木野のこと。 第1話 さぼり魔と眠り姫
こちら始めて物語なるものを自身で執筆致しました。
自分の思い描いたままを初めてながら見よう見まねで挑戦しているため拙い文章である所が多々見られると思いますが申し訳ございません。ただ同じ好きを共有できると幸いです。
ー 誰だって皆、自分のことで精一杯なんだ ー
誰かに優しくする余裕なんて、いつだってあるわけじゃない。
自分のことで精一杯で、誰かのことなんて考えていられない。
それでも、
それでも誰かと出会ってしまったら、今まで知らなかった自分に出会ってしまうことがある。
これは、そんな二人の。
少し不器用で、少し面倒で。
それでも、どうしようもなく愛おしい、
そんなお話。
──────
五月。
高校に入学してから1ヶ月が経った。
わたし、黒崎冬花は相変わらず学校に馴染めずにいた。
別に、特別誰かに嫌われているわけではない。
話しかけられれば普通に返すし、クラスメイトと必要な会話くらいはする。
けれど、それだけだった。
誰かと一緒にいることに、どうしても疲れてしまう。
相手の顔色を窺って、言葉を選んで、気を遣って。
そういうことをしているうちに何を話したかったのかさえ分からなくなる。
だから、なるべく一人でいるようにしていた。
その方が楽だった。
誰かに期待することもないし、誰かに期待されることもない。
自分のことは、自分でどうにかする。
それでいい。
そう思っていた。
「……眠」
四時間目。
教師の声が、教室の前の方から聞こえてくる。
わたしは机に頬杖をつきながら、窓の外を眺めていた。
黒板に書かれた文字は、ほとんど頭に入っていない。
そもそも、入れる気など毛頭なかった。
入学してからというもの、授業をまともに受けた記憶があまりない。
最初の数日は頑張ろうと思っていた。
けれど、周りの人間と同じように振る舞うことに疲れてしまって。
気づけば授業中に寝たり、教室を抜け出したりするようになっていた。
別に勉強が嫌いなわけではない。
ただ、今はどうでもよかった。
「黒崎ー」
「....はい」
突然名前を呼ばれ、冬花は顔を上げる。
「今、何ページをやっているか分かるか?」
「....分かりません」
教室のあちこちから、小さな笑い声が聞こえた。
教師は呆れたようにため息をつく。
「ちゃんと授業を聞きなさい」
「....はい」
返事だけして、再び窓の外を見る。
わたしは小さく息を吐いた。
あと少し。
あと少しで授業が終わる。
───というところで教師の声が遠ざかっていく。
.....あれからどれくらい時間が経ったのだろう、わたしはふと時計に目を向けた。
四時間目は、もうとうに終わっていた。
「....あ」
いつの間にか、次の授業が始まっていたらしい。
教室の中には、昼休みの賑やかさなどもう残っていない。
みんな静かに授業を受けている。
わたしは、ゆっくりと机からからだを起こした。
「もういいや....」
小さく呟いて、立ち上がる。
椅子の音に、教師が振り返った。
「黒崎?」
「ちょっと、気分悪いので」
「保健室か?」
「はい」
そう答えて、わたしは教室を出た。
もちろん、保健室に行くつもりなんてなかった。
ただ、あの空間にいたくなかっただけ。
廊下を歩きながらスマホを取り出す。
特に連絡する相手もいない。
通知もない。
画面を閉じて、ポケットにしまった。
「....暇だな」
そう呟いて、廊下の先を見た。
図書館。
そういえば入学直後に行ったっきり、おそらく一度も行ったことがなかった。
別に、本が好きというわけではない。
ただ、静かな場所なら、少しは時間を潰せるだろう。
そう思って、わたしは図書館へ向かった。
──────
図書館の扉を開ける。
静かだった。
教室や廊下とは違って、人の声がほとんど聞こえない。
窓際に並ぶ机。
壁際の本棚。
そして、誰もいないカウンター。
「誰もいない、か」
図書館の先生は、普段あまりここに顔を出さないらしい。
入学してから何度か見かけたことはあるけれど、今は姿がなかった。
適当に本棚の間を歩き始めた。
本を読むつもりはなかった。
ただ、歩いているだけ。
何となく、目に入った本の背表紙を眺めて。
何となく、窓の外を見て。
何となく、時間が過ぎるのを待っていた。
その時。
「....ん?」
窓際の机の奥に、誰かが座っているのが見えた。
いや、座っているというより机に突っ伏して、寝ていた。
綺麗な長い赤みがかった茶髪が、机の上に広がっている。
その横には、読んでいたであろう小説。
わたしは、少しだけ足を止めた。
「寝てる...」
当然のことながら、返事はない。
近づいてみる。
自分と同じ、青の襟のライン。
どうやら、同じ学年の生徒らしい。
机の上には、ノートと筆箱。
そして、飲みかけのペットボトル。
「何してんの...?」
小さく呟いてみる。
やっぱり、返事はない。
わたしは、机の横に立った。
顔は見えない。
長い髪に隠れて、表情も分からない。
けれど、どうやら本当に寝ているらしい。
ささやかな声も掛けつつ数分、起きる気配はなかった。
わたしは少しだけ考えた、起こすべきだろうか。
いや、別に起こす必要なんてない。
自分だって、授業をサボっている。
人のことを言える立場じゃない。
それに、ここで寝ているのなら、先生に見つかることもないだろう。
「まあ、いっか」
そう言って、立ち去ろうとした、
その時
「....ん」
小さく、か細い声が聞こえた。
わたしは振り返った。
寝ていた生徒が、ゆっくりと顔を上げていた。
少しぼんやりした綺麗な翡翠色の目。
寝癖のついた髪。
そして、わたしを見て。
「あれ....?」
その子は、首を傾げた。
「....誰?」
「それはこっちの台詞なんだけど...」
わたしがそう返すと、その子は「あ」と小さく声を上げた。
「そっか....」
そして周囲を見回す。
図書館。
静かな室内。
窓の外。
それから、机の上の小説。
「....あれ?」
もう一度、時計を見る。
「え?」
その子の表情がみるみる変わっていく。
「....ちょっと待って」
ポケットからスマホを取り出し画面を見て、
もう一度時計を見る。
そして
「えっ....」
わたしは、何となく嫌な予感がした。
「何?」
その子は、ゆっくりと顔を上げる。
「今、何時間目?」
「五時間目、かな?」
「え....?」
「五時間目」
「....えっ、ちょっと待って」
その子は、慌ててスマホを置き、そして椅子から立ち上がる。
「やば....」
「何が?」
「え、もう授業始まってる?」
「うん」
「....え?」
その子は、しばらく固まっていた。
それから、机の上に置いてあった筆箱を掴む。
「うわぁ....」
そして、顔を覆った。
「やっちゃったなぁ....」
わたしは、何となくその様子を眺めていた。
「ずっと寝てたの?」
「うん...」
その子は、恥ずかしそうに頷いた。
「お昼休みにちょっとだけ寝ようと思って....」
「ちょっとだけ....?」
「うん」
「それで?」
「起きたら、これ....」
そう言って、スマホの画面を突き出す。
わたしは、少しだけ口元が緩んだ。
「ふふっ....馬鹿じゃん」
「えっ、ひどくない!?」
その子は、思わず声を上げた。
けれど、すぐに自分の口元を押さえる。
図書館は静かだった。
「あ、ごめん...」
「別に誰もいないよ」
その子は少しだけ気まずそうに笑った。
わたしはその顔をぼんやりと眺めていた。
寝起きだからなのか、少しだけ目元が赤い。
それにしても、
「そんなに寝てたんだ」
「うん。びっくりした....」
その子は机の上に置いてあった筆箱を鞄にしまいながら、もう一度時計を確認する。
「えー、どうしよ。今から教室戻るのもなぁ....」
「別に、戻ればいいんじゃない?」
「それはそうなんだけどさぁ...」
彼女は、少しだけ頬を膨らませた。
「今さら戻って、先生に何してたのって聞かれるのも気まずいし」
「まあね」
「それに、今から授業受けてももう何やってるか分かんないしね....」
そう言って彼女は小さく笑った。
さっきまで寝ていたくせに、なんだか妙に楽しそうだった。
「君って確か、隣のクラスのくろー....くろ、なんだっけ?」
「....黒崎」
「あ、そうそう! 黒崎さん!」
彼女は、思い出したように手を叩いた。
「黒崎さんこそどうしてここに?」
「...さぼり」
「えっ」
彼女は、少しだけ目を丸くした。
そしてニヤリといった感じで、
「もしかして、さぼり常連さんだったり?」
わたしは、少しだけ視線を逸らした。
「そうだね...」
「えー! そうなんだ!」
彼女は、何だか嬉しそうに笑った。
「じゃあ、ここら辺のこと詳しかったりする?」
「....別に」
「そっかぁ」
彼女は少し考えるように首を傾げた。
それから
「ここから教室戻るのも気まずいしさぁ...?」
「もし良かったらこの時間、おさぼりご同行してもよろし?」
いいこと思いついた、なんて顔でこちらを覗き込んでくる。
わたしは少しだけ彼女に視線をやった。
「別にいいけど....」
「ほんと!?」
「うん...」
「やった!」
彼女は、思ったよりも大きな声で喜んだ。
わたしは、少しだけ眉を寄せる。
「そんなに嬉しい?」
「え、だって!」
彼女は、笑いながら鞄を肩にかけた。
「一人でサボるより、誰かとサボった方が楽しいじゃん?」
「そう?」
「そうだよ!」
....まあ、
別に楽しい場所なんてないけど。
わたしは、そう思いながら図書館の出口へ向かった。
彼女も、その後ろをついてくる。
「ねえねえ、どこ行くの?」
「.......」
「えっ、もしかして何も決めてない感じ?」
「うん....」
「そっかぁ....」
わたしは少しだけ考えた。
そもそも学校で面白い場所なんてそうそう無いだろうに。
でも、目新しいという意味ではあそこなら...
わたしは足を止める。
それから───
「....屋上とか行ってみる?」
「屋上....?」
「そう屋上」
彼女は目を輝かせた。
「行けるの!?」
「....行けるけど」
「あそこっていつも鍵閉まってて、入れないんじゃなかったっけ?」
「まあ、建前上は、そうだね」
「えー、すごい!」
わたしは、少しだけ彼女を見た。
「別に、すごくない」
「いやいや、すごいよ!」
彼女は、楽しそうに笑った。
「じゃあ、案内して!」
「うん...」
わたしは、再び歩き出した。
──────
渡り廊下を歩いて、階段を上る。
普段あまり人が通らない場所。
上の階に行くにつれて、少しずつ周囲の音が遠くなっていく。
彼女は、わたしの後ろを歩きながらきょろきょろと周りを見ていた。
「....ねえ、黒崎さん」
「何?」
「屋上って、いつから来てるの?」
「入学して少ししてからかな...?」
「え、そんな前から!?」
「うん」
「すごいなぁ...」
彼女は、感心したように頷いた。
わたしは、少しだけ視線を逸らす。
そんなにすごいことでもない、ただ教室にいたくない時に適当に歩いていたら辿りついただけ。
ただそれだけだった。
階段を上りきると屋上へ続く扉が見えた。
彼女は扉の前で足を止める。
「ねぇ...?」
「何?」
「ほんとに、ここ?」
「うん」
彼女は扉の取っ手を握った。
そして、引く。
....開かない。
「やっぱり閉まってない...?」
「そう見えるだけ」
わたしは、扉の横に立った。
「実は鍵閉まってるように見えて、すごい立て付けが悪いだけで」
「....え?」
「ここをこうしながら開けるとっ」
わたしは取っ手を少し持ち上げながら、扉を思い切り押した。
ギギギ、ガチャン!
大きな音がして扉がゆっくりと開いた。
「....ほらね?」
「ほんとだ、開いた!!」
思わず声を上げた彼女はわかりやすく目を丸くしていた。
わたしはまた、少しだけ口元を緩めた。
これは恐らく私だけが知っている、数少ないサボり中に発見した有益な情報だ。
「え、すごい! どうやって見つけたの!?」
「....たまたま」
「たまたま!?」
「うん....」
とてもじゃないが、誰も来ないこの屋上扉の前で寝ていて起きた拍子に取ってに頭をぶつけたから、などとは言えるはずもない....
彼女が扉の向こうを覗き込んだ。
そして。
「わぁ...」
小さく声を漏らした。
──────
屋上に出ると、少しだけ風が吹いていた。
空は、思ったよりも明るい。
雲がゆっくりと流れている。
校庭から、体育の授業をしている声が聞こえた。
遠くの道路を走る車。風に揺れる木々。
教室の中にいる時には、あまり気にしなかった音が、妙に大きく感じられた。
彼女は屋上の端まで歩いていく。
「気持ちいいね!」
「そう?」
「うん!」
彼女は手すりに軽く寄りかかった。
「なんか、ここだけ別の場所みたい」
わたしは、少しだけ周りを見た。
確かに。
ここにいると教室のことなんてどうでもよくなる。
授業も。先生も。クラスメイトも。
何も考えなくていい。
ただ時間が過ぎていくのを待てばいい。
「黒崎さんって、いつもここにいるの?」
「いつもじゃないかな...」
「そっか」
彼女は、少しだけ笑った。
「でも、いい場所だね」
「うん」
「私、こういうところ好きかも」
わたしは、彼女の横顔を見た。
さっきまで寝ていた人。
教室に戻るのが気まずいと言っていた人。
それなのに
なんだか、ずっとずっと楽しそうだった。
「ねぇ?」
「ん?」
「そういえば名前って」
「え?」
「わたし、まだあなたの名前知らない」
「あ、そうそう!」
彼女は、思い出したように笑った。
「木野真夏だよ!木曜日の「木」に野原の「野」、四季の真夏って書いて「きのまなつ」。」
「木野...うん、多分覚えた」
木野真夏、何故かどこかしっくりくる名前だ。
「黒崎さんの下の名前は?」
「冬花、」
「へぇー!」
木野は、少しだけ上に目を向けた。
「冬花と真夏って、なんかいいねっ」
「...何が?」
「名前!」
「そう?」
「うん!」
木野は、楽しそうに頷いた。
「冬と夏だよ? なんか対っぽくて良くない?」
「良い、のかな?」
「しかも、黒崎さんって冬花って感じする」
「それどういう意味...」
「えー、なんだろ」
木野は、少し考えた。
「静かで、落ち着いてて....」
「......」
「でも、なんか優しい感じ?」
わたしは、少しだけ眉を寄せた。
「別に、わたしは優しくない」
「そう?」
「うん」
「でも、屋上連れてきてくれたじゃん」
「それは、」
「私、あそこ入れるなんて思ってなかったし」
木野は少し笑って
「ありがとね」
「....別に」
わたしは、視線を逸らした。
なんだかそういうことを言われると、少し困る。
別に何かしてあげたつもりはなかった。
ただ、屋上に来たかっただけ。
それなのに
「....黒崎さんって」
「何?」
「もしかして、結構いい人?」
「....違う」
「えー、そう?」
「うん」
木野は、また少しだけ笑った。
「じゃあ、そういうことにしとこ!」
「何それ....」
「えへへ」
わたしは、少しだけ木野を見た。
....変な人だ
そう思った。
でも、別に嫌ではなかった。
──────
「....ねえ」
しばらくして、木野が口を開いた。
「黒崎さんって、学校楽しい?」
わたしは、すぐに答えられなかった
「私はね、まだよく分かんない」
「何が?」
「学校」
「……」
「友達とかー、クラスとか」
木野は、少しだけ笑った。
「なんか、みんな楽しそうじゃん?」
「うん」
「でも私、あんまり人多いところ好きじゃなくて」
意外だった。
その時の木野は少し目を細めてどこか悲しそうな顔をしていたような気がした。
「....そうなの?」
「うん」
木野は、手すりから離れた。
「人と話すのは別に嫌いじゃないんだけどね」
「なんか、疲れちゃうんだよね」
そう言って、木野は小さく笑った。
「だから、こういうところの方が好きかも」
わたしは、何も言わなかった。
....少しだけ、分かる気がした。
人と話すのは、嫌いじゃない。
でも、一緒にいるのは疲れる。
気を遣って。相手に合わせて。自分の気持ちを隠して。
そういうことをしているうちに、何もしたくなくなる。
だから、一人でいる。それが、一番楽だった。
言わば自己防衛だ。
「黒崎さんは?」
木野が、こちらを見た。
「何が?」
「学校、楽しい?」
わたしはすぐには質問に答えられず、少しだけ視線を落とした。
「....楽しくない」
「そっか」
木野はそれ以上何も言わなかった。
ただ、少しだけ頷いた。
それから
「まあ、まだ始まったばっかりだしね!」
「これから楽しくなるかもしれないよ?」
わたしは、少しだけ木野を見た。
「....そうかな」
「うん!まぁ、私もまだ分かんないけどっ」
木野は笑いながら空を見上げた。
「....でもね、今日ここに来れてよかった」
わたしは、少しだけ目を細めた。
「....そうなの?」
「うん!」
木野は、嬉しそうに頷いた。
「だって、黒崎さんと話せたし」
「.......」
「....あ」
木野は、ふと何かを思い出したように顔を上げた。
「そういえばさ、今って何時なんだろ...」
「さあ?」
「え、黒崎さんも分かんない?」
「うん」
木野は、少しだけ困ったように笑った。
「そっかぁ...」
屋上には時計もない。
スマホを取り出せば分かることだけれど、わざわざ確認するほどでもないと思っていた。
それに、ここにいると時間の感覚がなくなる。
さっきまで聞こえていた校庭の声も、いつの間にか遠くなっていた。
木野は、また手すりに軽く寄りかかった。
「なんか、ずっとここにいられそう」
「わかる気がする」
「ね!」
木野は、空を見上げた。
「こういうところ、いいね」
わたしは、何も言わなかった。
ただ、木野の隣に肩を並べて立っていた。
───その時
キーンコーンカーンコーン
校舎中に、チャイムの音が響いた。
二人の間を吹き抜けていた風に混じって、遠くの教室から椅子を引く音や、廊下を歩く足音が聞こえてくる。
木野は、ゆっくりとこちらに顔を向けた。
「....へ」
わたしも一瞬、校舎の方を見る。
「何?」
「今のって....」
「チャイム?」
木野は、少しだけ目を丸くした。
それから、何かを思い出したように鞄を持ち上げる。
「え、ちょっと待って」
「何」
「もしかして、今授業終わった?」
「もしかしなくても終わった」
「あー....」
木野は、しばらく固まっていた。
そして
「あはは....」
困ったように笑った。
「やば....」
「何が?」
木野は、屋上を見回した。
それからわたしの方を向いて、
「私、ほんとに授業まるまるサボっちゃった!」
そう言って、彼女は笑った。
彼女の笑い声につられてか、わたしの口元も完全に緩んでしまった。
「あ、やっとちゃんと笑った!」
木野は、笑いながら鞄を肩にかけた。
「えー、どうしよ。次の授業、もう始まっちゃうじゃん...」
「戻るなら今じゃない?」
「うん、そうだね」
木野は、少しだけ考えて。
「....でも」
わたしを見る。
「?」
「また、ここ来てもいい?」
「.....好きにしていいと思う」
「ほんと!」
「うん...」
木野は、嬉しそうに笑った。
「じゃあ、また来よ!」
わたしは、少しだけ視線を逸らした。
「....気が向いたら」
「うん!」
木野は、頷いた。
「気が向いたらね!」
そう言って、屋上の扉へ向かう。
わたしも、その後ろを歩いた。
別に何かが変わったわけじゃない。
ただ、いつもより少しだけ、時間が早く過ぎた気がした。
明日になれば、どうせまた他人同士に戻るだけだろう。
誰かと群れるなんて面倒なことは、今だってごめんだと思っている。
それなのに、あの子の見せたどこか悲しい目が、わたしの凍りきった警戒心をほんの一瞬だけ、生ぬるく溶かしてしまったのだ。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
各話の長さかどのようなものが適切なのかまだ探り探りですが今後とも更新していきます為、またふと思い出した時に覗きに来てください。




