七◇森の中、寂れたいにしえの遺跡
「……なんなのあの三人」
小休止を終え、森の中を進むルミリアが呟く。アステもコクコクと頷く。
「これまで会ったことの無いタイプですよね」
「ハンターってこういうものかしら?」
前を進むバータムが振り向く。
「いや、あいつらがちょっと変わってるところはある」
片刃の斧を持ったままの右手の親指で前を示す。そこは三バカが後ろに続く者が通りやすくなるように、小枝や草を落とし、魔獣が潜んでいないか確かめながら進んでいる。
「普通はハンター見習いは経験のあるハンターに弟子入りしてくっついて森に入るものだが、あいつら三人、ハンターになる前から武者修行って言って森に入ってる」
「それってどうなの? 魔獣深森に入るにはハンターになるか、許可証が無いとダメなんじゃ?」
「ホントはな。だから見つけては連れ帰ってたんだが」
ルミリアの後ろを歩くメロウが続ける。
「あいつら、誰を師にしたのか知らないが、ガキ三人で森に入って魔獣を相手にしてやがった。うちのギルドマスターも困ってたよ。なまじっか腕はあるし、引き際もわきまえてるから生き残っている」
「なるべく他のハンターと動け、と言っても人数が多いと魔獣に逃げられるとか言ってなあ」
「あの三人に助けられたってヤツもいるし、それで特例で成人前にハンターになった、数少ない悪ガキどもだよ」
メロウの隣、弓使いシャンディラも続けて話す。
「ちょっと常識は無いよね、エロバカに戦闘バカに魔術バカで、魔獣深森の中では強いんだけど」
「聞こえてんぞー、シャンディラ」
「聞かせてんのよ。護衛の仕方を学ぶっていうなら、常識と依頼主とのお喋りも必要なのよ」
「お喋りもいいけど、カニが出たぞ」
ルミリアが見れば赤ボンは右手に長剣を構え、銀棒は槍を構え、ビリビリは人指し指と中指を揃えて伸ばして剣指を作り、直ぐに術式構築ができる構えに。
メロウの姉御が、お、と声を上げる。
「グランドクラブか、ならそいつを狩ってから枯れた遺跡でキャンプにするか」
「おっし、やるか」
メロウの姉御が言うと赤ボンと銀棒は先頭のグランドクラブを挟む位置へと移動する。
ルミリアは重戦士バータムの背中を押すようにして首を伸ばす。三バカが対峙しているのは三匹の大きなカニ、グランドクラブ。
(図鑑で見た通り、だけど実際に見ると大きいわ)
茶色の甲殻の見た目はルミリアが川辺で見たカニに似ている。ただしその大きさはかなり違う。まるで大きな犬くらいある。
三匹ともハサミを掲げて威嚇している。広げたハサミの先と先はルミリアが両手を横に伸ばしたくらいある。川辺のカニと比べると遠近感が狂ったような奇妙な感じがする。二本のハサミを掲げた三匹のグランドクラブがハンター達を威嚇する。
ルミリアは緊張してバータムに聞く。
「いよいよハンターの魔獣狩り?」
「嬢ちゃん、前に出るな。あのハサミにやられると膝から下を持ってかれるぞ」
「それなら、近づかずに火系魔術を射ってもいいかしら?」
ルミリアの言葉に赤ボンが振り向かずに言う。
「火系? やめてくれよ。食えなくなっちまう」
「食うって、食べるの? そのグランドクラブ?」
「鍋にすると旨いんだ、よっと」
赤ボンが長剣をグランドクラブを挑発するように伸ばす。グランドクラブは大きなハサミで長剣を挟む。銀棒もまた槍をゆるりと伸ばすと、もう片方のハサミが槍を捕まえる。
「「せっ!」」
赤ボンと銀棒が息を合わせて得物を持ち上げると、長剣と槍を掴まえたままのグランドクラブがバンザイするように持ち上がる。白い腹に八本の脚の付け根が見える。
(なんだか、カブトムシとかクワガタのお腹みたいね)
ルミリアがじっくり観察する暇も無く。
「穿て、雷弾」
呪文を唱え剣指で宙に印を描き、術式構築を終えたビリビリの手から雷弾が飛ぶ。雷の弾がグランドクラブの腹に当たると、グランドクラブはビクリと痙攣し、槍と長剣からハサミを離してパタリと仰向けにひっくり返る。
ルミリアは三人組の息の合った連携に関心する。
「グランドクラブは囲めば狩りやすい獲物です」
魔術師のリンドがルミリアとアステに説明する。
「ただ、グランドクラブが潜んでいることを気がつかずに近づいて、足をやられるのが一番怖いところですね」
「あれを、鍋にするの?」
ルミリアの見る前で残りの二匹のグランドクラブは逃げていく。仰向けにひっくり返った一匹はヒクヒクと脚が痙攣して口から泡を吹いている。
赤ボンが振り返ってルミリアに訪ねる。
「あれ? 食ったことねえの?」
「無いわよ、そんな大きなカニなんて」
「けっこう旨いぞ。今の時期は卵は無いだろうけど」
ルミリアとアステは不気味な物を見るような目でひっくり返ったグランドクラブを見る。なんだか焦げ茶色の大きな虫がひっくり返ったようにも見えて、あれを食べるというのが信じられない。焦げ茶色の脚が蠢く様も気持ち悪い。
魔術師のリンドが言う。
「グランドクラブの肉は日持ちがしないので、王都で食べたことのある人は少ないですか。ローグシーの街の料理屋にもありますよ。見た目はまあ、大きな虫のようですが味は保証します」
ルミリアとアステが見ている前で、赤ボンと銀棒は手早くグランドクラブの足をもいでいく。八本の足にハサミの付け根に長剣を刺し、ボキリボキリと解体していく。
「雷系の魔術は美味しい肉を食べるのにいいですね」
「それが雷系魔術の利点と思われるのは心外なのだ」
「火系と氷系は温度が変わるので傷みますからね」
「代わりに火系は調理に、氷系は保存に使えるではないか」
解体されていくグランドクラブを見ながらルミリアは呟く。
「私の知らないハンター流の魔術の使い方かしら?」
バラバラにしたグランドクラブの脚とハサミはロープで纏められ、まるで薪を背負うように赤ボンが背中に担ぐ。
脚を無くした胴体にもロープがかけられ、重戦士バータムが背負う。
バータムの後ろを歩くルミリアとアステは、脚を無くしたグランドクラブの腹を見ながら歩くことになった。
脚の無い胴体だけのグランドクラブをルミリアは不気味に思いながらも興味深く、アステは気持ち悪さに小さく、ひい、と声を出す。
それを重戦士バータムは気にせず気楽に背負っている。大きなカニの脚の付け根からは、白く濁った体液がポツリと垂れる。
「なんだか、変な臭いがするわ」
「ルミリア様、この臭い、猫のオシッコみたいですね。コレ、食べられるんですか?」
「美味しいらしいわよ。私は楽しみだけど」
「そうですね、ルミリア様はそういう人でしたね……」
アステは魔獣深森に来たことを後悔するような声で呟いた。ルミリアは変な臭いに顔をしかめながらも、グランドクラブの胴体を歩きながらじっくりと観察する。
(学院の図鑑では食用とは書いてなかったような)
グランドクラブの解体に時間を取られたものの、日が傾く頃には一行は目的地へと到着する。
「これが遺跡迷宮?」
森の中に石造りの建物がひっそりとある。入り口は半分砕けて蔦と苔に覆われ、暗くポッカリと開いた大きな穴からは、ヒンヤリとした空気が流れてくる。
ビリビリがルミリアに説明する。
「地上一階、地下三階、探索しつくした、枯れた遺跡迷宮なのだ」
「学院で見た遺跡迷宮とは随分違うわね。あっちは保存がしっかりされていたからだけど」
「遺跡迷宮はそれぞれでかなり違う。作られた時代が違うのではないだろうか?」
「作る人の趣味が違うとか、目的が違うとか、いろんな説があるわ」
「その学院で見たという遺跡迷宮は、規模はどれくらいのものなのだ?」
ビリビリが話すのにメロウの姉御が割り込んでくる。
「古代のロマンもいいけれど、先にここでキャンプの用意だ。ほら悪ガキ三人衆、カニ鍋の用意をしろ」
「ほーい」
「カニ鍋、カニ鍋ー♪」
「護衛の仕事って、森の案内役みたいなものか?」
「王都付近で見れないものの解説役、というのもあるのかもな」
三人はお喋りしながら、銀棒がランタンをリュックから取り出して灯りをつけて、先頭に立ち遺跡迷宮へと入る。三バカが先に進み、弓使いシャンデイラもランタンを出してルミリアとアステの足下を照らしてくれる。
一行は遺跡迷宮の中へと入る。
ルミリアは遺跡迷宮の内部を眺めながら通路を進む。
古代魔術文明に作られたという遺跡迷宮は、大陸のあちこちに残っている。かつては遺跡迷宮に残る古代の遺産をもとに、様々な魔術が開発された。
はるか昔、古代魔術文明は今より優れた魔術を使い、様々な魔術具に古代魔術の産物で栄華を誇ったと伝わっている。
その古代魔術文明は滅び、今では遺跡の形で過去の面影を遺すのみ。現在よりも高い技術水準であったという古代の文明が、何故、滅日を迎えたのか、様々な研究者が調べたが今も解明できない謎として残る。
「こういう過去の遺産を調べるのも、おもしろそうではあるのよね」
「ルミリア様、古代文明の研究者になるおつもりですか?」
「どちらかと言うと、過去の探求よりも新しい何かを作ったりするのが楽しいのよね」
ランタンの灯りに照らされる遺跡迷宮の通路を進み、一行は大きな部屋に入る。入り口には扉があったと思われる小さな穴の跡だけがあり、扉は無い。石造りの大部屋には隅に大きな箱が三つある。金属で補強された木箱だ。
その木箱に悪ガキ三人衆が向かう。
「遺跡迷宮の中の木箱、なんだか宝箱みたいね」
弓使いシャンデイラが部屋の壁にランタンを下げながら言う。
「あはは、ゴブリンやコボルトに見つかったら宝箱かもね」
ルミリアの見てる前で三バカは木箱を開けて中身を確認する。そして中から大きな鍋に木の器など取り出していく。
「姉御、ハンターギルドの備品は無事だ」
「ま、ここが荒らされたことはあまり無いか」
ルミリアは木箱に近づいて中を見る。食器に調理道具、別の箱には毛布、家畜の糞を乾燥させた固形燃料などなど。
「古代の遺産、じゃ無いのね」
「当然。この迷宮はずいぶん昔に調べ尽くした枯れた遺跡だってば。これはハンターギルドの備品。ハンターが持ち込んだものだよ」
赤ボンが木箱から出した大鍋をルミリアに見せる。
「ここでキャンプするのにあれば便利で、持ち運ぶには荷物になるものを置いてるんだよ」
「道理で現代の品ばかりなのね。じゃあ、三バカの言ってた、遺跡の見回りの仕事ってコレの確認のこと?」
「それもあるけど、こういう遺跡迷宮はたまに見回っておかないと、ゴブリンとかコボルトとかが住み着いたりするんだ。他に困った人間とかも入ってきたり」
「困った人間って、古代の遺産に取りつかれた古代文明研究者?」
「他には闇の神の信徒とか、人に見つからないで悪さをしようって輩には、こういう遺跡というのは雰囲気も出て都合のいい集会所というか」
「なんだか、その気持ちもわかるわ。秘密のアジトにすると妖しくて楽しそうなところよね」
「お、わかってるねあんた。そうだろ? ここも俺たち三人が秘密基地にしようとしていたこともあってな」
魔術師のリンドが、やれやれ、と。
「勝手に秘密基地にしないで下さい。この遺跡迷宮の地上部分は、ハンターがキャンプにも使っているんですから。占拠して勝手に備品を使わないように」
「そんなことをしてたの。ホントに悪ガキ三人衆なのね」
「いや、ここを拠点にして森で武者修行をするつもりで、俺たちは悪さしてないぞ?」
メロウの姉御がフフンと鼻で笑う。
「ゴブリンでも住み着いたかと思ったらこの三人だった、というのがね、ローグシーのハンターギルドの笑い話さ」
「で、姉御、俺たちはここを見回る当番なんだが、奥を見てきていいか?」
「先に見といた方がいいか。何か入ってきてるかもしれないし」
ハンター達は背中のリュックを床に下ろして話をする。ルミリアも担いでいたリュックを下ろす。
「この遺跡の奥に何かあるの?」
「魔獣とか住み着いてないかの点検だよ。奥にいるのはスライムくらいだ」
「スライムがいるの? ちょっと見てみたいわね」
メロウの姉御が少し考える。
「それなら嬢ちゃん達を連れて、あたいらで奥を見てくるか。キャンプの方は悪ガキ三人衆で準備してもらうか」
槍を置いた銀棒が口をへの字にする。
「王都から来たお嬢様にカッコいいところを見せる筈が、カニ退治しかしてないな」
「それなら代わりにカッコいいカニ鍋を作っていてくれ」
「カッコいいカニ鍋ってなんだよ?」
それを聞いた赤ボンがグランドクラブの脚を床に並べ、その一本を手に取る。
「鍋をカッコ良くするのは難しいな。エレガントで優雅で前衛的な、攻めた感じの斬新なカニの鍋か、どうする?」
「食いもんで遊ぶヤツはあたいが許さないけど」
「言い出したの姉御じゃないか」
「シャンディラ、この悪ガキ三人衆の監督してくれ。バータムとリンドはあたいと奥の見回りに行くぞ。じゃ、嬢ちゃんたちついて来な」
◇◇◇◇◇
古代魔術文明の遺跡
はるか昔に栄えたという魔術を極めた人の文明。今ではその名残が遺跡に残るのみ。
迷宮の形をしているものが多く遺跡迷宮とも呼ばれる。発見された古代の遺物が高値で取り引きされ、また国によって管理されたりする。
未発見の遺跡にはかつての古代の遺産があると言われるが、現在では発見された遺跡のほとんどが探索済み。
光の神々教会は古代の遺産を間違った使い方をすれば、かつての文明の滅日を繰り返すとし、危険な古代遺産の研究を禁じている。
一方で古代の文明を再現させよう、という研究者もおり、狂信的な古代文明信奉者を古代妄想狂とも呼ぶ。
探索されつくした森の中の遺跡は、ときにハンター達のキャンプ地としても利用され、森の深部を探索する拠点になることもある。




