。これだけ一方的だと体だけではなく、心までへし折れそうになる。
だが、晴香が隣にいるから、これ以上の無様はさらせない。
「この程度では根を上げないか。孫でなければ、腕の1本でも折ろうかとも思ったが……まあいい」
草加の表情は変わっていないと言うのに、少し感心してるように感じる。声のトーンが変わったような気がしたからか。
「お前たちには今以上の苦しみが待っている。それでも私の元に来ないと言うのか?」
「絶対にノーだ。今回された仕打ち程度で保護されようと思うかよ!」
俺の決意が伝わったのか、諦めたのか草加はその見下したような目を静かに閉じた。
「あの娘は失敗だったが、孫は上手に育ったものだ」
草加は言葉を噛みしめるように呟いた。
「イワマ、こいつらを家に帰してやれ」
その言葉にイワマは驚いたのか少し顔を上げて草加を見やる。
その真意はつかめない様子で、動きを止めていたイワマが動き出す。
無言で俺を持ち上げた。まだ少しふらつく体をしっかりと受け止めた。
「今回は特別だ。もし、どうにもならなくなったら、次は強制に保護下に置く」
草加は視線を机に向けて書類を読み始めた。もうこちらには用がないといわんばかりの態度だ。
「どいて、兄さんは私が助けるから」
晴香はイワマから俺を奪い取る。
その様子に、イワマはまた帽子を深く被る。
晴香に支えられ、こちらにやってきた黒塗りの車へやってきた。
その頃には、ふらつきもなくなり、意識もはっきりしてきた。
「ふむ、やはり、正攻法ではあなたを曲げるのは難しかったですねぇ。クライアントにも提言しましょうか」
イワマの嫌味な声に顔を歪めた。
ある意味では、草加より危険な男だ。
「さ、早く乗ってくださいねぇ。またお会いするかも知れませんから、乗り心地を楽しんでくださいねぇ」
「悪いけど、もう乗らねーよ」
そうだといいですねぇ とイワマは言うと運転席に着いた。
もう二度とこいつらに会うつもりはない。これまで以上に防衛所で頑張らなくっちゃな……。
俺はそう思いながら、座席に座った。




