港湾都市シーガル×冒険者ギルド
「見えてきたぞ、あれがシーガルの街だ」
荷台から顔を覗かせたサトラが風に激しくなびく髪を押さえながら目的地が視界に入り始めた事を心無しか少し弾んだ声で馬車の中の影次たちに伝えてきた。
「どれどれ……おぉー、ホントだね。潮の匂いがここからでもわかるねえ」
「……吐きそう」
「流石は高速便。ほんの数日で到着するとは……ってエイジ顔が真っ青ですよ!?」
城門都市アルムゲートを出発した影次たち。
今回は王都シンクレルより更に遠方という事もありバーナードがわざわざ高価な高速馬車を手配してくれたのでシンクレルに行った時よりも短い日数で目的地である港湾都市シーガルまで来る事が出来たのだった。
「希少な俊馬アルシオン二頭で引く冒険者ギルド自慢の人気副業。いやいや本当に速かったねえ」
「その分揺れも凄かったけど、な……うぷっ…!?」
「ご、ご無理をなさらず! 背中をさすりますぞ」
「マシロ……エイジを少し休ませてやっていてくれ。私は入市の手続きを取ってくる」
「お任せください。……ってエイジ! 顔が紫色ですよ!?」
シャーペイの知る魔族の本拠地、暗黒大陸へと繋がる転移魔法。通称扉があると言うシーガルの街にやってきた影次一行。
王立騎士団第四部隊の代表としてサトラ。魔法術式全般の担当にマシロ。案内役兼捕虜のシャーペイ。そのシャーペイの監督役であり万一の際の護衛として影次。あと影次に付いていくと言って聞かなかったジャン。
「これは騎士団の任務なんだからお前は同行する必要は無かったんじゃないか?」
「何を仰りますか。私と我が故郷を救って下さったエイジ殿への大恩はこの命に掛けて返させて頂かねば」
「恩義が重い……」
「ご気分はもう宜しいですかな? 水をお持ちしましょうか。お茶の方が良いですかな我が盟主よ」
「お友達からでお願い出来ないでしょうか」
「あの二人仲が良いよねぇー」
影次とジャンのやり取りを眺めていたシャーペイが自分に話しかけているのだと、サトラを待っていたマシロはしばらくしてからようやく気が付いた。
「マーちゃんもさぁ、もうちょっとアタシに対して優しくしてくれてもバチは当たらないと思うよ? 乙女の首にこんなの付けちゃってさぁ?」
襟を捲り自分の首元に巻かれたチョーカーを見せながら不服そうに頬を膨らませるシャーペイ。
彼女の首に巻かれているのは重犯罪者や凶悪な囚人に使用される特殊な魔法術式が組み込まれたもので特定の人物の魔力を埋め込んでおく事によって装着者の行動を制限する事が出来るという代物だ。
「少し首が締まるくらいじゃないですか。爆発する訳でもあるまいし」
「爆発したら首から上が無くなっちゃうからね!?」
「……あの二人仲良いよな」
「ですなぁ」
「待たせてすまない。手続きを済ませたから街に入れるぞ」
街の入り口で入市手続きを済ませてきたサトラは子供じみた言い合いを繰り返すマシロとシャーペイ、馬車酔いでグッタリしている影次とそれを懸命に介抱しているジャンの二組に交互に視線を行き来させ……。
「くれぐれも街の中で無用な騒ぎを起こさないようにな」
「ちょっと待て……よりによって何で俺に釘を刺すんだ……うぷっ……」
港湾都市シーガル。
海に面して作られたこの街は古来より海運業によって発展を続け現在はシンクレル大陸の中でも王都に次ぐ規模の大都市となっている大都市である。
港には漁船から旅客船まで用途大小様々な船が並び街の中にはあちこちに水路が川のように張り巡らされている。そのせいか街のあちこちに橋が架けられ、大きな水路がそのまま街の区域の境界線となっている。
左手に見える大灯台。右手に見える大鐘楼。そして街の中心で常に高々と水柱を上げている噴水公園。
まさに『水の都』と呼ぶに相応しい光景だ。
「おぉ……!」
「どうだ見事だろう? これが水の都シーガルだ」
先程まで馬車酔いに苦しんでいた影次もシーガルの壮観な街並みに吐き気も忘れて思わず見入ってしまう。
レンガ造りの建物は街の中央から外側に円状に黄、白、赤と屋根の色が揃えられているそうで一般にも開放されている灯台や鐘楼から見下ろした時の街並みはまるで一つの芸術作品のような美しさらしい。
足元は丁寧に石畳で舗装されており名物でもある街中の水路は美しい街並みをその水面に映しており、まるで絵画のような光景が街のあちこちで見られる。
「凄いな……いや、正直本当に感動してるよ……」
「私も実際シーガルに来るのは初めてですが……美しいの一言に尽きますな。毛並みが潮風でベタつくのが少々玉に傷ですが」
「ふふ、異世界人のエイジにそこまで喜んで貰えるとシンクレルの民の一人としては嬉しいな」
「気持ちは分かりますけど私たちは観光に来た訳ではありませんからね?」
感動している影次とジャンとは裏腹にサトラとマシロのリアクションが薄いのは、彼女たちがこの街に来たのはこれが初めてでは無いからだろう。今この時この場にカメラを持っていない事を影次が心の底から悔やんでいるとそんな彼の袖が不意に引っ張られる。
「ねぇねぇエイジ。ここは街並みだけじゃなくて美味しいものも沢山あるんだよー? 何せ港町だからね。海産物は新鮮そのもの! 値段もお手頃! 今の時期だとダイオウアサリとかコウテイマグロとか!」
「新鮮なシーフード……」
「しかもこの辺は地下熱で温められた源泉もあちこちにあって温泉街としても評判なんだよ? どう、どう?」
「何だ天国か」
「シャーペイ、君はこの街の観光ガイドか何かか?」
「ですから観光目的じゃないって言ってるじゃないですかっ!」
まず最初に寄りたい場所がある。とサトラに言われ影次たちはまずはサトラの言う目当ての場所へと向かう事になった。
街のあちこちで露店が立ち並んでいるせいで歩きながら段々と影次たちの両手に食べ物が増えていったのは言うまでもない。
「で、どこに行くんだ?」
「あぁ、このシーガルの街のもう一つの象徴とも言うべき場所だ」
「成程、冒険者ギルドですな?」
そう言えばバーナードがここシーガルの街は通称「水と冒険の都」と呼ばれている、と言っていた事を思い出す。ジャンが言った聞き慣れない言葉に思わず聞き返した影次にすかさずサトラが解説を始め出す。
「冒険者ギルド?」
「エイジにはまだ教えていなかったな。商人ギルド、錬金術師ギルドと並び三大ギルドのうちの一つでシーガルに本部を構えているんだ。ここシーガルは大きく別けて四つの区域で成り立っていてな。港エリア、商業エリア、居住エリア、そして今向かっているのが冒険者ギルドがあるギルドエリアだ」
「それ以前に、そもそも冒険者って具体的に何をする人たちなんだ?」
「その名の通りだよ。遺跡やダンジョンの探索をする者もいれば魔獣の盗伐や商隊の警護、商店に依頼された素材の調達に人手の足りない肉体労働業務など……」
焦げたソースの匂いが香ばしい焼きイカ串を片手に影次にギルドについて説明するサトラ。影次としては冒険者と聞いた時に自然とイメージしたのは有名RPGゲームに出てくるようなものだったが聞いている限りでは……。
「何というか、冒険者というより何でも屋って感じだな」
「報酬次第でどんな仕事も引き受ける冒険者もいますから、あながち間違ってはいませんね」
すっかり頭の中で思い浮かべていたイメージが派遣社員になってしまった影次の何とも言えないやり切れなさなど知る由も無く、程無くして一行は目的地へと到着した。
大きさで言えばアルムゲートにある第四部隊の本部と大体同じくらいだろうか。建物自体の造りは大分古く年季が入っており、あちこち補修を施された跡が見て取れる。
「ここが冒険者ギルドだ」
「おぉ……また無骨と言うか何というか……趣のある」
「ねぇサトちゃん。ここに何の用事があるの?」
今まで貝焼きを啜るのに夢中で大人しかったシャーペイが目的地に到着してから挙手し根本的な疑問を質問する。
「サト……コホン。シャーペイ、先日君が教えてくれた扉があるという場所はどこだった?」
「んー? この街の裏の山の廃鉱だよ。あ、ほら。あの山」
シャーペイが指し示す方向には確かに大きな山が見えた。獣人街と違いほとんど緑が無く土色がむき出しになっておりちらほらと遠目にもトンネルらしきものが確認できる。
「シーガル西のルーイット鉱山跡だ。昔は鉱石発掘が盛んだった場所だが現在は完全に廃鉱になっていて現在は冒険者ギルドが管理しているそうだ」
「そうか、だからまずはギルドに許可を貰う必要があるって訳だ」
「ふーん、アタシ勝手に入って勝手に扉こさえたけど誰にも何も言われなかったよ?」
「それは単に廃鉱になった場所に誰も近寄らなかったからでしょう」
サトラが扉に直行する前に冒険者ギルドに寄りたいと言った理由は理解出来たので早速建物に入ろうとするとシャーペイが白衣の上から黒いフードを目深に被り猛烈に胡散臭い外見と化す。
「……何してんだ?」
「用心だよ。冒険者なんて素性のハッキリしない輩も多いからねぇ。ダブルメイルみたいにアタシは知らなくても向こうはアタシを知ってる、なんて魔族がいるかもしれないからね」
「用心深いのは悪くないが、幾ら何でも怪しすぎないか?」
「通報されても文句は言えないですね」
「不審者としか言いようのない姿ですな」
「もう少しアタシに優しくしてくれてもいいと思うよ!?」
side-冒険者ギルド-
冒険者ギルドに勤務する女性職員フィラット・ローザが街の入り口にある詰所からその連絡を受けたのは丁度これから昼食を取ろうとしていた時だった。
アルムゲートの第四騎士団、それも副隊長自らがわざわざギルドを尋ねに来るというのだ。
シンクレル王家直下の組織である王立騎士団に対し自分たち冒険者ギルドはあくまで民間組織である事もあってか一般的に冒険者と騎士団員と言えばあまり相性の良い取り合わせでは無いと言うのが世間の風潮であり、実際その通りだった。
冒険者によって自衛されているシーガルには騎士団は常駐していないし王都からも離れたこの街に騎士団が訪れる事自体珍しかったが、それも副隊長クラスがやってくるのは更に珍しい。
残念だがどうやらのんびり昼食を摂っている暇は無さそうだ。連絡が入ってきたのはついさっきの事だが騎士団副隊長殿がシーガルの街に入ったのは既に数時間前の話だ。
取り合えず今は詰所の呑気過ぎる仕事ぶりは後回し。まずは多くの冒険者が常駐している一階受付側の待合所に言って所属冒険者達に事情を説明しなければならない。
何故か? 只でさえ血の気の多いならず者だらけの冒険者たちの溜まり場に犬猿の仲とも言える王立騎士が突然やってきたりしたら……。
「あらあら大変大変。急がないと」
ギルド本部二階の職員休憩室から一階へと急ぐ途中、前方の部屋のドアが開き大柄な男が姿を見せた。
大柄な体躯に使い込まれた軽鎧に身を包んだ右目の眼帯が印象的な男だった。
「フィラ嬢か。顔を合わせるのは久しぶりだな」
「あらあらまあまあ、本当にお久しぶりですキースホンドさん。最近あまりお姿を見掛けませんでしたけどいつシーガルに戻られたのですか?」
「ついさっきだ。しばらく厄介な依頼に掛かり切りだったんでな。ようやく戻ってきたところだ」
キースホンドと呼ばれた眼帯の男は硬貨の入った布袋を持ち上げて見せる。どうやら丁度今依頼の報告を済ませその報酬を受け取ってきたところだったらしい。
「まあそれはそれはお疲れさまでした。大変な依頼だったのでしょう? ゆっくり休んでいってくださいね。そうだ、今朝海獣の討伐に行っていた方から新鮮なイワガニを頂いたのですけど……」
「ああ、気持ちは嬉しいんだが。仕事は今いいのか?」
キースホンドにそう言われてから、フィラットはゆったりと首を傾げ、そう言えば自分はまだ昼休みの真っ最中だった筈でこれから少し遅くなった昼食を取ろうとしていたところだった事を思い出す。
「ええ、今日は午前中のお仕事が少し押してしまったのでまだお昼休みなんですよ」
「……では何故ここにいるんだ? 見たところ一階に降りて行こうとしていたようだったが」
キースホンドにそう言われてから、フィラットはまたゆったりと首を傾げ、そう言えば自分は昼食を後回しにして何をしようとしていたのか、何か急いでやらないといけない事があったような、と思い返し始める。
「……ああ、そうですそうです。大変なんですキースホンドさん。大変なんです。急がないとなんです」
「今に始まった事では無いが全然大変そうにも急いでいるようにも見えないぞ」
「ああ、いけないいけない。私ったらすぐボーッとしちゃうんですよね。直そうとは思っているんですけど中々……」
「フィラ嬢、だから急いでいるのでは無いのか?」
「あ、そうでしたそうでした」
「……俺も付いていこう。それで、一体何があったんだ?」
「ええと、それがですね……?」
フィラットがキースホンドに騎士団がもうすぐこのギルドにやってくるという事を説明しようとした次の瞬間、下から凄まじい物音が響き渡りフィラットが降りようとしていた階段に屈強な冒険者が飛んできた。
「あらあら、まあまあまあまあ」
「本当に一体何が起こっているというんだ……」
ギルドの女性職員と眼帯男がそれぞれ何事かと下の階を覗き込む。
入り口付近、丁度冒険者たちの溜まり場となっている食事処を兼任している待合所でこのギルドに所属している冒険者たちと見掛けた事の無いパーティーが大乱闘の真っ最中だった。
特にやたら激しく暴れている鼠獣人族がいる。既に屈強な冒険者を何人も倒し……今また新たに一名蹴り飛ばされて階段の方へと飛んできた。
「あらあら、どうしましょう。どうしましょう」
「呑気に言ってる場合か。止めに行くぞ!」
冒険者ギルド初登場です。そして港町。海産物!シーフード!
ちなみに筆者は魚は生派です




