今より少しだけ前のお話(本編ではありません)
ハッピーでない終り方をします。
本編ではありませんので、読まなくとも問題はありません。
《これは、もう語られない物語。私の傷、あの子の痛み、それでも確かにあったお話》
今より少し前、ある王国に仲の良い王様とお妃様がいました。王様はあまり政治が得意でなくお世辞にも賢いとは言い難い人でしたが、何故かそれを周りが放っておけずいつの間にか誰かが手助けしてしまうような不思議な魅力の持ち主でした。お妃様は優秀な方でお勉強もできて政治に造詣も深く、周りの大臣たちも王様に言う前にお妃様にお伺いを立てるくらいでした。そんな二人でしたが、仲はとても良くその噂は王都どころか地方や周辺各国にまで轟くほどでした。
ちょっと変わってはいましたが順風満帆に見えたその王様の治世は、お妃様のご出産と共に少しずつ軋み始めます。お妃様は王子を出産なさいましたが、その際に大量の血を流してもう少しで死んでしまうかもしれないというくらいまで衰弱なさったのです。しかしお妃様は一命をとりとめました。ひどく狼狽え悲しんだ王様もこれで一安心だろうと皆が思ったのです。しかしそうではありませんでした。
王様はお妃様が無理をするのを嫌いました。皆もあんなことがあったのだものと最初は微笑ましげに見守っていましたが、やはり様子がおかしいのです。お妃様が王子の世話をなさるのも、政治に参加なさるのも幾ら経ってもお許しになりません。お妃様がその不安をお話しになられるのは、王子の乳母となられた公爵夫人だけでしたがそれにも何故か監視がついております。公爵夫人もその物々しさを公爵に伝えられましたが、公爵もなす術がありませんでした。
王子が物を話せるようになって、やっと少しずつお妃様がお仕事をなさることにお許しが出ました。しかし王子が生まれる前とはほど遠く皆、困惑しておりました。何せ王様だけでは全うできない政務が山ほどあったのです。王様も頑張りましたし周りの皆も手助けしましたが、政務はたまる一方でした。
ある時、誰かがお妃様に「もう一人、お子様ができれば少しは落ち着くのでは」と進言しました。お妃様も「そうかもしれない」「もう一人くらいは産んでみたい」と思われ、そのままを王様に申し上げられました。すると。
「お前が子を産むことは、もう二度と許さない!」
と、大変に怒ってしまわれました。お妃様は今まで王様にこんな風に怒鳴られたことがなかったので、驚いて何も言えませんでした。そこでやっと皆、王様がおかしいことに気付きました。けれど、それは遅すぎました。段々と治世に暗雲が立ち込めて来ました。
王様はお妃様が出産なさった際、お妃様が死んでしまうとひどく悲しまれました。恐怖と後悔が王様を追い詰め、王子の誕生すら祝う気にもなれなかったのです。けれど、お妃様が大変な思いをして産まれた王子のことを嫌いにもなれず、複雑な思いで接されていらっしゃいました。
政務は常に山積みで徐々に地方から不満がたまりだします。王様は頑張りました、けれど王様だけではどうにもなりません。そうこうしている内に段々と貴族たちの力が強まっていきました。王様だけではどうにもならない部分の穴埋めをしていた貴族たちも王様の治世に疑問を抱くようになったのです。お妃様はすぐにそれを察知してどうにかなさろうとしましたが、王様がそれを決して許さず王政は少しずつ壊れていきました。
もう王様は貴族たちの言うことに逆らえなくなっていました。王様が「嫌だ」と仰っても貴族たちに「では我々はもう仕事をしません」と言われてしまうとどうしようもなかったのです。貴族たちも転覆までは考えておりませんでしたが、王様に政治を任せられはしないとそれが自分たちの役割なのだと信じていました。
王様はもう疲れてしまいました。元々、子どもの頃から頭を使うのが苦手だった王様は本当は冒険者や騎士になりたかったのです。けれど王様のお父様、先代の王様に子どもは王様ただ一人だったので、王様は王様になるしかなかったのです。だからこそ頭の良いお妃様を貰ったのですが、全く上手くいきませんでした。王様の仕事は貴族たちに「うんうん」と言うだけになりました。けれどその分、大好きなお妃様と一緒にいる時間が増えたので王様は満足でした。嫌いで苦手な政治などやれる者がやればいいのだと思われていました。少しだけ、お妃様が王様を見る目が変わったことに寂しさを覚えられましたが、素知らぬふりをされました。
貴族たちはそんな王様を見て、王家の子が一人しかいなかったことがこのようなことになった原因だろうと思いました。王子は幸い、お妃様に似てとても優秀で賢い子でしたがあの王様の子どもである以上、貴族たちは安心できませんでした。それに王家の子が増えれば単純に、臣籍降下もしくは降嫁で自身の家に王家との繋がりができる可能性があるとも考えました。貴族たちは言いました。
「お妃様にお子を求められないのなら、側妃をお迎えください」
王様はとても困りました。大好きなお妃様以外に他の誰もいらなかったのです。それに王様はおかしくはなりましたが、善良さがなくなった訳ではありませんでした。誰を迎えたとて、その人を愛せないのだからその人が可哀想だと仰いました。しかし王様の願いは聞き届けられませんでした。お妃様もそれを熱心に願われたのです。何度も何度も皆に言われて王様は泣きながら了承なさいました。しかし、側妃ではなく妾として。これだけはお譲りになりませんでした。
貴族たちの議会は踊りに踊りました。誰も彼もが王家との繋がりを欲しましたが、好き好んで娘をあんな王様に差し出したくはなかったのです。そんな中、それを聞いた侯爵令嬢が父君にこう言いました。
「では、わたくしが参りますわ。だって、誰かがしなければならないのでしょう」
その侯爵令嬢は体が弱かったものの輝くほどの美貌が有名な方でした。侯爵は反対しました。末の娘なのだから、体が弱くて嫁げなくとも一生自身の領地で面倒をみるつもりだったのです。けれど侯爵令嬢は絶対に行くときっぱり言いました。侯爵も侯爵夫人もどうしたらよいか分かりません。それを聞いた他の貴族たちはならば是非と、侯爵令嬢を連れて行ってしまいました。そして侯爵令嬢は側妃ではなく、妾として王宮内に新しく建てられた塔に住まわれました。
侯爵令嬢は幸いにもすぐにお子を授かられました。精霊からの祝福でもあるようでした。しかし段々と大きくなっていく侯爵令嬢のお腹を王様はご覧になることもありませんでした。子どもができたなら会う必要もないと侯爵令嬢を邪険になさったのです。お妃様は居ても立っても居られなくなって、王様の目を盗んでは侯爵令嬢に会いに行かれました。
「あら、お妃様。ご機嫌麗しく!」
侯爵令嬢はいつだって機嫌良くお妃様を迎えられました。罪悪感からお妃様がはらはらと泣かれるのを見て不思議そうにしながら、侯爵令嬢はお妃様を慰めたりなどなさいました。
「お妃様、わたくしは不幸ではございませんのよ。だって、わたくしはこの世界で一番素晴らしいのです。皆が皆そうなのです。わたくしはそれを知っています。けれど、わたくしは侯爵令嬢にしては体が弱かったもので、貴族夫人には向かなかったのです」
「皆が困っているし、わたくしも子どもを産むということができるのだからこれはこれで良かったのです。…これは内緒ですが、わたくし、誰かのことを好きになったりできないのです。王様のことも、別に。わたくしの好きな方はここではないどこかにいるので」
「咳に苦しみ血を吐きながらじわじわと穏やかな終わりを待つより、誰かの手助けとなって終われるのならそれはそれで素敵なことです。お妃様にだって駄目だとは言わせませんわ。…あ、不敬罪には問わないで下さいませね」
侯爵令嬢は最後まで楽しげに暮らしていらっしゃいました。父君や母君、ご兄弟ともいつも機嫌良くお話なさるので、皆、侯爵令嬢が体が弱かったことも忘れてしまうくらいでした。
しかし待望の姫をご出産なさった侯爵令嬢は、そのまま帰らぬ人となりました。最期にお妃様に姫のことをよくよく頼んで眠るように。
「お妃様、前に素敵なことだと申しましたね。嘘ではありませんのよ、今でもそう思います。でもね、この子の成長した姿が見られないのが、今になって少し、ね。いえ、とても、ええ、口惜しいのです。どうか、この子のことお願いしますね。きっとですよ、きっと」
お妃様はその願いを絶対に叶えようと誓いました。けれど王様はお妃様に姫の世話をなさるのを禁じました。お妃様の血が流れていない姫を認められなかったのです。王様は姫に会うことも嫌がりました。貴族たちが言っても「役目は果たした」と聞き入れません。貴族たちももう王様に何を言っても無駄だと思い始めました。
お妃様はけれど決して今回は諦めませんでした。お妃様は優秀な方でしたので、王様の目を盗んで姫の世話をさせる者を整えたり、姫の婚約者や後見について貴族たちと話し合ったりしました。様々な邪魔が入りましたが、姫は精霊の加護を受けながらすくすくと育ちました。何度言っても王様が姫を顧みることはありませんでしたが。
王子がお妃様に似て優秀に育ったある時、貴族たちの不満は限界を迎えました。あの侯爵を筆頭に姫の扱いに納得できない者、無能な王様には付いていけないと言う者、領地からの不満が抑えられないと言う者、精霊の守護が枯れ農作物の実りが悪いと言う者、他国からの評価が落ちたせいで輸入出が難しくなったと言う者。ああ、許せない、許せない! 許してなるものか!
この国は精霊王の祝福によって成り立つ国でしたので、王族以外が王様になることはできませんでしたがもう王子がいたのです。時が来てしまいました。
お妃様はその話を聞いて、初めて臣下の前で泣きました。そしてご自身がとてもとても疲れていたことに気が付きました。息子である王子を呼びつけ、このようにするようにと言いつけました。若い王子は顔を強張らせながら、静かに頷きました。お妃様はそれを見て本当に久しぶりに心から笑いました。
「思えばわたくしは良い母ではありませんでしたね。貴方はわたくしたちをしっかりと反面教師にして良い父になって下さいね」
ある日、王様とお妃様は遊覧船に乗って楽しくご夕食を召し上がられました。煩い貴族も煩わしい政務も何もなく、王様も大変満足されました。まるで王子が生まれる前に戻ったようでした。楽しい晩餐が終わりお妃様が眠たくなったと仰るので、王様はお妃様と一緒に船の一番下にある豪華な寝室に行きました。
「ああ、陛下。とても、とても楽しかったですわ」
「そうだな、とても楽しかった。さあもう眠いだろう、ゆっくりお休み」
「ええ、ねえ、貴方。わたくし、貴方のことが本当に大好きでしたのよ。いいえ、今だって愛しています、本当よ」
「私も、いや、俺も君のことがずっと好きだった。こんな俺と結婚してくれてありがとう、愛しているよ」
お妃様は広いベッドの上でドレスのまま目を瞑られました。もう寝息も聞こえません。王様はそれをじっと見て、ベッドの横に座り込みました。
ばん、と大きな音がして無遠慮に扉が開かれました。とても王様たちがお休みなる寝室に入室するような雰囲気ではありませんでした。
「王よ、さすがにあれではお眠りになりませんでしたか」
「そうだな、私は頭のできは悪かったが体が丈夫だった。あの程度ではな」
「何故、そんなに落ち着いておられる。さすがにこの状況はお分かりでしょう」
「勿論だとも、お前たちには迷惑をかけたな。後始末をしてくれて感謝する、王子は私と違って妃に似たから大丈夫だとも。精霊の加護も戻るさ」
「…そうだ、そうだとも! 王子には精霊の加護もある! 姫は精霊に愛されている! 貴方だってそうであったのに!」
「すまないな、やはり私は王の器ではなかったのだ。ただ、妃のことだけが大事だった。王はそれではいけなかった。知っていたとも、だからずっと待っていたのだ」
王様は寝室に入ってきた者たちを振り返って穏やかに微笑まれました。王様がまだ王子であった頃に見せたそれと同じでした。その頃の王様を知っている者が息を飲み、当時を思い出しました。先代の王が年をとってやっと授かったたった一人の王子であった王様は賢くはありませんでしたが、精霊たちが周りを飛び回り多くの人に好かれる魅力を持っていました。皆が人と精霊に恵まれた治世を夢描いていたのです。
「剣は仕舞え、斧で船の底を砕くのだ。暗君はこの海に沈み、新しく輝かしい王がたつ」
「…」
「あれはもうないのか、私ももう眠ろうと思う」
「…何故、何故だ。何故あの子に少しの情も与えて下さらなかった、何故姫をあんな風に扱ったのだ」
「ああ、お前の令嬢であったな。聞いていなかったのか。…ふふ、いや、私はあのご令嬢には嫌われてしまったのだよ」
「何を」
「子どもができたのなら、もう来られなくて結構ですよとはっきり言われてしまったさ。あの方には心に決めた方がいらっしゃったようだな、私にはとても助かったが」
「…なん、だと」
「姫には、姫には合わせる顔などなかったのだ。どの面を下げて父親などと言えようか、妃が近寄るのも公には認められなかったのに。それに」
「…」
「お前たちには見えていなかったようだが姫の周りには常に大小様々な精霊が溢れていて、下手に近づこうものなら八つ裂きにされそうだったのだ。本来ならそうされるべきだったのだろうが、私を精霊に殺させる訳にはいかなかった。この血筋に呪いをかける訳にはいかなった」
王様に問うた人は膝をつきかけましたが、周りの人々が受けて止めてくれました。そしてその中の一人が持っていた赤ワインを綺麗なグラスに注ぎ、恭しく王様に差し出しました。王様は人好きのする笑顔でお礼を言いそれを煽って、お妃様の隣に横になりました。
そこまでを見届けて王様たちの寝室に入ってきた人々はそこから出て行きました。憑き物が落ちたような顔になった人、涙で顔をぐしゃぐしゃにした人、唇を噛みしめる人、その人たちの中に紛れて目を見開き前だけを見据える青年。皆は王様が言った通りにして、横に付けていた別の船に乗り込みました。
王様とお妃様が眠っていた船はゆっくりゆっくり見えなくなりました。
《お前だって、私は大事だったのに》
それを皆が去った後もずっと唯一無二の精霊が眺めていました。
これで、このお話はおしまい。誰も語ることを許されないお話。それでも少しだけ前に本当にあったお話。誰かの傷、誰かの痛み。乗り越えなければならないもの。もう二度と繰り返さないようにと、願ったこと。
《おしまい、おしまい。おやすみなさい。今度こそ、良い夢を見るのだよ》
作者としましては、この結末もバッドエンドとは考えておりません。(ハッピーでない自覚はあります。)
色々なものでがんじがらめになってしまった人たちの話でした。ちょっとずつ間違えたことが積み重なって動けなくなったことを自覚しても、気付いた時にはどうしようもなかった人たち。それを見て王になった兄と幼すぎて何も知らなかった妹と、次こそはと決意した貴族たちが今の王国を作りました。
一気に上げたいと思って、少しずつ書いてきましたが一気上げって少し大変でした。なぜ、こんなことに。
読んで頂きありがとうございました。




