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70.狐と狸の化かし合い

綾子はまた佐田家の応接間で正則を待っていた。

陽一絡みの事で呼び出されたのだ。


(直接本人に言えないなんて、情けない)


正則は陽一に言いづらいことがあると、必ず綾子を通す。

仕事上の話以外、ほとんど言いづらいのか、ほぼ毎回綾子が伝書鳩代わりだ。


比較的素直な隼人と違い、明らかに自分と距離を取っている陽一には、どうも上手く対応できないらしい。


(それにしても、孫に対して、祖父としての威厳を見せるだけの気概も無いなんて、どうかと思うわね)


綾子がイライラしながら待っていると、やっと正則がやって来た。

綾子は立って挨拶をした。


「お義父様。お加減は如何ですか?」


「ああ、体調は問題ない。健康だ。だが・・・」


正則はソファにドカッと腰掛けた。


「気分は悪い」


そう言うと、綾子を睨みつけた。

丁度、そこへ家政婦がコーヒーを持って入って来た。


応接間に漂う不穏な空気などお構いなしに、家政婦は綾子を見てにっこりと微笑む。

綾子も家政婦に向かってほほ笑んだ。


いつものように綾子のコーヒーにだけ、適量のクリームを注ぎ、またにっこりと笑って応接間から出て行った。


その僅かな時間で、正則の作り出した怒りの空気は薄まってしまった。

綾子は澄ましてコーヒーを口にした。


「・・・」


「・・・」


「陽一の事だが・・・」


「はい、なんでしょう?」


綾子はカップをソーサーに戻した。


「例の交際相手とはどうなっているんだ?」


「例の交際相手?」


綾子は白を切った。


「言っただろう、古希のパーティーで紹介されてこちらが恥を掻いたと。その相手とはまだ交際しているのか?」


「交際を止めるように、自分の立場を考えるように伝えましたが・・・。まだ続いているのかしら?」


「・・・」


「どうなのかしら・・・?あれから、そのことについては陽一と話していないので分かりかねますわ」


自分でもよくもまあ白々しく嘘が出るものだと感心しながら、綾子は再びコーヒーを口にした。


「・・・またあいつは見合いを断ったぞ」


「・・・見合い?聞いておりませんけど?」


正則は苦々しく綾子を見ると、


「見合いを兼ねた会食を設けたのだ。正直に見合いと言ったら逃げるにきまっているからな・・・。なのに、それに気が付いたのか、別の会食をねじ込んできおった」


そう言って溜息を付いた。


「まあ」


綾子は大げさに驚いて呆れたふりをした。

正則は相変わらず苦み潰した顔をしている。


「ちなみに、お相手はどちら様でしたの?」


「神津建設だ」


「神津建設さんですか。確かにお年頃のお嬢様がいましたわね」


綾子は思い出すようにそう言うと、またコーヒーカップに口を付けた。

自分の息子の不義理な態度を全く意に介していないような母親に、正則はさらに顔を厳しくさせた。


「いいか、陽一によく言っておけ!わしはこれ以上、世話はせんとな!苦労したければ、勝手に苦労すればいい!」


正則は声を荒げて立ち上がると、綾子を睨みつけた。


「だが、どこの馬の骨かも分からん娘は、絶対に認めん!」


そう捨て台詞のように言い放つと、応接間から出て行ってしまった。


(直接、陽一に言って欲しいものだわね。まったく、嫁にしか強く出れないんだから・・・)


とりあえず立ち上がり、憤慨して出ていく正則の後ろ姿に頭を下げて見送ったが、内心では呆れ果てていた。


「それにしても、狐と狸の化かし合いね、これじゃ」


綾子はソファに座ると、残りのコーヒーを飲み干して、自分も部屋から出た。

そして、いつも通り、自分を待っている家政婦たちのもとに出向いて行った。



                 ☆



この日も例に漏れず、家政婦から大量の貢物を受け取った。

今回は一人、自分の車で佐田家に出向いていたので、その足で、太一郎の家に向かった。


綾子が実家に付くと、太一郎は楽しそうに庭いじりをしていた。

綾子の車に気が付くと、すぐに門を開けて、娘を出迎えた。


「ただいま、お父さん。またお漬物を頂いたから持って来たわ」


「おお!そうか!ありがとうな!でも、せっかくだから陽一と香織ちゃんのところに持って行ってやればいい」


太一郎は満面な笑みで言ったが、綾子はそっぽを向いて、


「なぜ?私が持っていくわけないでしょう」


と素っ気なく答えた。

途端に太一郎は残念そうな顔になった。


「お前はまだ二人を認めてないのか・・・。お似合いじゃないかぁ、あの二人は。陽一には普通で気さくで可愛い普通の女の子が似合うと思うぞ」


(普通って二回も言った・・・)


確かに香織は「普通」だ。

綾子は思わず吹き出しそうになったが、ぐっと堪えて、


「私は佐田家の人間なの。そう簡単に認めることはできないわ。今日だって、佐田のお義父様から念押しの呼び出しをされたのよ。二人が一緒に住んでいるなんて知れたら大変よ」


太一郎を軽く睨むと、またそっぽを向いた。


「そ、そうか!バレちゃいけねえな!」


「いつまで持つかしらね」


「そんな、綾子ぉ・・・」


縋るように見つめる太一郎をチラッと見ると、


「それよりも、和菓子も頂いたの。折角だからお茶にしましょう」


綾子はそう言うと、太一郎より先に家に入っていった。


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