恋を知らないアマリリス
うたた寝をしていたようだ。高かった太陽がだいぶ低くなっている。ぼんやりと思い出すのはうたた寝で見た夢である。
「お兄様、泣きそうな顔をしてたわ…」
いつも凛としてかっこいいお兄様。
落ち着いていて、弱音を吐かないお兄様。
これが正夢になるなんて信じたくはないと思うが、漠然と正夢になると感じている自分がいることにアマリリスは何とも言えない気持ちになる。
「お嬢様、そろそろ晩餐のお時間で…」
「…アレク」
「ちょっ…え?どうされたんですか?」
本気で慌てるアレクは珍しい…なんてぼんやりとアレクを見つめる。慌てているし、困っている。
「悲しいことでもありましたか?」
「…いいえ」
気付かぬうちに涙が出ていたようだ。アレクがハンカチを差し出すのを受け取る。
「また夢でも見ましたか?」
「…そうね。流石、私の専属執事ね。」
「褒めないでください。貴女に褒められるなんて、明日は槍が降るかもしれませんから」
「…私がしおらしくしてからって良い気にならないことよ?だいたい、私だって褒めることだってあるわよ」
しおらしくなっていたのが馬鹿みたいだと思わせてくれる。それこそ口には出さないが、アレクが来て良かったと思えるぐらいには信用も信頼もしているのだ。
「クヨクヨしても仕方ないわ。…アレクは私より歳は上よね?」
「何を今更なことを」
「じゃあ、恋って何かわかるかしら?」
「…はい??」
こいつ何言ってんだ、という顔を全面に押し出さないで頂きたい。私は貴方の雇い主…はお父様だけど、主人には変わらないのだから。
「…婚約者がいる身で何を言ってるんですか?」
「…私に婚約者はいないわ」
「現実逃避しすぎでは?第一、何故そんな質問…」
「知ってるか知らないか、どっち?」
お兄様のことを理解するには恋を知らなきゃいけない。私にはまだわからない未知の感覚を。じっとアレクを見つめ続けると、観念したようにポツリと、知っていると言った。
「…知ってるの?」
「ええ」
「誰!?」
「言いません」
アマリリスは好奇心から詰め寄って見たものの、口を割る気配のないアレクに直ぐに降参の意を示すように離れる。
アマリリスはぽつりぽつりと、今日見た事実と見た夢と現実に見たことを話す。失恋し悲しむ姿を。クロード兄様が砕けたように笑う姿を。
「…失恋、ね」
「あら何?アレクは恋だけじゃなくて失恋もわかるの?」
「…そりゃ、まぁ…。」
大きな瞳がアレクを見つめる。アレクは考える。言えない、言わない、言えない。どうしてもアレクにはわかってしまう。失恋する気持ちの方が、恋する気持ち以上に。恋を自覚した時から既に彼女は高嶺の花で手の届かないお姫様なのだから。触れられる距離にいて、触れることさえ出来ない人。
「…お嬢様は残酷ですね」
「え?何か言った?」
ぽつりと呟くアレクの独り言はアマリリスには届かない。
「いいえ、何も。それより、どうして失恋するのでしょうか?」
「と言うのは?」
「同性の私から見てもクロード様は女性から大変人気だと思いますよ。公爵家の嫡男で次期当主が約束された身の上でありながら、驕らず常に謙虚でいらっしゃいます。それにあの見た目なら、それこそ引く手あまたです。」
アレクの言う通り、確かに兄様は有料物件であることは違いない。それこそ貴族であれば、想い人の意思は兎も角、当主他一族として公爵家との繋がりは欲しいと考えるのが普通だ。
「クロード様が自ら身を引く選択をされた可能性があるかもしれないと、私なら考えます」
「自ら身を引く…」
身を引く場合に考えられることをアレクは続ける。
一つ、相手には別に意中の人がいて、気持ちを伝えると相手を困らせる場合。
二つ、相手に気持ちを伝えたが単純に振られた場合。
三つ、身の上に合わない相手を好きになった場合。
それを聞いてふと今日見た兄の姿を思い返す。兄と笑っていた人のことを。
「…三つめかもしれないわね。お兄様に驚き過ぎて抜けてたけど、思い返すとお相手の方は王宮メイドの格好をしていたの。」
「メイドですか」
「メイドだからと言って平民とは限らないけれども、高位の家族ってわけではないと思うわ…ってアレクどうしたの?」
「いや…何でもありませんよ」
少し複雑そうな顔をするアレク。
やはり恋を知っているからこそ分かる何かがあるのだろうか。
「差し出がましいですが、今回、お嬢様が何かするのはオススメしません。人の恋心などはそれこそ、人に指図されて変えられるものでは無いですから。」
「それは…」
「それこそ、家族にこそ知られたく無いのではないでしょうか?お嬢様が他のご兄弟にされたくないように」
それを言われれば黙るしか無い。
黙るアマリリスの姿を見て肯定と捉えたアレクは淡々と温かい紅茶を用意して差し出す。綺麗な紅茶の色に自身の姿が鏡となって映る。
何もせず見守ると言うのは何ともどかしいのだろうか。




