第20話 「さ、さあ、このシャツに……サインをくれたまえ……」
あらすじ
幼女に囲まれた生活
「はぁ……」
思い切り大きなため息を吐く。
防衛所で買出しジャンケンして、負けてしまった。
右手には雪絵さんリクエストのチョコレート、クッキーなどの甘いお菓子。左手には愛子のペットボトルのお茶、天地博士の2Lスポーツドリンク。天地博士のは完全に嫌がらせだ。
防衛所直近のコンビニは徒歩数分の場所にあり、車を使うには距離が短く、歩くと意外と遠いという絶妙なポイントだった。だからこそ、買出しの押し付け合いがありまして。
以前、深夜で起こったことを思うと、意外と行きにくかったりもしたが、ご覧の有様である。
防衛所まであと少しというところまで来ると、背後から声をかけられた。
「ハンカチ落としましたよ」
振り返るとスーツを纏った色男。黒い髪はワックスできっちりと整えてあり、髭も剃り残しはない。カッターシャツは折り目正しく、よれた感じは全くしない。まさに、ビジネスマンを絵に描いたようだった。
「はぁ。申し訳ないけど、俺のじゃないな」
差し出されたハンカチは白。これまたきちんと皺が伸ばされパリッとしており綺麗に折りたたまれていた。
勿論、そんなハンカチの存在は知らない。所持しているハンカチは黒。アイロンも適当にしかかかっていない。全く関係のないものだった。
「それは失礼しました。ハンカチが落ちていたので、てっきり貴方のものだと勘違いしてしまいました」
凄く丁寧に謝られた。ここまで皮肉な謝罪は清清しいとしか思えず、ついイラッとしてしまう。
大体、この道には俺しかいない。つまり、こんな綺麗なハンカチが落ちているわけがない。相手に嘘を吐いている事が丸分かりなのだ。
何故、嘘を吐いてまでこちらに声をかけてきたのか。当然、話の切欠が欲しかったから。それだけである。
「おや、貴方、よく見れば日本防衛所の方ですね」
今初めて気付きましたよ。なんて感じで驚いてみせている。
嘘がバレバレなんだよな。
大根役者というか、嘘が下手というか、こういう小細工しない方が良かったのでは?
それは置いておいて、「日本防衛所」この存在は今では世間に知られていないはずである。
前はでかでかと求人ポスターが貼られておりオープンであったが、ボウエイオー出撃によりその存在は秘匿されている。国としてはそんないい加減な組織が、強大な力を持つボウエイオーを管理している事は表に出したくないようだ。
センセイの働きによって、今はネット上からその存在はほぼ抹消されている。
そんな日本防衛所を知っているということは、なんらかの策謀があってわざわざ接触してきたのだろう。たとえば、ロボット愛好家の手先とか、その条件に当てはまりそうだ。
「よく見ればボウエイオーのパイロットをしている方ではないですか?」
ますます怪しい。
バレているのは分かっているので、相手がどうするかを生暖かい目で見守ってやろう。
「そう、確か、山本 大吾さん、でしたよね?」
じー。
「えー、と、私、貴方のこと、知ってるんですよ……知っているんです」
まだ演技を続けるつもりのようだが、どうやらノープラン、いや思い通りにいっていないかだ。そういえば、面接官が同じように慌てていましたね。
「それでですね、そう、私、貴方のファンなんですよ」
こちらがノーリアクションだったので、思ってもいないことを口にしだした。面白くなってきたので、このまま眺めていよう。
「そう、ファンなんです。是非、サインが欲しいんです!」
ハンサムの顔に汗が滲んで、色も青ざめてきている。
嘘を吐くことに余裕がなくなってきた証拠だとろう。
そろそろ、何か言ってやった方がいいだろう――と、思ったらおかしな方に話が進んでいく。
「あ、そうですよね。サインするならサインペンが必要ですよね。私、ちょっとコンビニで買ってきますので、待っていてください」
ハンサムはテンパったままコンビニへと走っていった。
自分で勝手に話を進めて窮地に陥っていく。
見ていて可哀想になってきた。ここで防衛所に戻ってもいいのだが、彼が戻ってくるのを待っていよう。
数分後、ハンサムはぜいぜいと、肩で息をしつつ戻ってきた。その手には1本のサインペンが握られている。
もうすぐ防衛所だというのにコンビニを往復してくるなんて、根性があるハンサムだ。
「さあ、サインをくれたまえ……」
ハンサムは気付いた。サインを書いて貰うものがない。
手軽なものなら、先程彼が拾ったハンカチだろう。だが、先程偶然拾ったハンカチにサインを貰うことはできないだろう。
本当に何も考えていない人だ。
「さ、さあ、このシャツに……サインをくれたまえ……」
スーツを広げてカッターシャツを露出させる。ここに書けというのだろうか。彼の余裕のない顔にとても申し訳ない気がしてきた。
本当は名前とか教えるのは駄目なのだろうが、サインくらいしてやろう。もし、それを狙ったのであれば中々の逸材だ。
腹の部分は書きにくいが、そこを露出しているので書くしかない。サインペンを受け取ってちょちょいと書いてやる。
「ははは、ありがとう。最高のプレゼントだ……」
ハンサムはもう涙目だ。あまりにも気の毒すぎる。
ここまで来ると何のために接触してきたのか、本当に分からない。
「どうだろう、友情の証にライソのアドレスを交換してくれないかな?」
意外とタフだった。というか、こちらが本命なのだろう。
ハンサムは少し余裕を取り戻したのか、顔色が元に戻ってきている。颯爽とスマホを取り出してきた。
こちらも携帯を出してやろう。フィーチャーホン(俗に言うガラケー)だがな。
「……」
「……」
お互いに口を閉ざすことになる。この人、本当に間が悪い。運が悪いとも言える。正直、何ともいえない気分になってくる。
「す、すまない。貴方がスマホを持って……いないなんて……本当に、すまない……」
哀れだと思うほどに落ち込んでいた。
「あの、Eメールならいいけど」
「いいのかい!」
ハンサム復活。突如、顔色がよくなり、笑顔が戻ってくる。本当に分かりやすい。
こちらの手にある携帯は、所員に配布された連絡用のもので、個人が所有しているわけではない。プライベートのものじゃないから、教えてもいいか。
相手が何かを聞き出そうとしても、すぐに分かるだろう。彼の演技を見る限りは。
いい加減なことを思いながら、アドレスを交換する。
「えーと、名前は?」
ようやく、ハンサムの名前を知らないことに気付いた。これは相手を馬鹿にできないな。
「トウイツです。あ、漢字じゃなくて、カタカナでお願いします」
偽の名前かも知れないが、どうでもいい。
相手の名前に興味はないが、「トウイツ」なんとなく似たような名前を聞いた事があるような……。
「ありがとうございます! 本当に嬉しいです! 後でメールしますから! 絶対にしますから!」
トウイツと名乗ったハンサムは笑顔で距離を取ると、逃げ出すように去っていった。
彼は目標を達した訳だし、これ以上望むものはないのだろう。
メールすると言っていたが、面倒なのでメールして欲しくないな。
――気付けばハンサムに気を取られ、パシリに出てから20分近くが経っていることに気付いた。
不味いと思いながら、防衛所へ戻ってく。
案の定、怒りの表情で受け入れられた。
※
「ちょっと、大吾、どうしたんだよ」
居間にいる愛子が俺の様子を見て第一声を上げた。
「寝不足? 睡眠はきちんととりなさいよ」
「妹ちゃんに何かされたとかー?」
天地博士と雪絵さんにも心配された。
トウイツとメール交換してから1日も経っていないというのに、酷い隈が刻まれた酷い顔をしている。それを見て、各々が言い寄ってくる。こうして心配してくれるのはありがたいが、どう説明したものか。
「メール。メールが寝た後もガンガン来るから……」
3人はこちらが差し出した携帯の画面を見る。
『ちゃお! 今日メールを交換したトウイツですよ。どうかな、メール見てくれた? 今、仕事中なんだけど、待ちきれなくてメールしちゃった。きゃっ、言っちゃった。そっちはどんな感じなのかな? 仕事してるのかな? それとも、もう帰ってくつろいでいるのかな。気になっちゃうから、すぐに返事ちょうだい。いつでも待ってるから、時間とか気にしなくてもオッケー。もっと話したいことあるけど、今はこれでお終い。返事を忘れないでね』
初見の3人は少し何が起こったのか、よくわからず固まっていた。
「これ、男性のメールです」
苦笑いをされてしまう。文面は女言葉そのものだったからだ。そのギャップを知っているので、俺には余計にこたえる。
次のメールをみせてみる。
『ねぇ、起きてる?』
『うーん、返事がないなぁ』
『寂しいな』
『もしかして、無視してる?』
『まだ寝ちゃ駄目』
『あれ? 本当に寝ちゃった?』
『起きたら返事くれるよね』
1分おきにメールが届く。夜、深夜、朝、問わず。こちらが返事しても同じ事が繰り返される。心休まる時がない。
『今、出社したとこ。そっちはどう? 寝過ごしてない?』
またメールが来た。
「それは、また、お気の毒にねー」
こちらはたまったものではない。
こちらがげっそりしているのに、天地博士と愛子は無言である。相当、嫌な気持ちになっていることだろう。
「大吾って、携帯持ってたの?」
そこだったか。
天地博士がスマホを取り出す。
寝不足で上手く働かない頭を押さえる。同調してくれたのは、雪絵さんだけか……。
「アドレス交換しよ! 私もメールするから!」
この様子、あのトウイツさんによく似ている。友達がいなさそうなところとか、妙にがっつくところとか。人間性が似ていた。
防衛所から支給された携帯なので、アドレス交換は問題ない。
「私もメールするから、絶対返事しなさい。遅れたり無視したら許さないから」
何だか、状況が悪化しているような気がする。こうなると、2人からのメールに襲われそうだ。
もう、睡眠という安息の地は存在しなくなることだろう。
「あ、大吾。私にも教えてよ」
目を輝かせた愛子がこちらを見つめている。
仕方ないので、愛子ともアドレス交換した。
これからも寝不足には気をつけないと……。




