獣の宴×新たな仲間
「ジャン! よくぞ無事で……!」
「このバカ息子がっ! サトラ殿たちが助けてくださらなかったらどうなっていたと思っておる!」
「申し訳ありません父上……あ、姉上痛いです。そこ怪我をして……痛い、痛いですぞ」
メイプリルに戻ると街の裏口でサトラたちの帰りを待っていたゴール伯爵とパールがあっという間にジャンを捕まえ、治癒魔法で応急処置をされたばかりのジャンは早くも散々心配をかけた肉親による有り難いお説教を浴びる羽目になった。
「しかし本当に良かった。ジャン殿も無事。街を苦しめていたものも片付いた訳だな」
「ええ、ですがメイプリルのご神木をあのような事にした魔族の意図が掴めません。この街を壊滅させる事が目的なら手段が回りくどいと思います」
「今回の件も魔族が行っている実験とやらの一環なのだろうかな……エイジ、君はどう思う?」
ガリアンフォード一家の説教タイムを何故か微笑ましそうに眺めている影次にサトラが意見を求める。影次はしばらくサトラの声に反応を返さず何度目かの呼び掛けでようやく振り返った。
「どうした?流石にあれだけの力を使うと疲れてしまったか?」
「あ、まさか」
何かを察したマシロ。影次は何度か言いよどむような仕草を見せ、恐る恐る、ゆっくりと口を開いた。
「すまんのぉぶちしわいけぇちょおゆっくり言うてくれや」
「……エネルギー切れたんですね」
高出力のトルネードブラッドの燃費はあっと言う間に影次のライザーシステムのエネルギーを食い潰してしまったらしく……メイプリルを救った異世界の英雄は大変残念な事になってしまっていた。
魔樹を倒した影響は早くも現れており影次たちが街に戻って来た時には既にメイプリルを蝕んでいた根は尽く枯れ果てていた。
それどころか根が朽ちた事により根に養分を吸い取られていた大地も急速に活力を取り戻した。
取り戻しすぎて街のあちこちで手当たり次第に作物が育ち果実が実り乾ききっていた地はあっという間に緑に包まれ、街全体がちょっとしたジャングル状態になってしまった程だ。
「なぁ……ある意味余計に悪化していないか?」
「恐らく、あのご神木に付いていた石に植物の成長を促進するような効果があったのでしょうね」
「どえらぁことになっちょる」
唖然とする影次たちとは裏腹に当のメイプリルの住人達は山のような食糧に老若男女問わず大はしゃぎしている。
早速大きく生えた木を切り倒して家を建て直すための木材にしようとする者、収穫した作物で炊き出しを始める者、正座させられて叱られているジャン。
「流石は獣人族。逞しい」
何ともバイタリティ溢れる種族と言えよう。見る見るうちに街の広場に丸太で組まれた櫓が建てられていく。広場の中央で大きな焚火を作りそれを囲んで住人たちが踊り始め、早速収穫した作物で作った料理を屋台で販売し始める。ちなみにジャンはまだ叱られている。
「逞しすぎる気がしなくもありませんが……。でも良かったですね。メイプリルの方々はこれで救われました。あなたのお手柄ですよ、エイジ」
「もふもふしたんがぶちはしゃいどる」
「……まずは魔力補給した方が良さそうですね」
日も落ちた夕暮れ時。メイプリルは街を挙げての大宴会となっていた。
これまでずっと苦しめられてきた住民たちはここぞとばかりに喜び、騒ぎ、はしゃぐ。ジャンはまだ叱られている。
影次たちはメイプリルの街を救った大恩人としてそんなハイテンションな住人たちから盛大な歓迎を受けていた。
酒も食べ物も果物も途切れること無く次々に差し出される。
当たり前のように飲酒するマシロに対し影次が飲んでいいのかと尋ねたらこちらの世界では十五歳から飲酒OKらしい。ちなみに喫煙は二十歳からだそうだ。ややこしい。
「いやはや、参ったな」
街の若い男たちに延々と囲まれていたサトラがようやく解放されてきた。焚火の前で次々と相手を変えて見事な踊りを見せていた彼女を拍手で迎える影次とマシロ。
ちなみに今焚火の周りでは先ほど影次が教えた盆踊りが大流行しており中々に破壊力のある絵面だ。
「お疲れ様ですサトラ様。どうぞ」
マシロから果実酒の入ったカップを受け取るとそれを一気に煽る。良い飲みっぷりだったので影次も自分のカップを渡す。決して飲めないから押し付けた訳ではない。
「これが本来のメイプリルの人たちの姿なのだろうな。本当に良かった、この笑顔を守る事が出来て」
「流石にはしゃぎすぎな気がするけどな」
「それだけみんな喜んでいるという事だ。君が守ったんだぞエイジ。君のお陰でメイプリルは救われたんだ」
「ええ、まさにその通り!」
サトラの言葉に続くようにして今度はジャンがやってきた。長らく正座をさせられていたからだろうか、足元がフラフラとしているのは気のせいだろうか。
「サトラ殿、マシロ殿、そしてエイジ殿。この度は本当にありがとうございました。あなた方のお陰で我がメイプリルの街は救われました。何とお礼すれば良いか……感謝の思いで胸と頬袋が一杯です」
「頭を上げてくださいジャン卿。私は騎士団に名を連ねる者として当然の責務を果たそうとしただけに過ぎません。それに今回街を救ったのはエイジなのですから」
こっそりとこの場から離れようとしていたところを突然サトラに矛先を向けられる影次。いつの間にかマシロに袖を捕まれている。
「エイジ殿。いえエイジ様」
「いや俺は本当に大した事は……って様!?」
「エイジ様、貴方様の御力でメイプリルも我が身も救われました。不肖ジャン・ガリアンフォード、このご恩は生涯忘れませんぞ」
「そんな大袈裟な……」
「何を仰りますか! 街を脅かす災厄を振り払ってくださった事、我が愚行を窘め道を正してくださった事、感謝の言葉を幾つ並べたとて表せるものではございませぬぞっ!」
「大袈裟ですって。いやだから頭を上げてくださいって」
「ははーっ」
「拝まないで!?」
父親、ゴール伯爵と話があるという事でジャンが席を離れ、ようやく解放された影次。
「必ず説得してみせます」と何やら意気込んでいたが嫌な予感しかしないので取り敢えず今は考えないようにしておく。
「エイジ、飲まないんですか?」
空のカップを手持ち無沙汰にしていたところにマシロが果実酒の入った瓶をこちらへと向ける。彼女の方は何だかんだで三杯近く飲んでいる筈だが顔色一つ変えていない。サトラも大概な蟒蛇だったが、この世界の人間はみんな酒豪なのだろうか?
「いや、悪いけど俺あんまり酒は強くなくて」
「は? 私の酌が受けられないと?」
前言撤回。この娘、顔色一つ変えず出来上がっている。影次の意見を完全に無視してなみなみと彼のカップに酒を注ぐマシロ。やんわりと断ろうとした影次だったが彼女の眼が完全に据わっていたので言葉を飲み込み逆らわない事にする。
「ありがたく頂戴します」
「んっ」
酒を注がれたカップに仕方なく口をつけるとマシロは満足そうに頷く。流石異世界、当然のようにアルハラが行われる。
「しかし山頂でのあれには驚かされたな。騎甲ライザーにはあんな力もあるのか」
「あれ? ああ、トルネードの事か。出力がデカい分燃費も悪いのが難点だけどな」
魔樹を倒した騎甲ライザーのフォームチェンジについてサトラに説明している最中、ふと膝の上にぽふっと何かが乗せられたような感覚を覚える。
何事かと下を見るとマシロが影次の膝の上で寝息を立てていた。
「こいつ人に酒押し付けといて自分は寝てやがる」
「ははっ、随分懐かれているじゃないか」
口元にかかっている髪の毛を優しく払ってやりながら楽しそうに笑うサトラ。散々人に絡んでおきながら身勝手に膝の上で熟睡しているマシロのせいで影次は身動きが取れない。
「そうかな。そりゃあ初対面の時に比べれば随分マシにはなったと思うけど」
「マシロがここまで気を許すのも珍しいぞ? 普段は必要以上に肩肘張って強がっている娘だしな。自分からは絶対喋ろうとしない自分の家の事もエイジには話したのだろう?」
「家庭の事情ならサトラだって話してくれたじゃないか」
「私は別に話したくないようなものでも無いからな。君さえ良ければ、いつか君の話も私たちに聞かせてくれないか?」
「……まぁ、いつかは」
「ふぁ? わらひのお酌が受けられにゃいと?」
「酔っ払いは寝てなさい」
宴会は朝日が昇るまで続き、結局影次たちが出発の準備を終えたのは昼過ぎになっての事だった。
馬車に積み切らないから、と有り余る謝礼の品を断り世話になった屋敷を後にする。わざわざ屋敷の前まで見送りに来てくれたゴール伯爵とパールは終始影次たちに感謝し続けていた。
「是非またお立ち寄りください。メイプリルはいつでもあなた方を歓迎致しますぞ」
「皆様の旅路に女神テディのご加護があらんことをお祈りしております」
「大変お世話になりました。今回の件は私が責任をもって王都に報告します」
「皆さんもお元気で」
「ヒマワリの種はカロリー高いらしいんであまり食べ過ぎないほうがいいですよ」
ガリアンフォードの屋敷を後にし、街の入り口に止めてあいる馬車へと向かう。何となく見送りにジャンの姿が無かった事が気になったが、もしかしたら昨日魔樹にやられた傷が治りきっていないのかもしれない。
「どうしたんですか。また何か悩んでるんですか?」
「ん? いや別に」
「エイジ。君が自分の力の使い方にとても慎重でいようとする気構えは誇るべき美徳だ。答えはまだ見えなくてもそうやって思い悩み、考え続ける事が何より大事だと私は思うぞ?」
「いや、だから本当にそういう事じゃなくて……でも一応ありがとう」
実際全く関係ない事を考えていたのだがサトラの言う事も尤もだ。この異世界で自分がどこまで干渉していいのか、丁度良い機会なので王都での要件が済んだら旅にでも出てこの世界を色々と見て回るのもいいかもしれない。
正直さほど期待はしていないが、もしかしたら元の世界に戻る方法が見つかる可能性だってある。第四部隊に世話になった分の恩を返したら旅に出てみよう。なに、ライザーシステムを使わなくても既に異世界の言語はバッチリだ。特に日常会話は自信がある。
そんな事を考えているとすぐにメイプリルの街入り口で既に出発の準備を整えられた馬車が見え始める。
そして、何故かその馬車の前で旅支度をしてこちらに手を振っているジャンの姿も。
「おお、お待ちしておりました! 皆さん準備はもう宜しいですか?」
「あの、ジャン殿? その荷物と格好は一体」
「さぁさぁ、それでは早速参りましょうか! 目指すは王都でしたな!」
「ジャン卿、あの、どうかご説明を」
「おっと、これは失礼。私としたことが気が逸ってしまいましたな」
コホン、とジャンは一旦咳払いし、事態が呑み込めていないサトラたちに改めてここに自分がいる理由を説明した。
「不肖このジャン、皆様のお力になるべくお供致しますぞ」
とても簡潔に説明してくれた。
「ジャ、ジャン殿。何を仰っているのですか、あなたはこのメイプリルの街を統治するガリアンフォード家の跡取りではないですか」
「いえ、ガリアンフォードは代々年長者が家督を継ぐ仕来りですので家を継ぐのは私ではなく姉上なのですぞ」
「いや、ですが……」
「この度街を救って頂いた恩を少しでも返せるよう誠心誠意務めさせていただく所存。何卒、何卒ご一考くださいませんでしょうか……!」
思いもしなかった展開にサトラはつい影次たちの方を振り返る。マシロは力になれません、と申し訳なさそうにそっと視線を逸らた。
(あれだけガリアンフォード家の人たちの世話になった手前、断りにくいんだろうな……)
サトラの視線が今度はこちらに来たので影次は助け舟を出す事にした。
「なぁ、味方は多い方がいいし別にいいんじゃないか?」
話を聞く限りではサトラたち第四部隊は只でさえ騎士団内での風当りが強い人材の墓場のような扱いをされている。そしてこのシンクレルという国ではジャンたち獣人もまた、未だ根強い迫害の対象となっている様子。ならお互い協力し合えばいいのではないか。
影次はそう思い何気なくジャンの同行に賛成しただけだったのだが……次の瞬間ジャンは影次の手を握り力の限りブンブンと振り回しながら深々と頭を何度も何度も下げ感謝の言葉を繰り返す。
「おおエイジ様! 貴方様にそう仰っていただけるとはこのジャン・ガリアンフォード、感激の至り……!」
「いやいや大袈裟、大袈裟!」
「今日この時この場より我が身は貴方の盾に、この命は貴方の剣に。我が主よ」
「大袈裟だって!」
「ははーっ」
「拝むなっ!!」
「……どうしますかサトラ様」
「ま、まぁ……あれだけエイジを慕っているのに無下にするのも心苦しい気はするな」
「ですね……。エイジ、ちゃんと責任もって面倒見てあげてくださいね」
かくして、ひょんな事から影次一行に新たな仲間が加わる事となった。
鼠獣人のジャン・ガリアンフォード。獣人街を治める獣人貴族ガリアンフォード家の誇り高き嫡男である。
「ははーーっ」
「崇め奉るのも無し!!」
……誇り高き嫡男、の筈である。
獣人街メイプリル編終了。次回から王都編に突入します。




