ムーツへの帰還と新たなる船出
陞爵式の厳かな熱気が冷めやらぬまま、晴れて子爵家としての位を授かったシモキタール一家は、アルスター公爵夫人を連れ立ち、住み慣れた領地ムーツへと向かった。
馬車がムーツの領地へと入ると、街道の両脇にはあふれんばかりの領民が集まっていた。
「シモキタール子爵様、万歳!」
「陞爵おめでとうございます!」
歓声と花びらが舞う中、シモキタール子爵は馬車の窓から手を振り、領民たちの温かい祝福に胸を熱くする。
一歩ずつ重ねてきた努力が結実し、領地全体が大きな喜びに包まれていた。
子爵邸に到着すると、待機していたロベルトが恭しく一礼し、すぐさま朗報を伝えた。
「ルキウス様、お帰りなさいませ。ご報告がございます。冬の間に突貫で整備を進めておりました港に、ノースシーロード王国へと向かう我らの船が無事に到着いたしました。いつでも出航できる手はずとなっております」
「そうか、無事に間に合ったか。ご苦労だった」
シモキタール子爵は安堵の息をつき、公爵夫人へと視線を向けた。
長旅の道中は順調だったとはいえ、疲れを残したまま北の大国へ向かうわけにはいかない。
「公爵閣下、エオノーラ夫人。ノースシーロードへ発つ前に、まずは長旅の疲れを癒やしてください。自慢の『温泉迎賓館』をご用意しております」
言葉通り、アルスター公爵とエオノーラ夫人は温泉迎賓館へと案内された。
なみなみと湯を湛える温泉に浸かり、湯気に包まれながら湯船に身を委ねると、道中の緊張と疲れがじわじわと解けていく。
「ふぅ……いつもながら素晴らしい湯ですわね。身も心もほぐれていきますわ」
エオノーラ夫人が心地よさそうに微笑み、公爵も満足げに頷いた。
その日の夕食には、特別な和食会席が振る舞われた。
四季折々の新鮮な海の幸・山の幸が美しい器に繊細に盛り付けられ、目にも舌にも鮮やかな料理の数々に、公爵夫妻はいたく感心した様子で箸を進めた。
温かいもてなしと至福の湯、そして洗練された料理によって、数日間の滞在で旅の疲労は完全に拭い去られた。
そして、いよいよノースシーロード王国への出発の日。
冬の間に見事に整備された港には、雄大に大きな帆を張った船が静かに波に揺れていた。
シモキタール一家は、アルスター公爵夫妻とともに甲板へと上がり、見送りに集まった多くの領民たちに手を振った。
「もやい解除! 面舵一杯!」
船長の威勢の良い号令とともに、出航を告げる船鐘の澄んだ音が港に響き渡る。
一風の追い風を受けて真っ白な帆が大きく鼓動するように膨らみ、船はゆっくりと静かに岸壁を離れていった。
目指すは、未知なる北の大国――ノースシーロード王国。
子爵となったシモキタール一家と公爵夫妻を乗せた船は、青く澄み渡る海原へと滑り出していった。




