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44.優しい(?)副社長

一度頼むと、頼み易くなるのだろうか?

あれから部長は書類のお使いを香織に頼むようになってきた。


(くそ~、人の気も知らないで!)


その度に、香織な泣きそうな気持で書類を受け取っていた。

しかし、あれ以来、幸運なことに役員フロアで陽一と鉢合わせすることは無かった。


それでも、13階の役員フロアは香織にとって地獄であることには変わらない。

今日も頼まれた書類をもって、閻魔様に裁かれる罪人の気持ちで13階まで上がって行った。


秘書に書類を渡し、足早でエレベーターホールに戻ると、階下行のボタンを連打した。


(早く!早く!)


香織は足踏みをしながら、急いた気持ちでエレベーターが来るのを待っていると、応接室から人が出てきた。


出てきたのは常務と取引先の役員だ。香織も見たことがある。

常務の低姿勢ぶりからも、かなりの上役と伺える。

その男性に続いて、若い女性も出てきた。


(あちゃー、被った・・・)


これだったら階段使えばよかったと後悔するも遅い。

香織のフロアは7階。なかなか離れているためについついエレベーターを使ってしまう。


チン!っと音が鳴って、エレベーターが到着した。


香織はサッと先に中に乗り込むと、手でエレベーターの扉を押さえながら、「開」のボタンを押し、常務と客を待った。


「では、今日はありがとうございました」


などと挨拶しながら、取引先の役員と女性がエレベーターに乗ってくる。

そして、その二人に続いて、なんと陽一が乗ってきた。


その瞬間、香織の心臓は凍り付いた。


縋るように常務を見ると、常務は乗ってくることはなく、エレベーターの前でお辞儀をしている。

香織は慌てて「閉」と「1」と「7」のボタンを押した。


「お忙しいところ悪いですね、佐田副社長。お付き合いいただいて」


役員は陽一に話しかけた。


「いいえ。とんでもない」


陽一のにこやかに答える声が聞こえる。


「おじ様。本当にランチご一緒できないの?」


「ハハハ、ちょっと用事が立て込んでてね。二人で楽しんできて。よろしくお願いしますね、佐田副社長」


「ええ」


チンッ!と音が鳴り、7階でドアが開いた。

香織は、会釈をするとエレベーターを降りた。


「いいお店知っていますので、きっと気に入りますよ」


エレベーターが閉まる間際、そんな陽一の言葉が聞こえた。


香織はふら付く足取りで、女子トイレに向かい、個室に籠った。

運よく昼休みの鐘がった。

香織は目の赤みが消えるまで、個室に籠り続けた。



                 ☆



それ以来、香織は学習し、登りはエレベーターを使っても、戻りは階段を使うことにした。

使ってみれば、下りに関しては6フロアくらいなんてことはない。


(最初から階段を使ってれば良かった・・・)


そんなことを思いながら、今日も書類のお使いから戻ると、昼休みの鐘が鳴った。

女子社員がお昼に誘ってくれたので、いそいそ後についてエレベーターに乗ると、そこには秘書室の女性が二人乗っていた。


その秘書二人はなぜかお怒りモードだった。


「信じられない!お昼時間近くに来訪なんて、ランチ誘ってくれって言っているようなものじゃない!」


「ホント、ホント。毎回この時間だものね。これじゃ、副社長だって一緒にお昼行くしかないわよ。無下に帰せないものね」


この『副社長』というフレーズに、第一課の女子社員が食い付いた。


「副社長がどうしたんですか?」


「あー、別に。何でもありません」


一人の秘書がツンと澄まして答えたが、もう一人の秘書は、既に香織と顔なじみだ。

親し気に香織たちに会釈すると、


「取引先の役員の姪御さんが、副社長を狙っているみたいで、しょっちゅう書類を届けに来るんです。お昼休み狙って!」


「えー!速達で送れよって感じですねー!」


「でしょー?その度にランチ一緒に付き合っているんですよ。副社長って、優しいから」


第一課の女子と秘書が盛り上がっている中、香織は無言でエレベーターのボタンを見つめていた。

1階に着いてビルの外に出ると、前を歩いていた秘書たちが立ち止まった。


彼女たちの目線の先には、陽一を若い女性がいた。

二人とも笑顔で何かを話している。

その様子を、秘書二人はまるでビームでも発射しかねない目で睨みつけた。


その目力に気が付いたのか、陽一はチラッとこちらの方を見た。

香織は咄嗟に秘書二人の陰に隠れた。


陽一は何も気が付かなかったかのように、目線を女性に戻すと、彼女の背中に手を当てて、目の前に停まった黒塗りの社用車にエスコートした。


「へえ、お優しいことで・・・」


香織は思わず声に出して、呟いた。


車が走り去るのを見送ると、秘書たちはキーっと言いながら、ドスドス歩いて行った。


「・・・怖っ!」


第一課の女子社員はその様子を見て肩を竦めると、


「原田さん、私たちはあっち行こう」


秘書たちが向かった道と反対方向を指差した。


「あ、うん。そうだね!」


未練たらしく車を目で追っていた香織は、声を掛けられて我に返った。

慌てて彼女の方に振り向いて、


「私、あっちの方でいいお店知ってるの!ちょっと並ぶけどいい?」


「全然いいよ!原田さんのお勧め気になる!」


喜ぶ女子社員と二人仲良く並んで歩き出した。


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