魔窟への扉×死霊魔人
「よしよし、いい具合にサッちゃんたちに注意が向いてるねえ」
一方その頃、影次とマシロ、シャーペイの扉調査組はサトラやキースホンド達と盗賊団が戦闘を開始した場所とは別の入り口からルーイット鉱山の中へと侵入していた。
「今のうちに早く目的達成して加勢しにいかないとな。シャーペイ、道はこっちで合ってるのか?」
「んー、アタシの知ってるままみたいだし、このもっと奥の方だねー」
魔族の本拠地と未だ繫がりがる危険がある扉を一刻も早く調べる為とは言え、盗賊団をサトラ達と冒険者ギルドに丸投げしてしまったような気分になってしまう。
サトラとジャンの強さは知っているが相手は得体のしれない力でパワーアップする連中だ。やはりマシロだけでも今から助けに戻った方がいいんじゃないかと思ったが……。
「あれだけの人数同士の乱戦で私の魔法は逆に危険です。味方まで巻き込んでしまう可能性がありますから」
確かに思い返してみればマシロの氷魔法は魔族やガーゴイルにすら通用する強力なものだが威力の規模の大きなものばかりだった気がする。
一人二人相手ならまだしも下手をすればあの場にいる全員もれなく冷凍保存してしまう事になってしまいそうだ。
「下手に魔法を使えない分、私がいても逆に足手まといになってしまいますから。それに魔族や魔獣相手ならいざ知らず、盗賊程度がどれだけ強化してもサトラ様が後れを取るとは思えませんし」
「ジャンの強さは目の当たりにしてるけどサトラもそんなに強いのか?」
「強いも何も、対人戦闘でサトラ様に勝てる者など少なくとも私は知りません」
意外と言うか何と言うか正直サトラにそんなイメージが浮かばない。マシロやジャンの強さはこの目で見た事があるが思い返せば影次はサトラがその実力を如何なく発揮している場面に立ち会った事がまだ無かった。
「あのですね、エイジは魔族の戦闘力を基準に考えているかもしれませんけどあんなバケモノ相手では比較対象になりませんからね?」
「……そういう言い方をされると俺はバケモノ以上の何かになるんだけど」
「アタシもれっきとした魔族なんだけどなぁー。流石にちょっぴり傷つくよ?」
「あっ……ご、ごめんなさいエイジ。別に私はそういうつもりで言った訳じゃあ」
「あれ? アタシには謝ってくれない」
鉱山内部の地図を見ながらしばらくそうやって歩いていると分かれ道に遭遇する。地図を確認すると奥に進むには左の道のようだったがシャーペイは逆の右の道だと言う。
「そっちはこの先すぐ行き止まりになっていますよ。いい加減な事を言うと凍らせますよ」
「地図上はそうだろうけどさ。アタシだって馬鹿正直に地図に書かれてる場所に扉を設置したりしないってば」
「なるほど、隠し部屋か」
「ご明察ー。この先にアタシが一生懸命奥作った秘密基地があるんだ。普通の人間には絶対分からないようにしっかり幻覚魔法掛けて隠蔽してるから一見ただの壁にしか見えないだろうけど」
久しぶりに訪れる自分のアジトにテンションが上がっているのだろう。鼻歌交じりに先を進むシャーペイ。
確かに地図の通りならもうとっくに行き止まりにぶつかっている筈なのだが道の先はまだまだ続いているようだ。進んでいくに連れ、少しずつ道の幅が広くなっている。
「自作の秘密基地か。何かちょっとロマンを感じるな」
「全然感じません」
「……おっかしいなぁー」
先頭を歩き影次とマシロを先導していたシャーペイが立ち止まり、怪訝そうに首を捻る。到着したのは影次たちがシーガルの宿にとった部屋よりほんの少し広い程度の開けた空間。足元には乱雑に用途不明のガラクタが散乱しているし壁には文字なのか絵なのかも判別できないようなものがびっしりと書き込まれている。
「どうしたんですか。この壁なんですか? あなたの言う隠し部屋の入り口というのは」
不意に足を止めたシャーペイの様子にマシロがそう尋ねると彼女は首を捻ったまま器用に振り返り、これまた器用に首を振った。
「うんにゃ、ここがその秘密基地。もうちょっと手前にここを隠していた壁があった筈なんだよ」
「お前の勘違いで最初からそんなもの無かったんじゃないか?」
「経年劣化で自然に消滅したのでは?」
「そんな筈は無いよぉ! アタシ戦闘面は全然な分小細工する事に関しては自信があるんだから!」
「そんな自信を誇らしげに語られても」
シャーペイの言う通りなら彼女がここに今こうして戻って来る前に、彼女が仕掛けておいた魔法が解け、入り口を塞いでいた壁が取り除かれている事になる。
「それで、例の扉はどこなんですか?」
影次たちがシーガルにやってきたそもそもの目的である魔族の本拠地である暗黒大陸と繋がる扉もシャーペイの言葉通りなら今ここにある筈だ。
「ん、その壁に書いてあるのが全部扉の術式」
「壁に……って、四方どころか床にも天井にも変なの書いてあるけど、これ全部か?」
「変なのとは失礼だね! そりゃアタシ流に色々簡略化はしてるけどさぁ! 大陸間を移動させるぐらいの転送魔法術式をこれぐらいで済ませられるのは天才シャーペイちゃんくらいなんだからね!?」
「……確かに、凄い術式です。これなら超長距離の転送魔法も可能かもしれません。ですが……」
一通りこの秘密基地(?)中の術式に目を通していたマシロは素直に魔族の、シャーペイの技術力に感嘆の声を上げるが、すぐに落胆の溜息を洩らす。
「この術式、今はもう完全に機能を失っています。恐らくは向こう側……暗黒大陸側にある転送先の術式が既に消去されているのかと」
「送信先がもう無いって事か」
「ざーんねん。無駄足だったねぇ。わざわざシーガルまで来たのに」
「いえ、ですが一時的にとは言えこの転送魔法の術式は魔族の本拠地と確かに繋がっていた訳ですから詳しく調べれば何らかの手がかりは得られるかもしれません」
「えっ? まさかここに書いてある術式全部メモするつもり?」
手帳を取り出したマシロはどうやら本気そうだ。流石に時間がかかりそうだったのでそれならばとこの術式を作る際に書き示しておいた書物を渡すと言って散らかっている秘密基地の中から目当てのものを物色し始めるシャーペイ。
訳の分からない数式や図式が書き込まれた紙、フラスコやグラスのようなものの残骸。鉱山にある鉱石とは明らかに色彩が異なる宝石のようなものの欠片。
「この場所は見たところ扉を作るため以外にもお前の研究施設も兼ねてたみたいだな」
「んー? 大掛かりな転送魔術は術式作りからすっっっごい時間が掛かるからねぇ。暇潰しも兼ねてね」
「ここにある変な石、気のせいかな? メイプリルで突然魔獣化した神木に埋め込まれてたものと似てる気がするんだけど」
「ああ、それ魔核の試作品。前にも説明したっけ。生物に投与すると魔力波長を狂わせて魔獣化させるってやつね。でもここに放置してってるのは出来損ないだからそこまでの効果は無いけどさぁ」
この石、もとい魔核を見つけた瞬間頭に浮かんだ嫌な予感がほぼ確信に変わる。恐る恐るマシロの方を見てみると彼女も同じく今回の盗賊団の謎のパワーアップの真相にたどり着いたようだ。物凄い形相で何も知らず目的のものを探しているシャーペイを睨んでいる。
「……なぁ、俺の見間違いじゃなかったらさっき盗賊たちが口にしてた粉みたいなのも同じ色をしていたような気がするんだけど」
「正解! 服用しやすいように粉末状に砕いてみた訳よ。使いすぎないように量も調節しやすいしな」
「あー、それは確かに悪くない手段だねぇ。試作段階でも十分な効果は出るだろうし……おっかしいなあ。わかりやすい場所に置いといた筈なんだけど」
「お探しの書類ってこれのことか?」
「あっ、うんそれそれ!」
雑に革紐で纏められた紙の束を指差すシャーペイ。だがその人物はそれをどうぞと彼女に手渡す訳でもなく、影次たちがやってきたこの隠し部屋の入口を阻むように岩壁に寄りかかり、恐らくは笑っているのだろう。
恐らくは、と記したのはその人物の表情が全く見えずその雰囲気と仕草から推察した為だ。
全身を薄汚れた灰色の包帯のようなもので包んだその姿は肌の見える部分は一切無く、腕や足、肩、胴体には骨のような部分鎧が嵌め込まれており、大きくひび割れた髑髏の仮面の下で赤い眼光を見せる。
気配もなく自分たちの背後に立っていた異形の怪人。とっさに杖を構えるマシロ。身構える影次。シャーペイだけは特に驚いた素振りも無く「やっぱりね」と包帯の怪人を見据えている。
「キミかい? アタシの秘密基地を勝手に荒らしてアタシの研究成果を勝手に使ってるのは」
「悪い悪い、表札も出てなかったしてっきり空き家かと」
本来肉体の上から巻く包帯の上に骸骨のような鎧を纏った見るからに人ならざる怪人。異様な姿に似合わずその喋り方は妙に軽薄でまるで偶然出会った昔の友人にでも話しかけているかのようだ。
だが、言葉を解す異形の魔物に関しては既に影次たちには心当たりがあった。
「お前、あのダブルメイルとか言う奴の仲間……魔族か?」
「正解! あいつってば変なところで真面目だからきっとしっかり自己紹介したんだろ? んじゃ、俺もやっとかないとな。んっ、んんっ!」
包帯と髑髏の怪人は何度か咳払いすると身嗜みを整えるかのように体のあちこちを叩き埃を落としてから……もう一度咳払いして、名乗る。
「俺の名前はアッシュグレイ。死霊魔人アッシュグレイだ。以後よろしく第四部隊の方々。そして、お前さんが裏切り者のシャーペイだよな?」
包帯姿の魔族、アッシュグレイが腕をかざすとその体に巻かれている包帯がまるで触手のように伸び、シャーペイは返事も出来ずに一瞬で拘束されてしまった。
「んぎゃ! ちょっ……この前の奴もそうだけど女の子の扱い方がなってないよねぇ」
「酷い言われようだなぁ。こちとら本来なら問答無用で殺してもいいんだぞ?」
アッシュグレイは拘束したシャーペイを自分のほうへと引き寄せると影次とマシロに向かってひらひらと手を振ってこの場から去ろうとする。
「待ちなさい!」
「逃がすと思うか?」
「待たないし逃がしてもらえるとも思ってるよ?ほら、上、上」
当然そうはさせまいと早速迎撃態勢に入る二人だったが、突然鉱山が揺れ、頭上からぱらぱらと岩の破片が降ってくる。アッシュグレイが指さす方向、上に視線を移した瞬間影次たちは思わず言葉を失い青ざめた。
「以後よろしくって言ったばっかりで悪いんだけどなぁ。生憎俺が用あるのはこの裏切り者だけなんだよ。お前さん方たちとはサヨナラさせてもらうぜ」
いつの間にか影次たちの頭上に、天井の岸壁にアッシュグレイの体から伸びた包帯が幾つも槍のように深々と突き刺さっていた。
岩盤に穿たれた穴と穴の間に走るヒビは見る見るうちに大きな亀裂となって天井を脆くしていく。
「やば……っ! 崩れるぞ!!」
「そう言われてもこんな場所では逃げ場なんて……っ!?」
「そんじゃあなー」
駄目押しとばかりにもう一撃。アッシュグレイの放った槍のような包帯の一撃が決定打となり岩盤が本格的に崩落し始める。
巻き込まれないように下がりながらアッシュグレイと彼に拘束されているシャーペイは怒涛の勢いで雨のように降り注いでいく岩壁に一瞬で飲み込まれていく影次とマシロの姿を見届けてる。
鉱山全体を大きく震わせながらその崩落はしばらく続き……それが収まる頃にはシャーペイの拡張した秘密基地部分は完全に埋没し、皮肉にも地図に記されている通りの本来の地形へと戻っていった……。
「あーあ……流石にあれじゃあ生きては無いだろうねえー」
「さてと。お前さんも一緒に埋めてやってもよかったんだけど俺はダブルメイルと違って心が広くて優しい事からさ。チャンスをやるよ」
「キヒヒッ、いいよぉ? アタシの身の安全を保障してくれるっていうなら何でもするよ。もちろんっ」
「ハッハッ、それでこそだな」
瓦礫の中に消えていった影次たちの事などもう忘れたかのように嗤うシャーペイ。そんな彼女の態度にアッシュグレイも満足気に仮面と包帯の下で笑みを浮かべる。
シャーペイの体の自由を奪っていた包帯を解いていると今の崩落の音や振動で何事かと思ったのだろう、鉱山の奥からひょろ長の盗賊と横太りの盗賊が慌てた様子で走ってきた。
「な、何だ何だぁ!? 敵襲かあ!?」
「あ、アッシュグレイの旦那じゃないですかい! あんた今までどこに行ってたんですか!」
盗賊団の頭目テイカーにヤスと呼ばれていた横太りの盗賊とボッタと呼ばれていたひょろ長の盗賊。冒険者ギルドの仕掛けた囮の商隊馬車にまんまと引っかかった盗賊たちだ。
「おっ、丁度よかった。お前ら良いもん持ってるじゃないかよ。テイカーの旦那の言いつけか?」
「へ、へぇ。ありったけコレを持ってどっかに隠しとけってカシラが……」
「あ、アッシュグレイの旦那、カシラは大丈夫なんですかい? 頼んます、カシラを助けてくれませんか!?」
「そりゃあもちろん。親愛なるテイカーの旦那の為だもんなぁ。喜んで手ぇ貸すぜ?」
アッシュグレイはその異形の姿に似つかわしくない気さくな態度で助けを乞う盗賊たちの肩を叩く。
だが、シャーペイだけはそんな彼の声色に邪悪な含みを感じ取っていた。
アッシュグレイの視線の先にあったのは救いを求める盗賊たちでは無く、彼らが両手に抱えていた怪しく輝く大小様々な宝石のようなもの……。
シャーペイが作り出した生物を魔獣に変質させる悪魔の石、魔核だった。
第2の魔人本格登場。生死不明の影次とマシロ、シャーペイの裏切り。何かごちゃごちゃしてきましたね……収拾つくんでしょうか?つけねば




