救いの手×旋風、吹き荒ぶ
魔樹の核を破壊しようと振り下ろしたジャンの剣は核に届く事叶わず、足元の木の根から突然猛スピードで伸びてきた無数の枝に阻まれた。
「こ、これは……っ!?」
直感的に危険を感じジャンは咄嗟にその場から飛び退き一旦距離を取ろうとする。
だが既に両足に木の枝が絡みついており身動きが取れなくなってしまっていた。足を拘束する枝を切り払おうにもその剣も、それを持つ腕にも枝が纏わりつき動かす事が出来ない。
手足の自由を奪われたジャンの目の前で光る石は地面にびっしりと根付いている木の根に沈み込むように入り込み、周囲の根を集め再びその形を作り直していく。
触手のように枝を無数に生やし、核の光はまるで眼光のように。その姿はさながら伝承に残る異形の悪魔を彷彿させる。
「おぞましい、怪物め……!」
文字通り手も足も出ない状況。四肢に絡みつく枝が体に食い込んでくる痛みと同時に全身の力が抜けていく感覚を覚える。強烈な虚脱感と眩暈に襲われ、思考が霞む。全身に絡み付く枝がジャンの体力を、魔力を吸い取っているのだ。
懸命に逃げ出そうともがいてみるが魔樹の枝はびくともしない。逆に益々締め付けられ枝に生えた棘が肌に突き刺さる。凄まじい締め付けに骨身が軋む。臓腑が圧迫されて息が詰まる。
何て様だ。一人身勝手に先走った挙句が化け物の養分にされてしまうのか。このまま命を吸い取られていく恐怖よりも己の不甲斐無さが、無力さが悔しくて堪らない。
(父上、姉上……申し訳ありません……。どうか皆だけでも無事に……!)
手足に纏わりつく枝が腰や胴体にまで這いあがってくる。このまま、あのおぞましい怪物の餌となって我が身は朽ち果ててしまうのだろうか。
願わくば、このような目に合うのは自分のような愚か者一人だけでいてくれる事を……。
「ジャン殿!」
枝がジャンの全身を覆い尽くしかけたところでサトラの剣が一閃しそれらを切り裂く。魔樹の呪縛から解放されたジャンの体を影次が受け止める。獲物を逃すまいと更に伸ばされる枝がマシロの魔法で凍り付く。
「良かった。無事……とは言えないか」
「どう……して……」
既にほとんどの体力気力を奪われ茨のような枝に巻かれ全身ズタズタのジャンはもはや言葉を紡ぐのもままならない。
どうして彼らがここに来たのか。考えずとも理由は一つしか考えられない。
だからこそ、ジャンはそれに甘えたくは無かった。
「伯爵も姉君も大層心配なさっていたぞジャン殿。帰ったら相応のお咎めは覚悟しておいた方がいいな」
枝を切り払いながら悪戯した子供を咎めるような口調のサトラ。
騎士団いち部隊の副隊長であり王族の血縁者である彼女にもしもの事があってはシンクレル王国での獣人の扱いがどうなってしまうだろうか。そう考えてしまい、彼女の善意に甘える事が我慢出来なかった。
「植物系の生命力を氷で抑え込むのはやはり限界がありますね……サトラ様、今のうちに彼を安全な場所へ!」
襲い来る枝を氷魔法で食い止め続けているマシロ。
彼女もまた国家魔術師という立場であり名門ビションフリーゼ家の人間。彼女の身に何かあっても騎士団に匹敵する勢力を王都に持つ魔術師学院を敵に回す事になりかねない。
『騎士姫』サトラと国家魔術師マシロの助力。字面だけならば本当に女神の恩恵だと喜べただろう。
だが彼女たちは単身でやってきた。仲間も連れず、その上何やら表立って騎士団として、魔術師として動く事を憚られると思わしき事情を持って。
だからメイプリルの危機はメイプリルの者で乗り越えようと、疲弊した街の民、獣人の先人達がやっとこの国に根付かせた獣人の街を守ろうと。父にそんな街を捨てる決断をさせてはなるまいと。
だから自分一人でここに来た。屋敷の兵士は街とガリアンフォード家を守る役目がある。だから自分がやるしかないと思い立った。
そう、自分は結局その程度の浅はかな考えで軽率な行動に出たのだ。
無事で良かった。
その優しい言葉が今は惨めな自分自身の心に刃のように突き刺さる。
「ジャンさん、本当に無事で良かった……。頼むから一人で危険な事をしないでくれ」
第四騎士団の客分という影次が自責の念に駆られるジャンの肩を叩く。
結局彼らを巻き込んでしまった。結局自分は何も出来なかった。彼の言葉に、肩に置かれた手の温もりに涙を零してしまいそうになる。
「どうしてあんた一人で全部背負い込もうとするんだ。あんたには掛け替えのない家族も、あんたを必要としている人々もいるじゃないか。
ジャンさんが一人でここに向かったと知った時のゴールさんとパールさんがどれだけ心配していたと思う?」
「……返す言葉もありません。私は……」
「一人ではどうにもならない事なんて幾らでもある。そういう時は誰かに助けを求めればいいんです。大事なものがあるんでしょう?絶対に守りたいものがあるなら、守りたい人がいるなら助けを求めればいいんですよ」
「わ、私は……私は……っ」
ああ、そうか。自分はそんな事もわからなくなっていたのか。
祖先の残した土地に縛られ拘ってしまっていたのは他でも無く自分だったのではないか。
何よりも優先すべき住民たちを守りたいのならば、素直に彼らと協力すれば良かったのだ。
「エイジ殿……どうぞ惨めなこの身を嗤ってください」
肩に置かれた影次の手に自分の手を重ねる。そうだ、もっと早くこう言えば良かったのだ。
「…助けてください……。どうか、どうか……!」
「嗤いませんし、誰にも嗤わせませんよ」
そう言って立ち上がる影次の左手に光と共にブレスレット型デバイス『ファングブレス』が現れる。
〈Standby〉
「サトラ、ジャンさんを頼む!」
「…っ! わかった」
数を増やした獲物に対し触手のような枝を更に伸ばし増殖していく魔樹の元へと足を進める。ブレスレットを開き赤いボタンを押し、閉じる。
〈Riser up! Blaze!〉
「エイジ、ジャンさんの前で変身してしまうのはどうかと……」
「マシロ、二人を守ってやっててくれ」
「ああもう……。わかりました」
サトラ達を後ろに下がらせ一人魔樹と対峙する影次目掛けて一斉に枝が伸ばされる。
それに対して影次はただ右手を突き出し……。
「騎甲変身!」
〈It's! so! WildSpeed!〉
山頂を一瞬眩い光が包み込み……その刹那の間に姿を変えた影次が、漆黒の鎧に身を包んだ異世界の英雄が現れた。
「な、何なのですかエイジ殿のあのお姿は……!?」
「ジャン殿、すみませんが説明は後で……」
ジャンが驚いたのは突然変身した影次の姿にだけでは無かった。
体中に巻き付いてくる枝を軽々と引き千切る。足の自由を奪おうとする地面の根を踏み砕く。先程まで自分に猛威を振るっていた魔樹が一方的に破壊されていく。あれほど凶悪だった魔樹の枝木が彼に掛かるとまるで朽ちた枯木のように脆く容易く砕かれていく。
「大丈夫ですよジャンさん。この街は救われます」
ズタズタになったジャンに治癒魔法をかけながらマシロが、心無しかどこか誇らしげに頷く。
「メイプリルの街には英雄が……騎甲ライザー来てくれましたから」
「騎甲、ライザー……?」
「ライザードロップ!」
空中で回転し遠心力を乗せた踵落としが魔樹を粉砕する。
粉々に砕けた魔樹だがすぐにまた周囲の根を集めて元の形に戻ってしまう。魔樹の攻撃は騎甲ライザーに通用しないがこちらの攻撃も決定打にならない。戦闘は完全に泥仕合と化してしまっていた。
「え、エイジ殿……! そいつは核を壊さなければ何度でも蘇ってくるのです!」
「ああ、それは何となく分かるんですけど……」
粉砕する度に光る石を中心に再生を繰り返す魔樹。察しはついていたもののジャンのアドバイスで核心した。
だが、いざ核を狙おうとすると魔樹は巧みに核の位置を体内で移動させ致命傷を避け続けているのだ。時には足元の木の根の中に核を移動させたりもする。お陰で影次にしてみればちょっとしたモグラ叩きをやらされてる気分だ。
(植物な訳だし、ここは一気に焼き尽くすか……?)
〈警告。殲滅対象は周囲の山広範囲に根を張り巡らせています。下手に火をつけると根が導火線となりこの山全体が焼けてしまう可能性が〉
(火は駄目か……なら、これならどうだ)
変身デバイス『ファングブレス』を再度開き、今度は赤いスイッチでは無く緑色のスイッチを押してブレスを閉じる。システムを起動するコードでは無く、今度はシステムを書き換えるコード。
つまり形態変身である。
〈Riser up! Tornado!〉
「ブラッドチェンジ!」
再び球状のエネルギーフィールドがファングを包み込み、全身に流れる流体因子エネルギーの特性が書き換えられていく。
〈Get! set! PowerfulStorm!〉
エネルギーフィールドが砕け散り、霧散する。
その中から現れたのは姿を変えた騎甲ライザー。全身に血管のように走る真紅のラインは翠玉のような鮮やかなグリーンへと色を変え、肩や腕、足の装甲も大きく形状を変えていた。
両の肩と腕、足にそれぞれ2本ずつ、計12ヵ所に装備された銃口のようなノズルが赤の時よりファングのフォルムを力強いものに思わせる。
騎甲ライザーファング・トルネードブラッド。
「さぁ……」
翠色に変化した流体因子エネルギーが力強く輝く。手足に装備された噴射口から猛々しく疾風が吹き荒れる。
「ここからはパワフルに行こうか」
「緑色のライザー? ……って、ひゃんっ!?」
周囲に巻き起こる凄まじい風にスカートの裾が大きくめくれてしまい慌てふためくマシロ。
土が、砂が、木の葉が、ファングが巻き起こす強風に舞い散らされる。
あまりの風圧に立っているが精一杯だ。気を抜いたら傍にいるこちらまで吹き飛ばされてしまいそうになってしまう。
「これは……風を操っているのか」
「エイジ! 私たちの事も考えてください! とばっちりが凄いです!」
「もっと離れて身を守っててくれ! これは加減が難しいんだっ!」
ファングの言葉にマシロとサトラは一瞬顔を見合わせ、慌てて彼の言う通り旋風に巻き込まれない距離までボロボロのジャンを連れて避難する。マシロは更に念の為に氷魔法で自分たちの周りに氷の防御壁を生成した。
マシロたちが十分離れ、守りを固めた事を確認すると両腕両足の空気圧縮装置『エアロトリガー』から更に激しく風を巻き起こす。
炎の特性を持ち全体的にバランスの取れた能力の基本形態、赤の『ブレイズブラッド』に対し風の特性を持つ広域攻撃、パワー特化の『トルネードブラッド』。
周囲の木々を激しく揺さぶり、風が荒れ狂う。
切り刻む木の葉の刃も、蝕み溶かす毒の花粉もファングが起こす風に吹き飛ばされる。それならばと魔樹の足元の木の根から勢いよく枝が伸びる。鋭く尖った先端がまるで槍のようにファングに襲い掛かる。
〈Tornado Javelin!〉
左手の『ファングブレス』から光の粒子が放出されファングの手の中で一本の長槍へと変わる。身の丈以上はある槍をまるで体の一部のように巧みに振り回し、身構える。
〈烈風!〉
「ハァァッ!」
トルネードブラッドの専用武装『トルネードジャベリン』が魔樹の鋭い枝槍を切断する。三又の切っ先が頑強な魔樹の枝をもバターのように易々と両断する。
魔樹が再び足元に太く伸びる根から枝を伸ばす。だが今度は枝と枝を重ね、束ね、あの槍に切り落とされないように更に更に密度を高め、より強度を上げて。
丸太のような巨大な枝槍が作り上げられ、ファング目掛けて勢いよく放たれる。
それに対しファングは手にした槍の口金部分にあるスイッチを押し、三又になっていた槍の穂を1枚の大刃へと変形させる。
〈突風!〉
刺突形態となったトルネードジャベリンの穂先が風を纏い高速で回転する。ドリル状に変形した槍の切っ先が魔樹の放った巨大な枝槍と真っ向から激突し……枝槍を一方的に粉砕する。
「決めるぞ」
全身合計12門の空気圧縮装置が周囲の空気を取り込み、一斉に放出する。先程までとは比べ物にならない激しい強風が山を揺るがす。
魔樹は本能的に危険を感じ取ったのか、再び核を地面の根に移動させこの場から離脱しようとしている様子だが、ファングが巻き起こした風は嵐となって地面に文字通り深く根付いていた根を大地からみるみる引き剥がしていく。嵐は竜巻と化し魔樹を宙へと舞い上げる。
高く、高く。逃げ場のない空中へと。
〈突風! vanishingattack!〉
「トルネードスティンガー!!」
穂先を回転させている槍を空高く舞い上げた魔樹目掛けて槍投げの要領で勢いよく投げつける。
ファングが投げたトルネードジャベリンは弾丸のように凄まじい速度で空を切り、一陣の風となって魔樹に突き刺さる。
ファングの投げた槍が魔樹を貫く。風を纏った槍はさながら凝縮された竜巻の如く魔樹を砕き、その樹皮を抉り取る。
核を移動させ攻撃を回避するどころの話では無い。その核ごと貫かれた魔樹は次の瞬間、粉々に砕け散った。
「魔樹」戦決着。メイプリル編次回で区切りになります。
フォームチェンジはロマン…!




