67.ヤキモチ
家に帰って、夕食の支度がひと段落すると、香織はリビングで陽一を待っていた。
その間、ローテーブルに貰って来たクッキーを置いて、ソファからそれをじっと見つめていた。
さっさと食べてしまえばよかったのに、なぜか食べる気がしない。
秘書室を出るときには、あんなにも罪悪感で胸がモヤモヤしていたのに、今は全然違ったモヤモヤが心を占めている。
(何も、急な仕事を頼んだからって、わざわざお礼なんてする必要ある?)
香織だって陽一からいろいろな物を貰っている。
それこそ高級菓子なんか足元にも及ばないほどに。
それなのに、このモヤモヤはなんだ!見苦しい!
そう自分に言い聞かせても、腹の底から黒々としたものが渦を巻いて、喉の辺りまで湧き上がってくる。
あの秘書だけを特別扱いしているようで、何とも嫌な気持ちになる。
(あ~!嫌だ嫌だ!こんなヤキモチ!)
香織はベシベシと両頬を叩いた。
(・・・よく考えたら、こんなことでヤキモチを焼いていたら、身が持たないや。なんせ相手は王子様なんだから)
そう気持ちを入れ替えた時に、陽一が帰ってきた。
折角、立ち直った気持ちが、陽一を見た途端、ぶり返してしまった。
「・・・おかえりなさいませ・・・」
「?なんだよ?機嫌悪いな」
陽一は不思議そうに香織を見ると、ぽつんと置いてあるクッキーに目を落とした。
「何?それ」
「・・・何って。誰かさんが坂上さんにプレゼントしたものじゃないですか」
「ああ、あれね。中身、そんなんだったんだ」
「そんなんだったって・・・。知らないで買ったんですか?」
香織は目を丸くした。
陽一は背広をソファに投げるように置くと、ネクタイを緩めた。
「まあね、適当に買ったから。中身まで気にしてない」
「・・・」
「で、なんでお前が持ってるの?貰ったの?」
「ええ!『副社長に頂きましたから、お一つどうぞ』って、超ご機嫌に言ってましたけど!」
そう言うと、プイっと顔を横に向けた。
陽一はその様子を可笑しそうに見ると、
「あー、バレちゃったんだよね。それこそ誰かさんが付けた痕跡が」
「え?!」
「それの口封じ的な?」
陽一はネクタイを取ると、襟を広げてみせた。
香織は言葉を詰まらせた。
「しかもタイミング良く、急ぎの用件を頼んだんでね。あんまり不自然じゃなくお礼として渡せたよ」
「・・・」
陽一は香織の傍にやってくると、ニヤリと笑って顔を覗き込んだ。
「あれ?もしかしてヤキモチ焼いちゃった?」
「ぐっ・・・」
香織は顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。
陽一は香織の顎を掴んで、自分の方に向かせた。
満足そうに笑う陽一の顔を、香織は軽く睨むと、ふっと目を逸らした。
「・・・でも、あんなことされたら、女子は期待しちゃいますよ・・・。坂上さんだって・・・」
モゴモゴ文句を言う香織の唇に、陽一は自分の唇を軽く合わせると、
「悪かったよ、もうしないって」
そう言って、今度は香織の頬を両手で包むと、もう一度しっかりと口づけた。
☆
あれからは秘書は終始ご機嫌だった。
そんな秘書と対面する度、香織の内に罪悪感が募る。
自分に対して当たりが良い分、尚更だ。
金曜日の夕方。
香織とよく一緒にお昼に行く女子社員から、女子会のお誘いを受けた。
丁度、陽一も会食と言っていた。夕食の支度はしなくていい。
しかも、女子会と銘打っているものであれば、参加しても問題ないだろう。
香織は是非とも!と二つ返事でOKした。
女子三人で帰りのエレベーターに乗り込むと、先に例の秘書二人組が乗っていた。
「お疲れ様です」
とお互い挨拶すると、陽一の秘書の坂上が香織たちに声を掛けてきた。
「もしかして、皆さんでお食事に行かれるのですか?」
「ええ、そうなんです」
第一課の女子社員がにっこりと応対した。
「そうなんですか。私たちも二人でご飯に行こうって言っているんですけど、どこか近くでお勧めなお店あります?」
「そうなんですか?私たちが今から行くお店もとってもお勧めですよ!」
「え、そうなんですか?あ、だったらご一緒しません?」
坂上がパンと両手を可愛らしく叩いた。
(げ!マジか?)
香織は青くなり、もう一人の常務の秘書を縋るように見つめた。
彼女は普段からちょっとツンとしていて、人付き合いはあまり好きではなさそうだ。
きっと、彼女は嫌がるのではないか・・・?
「ね?田島さん。どう?」
坂上に聞かれた田島は、表情を変えずに、
「そうね、折角だものね。第一課の方とはお世話になっていますし、ご一緒してもよろしいですか?」
と言ってきた。
(噓噓嘘!あんた、そんなキャラ?)
香織は目を剥いた。
第一課の二人の女子はもともと人好きだ。
人数が増えて嬉しそうに喜んで秘書二人を迎えている。
もう、香織には成す術は無い。
(断ればよかった・・・。耐えられるかな・・・私・・・)
香織はガックリ肩を落としながら、仲良く歩く四人の後を追った。




