95.お宅訪問
香織への正則からの接触は、あの一度きりだった。
今度また何か言われたら、悪びれることなく陽一にチクってやる!と気合十分でいたのだが、正則にすれ違うことなく、気が付けば一か月は過ぎていた。
ある土曜日、朝早いうちから陽一に外に連れ出さた。
陽一は忙しくしていても、休みが合えば外に連れ出してくれる。
香織の好きな美術館や映画など、『普通』のデートを心がけているのか、無理のない範囲でよく付き合ってくれていた。
だが、今日は前置きもなく朝早くから連れ出され、いつもの『普通』のデートではないようだ。
車も愛車のスポーツカーではなくセダン。陽一はなぜかスーツ姿だ。
最近は穏やかだったので油断していたが、
(これは、久々のサプライズか・・・)
香織は助手席で不安が過る。
一体今日は何が起こる?
ドキドキする胸を押さえながら、運転する陽一を見た。
「・・・つかぬ事をお伺いしますが、ただいま向かっている先は一体どちらで・・・?」
恐る恐る陽一に尋ねるが、陽一はいつもの意地悪そうな笑みを浮かべて、チラッと香織をみると、
「着いたら分かる」
としか言わない。
「いやいや、着く前に知りたいんですけど」
「じゃ、着くまでのお楽しみ」
「お楽しみではなく、お苦しみの間違いでは?」
香織の動悸はどんどん早まる。
スーツを着てセダンで出かけるってどこ?
また、佐田家?それとも、何らかのパーティーだか集いだかに連れて行かれるのだろうか?
そういうサプライズはもうお腹いっぱいだ。
それに、いくら気合を入れ直したと言っても、正則に直接会うのはやはり怖い。
それなりの心の準備が必要だ。
「か、会長に会いに行くんですか・・・?」
香織はドキマキしながら、陽一に聞いた
「いや、違う」
「え?じゃあ、どこですか?」
香織は拍子抜けして、陽一を見つめた。
陽一はクシャっと香織の頭を撫でると、
「少し遠いから、着くまで寝てろ」
そう言って、それ以上は黙ってしまった。
どうあってもその先は教えるつもりは無いようだ。
(遠いってどこよ?一体。気になって寝れるか!)
香織は心の中でそう叫ぶも、昨日の夜更かしが祟り、思いのほか早く睡魔が訪れた。
車の揺れにウトウトし始めたかと思うと、気が付くともう夢の中だった。
☆
陽一に起こされて、周りを見渡すと、都内とはあまりにも違う風景に驚いた。
「どこ?」
一瞬、自分の実家に帰ってきたのかと錯覚するような、田舎の景色だった。
香織は目を擦って、窓にしがみ付き、外を見た。
陽一の車は、田畑が広がる国道を、結構なスピードで飛ばしている。
「もう少しで着くから」
陽一は香織の質問には答えずに、そのまま暫く車を走らせた。
国道から街中に入ると、ある民家の前で停まった。
それは、とても大きな家だった。
どこが門でしょうか?と思うほど、長く塀が続く。
陽一は一度エンジンを切ると、いつになく真剣な顔で香織と向き合った。
「これからここのお宅にお邪魔する」
「はあ・・・」
香織は腑に落ちない顔で陽一を見た。
そして、もう一度、目の前の家の塀を見渡した。
「この大きなお宅にですか?」
「ああ」
「・・・陽一さんのお知り合いなんですか?」
「・・・」
「な、なんで、私まで・・・?」
香織の動悸が徐々に早まってきた。
またしても、勝手に誰かに紹介されるのか?
どう見ても立派なお宅だ。仕事関係のお偉いさんだろうか?
出来るのであれば、正月の佐田家の二の舞は避けたい。
でも、逃げないと決めた以上、どんな試練も受けなければ・・・。
そんなことが頭の中をぐるぐると周り、思考がまとまらず、心拍数もどんどん上がる。
「俺の知り合いじゃない」
「は?」
香織はぐるぐる回っていた思考が止まり、瞬きをしながら陽一を見た。
「ここは荻原家だ。お前の父親の実家」




