見えない稜線⑤
四日後。
松岡は、長野県警と北方航空による山岳気象検証会のため、松本を訪ねていた。
飯田も交え県警で話し合い、先日の遭難事故を確認する。
その後、建物を、篠田の運転する車で出た。
「松岡、ちょっと、病院寄っていくか?」
「そうですね」
「あ、僕も」
飯田が小さく手を挙げた。
「おう」
車は北方航空とは反対側の県道に入った。
受付で教えられた病室には、西川と谷口の名前があった。
中に入り、「よお」と篠田が手を挙げると、手前の椅子に座っていた南野と斎藤が立ち上がった。
「初めまして。アトモス気象研究所の松岡です」
微笑む松岡の顔を、南野は俯いてみることができなかった。
「……すみませんでした」
か細い声で、やっとそれだけを言った。
「まず、全員生きていて良かったです」
えっ、と小さい声を上げ、南野は顔を上げた。
「けが人や病人こそ出ましたが、生きていて、本当に良かった」
南野はその言葉を聞くと、一気に泣き出した。
「ありがとうございます……」
「いえ、私は何も……」
「僕のせいで……みんなに迷惑かけて……」
「いやいや……」
松岡は手を振るが、南野は泣き止まない。
しばらく泣いた後、落ち着きだしてから、振り絞るように口を開いた。
「僕……あまり人から褒められたことなくて……でも、たまたま山登りの動画あげたらバズって……それで、つい次々と動画あげて……」
鼻を一旦すすった。
「それでも、一緒に登ってくれる友達が欲しくて……ネットで募集したら、みんなが来てくれて……」
うんうんと飯田が、相槌を打った。
「俺も、そうなんです」
ベッドから体を起こした谷口が、静かに言った。
「俺……陽キャラ演じていますけど、本当は陰キャで……高校生の時、一人教室で窓の外を見ているだけだったんです……」
そう言いながら、窓の外を見た。常念岳が良く見えた。
「大学でこれじゃダメと思って陽キャラにしようと思って……でも、そんなに大して友達出来なくて……そんな時、あの動画チャンネルを見て……」
「僕もです」
西川も小さく手を挙げた。
「僕も上京して、うまく人と話せなくて……」
西川は松岡たちを見た。
「だから、独標でへとへとだったんだけど、行くよりも戻って、また一人になる方が怖くなって……」
西川はそこで、頭を下げた。
「ごめんなさい。みんな、ごめんなさい」
「私こそ、ごめんなさい……」
小さい声で斎藤が呟いた。
「私……高校の時、ワンゲルでしたけど、結構厳しい部活で……なんだか楽しくなくって……」
斎藤はそこで一拍おき、呼吸を整えた。
「だから、大学入ってからしばらく山は離れていたんですけど……南野君の動画見た時、ああ、こんな風に楽しく山登りできたらいいなって……」
斎藤の目が赤くなった。
「だから、本当は独標超えたら危ないな、って思っていました。けど……西川君の気持ちもよくわかったし……私も、一人になりたくなかった……」
しばらく沈黙が続いた後、南野が小さく呟いた。
「……僕、動画、消します。こんなことになるなんて……」
松岡はゆっくりと首を振った。
「消さなくていいですよ」
「え?」
「あの動画が、あなたたちを助けたんですから」
飯田も大きく頷いた。
「斎藤さんの頑張りも勿論ですが、西川君や谷口君がしっかり場所を確認してくれ、南野君がタオルを振ってくれたおかげで、見つけることができました。誰一人の頑張りがなくても、今はなかったんですよ」
「飯田の言う通りだ」
篠田も窓の外を見ながら、小さく頷いた。
「薄っぺらな付き合いしかできない奴らが多い中、お前らは生きるために必死で頑張った……」
篠田は四人の方を向いた。
「お前ら、いい友達になれるよ」
斎藤が顔を手で覆い、声を上げて泣いた。
「ありがとうございます……」
他の三人も、鼻をすすり泣き出した。
「あの……僕……まだ、山登ってもいいんでしょうか……」
そっと手を挙げながら、西川が聞いた。
「もちろんです」
松岡はにっこりと笑った。
「ただ、着るものは化繊がいいですね。綿の衣類は、汗が乾かないで、低体温症になりやすいです」
「はい……」
「僕も、ちゃんとした装備、買います」
「俺もです」
南野と谷口もきっぱりと言った。
「それがいいです。転びにくくなるから」
斎藤も泣き止み、少し微笑んで言った。
「私も、火器やツェルト、買います」
「それはいいですね」
「皆さん」
飯田が優しく微笑んで言った。
「よかったら、来年、うちに泊まりませんか?」
「はい!」
「来たいです!」
飯田は微笑みを絶やさず、力強く頷いた。
「うちの山荘、ウェブで『やさしい山のお天気教室』というのやっています。よかったら見てね」
「アトモス気象研究所でも、『気象豆知識』というの、ありますよ」
すかさず松岡が続いた。
「お前ら、ちゃっかり商売しやがって……」
篠田が言うと、病室は笑い声に包まれた。
病院を出ると、昼を超えていた。
篠田の運転する車で、松本駅に向かう。
「みんな、誰かに、自分のさびしい気持ち、聞いてほしかったんでしょうね」
助手席で松岡がぽつりと言った。
「全く、人をゴミ箱にしやがって……」
ふう、と篠田が息を吐く。
「そんなこと言って、篠田さん、まんざらでもなさそうだったじゃないですか」
後部座席から、飯田がにやにやしながら言う。
「そんなことねえよ……しかし、俺も年くったねぇ……あんな純粋さ、とっくの昔にどこか行ったよ」
松岡が噴き出した。
「なんだよ、松岡」
「あの状況で親父ギャグ言っていましたもんね」
「はあ?」
「十分あれば充分だ、って」
「あっ」
松岡、飯田の二人が、声を揃えて笑った。
「お前ら、あれは……」
「いいじゃないですか。斎藤さん、言っていましたよ。『あの時の篠田さん、とても格好良かった』って」
「そうですよ。二十歳の女の子に格好いいって言われるなんて、先輩、隅に置けないですね」
「妻子持ちをからかうな」
「あ、篠田さん」
後ろから、飯田が左斜め前を指差した。
「ここの蕎麦屋、美味しいです。よかったら寄ってください」
「おう。松岡、お前もいいか?」
「もちろんです」
車はゆっくりと速度を落とし、蕎麦屋の駐車場に入った。
(了)




