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63.キツネ

その日の夜、香織は程よく酔って、良い気分で家に帰ってきた。


リビングのドアを勢いよく開けて、


「ただいまでーす!!今、戻りましたー!」


元気よく部屋に入ったが、リビングには誰もいない。


「あれぇ・・・?」


「・・・静かに帰ってこい、まったく」


書斎から出てきた陽一が、後ろから声を掛けた。

そして、香織を覗き込むと、


「ご機嫌じゃん?お袋と上手く話せたみたいだな」


そう言い、頭をくしゃくしゃ撫でた。

もともと心配など微塵もしていなかったが、出かけるときの香織の緊張感が酷かったので、少しは気にかけるふりをして送り出していた。


「はい~!ちゃんとお話しできました!」


香織は満面の笑みで陽一を見た。


「カフェでお茶して~、お夕飯ご馳走になっちゃいました~!肉食べちゃいました~!肉っ!」


「そりゃ、豪勢だな」


陽一は笑いながら、さらに香織の頭を撫でた。


「へへへ~」


香織はそんな陽一に抱きついた。


「・・・何?また結構飲んだのか?」


「ふふふ~、そんなことないですよ~、普通に飲んだだけです~」


香織はぐりぐりと陽一の胸に自分の顔を押し当てると、


「私、お母さま、大好き~。お母さまみたいになりた~い」


そう言って、ぎゅっと陽一を抱きしめた。


「・・・そうかよ、結構、癖あるけどな・・・」


「だって~、綺麗だし~、お上品だし~。ちょっと怖いけど、優しいし~」


「分かった、分かった」


陽一は香織の頭をポンポンっと軽く叩くと、自分からベリっと剥がした。

香織は離されたことに不満そうな顔をして、陽一を見上げた。

酔った香織の顔は何とも言えない色香を漂わせている。

陽一は香織の額を指で弾いた。


「ったぁ・・・」


「お前、今度から俺がいないところで酒飲むなよ」


「何でですか~」


香織は額を摩りながら、ぷくーっと頬を膨らませた。


「無防備過ぎるから」


「?」


キョトンとしている香織を、陽一は溜息を付きながら抱き上げると、


「だから、可愛いから心配って言ってんだよ」


耳元でそう囁いた。

それを聞いて、途端に真っ赤になってジタバタする香織を寝室に運んで行った。



                  ☆



綾子は香織を陽一のマンションまで送り届けると、車の後部座席から外の景色を眺めていた。


夜のネオンが流れる中、時折、窓に映る自分の顔が目に入る。

その顔は穏やかだ。


「可愛らしいお嬢さんでしたね」


いつになくご機嫌そうな綾子に、運転手の長谷川が声を掛けた。


「そうね。陽一なんかには勿体ないくらいよ」


「陽一坊ちゃんもやっと身を固めますか~。いや~、感慨深いですね~」


事情を何も知らない長谷川は、本当に祝福しているようだ。


「・・・どうかしら?そう上手くいけばいいけど・・・」


綾子の顔が少し曇った。

陽一の立場を考えると、このまま穏やかに事は運びそうにない。

脳裏にあの忌々しい舅の顔が過る。


『後ろ盾が強いに越したことがないと、陽一によく言っておけ』


そんな言葉を思い出すと、眉間に手を当てた。

このまま正則が黙っているとは思えないし、反対に黙っているとしたら、見切られたということだ。

そうなると陽一の今後の会社での立場はどうなるのか。

綾子は溜息を付いた。


だが、その一方で、今回の陽一の行動の速さには恐れ入った。

本気を出すと宣言してから、たった数日で香織の引越しを済ませた上に、原田家の了解まで取り付けた。

太一郎に至っては大喜びだ。


(もしかすると、いらぬ心配かしら・・・)


狐のようなずる賢さを持っている息子に、初めてその部分に期待をした。

真面目で実直だった夫とは違い、弊害があっても、案外、スルスルと器用に躱していくかもしれない。


(誰に似たのかしら・・・?)


綾子は再び外の景色を見ようと窓を見た。

そしてその窓に映る自分の顔に見入った。


(顔は確かに私似だけど・・・)


やはり中身も?と自問して、苦笑した。


(私も大概、狐だものね・・・)


綾子は席に深く腰掛け直すと、目を閉じた。


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