見えてはいけない
約5分で読める短編ホラーです。最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
そのメガネを拾ったのは、仕事帰りの夜だった。
駅から自宅までの道に、小さな公園がある。
そのベンチの下に、黒縁のメガネが落ちていた。
ケースもなく、レンズには傷一つない。
「誰のだろう」
交番に届けようと思ったが、手に取った瞬間、妙なことに気づいた。
よく見える。
裸眼では少しぼやける遠くの街灯が、くっきり見えた。
俺は視力が悪いわけではない。
それなのに、そのメガネをかけると、世界の輪郭が異様なほど鮮明になった。
試しに公園を見回す。
ブランコ。
滑り台。
ベンチ。
そして、公園の入口に立っている女の子。
白いワンピースを着て、こちらを見ていた。
メガネを外す。
誰もいない。
もう一度かける。
いる。
女の子はじっと俺を見つめていた。
怖くなって、メガネをベンチに置いて帰った。
翌朝。
玄関を出ると、昨日のメガネが靴箱の上に置かれていた。
俺は息を呑んだ。
もちろん、持って帰った覚えはない。
気味が悪かったが、昨夜見た女の子が気になった。
メガネをかける。
女の子はいない。
ほっとした。
だが、その瞬間。
背後から声がした。
「昨日、見えた?」
振り返る。
誰もいない。
慌ててメガネを外した。
その日から、妙なことが続いた。
メガネをかけると、街を歩く人の中に、見知らぬ人が混じっている。
電車の乗客。
コンビニの店員。
会社の同僚。
そして、ある日。
鏡を見た。
メガネをかけた俺が、鏡の中に映っていた。
だが、鏡の中の俺は笑っていなかった。
青ざめた顔で、必死に何かを伝えようとしている。
口元を読む。
――外せ。
俺は慌ててメガネを外した。
鏡には、普通の俺が映っていた。
翌日、メガネを捨てた。
ゴミ袋に入れ、何重にも縛った。
これで終わったと思った。
その夜、ベッドに入る。
部屋の電気を消す。
暗闇の中で、スマホの画面だけが光った。
通知が一件。
『新しいメガネを接続しました』
意味が分からない。
すると、スマホのカメラが勝手に起動した。
画面に映ったのは、眠っている俺。
……ではなかった。
俺の部屋を、ベッドの足元から撮影している映像だった。
そして画面の端に、黒縁のメガネをかけた女の子が立っている。
女の子が、ゆっくりメガネを外した。
その瞬間、画面が暗くなった。
真っ黒な画面に、文字だけが浮かぶ。
『やっと、見えるようになったね』
その直後。
俺の目の前から、世界が消えた。
暗闇の中で、誰かが俺の顔にメガネをかける。
「これで、交代」
耳元で、女の子が笑った。
翌朝。
俺の部屋には、誰もいなかった。
ただ、玄関の鏡だけが残っていた。
そこには――
黒縁のメガネをかけた俺が、こちらを見て笑っていた。
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