豊穣の都×大聖堂
クレスたち三月教会の巡礼団と共にネザーランドの街を目指す事となった影次たち一行。神の至宝の荷台に毒に侵されてしまったジャンとクレスを始め小悪鬼の襲撃を受け負傷した巡礼団の修道士たちを乗せてリザが操る魔導馬がネザーランドへの街道を走る。
多数の負傷者が乗っているからくれぐれもスピードの出し過ぎには注意するようにとリザには念を押しておいたので馬車は至って普通の馬車らしい速度で走り続けている。
やればちゃんと出来るのだから今までの絶叫マシーンのような走行は勘弁してほしいものだ。
「すみません……我々で荷台を占領してしまって」
「いやいやお気になさらず。皆さんは怪我人な訳ですし」
「あの……心無しかこの馬車、出発する前に比べて大分大きくなったような気が……」
「いやいやお気になさらず。気のせいですから」
「その馬、もしかして使い魔では……」
「はっはっはっお気になさらず」
「さっき川を渡る時空を飛んだような……」
「お気になさらず!」
御者席でリザの隣に座っている影次は修道士たちの質問を適当にはぐらかしながら荷台の中を覗き込み様子を伺う。毛布に包まって横になっているジャンは魔法による治療のお陰で容態も大分安定している。
まだ苦しそうにしているものの鼻先をすぴすぴと動かしながらぐっすりと眠っている。苦しそうにしているのは毒のせいであって、決して隣に寝かされているクレスに抱き枕にされているからではない筈だ。…多分。
「リザ、ネザーランドまではどれぐらい掛かりそうなんだ?」
「今のペースでしたら日が暮れる前には到着つくかと。お急ぎでしたら速度を上げますが」
「このまま安全運転でお願いします」
「畏まりました」
ほんの僅か、リザの返事にタイムラグがあったように感じたのは気のせいだと思いたい。もしかしてスピードを出すのが好きなのだろうか……走り屋?
「エーイージー、退屈だよぅー」
出発してから2時間弱、暇を持て余したシャーペイがとうとう影次に絡んできた。マシロとサトラは今も荷台で巡礼団の修道士たちの治療を続けているので手が空いているのは実質影次とシャーペイだけだ。
「だったらお前もマシロたちを手伝って来いよ」
「えー、アタシ治療なんてやったことないよ? 改造するのは得意だけど」
「雲の数でも数えてろ」
「構ってよー」
首に両手を回してもたれ掛かってくるシャーペイを引き剥がそうとしている影次を見かねたように馬車の手綱を引いているリザが助け舟を出してきた。
「ご主人様。お許しを頂ければこの方だけ振り落とす事も出来ますが如何致しますか?」
「アタシ向こうでマーちゃんたちのお手伝いしてくるよ!」
返事をするよりも先に即座に影次から離れ荷台へと行ってしまったシャーペイ。何というか、時々本気で彼女が魔族だということを忘れてしまいそうになってしまう。正直まだまだ信用も信頼も出来ない相手ではあるのだが……何だろう、あのどうしようもなさは。
「冗談のつもりだったのですが」
「分かり難い…」
相変わらずの鉄面皮でそんな事を言われても本気かどうか判断に困る。『神の至宝』の案内人であるリザとはまだ出会って数日の付き合いだが表情を変えないだけで決して彼女が無感情という訳では無い事は影次も既に理解していた。
「ですが確かに目的地まではまだ掛かりますし退屈してしまっても無理はありません」
「仕方ないさ、別に観光旅行してる訳じゃないんだし」
「ここは一つ抱腹絶倒な小話でもするべきでしょうか」
「その気持ちだけ受け取っておくから安全運転で引き続きよろしく」
正直リザの小話は物凄く興味あるが……今度頼んでみよう。
「何の話ですか?」
「うおっ」
シャーペイと入れ替わるように今度はマシロが御者席へとやってきた。ただでさえ狭い御者席なのに影次とリザの間に割り込むような形で座る。必然的に座席を追いやられる事になり仕方なく座席から体半分はみ出させる体勢になってしまう。
「狭いですね」
「強引に入ってきておいてそれは無いだろ」
「そんな事はどうでもいいとして二人で何の話をしていたんですか?」
「ご主人様が退屈なさってらっしゃると思いとっておきのドラゴンジョークを披露しようとしたのですが断られてしまいまして」
さっきと微妙に違わないか?
後ろの荷台の方をちらりと振り返ってみるとシャーペイが乗ってきたので窮屈になったのでマシロがこちらに避難してきたようだ。
「教会の人たちの治療はもういいのか」
「ええ、毒に侵されているジャンさんとクレスさん以外の方は比較的軽傷ですし、以前にも言いましたが治癒魔法に関しては私よりサトラ様の方が得意ですから」
「無事…とは言えないけど死者が出なかったのは幸いだったな。ジャンとクレスさんは大丈夫そうか?」
「解毒魔法をかけたのが比較的早かったので命に別状はありませんが完全な解毒にはやはり本格的な処置が必要そうですね……魔法だけでは完全な解毒は難しそうです。三月教会の総本山であるネザーランドなら治癒魔法に長けた術士が大勢いるでしょうから治して貰う事は出来ると思います」
ジャンたちの治療も当然だがルナール司祭の一件についても伝えなければならない。長年教会に仕えていた司祭が実は邪教の信徒でした、とは流石に言い難い事だが…仕方ない。
「そのネザーランドってどういう街なんだ? 三月教会の本部がある場所っていうのは聞いたけど」
「別名、豊穣の都。レッキス山脈の麓に築かれた街で三月教会の本家である三月大聖堂がある事で有名です。農業や林業が盛んで古来より霊峰と云われているレッキス山に囲まれているお陰で街が作られてから一度も不作に見舞われた事が無いそうです」
「だから豊穣の都か……。成程、野菜とか美味そうだな」
「……毎度言っている気がしますが観光に行く訳じゃないんですからね?」
「やはりもう少し速度を上げましょうか」
「安全運転で!!」
「お願いします!!」
一瞬フワリと浮きかけた馬車に影次とマシロの慌てた声が綺麗に重なり合った。
豊穣の都ネザーランド。
広大なレッキス山脈に四方を囲まれ中央の擂り鉢状になった麓に築かれた街は山々の上にまで建造物が作られており所謂山岳都市になっていた。
街を囲む山々を区切るようにそれぞれの山の間に大きな川が流れており街の入り口の正面に位置する山の中腹に建てられた巨大な神殿が否応にも目を引く。
「おお……あれが三月教会の本部か」
「ええ、三月大聖堂です。私も実物を見るのは初めてですけど本当に大きいですね……」
「私もネザーランドは初めてだ。確かにあれは壮観だな」
入り口の詰所で事情を説明し巡礼団の修道士たちの事を街の自警団に頼んだ後、影次たちはネザーランドの街へと足を踏み入れた。
リザと『神の至宝』は既に宝玉の状態に戻し懐に仕舞ってある。ジャンも自警団が呼んでくれた三月教会の術士たちが巡礼団と一緒に教会で治療してくれるそうなので一安心といったところだ。
「んで、これからどうすんの? 観光?」
「さっき教会の人に言われたでしょう。話を聞きたいから大聖堂に来てくださいって言ってたじゃないですか」
「事情は巡礼団の人たちからも聞いているだろうが当事者であるエイジたちの話も当然聞きたいのだろう。今回の件は私は留守番をしていたからな。事情の説明はマシロに任せるよ」
ネザーランドの街並みを歩きながら正面に見える大聖堂を目指す影次たち。街の中央には大きな三女神の彫像が建てられており住人が、熱心に祈りを捧げる姿が見られる。
街の一角は丸ごと大きな畑となっており様々な農作物が作られている。通り掛かった際に旅行客と思われたのだろう、次々に野菜や果物を渡されあっという間に両手が一杯になってしまった。
「……んっ、このトマト甘っ!」
「こっちのシロリンゴも蜜たっぷりだよー。ねぇねぇマーちゃんこれとそのトマト交換しない?」
畑を通り過ぎると今度は更に広い牧場が見えてきた。この国で一番有名な宗教の総本山という街だと聞いていたのでもう少し荘厳な雰囲気を想像していたのだが頭の中のイメージはすっかり幼少の頃に行ったファミリー牧場になってしまっている。
放牧されている牛に興味本位で近付いて「ニャー」と鳴かれた時は心底驚かされたが……。
「どうしたエイジ? …ああ、ミケネコウシか。特に珍しい動物じゃないぞ?」
「……勉強になります」
改めてここが異世界だということを痛感させられる影次であった。
「川もあるし畑に牧場……街というより巨大な農業施設って感じだな」
「ネザーランドの街は他所の街からの物流が無くても自給自足で住民全ての生活を賄える生産率を誇っていますからね」
「キヒヒッ、三月教会がシンクレルから離反しても兵糧には困らないだろうねぇ」
「縁起でもない事を言うな。……ほら見えてきたぞ。あれが大聖堂へと続く大階段だ」
シャーペイが噛り付こうとしていた果物を取り上げながら正面に見えてきた終わりの見えない階段を指し示すサトラ。大聖堂が山の中腹に建てられているという事はこの階段は山の半分を昇る分だけ続いているという事になるだろうか。
下から見上げると何処まで続いているかも分からない果てしなく長い階段に影次たちは思わずお互いの顔を見合わせ、階段を改めて見上げてからまた顔を見合わせて……。
「あ、アタシちょっと用事思い付いたからまた後でねー」
真っ先にシャーペイが逃げた。
「俺もちょっと用事が思い付いたんだけど」
「エイジは当事者なんだから行かなければ駄目だろう。頑張れば今日中には着くさ……きっと」
「私、明日筋肉痛になる自信があります……」
ちなみに階段の段数は……千を超えた辺りで数えるのを諦めた。
side-三月教会-
三月教会大聖堂の中に建てられた天上の三女神像。街の中にある彫像よりも一回り大きく、より精巧に彫り上げられたその像は信徒が日々欠かす事無く細心の注意を払い手入れをしている甲斐もあり数百年もの歴史をも感じさせない程、まるで新品のような光沢を保ち続けていた。
「教皇様、こちらに居られたのですか。探してしまいましたよ」
像の前に佇んでいた彼女の姿を見付け慌てて駆け寄ってきた壮年の男性。三月教会の修道士の証であるローブに身を包み頭には教会の紋章が大きく描かれた聖帽を被っており教会の中でも高位に属する人物だということがその服装からも伺える。
「女神像、ですか。どうかなさったのですか?」
像の足元でぼんやりと見上げていた教皇と呼ばれた女性がゆっくりと自分を呼びに来た壮年の男性へと振り返る。
「……何でもありません。それより私に何か用があったのではありませんか?」
「おおっとそうでした。先日街を出発した巡礼団がつい今し方戻って参りました」
「随分早いのですね。何か問題でも?」
「ええ、それがですね……」
男性はボロボロになって早々と街に戻ってきた巡礼団の修道士たちから聞いた話を教皇と呼ばれる女性にありのまま全て喋った。
道中で小悪鬼に襲われたと聞いた時は「それは災難でしたね」程度にしか思わなかったが、流石にこの教会で司祭を務めていたルナールが月喰教会の手の者だった事、巡礼団の命を狙っていた事を聞かされると眉をひそめ、その話は本当なのかと事実確認に念を押すように男を問い詰める。
「え、ええ……残念ですが間違いなく事実のようです。巡礼に出た修道士たちは偶然近くにいた騎士団の一行に助けられたそうで…。その中の一名とこちらの修道士クレステッドが実際ルナール司祭に襲われたそうです。現在は両名共に毒を受けており治癒術士による治療を行っております」
「長年この教会に仕えていた司祭が月喰教会の間者だったなんて……それで、他の方たちは無事なのですね?」
「はい、修道士たちは皆負傷こそしておりますが命に別状はありません。ですがまだ全員突然の襲撃と司祭の背信に混乱しているようで……。なので通り掛かりに彼らを救って下さった騎士団の方々にお話を伺おうかと」
「わかりました。その人たちは今どちらに?」
「話を聞きたいと伝えたところ此方に来てくださるとの事で、もう、間もなく到着するかと」
「恩人にわざわざご足労頂く事になってしまうとは…。わかりました、すぐに向かいます」
教皇と呼ばれる女性は側近の男と共に巡礼団を救った恩人たちを出迎えるべく大聖堂の本堂へと向かう。
こほん、と小さく咳払いをするとゆっくりと開かれていく扉の向こうに見える客人へ感謝と歓迎の言葉を述べる。
「本来ならば我々の方からお伺いしなければならないところを、どうかご無礼をお許しください。この度は我が三月教会の信徒たちをお救い頂いた、と………?」
扉の向こうから、大聖堂に務める修道士たちに連れられ聖堂へとやってきた三人の男女は……何故か全員精魂尽き果てたといった様子だった。
「ハァ……ハァ……や、やっと、ついた……」
「足が……あ、足が震えて……」
「はひ……も、もう、だめ、です……」
息も絶え絶えに、全員足を震わせ汗だくになってしまっている。このまま今にも倒れてしまいそうなその様子に一体何があったのかと怪訝そうに首を傾けてから、すぐに思い当たる節に気付いた。
「あ、あの…もしかしてあの階段を下から全部その足で登って来られたのですか? 普通は礼拝に訪れる方も我々教会の者も専用のゴンドラを使用しているのですが……」
「……」
「……」
「……」
教皇のその言葉に影次とマシロ、サトラは再びお互い顔を見合わせ……気が抜けてしまい聖堂の中で倒れてしまった。
「だ、大丈夫ですか!? 気を、気を確かに!!」
「誰かっ! 誰か救護係を!」
「……至急、階段の封鎖とゴンドラへの立て看板の設置を命じます」
「はっ、直ちに」
この一件以降ネザーランドの三月教会大聖堂前の大階段が封鎖される事となった。
それまで年に数件、旅人や観光客が誤って登ってしまう『事故』が起こっていたのだがこの日以降事故が起こる事は無くなるのだが……。
そんな事は当然、影次たちの知った事では無かった。
「豊穣の都」編開始です。……初っ端からしょうもない展開でスイマセン




