混迷×魔人は嗤う
「んっ……」
一体何が起こったんだろうか。
意識と共に段々と鮮明になっていく視界。しばらくして、影次は現在の自身の状況と、何が起きたのかを理解した。
マシロ、シャーペイと共に盗賊団の根城になっているここルーイット鉱山に魔族の本拠地に繋がっている可能性のある扉を調べに来たのだったが残念ながら既に扉は閉ざされてしまっていた。
そして、その後突然魔族の襲撃を受け……天井が崩落して……。
「……『ルプス』。現状確認してくれ」
〈ライザーシステムに損傷無し。全身に合計十七か所の打撲、四ケ所の骨折、軽度の擦り傷、切り傷〉
ライザーシステムの補助AI『ルプス』の報告を受けると途端に体中あちこちから激痛が走る。幸いな事にこうして何とか生きているだけでなく五体満足でいるようだ。
だが完全に生き埋め状態だ。僅かな隙間の間に入り込んでいるような状態になっているのは奇跡としか言いようが無い。本当なら今頃膨大な岩に押し潰され見るに堪えない姿になっていただろう。
「……マシロ? そうだ、マシロはどこだ……?」
確かマシロも自分と一緒に巻き込まれた筈だ。姿が見当たらないのは、まさか……?
そんな最悪な考えが頭に過り掛けた時、足元の方で小さな呻き声のようなものが聞こえてきた。
生き埋め状態でほとんど真っ暗な状況だがその身に宿された騎甲因子と流体因子エネルギーの影響で常人とは異なる影次の視力はこの闇の中でも自分の足元にいる人影の姿を段々と克明に捉え始める。
「マシロ!? よかった……無事だったのか。……マシロ?」
自分とほとんど同じ場所に倒れているマシロ。見た限り彼女もまた無事のようだ。小さく呼吸をしている事も確認出来る。
だが崩落の際に瓦礫が当たったのだろう、頭から出血しているのもここから見える。意識がないのは単に気を失っているせいか、もしくは頭を強く打ってしまったせいか……後者の場合だとしたら一刻も早く治療をしなければ危険な状態になりかねない。
「騎甲……っ! ……なっ、嘘だろ……?」
変身してここから強引に脱出しようと思い、『ライザーブレス』に手をかけようとして、初めてそこで気が付いた。
自分の左腕が完全に瓦礫の間に挟まってしまっている。力任せに引き抜こうとしてもびくともしない。肘から先が激しく痛むのは恐らく骨折しているからだろう。
負傷はライザーシステムの自己修復機能でどうにでもなるが変身する為には『ライザーブレス』を直接操作する必要がある。
つまり影次は今、変身不能のまま負傷したマシロと共に生き埋めになっているという事になる。
(不味い……マシロをこのまま放っておくのも危険だしどうにか出来ないか)
〈ライザーシステムの変身コードは外部からアクセスコードが必要です〉
(くそっ……! どうすりゃいいんだ……)
「で? アタシに一体何をさせるつもりなのかな?」
盗賊二人がテイカーを助けに行ったので再び二人だけになったシャーペイと死霊魔人アッシュグレイ。
単なる親切心や慈悲で自分を生かしている訳では無い事など百も承知なので単刀直入に相手の真意を訪ねてみる。
「お前さんはあの盗賊どもを止めると思ったんだけどなあ。分かってるんだろ? ただの人間があの石を過剰使用すればどうなるかぐらい」
「ま、実験した事は無いけど予想はつくねえ」
「で、見殺しにした訳だ。いいねえいいねえ流石は同胞。しっかりお前さんも魔族らしいところあるじゃないか。安心したよ」
「見ず知らずの、しかもゴロツキにいちいち忠告してあげるほどお人好しじゃないよ。ヤバいものだって事は分かってて使うならそれはもう自己責任だしねえ」
こちらの質問には答えずシャーペイをからかうように笑うアッシュグレイ。答えないのはどうせろくでもない事をさせるつもりなのだろう。
とは言えここで反抗的な態度を取っても仕方がない。影次とマシロには悪いが折角助かった命だ。むざむざ捨てるような真似はしたくない。
「んじゃ質問。あの盗賊どもがあの石……魔核だっけか? あれを考えなしにガンガン使い続けたらどうなる?」
おどけた態度で尋ねてくるアッシュグレイ。無駄話や雑談のつもりでは無いようなので、恐らくはシャーペイにさせようとしている事に関係する話なのだろう。
「簡単。用法用量を弁えてれば一時的に身体機能を爆発的に強化する程度に収まるけど肉体の許容量を超えた瞬間、間違いなく魔獣化するだろうね」
「ハハッ! やっぱそうだよなあ?いやぁこの辺の動物とかで試しては見たんだけど人間でもそうなるか。よしよし、予想通りだ」
「あーわかった。キミ、アタシに魔核を量産させて人間を魔獣化させようって魂胆だね?」
「正解っ! 流石は魔族随一の頭脳派。察しが良い相手は話も早くていいぜ」
ほら見たことか。やっぱりろくでもない事だった。
とは言え別に人間にそんな酷い真似は出来ない! というような性分でも性格では無いしシャーペイとしては別にアッシュグレイの企みを否定したり止めたりする義理も義務も無い。ましてや興味なんてさらさら無い。
「元々は裏切り者のお前さんがきっと扉にやってくるだろうと思って待ち伏せてただけだったんだけどよ。偶然ここにお前さんが残していった魔核を見つけて何か面白い事に使えそうだなーって思ってなあ。
相応の成果を上げられれば俺から主様に取り合ってお前さんの裏切り行為を許して貰える話つけてやってもいいぞ?」
「へぇ、それはありがたいねえ。キヒヒッ、確かに悪くない話だね。いいよ、やったげる」
「ああ、お前さんはそう言ってくれると思ったよ。丁度ここには今盗賊団っていう都合のいい実験体がゴロゴロいるしな。ほら、さっきの奴らの後を追うぜ? 今頃愉快な姿になってるだろうしなぁ」
「キヒヒッ、悪い人だねぇ」
影次たちが生き埋めになっている後ろの方を振り返る事も無く、シャーペイはそのままアッシュグレイと共に何も知らず魔族の実験道具にされている盗賊たちの様子を見に鉱山の入口へ向かい、その場を去っていった……。
(チクショウ! クソが……どうして俺がこんな目に合わなきゃならねぇんだ!)
部下も全員倒され一人残ったテイカーは湾刀を振り回しキースホンドを牽制しながら内心でこんな状況に陥ってしまった事について激しく毒づいていた。
キースホンド一人が相手ならまだ逃げ延びる可能性も少しはあるだろうがここにいるのは彼だけではない。他の冒険者たちはテイカーの手下たちにやられて大半が戦闘不能な傷を負っているが、冒険者ギルドとは無関係の残りの二人が非常に厄介だ。
まずは向こうにいる鼠獣人族。例の石で強化した手下たち相手でも他の冒険者たちと違い互角以上に渡り合っていた。恐らく一対一ではまず勝ち目はないだろう。
そしてもう一人は更に絶望的だ。サトラ・シェルパード。王立騎士団最強の剣士と評される豪傑。
まさかこんなか細い小娘だったとは思っていなかったがその実力はたった今目の前で嫌というほど見せつけられた。勝ち目は……考えるのも馬鹿々々しい。
「もうお前一人だテイカー。これ以上見苦しい真似をせず投降しろ。仮にもお前とて一時は冒険者ギルドに身を置いていた男だ。最後くらいは潔く迎えろ」
「ふざけんな俺はまだ終わってねえ! 勝手に終わらせんな疫病神!」
そうだ、こんなところで終わってたまるか。せめて鉱山に、アジトに戻ってあの石で今度は自分自身を強化する事が出来れば……。
だが、当然そんなテイカーの思惑など彼を囲む連中にはお見通しのようだ。鉱山の方向を塞ぐようにしながらじわじわと距離を詰められていく。結果的にどんどんテイカーはアジトから引き離されていく。
「か、カシラぁ! ご無事ですか!?」
「助けに来ましたぜカシラ! 俺らに任せてくだせぇ!!」
じわじわと追い詰められていたテイカーの窮地を破らんとばかりに勇んで鉱山から飛び出してきた二人の盗賊。テイカーも散々見飽きた凸凹コンビの姿だ。
自分が拾ってやらなければ満足に盗みもこなせなかったような無能が今更二匹増えたところでどうにかなるものか、囮にしても何秒持つものか。
だが、救援に来た彼ら自身には何の期待も希望も抱いていなかったテイカーだったが彼らがその手に抱えているものを見た途端目の色が変わる。
「チクショウよくも俺たちの仲間をこんなに……お前ら全員許さねえぞ!」
「見ていてくださいカシラ! すぐにこいつら片付けますんで!」
一番古参にして一番手間をかけさせられ続けたヤスとボッタの凸凹コンビは持ってきた石に、シャーペイの作り出した魔核に徐に齧りつく。
「まずいですぞサトラ殿!」
「ああ、わかっている!」
新たに現れた盗賊たちに向かって駆けるジャンとサトラ。だがそこに横から突然伸びてきた触手のように不気味に蠢く包帯が二人を遮る。
「おっと、これから面白い事になるんだから少し大人しく見ててくれよ」
盗賊たちの後から姿を現したのは全身を包帯と骸骨のような装甲で包んだ異形の怪人。その横には何故かシャーペイが呑気にこちらに向かって手を振っている。
「まさか……魔族……!?」
「死霊魔人のアッシュグレイだ。今後よろしくするかどうかはわからねえけど、取り合えずよろしくっ」
「よもや、盗賊団の背後にいたのが闇ギルドでは無く魔族とは驚きですな」
盗賊たちから思いがけない乱入者へと切っ先を向け直すサトラたち。何故魔族の横にシャーペイが当然のように並び立っているのか、影次たちは一体どうしたのだろうか。
そんな、ほんの数秒思考を混乱させてしまった間に、魔核に齧りついていた盗賊たちに異変が見え始めた。
「あ、あぁ……! か、体が、体が熱……痛ぇ…痛ぇよおお……!」
「苦しいぃ……痛い……寒い……熱いぃ……た、たすけでぇ……」
「はっはっ! いいぞいいぞぉ? ほらお前たち! 大事な親分を助けたいんだろ? 頑張れ頑張れ! 辛いのは最初だけだ、すぐに楽になるからもうちょい踏ん張りなっ!」
「アッシュグレイ! てめぇ一体何を考えてやがる! そもそも今までどこに行ってやがった!」
「うるせぇなあ。お前も黙って見てろよ。ほら、始まるぜ?」
盗賊たちの身を今どれだけの苦痛が襲っているのだろうか。魔力の波長を強制的に狂わせ変質させるという魔核を必死の形相で貪り食らうテイカーの部下たち。
地獄のような激痛から一刻も早く逃れる為にアッシュグレイの言葉を信じ肉体を内側から引き千切るような痛みに穴という穴から体液を撒き散らすその姿はあまりにも壮絶で、凶悪なテイカーでさえ見知った部下二人の凄惨なその様子に震え上がってしまっている。
「オ、ア、アァァ……!! イ、イダ、イダグ、ナグナッデ……」
「チカラダ、カシラ……チカラガ、ミナギッデギダゼガジラァ!」
「お、お前ら……お、おいアッシュグレイ! な、何だよこれは!お前何をしたんだよ!?」
サトラたちやテイカーの目の前で、魔核を捕食した二人の盗賊はもはやその原型を留めてはいなかった。
ヤスと呼ばれていた横太りの盗賊は全身の肌を真っ青に染め上げ肥満気味だった体型は更に肥大化しオークとカエルを混ぜ合わせたかのような姿へと変貌してしまっていた。
一方ボッタと呼ばれていたひょろ長の盗賊は手足が四倍近く伸び、その先端にはそれぞれ鋭利な爪が生えている。
「カシラァ……カシラァ……」
「イマ、オタスケシマスゼカシラァ……」
「ひ、ひぃぃっ……!!」
もはや人間どころか魔族でも、魔獣でも無い何かへと変わり果ててしまった部下たちが振り向く。その瞬間、テイカーの心は限界を超えてしまった。
恥も外聞も無く、湾刀を放り投げて一目散に逃げていくテイカー。恐怖のあまり思うように動かない足を死に物狂いで前へ、前へと進めていき一分一秒でも早くこの場から、あの化け物たちから逃げようと。
「待てテイカー! …くっ、一体何がどうなって……」
「奴を追ってくれキースホンド殿! ここは私たちが何とかする!」
「だ、だが……いや、すまない!ご武運を!」
鉱山の裏手、木々が茂る裏山へと逃げていったテイカーと変貌した異形の盗賊たち、正体不明の包帯の怪人。状況が全く理解できないであろうキースホンドに任せ、後を追わせる。
その間にジャンはまだかろうじて動ける冒険者たちに何とかシーガルの街まで避難するようにとこの場から退避させ、サトラとジャンだけとなると改めて魔物と化した盗賊たち、そしてその後ろにいる魔族と対峙する。
「……シャーペイ、君は一体どういうつもりでそちら側にいるんだ? エイジとマシロはどうした」
「さぁてね。お察し下さいとしか言いようがないねぇ」
「エイジ殿にもしもの事があれば容赦はしませんぞ」
「キヒヒッ、その前に目の前のバケモノをどうにかしないとねえ?」
サトラの問いかけにも、殺気を含んだジャンの言葉にもいつも通りの態度でケラケラと笑うシャーペイ。
「それじゃあ魔獣化した人間がどこまでやれるか早速実戦テストといこうか。ほらお前ら! カシラのためにまずはその連中を始末しな!」
「カシラ……カシラ、カシラ……カシラァ……!」
「カシラノ、タメニ……カシラ、シマツ……コロス、コロス……!」
「来るぞジャン殿! エイジたちの事もシャーペイの事も一先ず後回しだ!」
「やれやれ、とんだ盗賊退治になりましたな」
片方の魔族がその巨体を弾ませサトラに襲い掛かる。もう片方の魔族がその鋭利な爪を振りかざしジャンに飛び掛かる。
ルーイット鉱山の盗賊団討伐作戦は一転、悪辣に嗤う魔族たちの実験場へと変えられてしまっていた……。
益々カオスな状況になってしまってますね……収拾つくよう頑張ります。
どうでもいいかもしれませんが盗賊団のネーミングは
テイカー (定価)
ヤス (安売り)
ボッタ (ぼったくり)
です。本当にどうでもいいですね




