八◇遺跡迷宮のブルースライム
ルミリアは呪文を唱える。右手の魔術補助具のブレスレットに魔力が流れ、その右手で宙に印を切る。
ルミリアの右手、人差し指と中指を伸ばした剣指で目の前の空間をなぞると、剣指の通った跡に赤い線が浮かぶ。
「ルオンザーム、五源のひとつ、赤の三角、ビースクノト、灯せ、長く明るく、シックホワズ……」
アステの持つ杖の先に手を掲げ、術式構築を完成。
「火宿」
アステの持つ杖の先に炎が現れる。松明のように現れた火が周囲を照らす。魔術師のリンドが、ほう、と感心の声を上げる。
「これは火柱の応用ですか? 持続時間はどれくらい?」
「だいたい一刻(約二時間)くらいかしら?」
「なかなか器用なことをしますね」
「アステの杖の方にも魔術刻印をつけてあるの」
アステは杖を掲げ遺跡迷宮の通路を照らす。重戦士バータムの持つランタンよりも明るく、灯りがひとつ増えた。メロウの姉御が杖の先の魔術の炎に手を近づける。
「魔術って持続させんのが難しいって聞いたことあるけど、一刻も燃やすもん無しで燃え続けるのか」
「お湯を沸かすのに便利よ」
「投射以外の魔術の使い手ってのは、便利でいいねえ」
「発動させてぶつけるのが一番簡単だからね」
ルミリアの言うことに魔術師リンドは肩をすくめて言う。
「ハンターの魔術は実戦用の応用ばかりで、基礎がイマイチなところがありますからね。私も学院で学びたいところですよ」
重戦士バータムがランタンを持ちメロウの姉御と並び前に、ルミリアとアステを挟むように魔術師のリンドが一番後ろに。一行は遺跡迷宮の通路を進む。暗い灰色の石でできた階段を下り地下一階へと。
「外から入り込んだ魔獣はいなさそうだ」
周囲を見回しながら進む姉御のメロウが言い、重戦士バータムが、そのようだ、と頷く。ルミリアは聞いてみる。
「サッと見ただけでわかるものなの?」
「魔獣が入って住み着いてたら、足跡やら臭いやらあるもんだからね」
「臭いが少ないのがいたら? スケルトンとか」
「野良のスケルトンが湧くってのは、この辺りじゃあんまり聞かないけどね。ま、それも警戒してこのフロアをザッと見回るけど」
メロウの姉御は斧槍を両手に持ち先に進む。通路は広くまるで人より大きな生き物の為に作られたようにも見える。魔術師のリンドがメロウに続けて話す。
「この遺跡迷宮をキャンプに使えるように、定期的にハンターが見回りに来るんですよ。今回は悪ガキ三人衆の当番でしたが」
「魔獣は出るの?」
「いませんよ。この遺跡迷宮はずいぶんと昔に探索しつくしてますから、そのときに討伐は済ませてあるので。新しく住み着くのがいなければですが」
「でも奥にスライムがいるって、言ってなかった?」
「それが謎といえば謎なんですよね。この遺跡迷宮の魔獣は全滅させて、スライムも面倒とはいえ一度ならず駆除したんですが。気がつくと奥でブルースライムがいつの間にかいるんですよね」
「それって、もしかしてこの遺跡迷宮にスライムを産み出す何かが、まだ動いてるってこと?」
「その可能性もあります。ただ、ブルースライムで被害も無いですし、スライムは素材としても使い勝手が無いということでわざわざ狩ることもありません」
姉御のメロウが振り向いて言う。
「あー、嬢ちゃんたち。このことはあんまり大っぴらにしないでくれないか?」
「どうして? 古代文明の遺産がまだ動いているなら調べてみたいじゃない?」
「ここはブルースライムがいてくれるから、他の魔獣が住み着かないらしい。そのブルースライムもわんさか湧いて出てきて被害が出て困るってことも無い。他の遺跡迷宮だと魔獣が来て巣にしたりしててキャンプ地に使い難いこともあるんだ。ここは森の深部に行く拠点のひとつとして都合がいいんだよ」
「なんだか、スライムを利用してるみたいね」
「それに噂を聞いた古代妄想狂が入り込んで、ブルースライム大量増殖事件とか起こされた方が困る」
「そのブルースライムは危険なの?」
「天井に気をつけてくれ」
メロウに言われて天井を見上げるルミリアとアステ。暗い灰色の石でできた天井にところどころ苔が生えている。
「天井からスライムが降って来てまとわりつかれる、ってのが危ない。ブルースライムは動きも鈍くて襲って来ることは無いヤツなんだが」
「赤とか黒が危険なスライム、というのは聞いたことあるわ」
一行は地下一階を見て回る。ハンター達は慣れているのか魔獣の痕跡も無いことに気を抜いているのか、話ながら薄暗い地下を進む。それでもランタンを持つ重戦士バータムは天井をチラチラと見ながら警戒は怠らない。
地下二階に下りて少し進んだところで重戦士バータムが足を止める。
「そこの壁にブルースライムがひっついてる」
「お、いたか。嬢ちゃん、目当てのブルースライムだ。近づいてもいいけど触るなよ」
アステが杖を掲げ杖の先の魔術の火で照らす。壁には暗い青い色の拈菌体の魔獣、ブルースライムが張り付いていた。ルミリアの肩から指先ぐらいの大きさで、まるで壁に青い水溜まりがくっついているように見える。ブルースライムはにじにじと蠢き、ルミリアの杖の先の灯りから遠ざかろうと動く。その動きは遅い。
「これがスライム、変わった生き物よね」
「頭もなけりゃ足も無い。動いているから生き物なんだろうけど」
「このスライムは狩らないの?」
「持って帰っても買ってくれる奴がいない。動きは鈍いが痛みにも鈍いのか、切っても刺しても死なねえし。うちには氷系魔術の使えるリンドがいるからいいけど、討伐するにはめんどうなヤツなんだよ」
メロウに続いて重戦士バータムが言う。
「こいつらは遺跡迷宮の外には出て来ないから、人に悪さすることも無い」
「野外に適応したスライムってあんまり聞かないわね。魔術以外で倒せない巨大スライムに苦戦する話とか、聞いたことはあるけど」
「それって酒をぶっかけて火を着けたってのがオチの話か?」
「そう、たしか熱に弱いのよね。それなら私の火系魔術で倒せるわよね」
「やってみてもいいが、魔力の無駄使いじゃないか?」
話している間も壁に張り付くブルースライムは明かりから遠ざかろうと蠢く。その動きは遅く、カタツムリが這うような速度だ。
「ここのブルースライムはおとなしいというか、見ての通り人からは逃げようとする。それでも油断してると、置いてた荷物がブルースライムに取り込まれてリュックがヌルヌルに、中の干し肉が全滅、なんてこともある」
「それで他の魔獣が住み着かないのね」
ルミリアとアステの見てる前で、壁に張り付く青い水溜まりはにじにじ、にじにじとゆっくり離れようとしていく。
「ブルースライムの異状増殖も無さそうですね。この遺跡迷宮の見回りは問題無しでいいでしょ」
魔術師リンドが見回して言い、姉御のメロウが、そうだね、と応える。
「じゃ、戻るか。嬢ちゃんたちスライム見物はもういいか? 上に戻るぞ」
上に昇る階段に足をかけながら、ルミリアは思う。
(魔獣について調べるのもおもしろそうね。それだと王立魔獣研究院かしら? スライムと言えば古代魔術文明の人造生物説とかあったわね)
一行が上に戻ると三バカのいる大部屋には白い湯気がこもっていた。アステの言う、猫のオシッコのような臭いが微かに漂う。
「あ、戻ってきた」
火にかかる大鍋をかき混ぜながら、弓使いシャンディラが笑顔で一行を迎える。
「もうちょい煮込めば食べられるよー」
「お、久しぶりのカニ鍋か」
ルミリアが横を見れば赤ボンと銀棒とビリビリがグッタリと倒れている。三人をチラリと見てルミリアは調理中のシャンディラに訊ねる。
「そこの三人はどうしたの?」
「えーとね、誰が素早くグランドクラブの脚から肉が取れるか競争をね」
呆れたように言うシャンディラ。ルミリアの見た先、疲れて倒れている三人の少年の近くには、割れて中身が無くなっているグランドクラブの脚の甲殻がいくつも転がっている。
「グランドクラブの甲殻って硬いから割るのが面倒で、そこから肉を取るのも一手間なんだけど。変な競争に熱くなった三人のおかげで早くてね」
ルミリアが近づいて落ちてる大きなカニの脚の殻をひとつ手に取ってみる。中身の無くなったグランドクラブの脚は真っ二つに割れて、中身は綺麗に取り出されている。見た目よりも軽い。
「それで、誰が勝ったの?」
「あー、引き分け、かな?」
「ラッシュ、俺の方が三本先に終わらせたぞ」
「エスディは雑で取り残しがあったろ。だから引き分け」
「よく考えたら腕力で僕がラッシュとエスディに勝てる訳が無かったのだ」
ルミリアはグランドクラブの焦げ茶の胴体もひっくり返して見る。中身は取り出されて空っぽだ。手に持つ甲殻をあちこち見ながら話す。
「もしかして、魔獣狩りって討伐よりも解体の方がたいへんなのかしら?」
「それは魔獣によるけど、グランドクラブは楽な方か。他の魔獣だと血抜きとか皮を剥いだりが面倒なのもいるし、血の臭いで寄ってくるのがいるとまた手間だし」
「このグランドクラブの甲殻はどうするの?」
「持って帰ってもハサミと目玉以外はそんなに高く売れるもんじゃ無いから、後で外に捨てるか、ブルースライムのエサかな? 胴体部だけ持って帰ってもいいかも」
グランドクラブの胴体の甲殻を手に持ち、いろんな角度で見るルミリアにアステが恐る恐る近づく。
「なんだか、大きな虫の死骸にしか見えませんね」
「そうね、調理する前の中身を見てみたかったわ」
「見てしまったら更に食べにくくなるんじゃないですか?」
「私はそういうの平気だけど、アステは虫が苦手だったの?」
「いえ、苦手じゃなくても初めて見る魔獣カニなんて、不気味に感じて当然ではないですか?」
「確かに動いてるところは不気味でおもしろかったわね。どんな味がするのかしら?」
初めて食べるグランドクラブの鍋に興味が湧くルミリア。これを食べるの? と青い顔になるアステ。
「ほーい、できたよー」
シャンディラの声に、グランドクラブの鍋が初体験の二人は期待と絶望という対称の表情を見せる。
◇◇◇◇◇
スライム
自然生物説と人造生物説の二つがあるが、現在のところ不明。魔獣研究者が自説を戦わせている。
遺跡迷宮や洞窟の中などに潜み、野外にいるのはまれ。色違いの亜種が多く個体の大きさもまた様々。毒をもつもの、酸を吐く危険なものもいる。
中には野外に適応したスライムもいる。
脳も無く心臓も無く生物なのかどうかも怪しまれている。
スライムは熱変化に弱いため、火系魔術、氷系魔術で動きを止め死亡する。一方で刺突、斬撃はほとんど効果が無い。そのためハンターからは討伐しにくい魔獣とされる。黒く大きなスライムが人を襲う話が伝わっている。
またスライムは素材として利用価値が無く、狩っても売れないためハンターが狙う獲物とはならない。
異常に増殖した赤いスライムが畑や家畜などを襲った魔獣災害の記録がある。




