ギルドの事情×騎士団の事情
その乱闘騒ぎの発端はほんの些細な出来事だった。
港湾都市シーガルにある冒険者ギルドを訪れた影次たち。だが最初に彼らを出迎えたのはギルドの受付嬢では無く丁度影次たちより少しだけ先にギルドに戻ってきた冒険者たちだった。
依頼を達成して報告のために戻ってきたところだったのだろう。どんな仕事内容だったのかは知らないが過酷な依頼だったのだろう。ただでさえ冒険者は血の気が多い輩が多いと言われているのに疲労でいつも以上に気が立っていた彼らの目に、突然現れた見知らぬ余所者はどう映ったのだろう。
まず最初に絡まれたのは受付で手続きをしようと先頭を歩いていたサトラだった。
こっちで一緒に飲もう。酌をしろ。
確かそんな陳腐な絡み方をしてきたと思う。今回も騎士団として表立った任務では無かったので私服姿のサトラは彼らからすれば依頼にやってきた只の美しい女性としか思われなかったのだろう。
問題はここからだった。
当然の如くそんな男たちに食って掛かったのはサトラを敬愛しているマシロだった。男たちは最初生意気なこの少女も一緒に自分たちの相手をさせようとしたのだが男の一人をマシロが魔導杖で叩きのめしてしまったのだ。
本人曰くサトラの腕を掴んで強引に連れて行こうとしたので流石に見過ごせなかったらしい。
決して「こっちは色々小っこいな」だの「まだガキかよ」などと言われたので怒った訳ではないと、本人は強く、とても強く否定した。
仲間をやられた厳つい冒険者たちは当然激昂しマシロに掴み掛った。だが流石にそれを見過ごす事は出来なかったのだろう。今度はサトラが飛び掛かってきた男の一人を捻り上げてしまった。
そうなると最早泥沼だ。ギルド1階で冒険者たちとサトラたちの大乱闘が始まってしまった。
屈強な冒険者が椅子やテーブルを投げつけたりマシロが次々と男たちを氷漬けにしたり、止めに入った影次が流れ弾に当たり昏倒した事に激怒したジャンが修羅の如き大立ち回りを見せたり。
冒険者ギルド職員フィラット・ローザと所属冒険者キースホンドが現場にやってきたのは丁度サトラたちがギルドの冒険者たちを制圧し終えた頃の話だった。
「はいはい、なるほどなるほど。事情は大体わかりました」
「……本当に申し訳ない」
冒険者ギルド内の一室、応接室に通されたサトラたちは乱闘騒ぎになった経緯を一通り説明し終えると深々と頭を下げてフィラットに謝罪する。
幸い大きな怪我をした者は一人もいなかった事と原因は冒険者たちが悪質な絡み方をした事という点から冒険者ギルトもこの件を大袈裟にするつもりは無いと言う事で落ち着いた。
ちなみにマシロに氷漬けにされた連中は今もギルドの裏庭でお湯をかけられ懸命に解凍中らしい。風邪を引いたりしなければいいのだが。
「こちらも冒険者のみなさんに伝達が間に合わなかった落ち度がありますし。この話についてはこれでおしまい、と言う事で」
「寛大な処置、痛み入ります……」
再度深く頭を下げるサトラ。横に座るマシロもワンテンポ遅れて頭を下げる。ちなみに影次はまだ昏倒したまま目を覚ましておらず、いつの間にか待合所でのんびりパンケーキを食べていたシャーペイに世話を任せてある。
「気性の荒い連中は確かに多いが冒険者がみんなああいった荒くれ者では無いという事だけは誤解しないて頂きたい。……と、一応形式上こちらから言うべき事はこれくらいか」
「誠に申し訳無い。我が主を害され、つい頭に血が上ってしまいまして」
「まぁお互い様、という事でこれで手打ちにしようじゃないか。しかし強いんだな鼠獣人族の御仁。どうだ、冒険者になる気はないか?」
「はっはっはっ、お気持ちだけ有難く」
冒険者代表として同席しフィラットの隣に座っていたギルド所属の冒険者キースホンドの誘いを朗らかに笑いながらやんわりと断るジャン。本気か否かは定かでは無かったがキースホンドも別段気を悪くする素振りも無く小さく肩を竦めて隣に座るフイラットと顔を見合わせる。
「えっと、ではではそろそろ本題に入りましょうか。王立騎士団第四部隊副隊長サトラ・シェルパードさん。あなた方が冒険者ギルドに来た理由をお聞かせ願えませんか?」
「正確に言うなら、このシーガルの街にそもそも何の目的で来たのか、というところからだな」
「騎士団の任務なので詳しい事はお話出来ませんが、我々はシーガルの西にあるルーイット鉱山に用があってシーガルにやってまいりました。なので直接鉱山に向かう前にこの街の治安を守っているあなた方冒険者ギルドにまずはお話しておこうと……」
そして、結果的にあの乱闘騒ぎに発展してしまった。流石に騎士団の任務の内容にまで冒険者ギルドが詮索する事は出来ない。逆の立場でも当然こちらの仕事内容をわざわざ他所の組織に明かしたりはしないからだ。
しかし……。
「ルーイット鉱山ですかあ……」
「よりによってあそこか……」
ギルドの女性職員と重鎮冒険者は揃ってその名前を聞いて表情を渋らせ唸り声を上げる。何か冒険者ギルドにとって都合が悪い場所だったりするのだろうか?
「いや、そういう訳じゃないんだが。何と言うかタイミングが悪いな、と思ってな」
「何か事情があるようですが、お伺いしても?」
「ええ、実はですねぇ。ええっと、ああ。お茶が無くなってきましたねぇ。ごめんなさい今新しいのを用意しますからちょっとだけちょっとだけ待っててくださいね?」
「フィラ嬢、君に任せると日が暮れる。俺から説明させてもらうぞ」
「お、目ぇ覚めた?」
自分が何故かシャーペイの膝の上で仰向けに寝かさせている事に気付いたのは意識を取り戻してからしばらく経ってからの事だった。
冒険者ギルド一階、食事処を兼任している待合所のテーブルでパンケーキを頬張っていたシャーペイは自分の膝に乗せていた影次の体がもぞもぞと動き出したことに気付いて覗き込む。
「……どういう状況?」
「ギルドについたら冒険者に絡まれてみんなドタバタと喧嘩になってキミはあっさり気絶しちゃった」
「どうでもいいけど人の顔の上に零すなよ?」
頭がまだ痛む。確か飛んできた何かが頭に命中してそのまま気を失ってしまったような……。自分を膝に乗せたまま能天気に何かを食べている様子のシャーペイの口ぶりからすると冒険者たちとのいざこざも特に大きな問題にはなっていないようだ。
「どしたの? あ、エイジもこれ食べる? シーガルで今流行ってる海塩パンケーキなんだって。甘くてしょっぱくて美味しいよー」
「いや、ここからだとお前の胸で何も見えないんだけど」
「……元気そうで何よりです」
ギルドと話はついたのだろうか、待合所にやってきたマシロは暢気にオヤツを食べているシャーペイとそんな彼女に膝枕されている影次の元へとやってくるや否やそんな皮肉と棘の含んだ言葉を投げかけてきた。
「お疲れマーちゃん。早速鉱山に行く?」
「いえ、どうやら少し問題があるようで……。詳しい事は全員揃ってからと思って呼びに来たんですが……って、だからその呼び方はやめてください冷凍しすよ」
てっきり冒険者ギルドに話を通し許可を貰って扉のあるルーイット鉱山にこのまま向かうのかと思っていたのは影次も同じだった。
「問題って?」
「……取り合えず起きてください。随分心地良さそうにしているところ申し訳ありませんが」
「さっきからやけに刺々しくない?」
幸い頭を強く打ったとは言え少しコブが出来た程度で済んだようで痛みも大分引いたのでマシロに連れられ影次とシャーペイも二階の応接室へとやってくる。
「エイジ、もう大丈夫なのか?」
「まだ痛みますかな、冷やしておいた方が良いですかな、私の事はちゃんとわかりますかな?」
「ああ、大した事じゃないから大丈夫。……だからジャンそんな心配しなくてもいいから近い近いモフモフが近い」
「うちの冒険者の方々が乱暴してしまって申し訳ありませんでした」
サトラの向かい側に座っていた見知らぬ女性がそう言って影次に頭を下げる。着ているのはおそらくここ冒険者ギルドの制服なのだろう。胸の部分に外でも見かけたここのギルドのエンブレムらしきものが描かれている。
あくまで視線は胸元のエンブレムを見ていたので決して彼女の見事なスタイルを眺めていた訳ではない。
横目でこちらに冷たい眼差しを向けているマシロには後でちゃんとそう弁明しておこう。
「すまなかったな。あいつらも別に悪い奴では無いんだが……迷惑をかけてしまったな」
と、今度はその隣に座っていた軽鎧姿の大男が謝罪の言葉と共に頭を垂れた。
随分と使い込まれているのだろう、彼の鎧には大小様々な傷跡が刻み込まれており、そんな彼自身も右目に大きな眼帯をつけている。鍛え抜かれた屈強な体は優に影次より二回りほど大きい。
「エイジ、こちらは冒険者ギルドの事務員を務めているフィラット殿、そしてお隣が所属冒険者のキースホンド殿だ」
「フィラット・ローザと申します。事務と受付を主に担当しております。御用の際はお気軽にフィラとお声かけください」
「銀級冒険者のキースホンドだ。こちらも気軽にキースと呼んでくれて構わない」
サトラから受付嬢のフィラと冒険者キースを紹介され、自己紹介をまだ済ませていない影次も事前にサトラたちと相談して考えておいた設定でそれぞれ冒険者ギルドの両者に名乗る。
「黒野影次と申します。こちらもお気軽に影次と呼んでください。とは言っても自分は旅の途中でお世話になった第四部隊の方々のお手伝いをしているだけの居候の身ですが」
「確かにその黒髪はシンクレルでは随分珍しいな。ムラサメのご出身か?」
「ええ、まぁ。で、こっちが魔法学者のシャムさん。俺と同じく第四部隊の手伝いをしています」
影次に紹介され目深にフードを被り表情を見せないまま小さく会釈するシャーペイ、もといシャム(仮名)。彼女に関してはセッター教授の助手という設定にさせて貰った。
あの教授の事だしバレたとしてもこのくらいの事で文句は言わないだろう。もし言われたら素直にシャーペイを差し出そう。
「あのアインリッヒ・セッター殿の……それはまた何と言うか」
「気苦労お察し致しますねぇ」
思い付きで決めた雑な設定だったがギルドの二人はどうやら信じてくれたようだ。これもセッター教授の悪評もとい人徳のお陰だろう。
「第四部隊の方々もこれで全員お揃いのようですし、では改めてお話させて頂きますね?」
「ええ、お願いします。それで問題とは一体どういう……」
「ああ、いけないいけない。そちらのお二方の分のお茶も用意しないといけませんよね。ちょっと待っててくださいね? すぐに用意しますから。すぐに用意しますから」
「……フィラ嬢、君に任せると年が明ける。俺から説明させてもらうぞ」
「……盗賊団?」
「ああ、それもかなりの人数になる。そいつらが現在根城にしているのが、他でもないルーイット鉱山という訳だ」
キースホンドが語る問題。それは最近シーガルの街の付近で頻繁に活動している悪質な盗賊団の存在だった。
「盗賊団の存在自体はもっと以前から確認されてはいたんだが、二ヶ月ほど前からだろうか、急にその被害が酷くなり出してな」
「お言葉ですが……シーガルと言えばここ冒険者ギルドの本部がある場所。シンクレルでも有数の冒険者たちが集うこの街で盗賊団がそこまで我が物顔を出来るものなのですか?」
「……そう言われると返す言葉も無いな」
「冒険者の方々は皆さんそれはそれは頑張ってくださってるんです。ですけど盗賊団がそれはもう突然凄く手強くなってしまって……」
元々その盗賊団は大した人数でも無く、時々街道を通る行商人や旅人を襲い金銭や荷物を奪うなどの行為を働いてはいたが護衛に雇われた冒険者が二人三人もいれば容易く撃退出来る程度のものだったらしい。
「それに奴らは略奪行為はしても殺しまで出来る度胸もない半端な小物の集まりだったんだが、ここ最近では人的被害も軽視出来ない事になっている。現に討伐依頼を受けた冒険者が既に何名も返り討ちにされてしまっている」
「中には命を落としてしまった方もいるんです……討伐に向かった冒険者の中からはもちろん、何の罪もない通りすがりの観光客の方や商隊の方も」
「無論、ここ冒険者ギルド本部としてもそんな連中は一刻も早く制圧したいんだが……高ランクの冒険者はほとんど任務で遠方に出てしまっている状態でな。かと言って凶悪化した今の盗賊団を相手に銅級以下の冒険者たちでは荷が重い。何とか付近の街から応援をかき集めようと呼び掛けているところだったんだ」
成程、確かにそれはタイミングが悪い。色々な意味で。
これはどうしたものかと思っていると徐にサトラが小さく手を挙げ、そんな困り果てている冒険者ギルドの二人にこう提案を持ち掛けた。
「お話は理解致しました。ではこういうのはどうでしょう? その盗賊団の制圧、逮捕に我々も協力させて頂くというのは」
「えっ? いやそれは……確かにありがたい話だとは思うが」
「さ、サトラ様! いくらなんでもそれは駄目でしょう!?」
「しかしマシロ、この国に暮らす人々の生活と平穏を守るのが我々騎士団の使命だ。こんな話を聞いてしまった以上見過ごす訳にもいかないだろう」
「それは仰る通りですが……ここシーガルの街はほとんど騎士団が関与をしていない街、私たちが勝手にそのような行動を取ってはバーナード隊長にご迷惑が掛かるどころか下手をすれば騎士団と冒険者ギルドの組織間の問題に発展しかねませんよ!」
ギルドへの助力を提案したサトラを慌てて制止するマシロ。そんな二人のやり取りを聞いて影次は小声でジャンに何がどう問題なのかと尋ねてみる。
「まぁ、縄張り意識と言いますか組織の面子と言いますか、そんな感じで色々とあるのですな。軋轢が」
「また随分ざっくりとした解説をありがとう」
(うーん……あ、そうだあそこには確かアレが置きっぱなしだったような……黙っといた方が良さそうだねー)
当面、主人公パーティーは影次、マシロ、サトラ、ジャン、シャーペイの5名で固定にする予定です。
予定はあくまで予定なので次回でコロッと変わったりするかもしれません。予定ですし




