表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

66/120

66.不機嫌じゃなくご機嫌

今日も陽一の帰りは遅かった。

遅くなるから先に寝てろという陽一からの連絡があったものの、秘書の不機嫌だった理由と問いただそうと、香織は頑張って起きていた。

だが、いつの間にかソファで眠ってしまった。


朝、目が覚めるとベッドの中にいた。

隣を見ると、陽一が寝ている。


(やばっ・・・、寝落ちしちゃったんだ)


昨夜、陽一の帰りを迎えた記憶も無ければ、歩いて寝室まで行った記憶も無い。

陽一がベッドまで運んでくれたのだろう。


(起こしてくれればよかったのに・・・)


口は悪いのに、こうした陽一の優しさに胸がキュンとさせられる

どこまで出来る男なのだろうと感心しながら、そっとベッドから下りた。


朝食の準備を終えると、香織は陽一を起こしに来た。

起こすのが憚れるくらい、よく眠っている。

昨日、そんなに遅かったのだろうか?


そう思いながら、陽一を覗き込んで、肩を揺すぶった。


「朝ですよ、起きてください」


陽一は薄目を開けたと思った途端、香織に向かって手を伸ばした。


「うわっ!」


いきなり首に手を回され、バランスを崩した香織は陽一の上に倒れ込むと、そのままベッドに引きずり込まれた。


「ちょ、ちょっと!朝ですよ!朝!起きてくださいって!」


香織は陽一の腕から逃れようと、胸を押し返した。

だが、ガッチリとホールドされて動けない。


「分かったって・・・。起きるから。ちょっと静かにしろ・・・」


陽一は、目を閉じながらそう言うと、香織の頭を自分の胸に抱え込んだ。

そして優しく髪の毛を撫でた。


(う・・・、朝から何の拷問だ、これは・・・)


朝から陽一の甘い攻撃にノックダウン寸前のところを何とか耐え、香織は無理やり陽一の腕から逃れようとジタバタもがくと、やっと陽一が腕を緩めた。


「も、もう!ホントに起きないとダメですよ!」


手を緩めた隙に、香織は無理やり陽一の胸を押しやった。

陽一は真っ赤な香織の顔を覗き込むと、


「分かったよ、起きるから、ほら」


と目を閉じた。


「う・・・」


「なに?してくれないなら、起きない」


陽一は意地悪そうに笑うと、もう一度目を閉じた。


香織は結局、その笑みに陥落した。

そっと陽一に口づけすると、陽一は満足したように起き上がって、ベッドから下りた。



                ☆



朝食を取りながら新聞を読んでいる陽一に、香織は今日の予定を聞いた。


「今日も遅いんですか?お夕飯どうしますか?」


「今日は昨日ほど遅くならないから、飯は家で食うよ」


陽一は新聞に目を落としたまま、そう答えると、


「ああ、そうだ。週末の金曜日は会食が入ったから、飯はいらない」


と思い出したかのように付け加えた。


「分かりましたー」


香織は先に食事を終えると、身支度を整えに自分の部屋に戻っていった。



                 ☆



香織は昨日の秘書の件をすっかり忘れていた。

午後になり、部長に書類のお使いを頼まれた時になって、やっと思い出した。


(わ、忘れてた!)


香織は重い足取りで秘書室に向かうと、例の秘書を探した。

彼女を見つけると、恐る恐る話しかけた。


「お疲れ様です。副社長と常務宛の書類です・・・」


「お疲れ様です。お預かりいたします」


昨日の先輩女子社員からの報告とは全然違い、いつも通り礼儀正しい彼女がいた。

香織は思わず、瞬きして彼女をじっと見てしまった。


「??」


そんな香織に、秘書は不思議そうに顔を傾げた。


「どうしました?あ、もしかして、お返しの書類とかあったのでしょうか?何も言付かってはおりませんが」


「い、いいえ!何でもありません。失礼いたします」


香織は慌てて頭を下げて、秘書室を出ようとした。

すると、秘書は香織を呼び止めた。


「あ、そうだ、原田さん。ちょっと待って!」


秘書はそう言うと、自分の席から高級菓子の箱の蓋を開けて、香織に差し出した。


「良かったら、お一つどうぞ。頂き物なんですけどね」


「え?いいんですか?」


もちろんと秘書はにっこり答えた。


これのどこが不機嫌なんだ?

先輩が対応したのは別人だったのではないのか?

香織は不思議に思いながら、差し出された箱からクッキーを一つだけ取った。


「ふふ。実はこのお菓子ね、副社長から頂いたんです。昨日、急な仕事を対応したお礼って」


秘書は満面の笑みを浮かべてそう言った。

それを聞いて、香織はクッキーを落としそうになった。

慌てて、クッキーを掴み直すと、


「へ、へえ!そうなんですね!い、いいんですか?頂いちゃって」


と、上ずった声を出してしまった。


「ええ。いつも書類のお使い、ご苦労様です」


そうにっこりと微笑んだ。


「ははは、ありがとうございます。では遠慮なく頂きます・・・」


香織も無理やり笑顔を作って、会釈した。

心臓にグサリと罪悪感と言う矢が突き刺さる。

行きと同様、重い足取りで階段に向かうと、ダラダラとだらしなく7階まで下りて行った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ