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62.対峙

土曜日の夕方近く。

香織は一人、静かな喫茶店で人を待っていた。


店のドアが開く度に、ドキッとして緊張が走る。

だが、待ち人はなかなか来ない。


(もしかして、来てくださらないかも・・・)


香織が落胆しかけたその時、カランっと喫茶店のドアの鐘が鳴った。

香織は顔を上げて入り口を見た。

そこには綾子が立っていた。


香織は慌てて立ち上がった。

綾子はそれに気が付くと、無表情で席に近づいてきた。


香織は深々とお辞儀をすると、


「・・・お呼び立てして本当に申し訳ございません・・・」


消え入るような声で、綾子に挨拶をした。

綾子はそれを無視するように席に着くと、水を持ってきたウェーターに、


「コーヒーを。ホットで」


とメニューも受け取らずに伝えた。


「・・・」


香織は静かに席に着くと、再び頭を下げた。

綾子はそんな香織に、


「どういうことかしら?もうお会いする予定は無かったはずよね?」


と冷たく尋ねた。


「・・・申し訳ありません・・・」


香織は頭を下げたまま、喉から声を絞り出すように答えた。


「で?」


綾子の冷たい声は続く。


「・・・えっと・・・」


香織は言葉に詰まった。

綾子をまともに見る勇気が出ず、顔を上げられない。


「で、いくら積めは息子と別れてくれるのかしら?」


「え?」


香織は思わず顔を上げ、瞬きして綾子を見た。


「手切れ金よ。いくらなら別れてくれるの?五千万?一億?」


綾子の冷たい目線に、香織は体が小刻みに震えた。

最後に食事した時の優し気な空気は微塵も感じない。

全く別人の綾子に、香織は目頭が熱くなるのを感じた。


(でも、ここで怯んではダメだ!)


香織は膝の上でぎゅっと拳を握ると、もう一度深く頭を下げた。


「ごめんなさい・・・。いくらどんなに積まれても、陽一さんとお別れすることはできません・・・。約束を破ってしまって本当に申し訳ありません・・・」


「そう、困ったわね」


綾子がそう冷たく言い放った時、コーヒーが運ばれてきた。

綾子は上品にクリームを注ぐと、カップを口に運んだ。


「まあ、私もあんな息子のために、そんな大枚を叩く気は無いけど」


「え゛?」


香織は再び顔を上げた。


「だからと言って、100万、200万のはした金ではどうにもならないでしょう?そんな程度、すぐ陽一に突き返されるわ」


「・・・」


「まったく、あなたは嫌われることもできなければ、新しい恋人を作る技量も無かったのね、残念だわ」


綾子は呆れたように、目を細めて香織を見た。

そして溜息をつくと、


「そうなると、もう成す術は無いわね」


綾子はそっとカップをソーサーの上に戻した。

香織は信じられないように、瞬きをしながら綾子を見つめた。

そんな香織を綾子はじっと見つめ返した。


「悪いけど、応援はしないわ、あなたのためにも」


「・・・」


「正直に言って、本当にお勧めしないわよ。あなたなら陽一なんかより、もっと優しくて大らかな男性の方がお似合いだと思うもの」


「お母さま・・・」


「それでもあの子がいいと言うのなら、私はもう何も言いません」


香織の目から涙が零れ落ちた。

緊張から解き放たれたせいか、ポロポロ零れ落ちる。


綾子は呆れたようにバッグからハンカチを取り出すと、立ち上がり、テーブル越しに香織の涙を拭いた。


「それにしても、今日はガッカリだわ。あなたのことだから、また可愛らしいカフェで待ち合わせかと期待していたのに、こんな普通の喫茶店だなんて」


そう言いながらハンカチをバッグにしまおうとした時、ウェーターが水を注ぎに来た。


「!」

「!」


思わず二人とも固まり、ウェーターから目を逸らした。


「ふ、普通でも、なかなか落ち着いていて、いい雰囲気でしょう??」


「そ、そうね!ホホホ!」


ウェーターは大人だ。

彼はゆっくりグラスに水を注ぐと、にっこりと微笑み、


「どうぞ、ごゆっくり」


マニュアル通りに答えると、そっと立ち去って行った。


「驚いた・・・」

「焦った・・・」


二人同時に呟き、目を合わせると、噴出して笑った。


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