45.遅すぎた再会
ある朝、綾子は早くから車で家を出た。
途中の花屋で花を買うと、ある場所へ向かった。
大きな農家の敷地内に車を停めると、その家の中から昌子が飛び出してきた。
「綾子ちゃん、いらっしゃい!よく来てくれたね~!」
「先日は大変お世話になりました。なかなかお礼のご挨拶に来られずに、申し訳ありませんでした」
綾子は花を抱えて車から降りると、昌子に挨拶をした。
「何言ってるの~。こちらこそ、とても高級なお菓子を送ってくれて!ありがとうね」
昌子は綾子の手を取ると、
「おじいちゃん!おじいちゃん!綾子ちゃん、着いたよ!」
と玄関に向かって大声で叫んだ。
幸之助も飛び出してくると、満面の笑みで迎えた。
「綾子ちゃん!よく来たね!わざわざ遠いところをありがとうな!」
「ささ、中に入って!」
「ありがとうございます。でも、先に・・・」
家の中に誘う昌子に対して、綾子は抱えている花を見た。
昌子はすぐにそれに気が付いた。
「そうね!先に香世子のところに案内しようね。おじいちゃん、車出して」
「おう」
三人は幸之助の運転する車で、どこかへ向かって走り出した。
☆
車を停めて、三人が降りた場所は、古くて立派な寺だった。
幸之助と昌子に案内されて、綾子は『原田家』と書かれた立派な墓の前に立った。
「香世子~、綾子ちゃんが来てくれたよ!久しぶりでしょう?」
昌子は墓に向かって話しかけると、手桶の水を墓にかけた。
「美人な奥さんになってビックリしたろ!ハハハ!」
幸之助も供えてあった花を抜き取りながら、墓に話しかけた。
綾子は、空いた花立に自分が持ってきた花を入れた。
その間に、幸之助が火をつけてくれた線香を受け取って、墓に手向けた。
綾子は墓の前にしゃがむと、そっと手を合わせた。
「お久しぶり、香世子ちゃん。ごめんなさいね、私、何も知らなくて・・・。会いに来るのがこんなに遅くなってしまったわ・・・」
最後の方は言葉が掠れてしまった。
見上げる原田家の墓石がどんどん涙で霞んでくる。
綾子は頭を下げると、目を閉じた。
「・・・綾子ちゃん、私たちは、ちょっと住職さんに挨拶してくるからね。ゆっくりお話ししてね」
「え?住職に?今日、手土産もなにも持ってきてないぞ」
昌子は、シーっと人差し指を口に当てると、理解の遅い幸之助の腕を引っ張って、その場から離れていった。
綾子は一人になると、会わせていた手をしゃがんでいる膝の上に置いて、再び墓を見上げた。
「私が遠くに引っ越してから、結局会えなかったわねぇ。正直ね、ここでのことは、あなたの事しか覚えてないの。あなたと遊んだことしか。ご両親の事は全く覚えてなくて、失礼なことをしてしまったわ」
綾子は申し訳なさそうに笑うと、墓を見上げながら続けた。
「・・・あなたのお嬢さんに会ったわ。可愛い子ね」
綾子は、フフッと笑うと、立ち上がった。
そして、姿勢を正して墓に対峙すると、
「あなたに謝らなければならないことがあるの。うちのバカ息子が、あなたのお嬢さんを気に入って酷く振り回してまって。かなり彼女を困らせてしまったわ、ごめんなさいね」
そう言って、頭を下げた。
「でも、安心して。もうそれも終わったわ。お嬢さんから息子が諦めたって連絡が来たから」
綾子は顔を上げて、少し首を傾けてほほ笑んだ。
その顔はどこか寂しそうだった。
「・・・佐田の家に嫁いでも、息が詰まるだけよ。あなたのお嬢さんには、息子よりずっとお似合いの方がいるはずだわ。きっと、あの子にふさわしい優しくって素敵な男性が・・・」
綾子は、桶を手に取ると、墓の上から優しく水を掛けた。
☆
墓参りから戻ってくると、綾子は原田家に上がり、お茶に呼ばれた。
暫く、三人で談笑していたが、部屋から見える庭の景色と畑の景色が、綾子の心をどんどん昔に戻していった。
畑の中を歩き回り、柔らかい土に感動したり、雑草だ!毒草だ!と言いながら、わざとニンジンを抜いたりして、楽しそうに笑っている二人の女の子がそこにいる。
そして、香世子が自分の手を引き、庭の裏に連れて行く。
その光景に、綾子の心臓は早くなった。
外の景色に見入っている綾子に、
「どうしたの?」
と昌子が声を掛けた。
綾子はハッと我に返り、昌子に何でもないと言いかけたが、思いとどまり、
「あの、お庭を散歩してもよろしいでしょうか?」
昌子と幸之助に尋ねた。
「いいよ、いいよ。好きなだけ見ておいで」
綾子はお礼を言うと、急いで庭に出た。
記憶を辿って、庭を廻っていると、一つの桜の木が目に入った。
綾子はヒールの高い靴で、転びそうになりながらも、その木に走り寄った。
そして、周りを見回して、小さなシャベルを見つけると、その木の根元を掘り返した。
服が汚れることも忘れ、一心不乱に掘り返した。
―――カンッ
シャベルの先が固いものに触れた。
綾子の心臓が大きく高鳴った。
土を掘り進めるスピードが上がる。
ようやく土の中から掘り出したのは、四角い缶の箱だった。
太一郎の家で缶の箱を見つけた時と同じように、胸が震える。
手も震える。
土を払いながら、ゆっくりと蓋を開けた。
開けた途端、声が聞こえた。
『大人になったら、この宝物交換しようね~!』
そこには未使用のキティちゃんのメモ帳と鉛筆、そして、キキララの髪留めと定規が入っていた。
キティちゃんは香世子の宝物。キキララは自分だ。
小さい子供にとって大好きなキャラクターで大切な宝物。
何の脈絡もなく、ただ、大人になったら交換しようと約束してここに埋めたのだ。
ポタポタと涙の雫が箱の中を濡らした。
綾子は香世子のメモ帳が濡れないように、慌てて蓋をした。
「ごめんなさい・・・。もっと早く来ていれば、交換できたのにね・・・」
綾子はそのタイムカプセルを抱きしめた。
『大人ってどのくらい?』
『ん~、お母さんくらい?』
『ずーっと先だね~』
『うん、ずーっと先だね』
胸の奥で二人の女の子の会話が聞こえる。
綾子は暫くの間、涙を流したまま、その会話に耳を傾けていた。




