IMAGICA.6-04 竜の峡谷
2017.12/8 更新分 1/1
パーティ『ロギとネムリ』は、新メンバーにミズホを加えて、バトルフィールドのステージ7へと移動した。
ステージネームは、『竜の峡谷』である。ネムリが最後に訪れたときにはマップ上の3分の1ていどを攻略していたが、その後の三日間でロギはフィールドのほとんどを開拓しつくした様子であった。
「ただし、攻略ポイントの中ボスはまだ手つかずだ。とりあえずは、攻略ポイントを目指しながら、雑魚モンスターでレベリングしよう」
切り立った断崖の底を進みながら、ロギがそのように言いたてた。
しんがりはネムリが受け持ち、真ん中にミズホをはさんでいる。レベル1でHPも守備力も未熟なミズホは、この地をうろつく雑魚モンスターの一撃でも昇天してしまうはずだった。
「すっげーなあ。夢の中にこんな世界を作れるなんて、ほとんど神様じゃん」
ミズホは頭の後ろで手を組んで、てくてくと歩いている。
ミズホはロギの指示によって、武闘家の職業を選ばされていた。現在その身に纏っているのは、『昇竜の道衣』と『飛燕の靴』、そして『玄武の腕輪』である。武器の購入は後回しにして、なるべく上等な防具と支援アイテムを装備させたのだ。資金は武闘会の賞金が手つかずであったので、それなりの防具を与えることができた。
「……ちなみに、キミのFPはいくつなのかな?」
「んー? えふぴーえふぴー……えーと、13だね」
「FPというのは、この世界にいかに適応しているかを数値で表している。それが低いままだと、どれだけレベルを上げても戦闘の役には立たないだろうから、せいぜい適応できるように励んでくれ」
「適応って、何をどーしたらいいんだよ? いまんとこ、なんも不自由は感じてねーけど」
「この世界をいかに楽しんでいるか――あるいは、この世界にいかに没入しているか、というのが鍵だと思う」
「ふーん。ゲームとか興味ねーから、そいつは難しそうなところだね」
やはりこの《イマギカ》においても、ミズホはマイペースで気ままであった。九名もの死者が出て、ネムリの身も危うかった、と聞かされたときには、それなりに張り詰めた雰囲気をかもし出していたのであるが、今ではすっかり平常運行である。
「ところでさー、アタシもちょいと考えたんだけど」
「何だい? そろそろモンスターとエンカウントする頃合いだよ」
「さっきのウェブサイトがどうこうって話。そいつが完成したら、ビラでも配ればいいんじゃね?」
「ビラ?」
「だって、こんな場所でサイトを見ろとか言って回っても、URLを暗記するとかだりーっしょ。桜ヶ原なんて大して広くもねーんだから、全部の家の郵便受けにURLを書いたビラでも突っ込んどけばよくね?」
険しい岩場を突き進みながら、ロギはしばし押し黙った。
「……そうだな。時間差でそういう処置をすれば、いっそう効果的かもしれない。まずは口頭で周知して、サイトを閲覧した人間の口づてに『プレイヤーは桜ヶ原の住民だった』という事実が知れ渡った頃に、第二段階としてその作戦を敢行しようか」
「だったら、ビラ配りはアタシが受け持ってやんよ。バイトをクビになってヒマなんだわ」
「……その申し出はありがたいが、キミは本当に彼の血縁者なのか?」
「カレって恒平のこと? おー、似たとこはひとつもねーけど、実の姉弟だよ。な、恒平?」
「うん……あのさ、できれば僕のことはネムリって呼んでほしいんだけど、それは無理なお願いかな?」
「そしたらアンタはアタシをミズホ呼ばわりする気? へー、アンタもエラくなったもんだなー」
ネムリは、こっそり溜息をついた。
そのとき、断崖の上から音をたてて小石が転がってきた。
「ロギ、右だ!」
すかさず、『巨神の鉄槌』を振りかざす。
断崖の上から、異形のモンスターたちが滑り下りてきていた。
ノーヘッドという、ネムリにはあまり馴染みのなかったモンスターである。
それは文字通り頭のない姿をしており、その手の棍棒や戦斧などで力まかせの攻撃を仕掛けてくるモンスターであった。
動きは遅いし、魔法や特殊攻撃を仕掛けてきたりもしない。その代わりに、このモンスターは言語道断なぐらい物理攻撃の能力が高かった。
「おい、ボクたちの間から、動くなよ」
ミズホに注意を与えてから、ロギが『炎の槍』の呪文を唱えていた。
五体のノーヘッドたちが、真紅の炎に包まれる。が、それだけで討伐することはかなわない。これらを駆逐するにはもう一撃ずつの攻撃が必要であった。
ぼけっと立ちつくしているミズホを横目に、ネムリとロギはそれぞれの武器を振り回す。
最後の一体を仕留めたところで、今度は逆側の断崖から小石が転がってきた。
「ふん。やっぱりパーティメンバーが増えた分、一戦あたりの頭数が増えたみたいだな」
振り返ると、今度は六体のノーヘッドが接近してきていた。
さきほどと同じように『炎の槍』で先制してから、手持ちの武器でなぎ倒していく。
ネムリとロギは、HPを消費することなく、十一体のノーヘッドを退けることができた。
そうして、ネムリにとっては四日ぶりのアナウンスが脳裏に響く。
『経験値4400、ゴールド735を獲得しました』
さらに、パーティメンバーたるミズホのレベルアップのファンファーレも響きわたる。
『ミズホは、レベル14に成長しました』
たった一回の戦闘で、ミズホはネムリが初日に一晩かけて稼いだときよりも多くの経験値を得ることになった。
しかし、それも当然の話である。ノーヘッドはゴブリンに比べれば600倍の経験値であるし、高レベルのプレイヤーはそれでもレベリングに苦労するぐらいの仕様に設定されているのであった。
「とりあえず、ボーナスポイントは『ぼうぎょ』に割り振っておくといい。武闘家の弱点は、守備力だからね」
「ほいほいっと。……しっかし、守られるだけってのは性にあわねーなー」
「守備力が防具こみで200まで上がったら、少しずつ戦闘に参加してもらおうと思っているよ。実戦を積まないと、この世界では何の役にも立てないからね。……あと、今の内にゴールドを預からせてもらおうか」
「んー? さっそく借金の取り立てかい?」
「いや、キミが何かの弾みでHPを消失しても、ボクたちが生き残ればゴールドを失わずに済む。せめてもの自衛策さ」
「はいはい、どうぞお好きなように。ったく、こんなん何が面白いんだかねー」
見たところ、ミズホのFPはまったく変動していなかった。
やはり、こういったゲームそのものに興味のない人間だと、《イマギカ》に適応することも難しいのだろうか。
「姉ちゃん、何とかこの《イマギカ》の世界に適応できるように頑張ってよ。そうじゃないと、のちのち危ない目にあっちゃうかもしれないからさ」
「んー? それって、アンタたちを襲ったカマキリみたいな化け物のこと?」
「うん。きっと《イマギカ》での戦闘が下手なプレイヤーは、あの怪物との戦闘でも不利になると思うんだ」
「どうだかなー。いちおーコレでもオンナだから、怪物相手のバトルなんて自信ねーわ」
危機感の欠片もない様子で、ミズホは頭をかいている。
こんなことなら、ずっと木偶人形のままであったほうがよっぽど安全だったのではないだろうか、とネムリはやきもきすることになった。
しかし、その杞憂があっけなく打ち砕かれるのに、それほど長い時間は必要としなかった。
◇ ◆ ◇
「えーと、スキル《旋風脚》」
高々と跳躍したミズホが、その細長い足でダークドラゴンの横っ面を蹴り抜いた。
ダークドラゴンは怒りの咆哮をあげて漆黒の炎を撒き散らすが、それは持ち前の素早さでひらりと回避してしまう。
ロギは、『炎の槍』の魔法でダークドラゴンの右前肢を焼いた。
ネムリは、『飛燕の舞』のスキルでダークドラゴンの左前肢を叩き潰した。
アンドロスフィンクスよりも巨大なダークドラゴンは、長大なる尾で地面を叩き、図太い首をのけぞらせる。
「あー、『瑠璃の紋章』、発動」
それは数時間前、別のエリアでライジングドラゴンを討伐した際に獲得した限定アイテムであった。効果は、戦闘中に一回限りの、スキルゲージの回復である。
「んー、スキル《烈風拳》」
ダークドラゴンの鱗に包まれた脇腹に、《白虎の爪》を装備した拳を叩き込む。
それが最後のとどめとなり、ダークドラゴンの巨体は黒い塵と化した。
『経験値26670、ゴールド1670を獲得しました』
『ミズホは、レベル47に成長しました』
『ステージ7「竜の峡谷」を攻略いたしました。特別アイテム「黒曜石の紋章」が贈られます』
複数のアナウンスとファンファーレが鳴り響く。
このダークドラゴンが、このステージに存在する四体のステージボスの、最後の一体であったのだった。
「あー、終わった終わった。さっきの金色のやつよりは、ちっとばっかししぶとかったね」
ミズホはひょろ長い身体をいっぱいにのばして、「うーん」とのびをした。
ウィンドウを操作していたロギが、じろりとそちらをねめつける。
「おい、ボーナスポイントは、何に割り振る?」
「んー? やっぱ素早さかなー。まだまだ恒平よりノロマだし」
「……武闘家はもともと素早さに秀でているのだけれど、まだ対応できそうか?」
「できんじゃね? FPとやらも2万ちょいに上がったしさ」
レベル20に達した時点で戦闘に参加するなり、ミズホのFPはぐんぐんと上昇していったのだった。
ネムリたちでさえ、それだけの数値になったのは三日目あたりであったのに、目覚しい成長具合である。
「アホみたいにカラダが軽くてぴょんぴょん飛び回れんのは楽しいよなー。どんだけ暴れても疲れねーしさー」
そう言って、オレンジ色の頭を掻こうとしたミズホは、右拳に鋭利な爪がひっついていることに気づいて、「うお危ね」と、のけぞった。
「……人間性に隔たりがあっても、さすがは姉弟といったところか」
「あはは。武闘家はパーティにいなかったから、心強いね」
「ふん。今日の獲得経験値はおよそ64万だから、武闘会までの五日間でレベル70以上までは持っていけそうだな。それなら、あの怪物とも問題なくやりあえるだろう」
いっぽう、本日のネムリはミズホと同じだけの経験値を獲得しても、レベル74から77まで上げることしかできなかった。ネムリが眠りこけていた三日間でレベル82にまで達していたロギなどは、レベル84までしか上げられていない。つくづく、四日前の段階でレベル85にまで達していたイーブというのは規格外なのである。
「ところで、キミのFPも気づけば15万を突破してるじゃないか。バトルフィールドに移動する前は打ち沈んでいたのに、すっかり《イマギカ》でのプレイを満喫できているようだね」
「うん、やっぱり僕は、この世界での活動を楽しいと思ってしまっているよ。……だからこそ、あんな怪物が潜んでいて、人間の生命を脅かそうとしていることが、残念でたまらないよ」
「……楽しい夢の世界のお遊戯も、あと五日限りかもしれないからね。それまでは、せいぜい楽しくプレイしてやればいいさ」
そう言って、ロギは長剣を鞘の中に落とし込んだ。
「それじゃあ、町に戻ろうか。そろそろタイムリミットだと思うけど、最後にステージ8を少しでも覗いておこう」




