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友也視線

美沙と出会ったとき、俺はまだ人を本気で愛したことがなかった。

いや、正確に言えば、愛されたいと思う気持ちばかりが先走って、

誰かを受け入れる準備なんてできていなかったんだと思う。


それでも、美沙は俺に笑ってくれた。

無邪気に、時に拗ねるように、優しく、まっすぐに。

あの笑顔に救われた気がした。


美沙は、どこか影を持っているように見えた。

強がっているようで、寂しそうで、

なのに誰よりも明るく振る舞う彼女に、俺は惹かれた。


だから、俺は誠実に接しようと思った。

毎日LINEを送り、記念日には花を贈った。

休日は映画やカフェ、未来の話もした。

「ちゃんとした恋をしよう」って、思っていた。


俺にとっての“ちゃんとした恋”とは、

お互いを知り合って、信頼し合って、

家族に紹介して、やがて結婚して、

平日の夜は家で一緒に食事して、

休みの日はスーパーへ一緒に買い物に行って——

そんな、一般的で当たり前の幸せを手に入れることだった。


俺が思い描いていた“理想の彼女”は、

笑顔を絶やさず、料理もできて、

きちんと挨拶ができて、俺のことを立ててくれて、

「ありがとう」と「ごめんね」が素直に言えて、

将来の夢を語り合えるような、そんな人だった。


そして、美沙となら、その未来が描けると思っていた。


でも——

時々、美沙の瞳は俺の向こう側を見ていた。

どこか遠い場所。

俺には届かない場所。


その視線の先に誰がいるのか、

本当は聞きたくても、聞けなかった。


俺は、美沙の全部を知らない。

知ろうとしても、踏み込めない何かがある。

その“何か”が何なのか、はっきりとは分からなかったけれど、

彼女の心の奥に、俺の知らない誰かがいるような気がしていた。


知ろうとするたびに、美沙はうまく笑った。

「大丈夫だよ」「気にしすぎ」

その言葉のたびに、俺は何も言えなくなった。


俺は、美沙の心の全部を見たいと思った。

でも、見てしまったら壊れてしまいそうな何かがある気がして、

踏み込むのが怖かった。


それでも、俺は別れたくなかった。

自分を変えれば、美沙にもっと愛されるかもしれない。

だから頑張った。

家事も手伝い、褒めて、気を遣って、

“理想の彼氏”になろうとした。


足りないのは、自分の努力だと思った。

少しでも美沙の心に届くようにと、

レシピ本を買って料理を覚えたり、

彼女の趣味をこっそり調べて驚かせたりもした。


彼女が疲れているなら支えたいと思ったし、

落ち込んでいるなら笑わせたいと思った。

そうやって、自分にできるすべてを注いだつもりだった。


でも、俺はどこかで“恋人”という立場に甘えていたのかもしれない。

美沙の都合やタイミングを、ちゃんと考えず、

「彼女なんだから」「一緒にいるべきだろ」と、

自分の欲しい言葉や態度を求めていた。


俺は、美沙のすべてを疑っていなかった。

信じていた。

でもそれは、信じていたというより、

信じている自分でいたかっただけかもしれない。


美沙が何かを隠しているなんて、考えもしなかった。

考えないようにしていた。


それは、純粋な愛だったのか。

それとも、ただの自己満足だったのか。


知らず知らずのうちに、俺は美沙を振り回していた。

「俺はこんなに頑張ってるのに」

「どうして伝わらないんだよ」

そう思っていた。


でも本当は——

俺の“頑張り”なんて、

ただの“押し付け”だったのかもしれない。


美沙の自然なままでいてくれる姿よりも、

俺の期待どおりに振る舞う彼女を求めてしまった。


そして、それが彼女をどれだけ苦しめていたか、

俺は気づいていなかった。


すれ違いが増えていった。

会話も減って、返信も遅れて、

彼女が俺の横にいるのに、心が見えなくなっていく感覚。


俺は、何度も問いかけた。

「どうしたの?」「最近、何かあった?」


でも、美沙はただ笑って「疲れてるだけ」と言った。


その笑顔の奥に、どれだけ嘘があるのか。

俺にはもう、確かめる勇気もなかった。


きっと、美沙は俺の優しさに、

どこかで罪悪感を感じていたんだろう。


でも、俺が欲しかったのは

“悪いと思われること”じゃなかった。


ただ、一緒にいるときだけでも、

まっすぐに見てほしかった。

心から、俺を好きでいてほしかった。


美沙は俺に言った。

「ありがとう、こんな私と一緒にいてくれて」


それが、別れの準備のように聞こえた。


——なあ、美沙。

君が誰を好きでもいい。

過去に誰といたとしても、

俺の前では、俺だけを見ていてほしい。


たとえその瞬間だけでも、

君の全部が俺に向いていると信じさせてほしかった。


俺は、君を選んだんだ。

なのに君は、俺を“選べない誰か”にした。


それでも、今日も君の名前を呼ぶ。

願わくば、その声が、

俺のもとへ届くようにと。


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